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第二章-48『襲来』

 白炎の壁の外。壁の向こう側で慌てふためく創造の使徒たちを想像し、空賊団構成員が一人、パオロは静かにほくそ笑んだ。


「……大当たりだな。俺たちの裏を掻こうと、そして()()()()()()()()()()()()()……そろそろ出てくる頃だろうと思っていたぞ」


 自分の思惑通りに、全ての事を運べていると──そう思っているからだ。


「兄貴いいい、ドンピシャだったなあ!」


「ああ。やはり連中、空から来たな。倉庫に攻め入った時に見たあの図面は、予想通り空を飛ぶ機械のものだったようだな。後は地上を固めておけば勝手に空へと来てくれると踏んでいたが……こうまで上手くいくと、痛快なもんだ」


 そう、悪いことにキヨシたちの作戦はほぼ全て筒抜けだったのだ。


 彼らは倉庫を襲撃し、ありとあらゆるものを略奪していったが、その中でも旧機と設計図面は残されていた。旧機の方は余りにも巨大だから、で説明がつかないことはない。図面も空賊たちには価値が見出だせなかったのだろうと、少なくともキヨシはそう高を括っていた。


 しかしその実、キヨシたちは空賊たちの良いように誘導──手の平で踊らされていただけでしかなかった。


「ただなあ……オイお前らァ!! 手を出すのが早えし、何だそのカスみてぇな水鉄砲は!! もっとデカく強く撃たねえと、あの壁を突破なんざ不可能だ! ビビってんじゃねえぞ!!」


「そうだ、ビビってんじゃねえぞおおおお」


「お前もだこの阿呆。さて、使徒サマ……そして親分にも悪いが、ここで消えてもらうとするか」


 舎弟のルキオに続いてパオロも真正面から迫る飛行機の前に立ち塞がり、戦列にて弾幕を展開する。


「いいかッ! 『ほんの少し』……あとほんの少しだけ、足止めできれば俺たちの勝ちだ! 気を引き締めろッ!!」


 そして、炎の壁が熱風と共に解けた。


──────


「クソッタレ……ッ!! なんだってこんな!!」


 無論キヨシもその意図を、嵌められたことを瞬時に理解していた。元々空域の警備が手薄だったことに違和感を覚えてはいたが、こんな回りくどい作戦を向こうが練っているなどと、思っても見なかった。


 そして、それに絡め取られる己をも。


「大体、なんでアイツらここで襲ってくるんだ!? どう考えたって、ロンペレの意には反してるぜ!?」


「その、ただ今日だけ、かち合っちゃったということはありませんか?」


「それだとリオナさんの索敵に引っかからなかった説明がつかねえ! 野郎、明らかに組織的に、計画の上で動いてやがる!」


 もしもティナが言うように、今日に限って偶然空を偵察していて鉢合わせしてしまっただけならば、リオナだけでなくキヨシたちも気付いていていいはずだ。それがないということは、あらかじめ地上で待機していたか、あるいはこの場所で遭遇するように動いていた、ということになる。どちらにせよ、統率されているのは間違いない。


「……『単なる騙し討ち』と思えなくもないですが……恐らく、一枚岩でないということかもしれません」


「ッ!? どーいう意味だそりゃあ」


「集団のどこを見渡しても、ロンペレの姿がありません」


 策に嵌り『やりきれない』といった具合に叫んだキヨシの疑問に対し、リオナは静かに推論を語る。


「なるほど。確かにソルベリウム鉱業に限らず、この土地の様々な分野において間に入り、利を貪っているような連中にとって……此度のぶつかり合いは面白いものではないのかもしれません。我々が勝利した場合は語るに及ばず、仮に我々が敗北した場合においてもそれなりの爪痕を残すことを危惧する、と。どう転んでも害しか産まないと、そう判断したのでしょう。そういう力があることを、あなたは以前、街で示したのです」


「ええい! 害しか産まない集団の分際でッ!!」


 リオナの推察が完璧に当たっているのだとしたら、今彼らが動いているのはロンペレの思惑の外ということになる。確かにロンペレの欲望の赴くままに全体が動いていれば、組織運営が立ち行かなくなっていくのは明らかだ。しかしそんな組織が長く見積もって十五年は続いているのを考慮すると、やはりロンペレとその下僕たちは個人差はあれど、言って必ず従うような関係ではない、ということだろう。


「ロッタさん、ゴーグルを俺のと換えろ! 全速力で振り切るんだ! こいつらも生物、追いつけまい! リオナさんはそのままついててくれ! まだギリギリ重量オーバーってワケではないし、機体の端っことか、極端な場所でない限りはごく短時間なら大丈夫だとは思う」


「了解。ではティナさん、失礼します」


「え? わぁ……」


 リオナは機体に取り付くと、即座にティナの肩へと腕を回してしがみつく。ティナとしてはどうか知らないが、取り敢えずこれでリオナは離れることはないだろう。


「で、ティナちゃんはドレイクを応援してて。多分それが一番重要だから」


「はい! ほらドレイク、聞いてたでしょ! もう少し頑張って!!」


「ヒイィィィエェェーーーーーーッ!! 覚えてろよ貴様らァァァーーーーー!!」


 ──クソ、長いことは保たねえな。


 ドレイクの悲鳴混じりの絶叫で、炎の壁は勢いを取り戻す。しかしそれでは長続きしないことをキヨシは街で学んでいる。街で同じようなことをやった際、奴らは水弾のサイズを変えることで無理矢理突破してきたのだ。


