第二章-47『出征、そして』
「さて、いよいよ……ってなもんだな」
陽が沈む直前、全ての輪郭がぼやけ始める時分。ついに決戦へと向けて飛び立つ時間がやってきた。もっとも、決戦と言ってもそこまで大仰なものではなく、ロンペレを不意をつく形で排除し、西の採掘基地を一つまるまる潰してしまおう、という規模の割には静かな戦い。
そういう事情故、"決戦"──というよりは、"作戦"と言い換えるべき事柄かもしれない。
キヨシが飛行機を滑走路の端に移動させ、操縦席から降りると、各々が近しい人との最後の─というと若干縁起が悪いが─挨拶を済ませているようだった。リオナはジェラルドと何かを話しているようだったし、カルロッタはアレッタたちトラヴ運輸の面々に対し、勇ましくも演説のような真似をしている様子。
「さあ、時は来たッ! 奪われたもん全部、取り返してきてやるぞ!!」
「カルロッタさん! 準備は大丈夫か? お弁当とか今からでも作ろうか?」
「え? あ……ハハ……アレッタ。心配してくれんのは嬉しいけど、ピクニックか何かじゃないんだぞ」
「そ、そうだよね……」
「じゃあまあ、強いて言うならアレよ。こっちが心配する必要がない感じに振る舞ってよ。元気にね」
「……うん! 元気に頑張るぞ!」
心配からとにかく何かできることはないかと慌てふためくアレッタの頭を、カルロッタはワシャワシャと撫でくりまわす。それだけでアレッタはたちまち平静を取り戻した。愛らしく、そして御しやすい。出発前に、元の調子に戻ったアレッタを一目見ることができたことに、キヨシは心底から安堵した。
「キヨシさぁーんっ!!」
「ん? おお、ティナちゃん。どこ行ってたんだ? また探しに行こうかと思ってたとこだぜ」
と、その時。ティナが何やら平たい木箱を携えて、キヨシの方へと駆けてきた。中身が何かは知らないが、地面との平衡を保ってやたらと大事そうに扱っている。形が崩れるものでも入っているのだろうか。
「これ、忘れ物です!」
「忘れ物ォ?」
そうは言われても、キヨシには全く見に覚えがなく思い当たらない。まして、ティナが持っているようなものは初めて見た。どういうものかと怪訝な顔をして、箱の封を切って蓋を除くと、
「……ああ、これ! 俺のリクルートスーツか!」
数日前に初めて街を来訪した際、修繕に出していたリクルートスーツが、シワひとつない状態でキチッと畳まれて入っていた。取り出して広げてみると、ズタボロになっていたスーツはほぼ完璧に修繕されて、新品同様──と思ったが、どうやら化学繊維までは再現できなかったようで、一部注視すると継ぎ接ぎしてある部分が目立つ。それにつけてもいい腕前だ。
しかし、真の関心事はそこではない。
「オイオイ、まさかこれ街まで取りに行ってたのか? スゴいガッツだな」
「ああ、いえ。今さっき、ヴァイオレットさんが『使徒様に』って」
「え、ヴァイオレットさんが? そーいえばメシ中、ずっと姿が見えなかったが……」
ティナ曰く、キヨシのスーツを所持していたのはヴァイオレットだというのだ。それならたしかにティナがこの短時間で街を往復したワケではないというのが分かるだろう。
しかし、それでも疑問は残る。
──ん? なんでヴァイオレットさんが、俺のリクルートスーツのこと知ってんだ?
このスーツを修繕に出したのは八日前の昼過ぎ頃、つまりヴァイオレットがキヨシたちと関わり合いになる前だ。その時キヨシは意識を失っていたが、すでに別途購入した近いデザインの服を着用していた。誰かから伝え聞いた、という事情でもない限り、キヨシのリクルートスーツのことなど知るはずがないのだ。
キヨシの元の風体を知っているのは、まずはティナとカルロッタ。アレッタと数十人規模のトラヴ運輸の従業員たち──
──あれ、意外と多いな?
恐らく誰かから伝え聞いたのだろう。キヨシはとりあえずそういうことで納得することにした。
「では、使徒様。私は飛行能力で飛行機に"どうにか"追従してみせますので」
「ああ、悪いね……この飛行機、三人乗りにすんのも大変だったらしくてな」
「いえ。というかそれ以前に、そもそも何故この巨大な物体が、補助的な量のチャクラのみで飛べるのやら、皆目見当がつきませんよ。なんなんですか、これ」
「…………サイキックパゥア……」
「キヨシさん、嘘はダメです」
「泣けるぜ」
リオナにどこぞのハンサムなプーのような返答をしたのを、ティナから真面目に咎められて若干テンションを下げつつも、ティナからスーツのジャケットを受け取り、袖を通