 そうなると、やはり空賊たちを速度で振り切る以外に、方法はなさそうだ。


「行くぞ……掴まってろよ!!」


 カルロッタが台座上のソルベリウムに手の平を叩き付けるようにして置き、チャクラを全開にして加速をかける。背後に向かってゆっくりと流れていくガーゴイルたちは勢いを増していき、キヨシたちは空域から急速に離脱──


「……うわッ!!?」


「ぬおぉ!?」


 そうは問屋が卸さない。進路上にガーゴイルが数人侵入して、行く手を阻んでいたのだ。急速な旋回によって、クルーたちは激しくシェイクされてぐちゃぐちゃになりそうだ。


「うわっとっと! 使徒様、羽虫程度撥ね飛ばせないのですか!?」


「羽虫を撥ね飛ばせるほど丈夫じゃねえんだ、この鳥はな!!」


 先のバードストライクでも危機に陥ったように、この飛行機は外からの激しい衝撃には弱く、姿勢が崩れればすぐに失速状態に陥ってしまう。それを避けるためには身を翻すしかなく、連中もそれを的確に見抜いて、対策を練っているようだ。だが、彼らの真に恐ろしいところは、


「……あの人たちだって、無事じゃ!」


「無茶苦茶だ。それなりに覚悟はしているということですか」


 リスクを度外視して、その練った対策──あまりにも危険な策にに身を投じることができてしまうことだろう。もしもキヨシたちが道理に反した特攻を行えば、ガーゴイルたちも怪我では済まないはずなのだ。リオナの言う通り、少なくとも命を投げ打ち事に当たる程度の覚悟は──


「いや、違うな」


「む?」


 否。断じて否。キヨシは彼らのそれを覚悟とは認めなかった。


「連中、ただただ頭が悪いだけなんだ。こいつがブチかまされたってまあ死にゃしないだろうと高を括ってやがる」


「何故、そう思うので?」


「見たかよ。すれ違いざまに奴らのニヤけたツラ。ああいう類の笑いは、覚悟を決めた奴からは出ない。覚悟を決めた男の笑いってのは、もっとイケてるもんさ。おたくの親父さんみてえにな」


「は、はぁ……?」


「……予定変更ッ! ここで少しだけ戦うぞ」


「ハァ!? 戦うゥ!?」


「大丈夫だってカルロッタさん、何も総力でやろうってんじゃない。あくまで目的は離脱一本に絞る。俺とリオナさんで露払いをするから、ティナちゃんとドレイクは防壁を展開し続けて、飛行機を守るんだ! で、カルロッタさん」


「何!?」


「三秒間だけ──墜ちないギリギリまで速度を落としてくれ」


「落としてどーすんのよ!?」


「本物の覚悟ってのを見せてやるんだぜ」


「……キヨシさん?」


 ティナの懸念しているところは、おおよそ見当がつく。自力で飛行可能なリオナならともかく、地に足のつかないキヨシができることなど、たかが知れていると、言葉を選ばずに言えばそういうことになる。そんな男がカルロッタにオーダーを出しつつ、シートベルトを外して機体外壁に足をかければ、当然心配にもなるだろう。


 が、キヨシにとってその心配は、ほぼ無用なものと言って間違いない。何故なら、()()()()()()()()()()──死ぬことはないだろうと、分かっているからだ。


「……行ってくる!」


 皆愕然としていた。


「あっ!!? キヨシさん、何をっ!!」


「な、なんだとォーーーッ!!?」


 なんとキヨシは両腕にソルベリウムの手甲を顕現させて装着すると、機体外装を蹴って空へと飛び出したのだ。


「オ、オイ! 機械の鳥から何かが──グェッ!!?」


「ルキオッ!?」


 ティナとカルロッタの悲鳴が遠く響く中、キヨシは丁度真下にいたガーゴイルの肩に着地し、その首を引っ掴む。キヨシの体重がのしかかり、異形の高度はどんどん落ちていく。


「今日の当選者は君ッ! ラッキーな君には、俺の乗り物になってもらおう」


「な、なんだよおおおお!! ふざけんな、離せええこのォォ」


「って、またテメエかよ」


 持ち直したあたりで今足蹴にしているガーゴイルの素性に気付いたキヨシは、最早呆れを通り越して感心するしかないレベルの腐れ縁に苦笑する。が、それもほんの一瞬だけ。


「まあ……嫌だって言うなら仕方ねえが、代わりはそこら中にいるってことを心得ろ」


「ああッ!?」


「分かんねえか? 拒否するならテメエをブッ殺して、誰かに代わりを頼むだけってことだ」


「こ、殺──あ?」


 ルキオが抵抗しようと手を伸ばした瞬間、手の平に鋭い痛みが走り、鮮血で真っ赤に染まった白い石ころが()()()()()突き刺さって貫通した。


「は? あ、ああ?」


 己を踏みつける創造の使徒──キヨシの目を見たルキオは絶句した。


 キヨシの目は先日街で遭遇した時のそれよりも冷たく、眼前の自分が全く映っていないということに気付いてしまったからだ。これまでの空賊団たちの所業、暴虐の限り。最早キヨシには情けや手心の類をくれてやろうという気は全く無かったのである。


 これが先程、ティナやカルロッタの手前言うのを渋っていたキヨシの本心。その対象は、何もロンペレに対してだけではない。


「……ゴチャゴチャ言ってんな。ゴミッカス共ッ…………」


 この目こそ、ロンペレがあの日のキヨシから見出していた、『人殺しの目』。


 ルキオがキヨシの要求に応じなければ、本当に──


「うッ……うあああああッ!! 兄貴い助けてェェェェエエエエエエエーーーーーーーッ!!?」


「ば、バカ! 自分でどうにか──ぐッ!!」


 恐慌状態に陥ったルキオは兄貴分のパオロを頼るが、それはキヨシの思う壺。恐れ慄いたルキオが周りに助けを求めようと近付くと、その相手は自動的にキヨシの射程距離内に入り、このように拳で接触可能になるワケだ。


「よしよし良い子だ。じゃあ次はもう少し上昇するんだ……飛行機と同じ高さまでな」


「わあああわわわ分かった分かった分かったからああ!!」


 ルキオはキヨシに殺されまいと必死で命令に従い、人一人の全体重が乗っているにも関わらず上昇すようとする。ルキオの心を完全に掌握し、己の手足のように操るキヨシはさながら、猛獣の調教師のようだった。


「チッ、テメエら! ルキオごとで構わねえ、撃ち落せェ!!」


「オイオイオイオイ兄貴やめてええええ!!」


 ルキオが泣きそうな声で懇願するのも構わず、無情にも周囲のガーゴイルが寄ってったかってキヨシを撃ち落とさんと攻勢に出る。やはり予想通り、ドレイクの白い炎による防御を前提としているのか、かなりの大きさの水弾をこしらえて次々に発射してきていたが、土台のルキオが死にたくない一心で避けようとしてくれているため、被弾は最小限。その被弾も、キヨシの腕のソルベリウムで完全にシャットアウトされていた。


「よし、このやり方は十分通用するな……おっとォ!!」


「がッ!?」


 遠距離が通用しないならと近付いてきたガーゴイルも、冷静に対処できている。ジェラルドやティナと共に積んだ鍛錬と比べれば、そう大したことはないようにキヨシは感じた。ティナはともかく、ジェラルドを相手にしていると特にそう感じる。少なくとも、個人個人は。


「やっちめええッ!!」


「ハァァァーーーーーーーッ!!」


「──ッ!!」


「わああーーーーッ!! 邪魔すんな殺されるゥううううッ!!」


 瞬間、今度は複数人がキヨシめがけてまっしぐらに突撃してきた。


「このッ!!」


「ハハハ! 遅い遅い!!」


 来るなら迎え撃つまでと、キヨシはいつかのように精製したソルベリウムを飛ばすも、空中機動であっさりと避けられ、拳の射程に入ってきたガーゴイルに殴りかかるがそれも虚しく空を切る。追いかけようにも、キヨシが乗っているせいで土台の機動性にも難があり、どうにもならない。


「ケッ。やっぱ全部が全部思い通りってワケにはいかねえな」


 空賊の構成員たち個人個人は、大したことはないのかもしれない。しかし、彼らの真価は集団において発揮されるのだと、アレッタはそう言っていた。それを前にしては、さしものキヨシと言えどただ翻弄されるばかり。いくらキヨシが機転を利かせ、圧倒的な力で状況を好転させようとあがいたところで、結局の所、空が彼らの領域であることだけは絶対に動かないのだ。


「まあ、しかしだ」


「捉えたぞッ! 喰らえ使徒サマよォッ!!」


「仲間がいるのは、何もおたくらだけじゃないんだぜ」


「何をッ──あ゛ッ!!?」


 キヨシの背後から迫っていたガーゴイルは、直上から急降下してきたリオナの大槍によって、すんでのところで叩き落とされた。


 そう、空は彼ら"だけ"の領域ではないのだ。


「おう、助かったぜ」


「助かったぜ、じゃありません!! 無茶をして……」


「そうでもないって。現にこうして俺は生きてるんだからな」


「ハァー……見上げた根性ですこと」


 リオナの溜息混じりの皮肉もなんのその、キヨシはルキオのケツを引っ叩くようにして催促し、飛行機の高度まで再浮上していく。


「さてリオナさん。やることは説明した通りだ。俺たちで飛行機の航路を確保する。俺は足場が情けねえから後方支援、メインはおたくだ」


「……了解しました。そのように」


 リオナが大槍を構え、キヨシの前に出る。出会って一週間弱にして、初めての共同戦線だ。


「リオナ・キャスティロッティ、推して参ります」

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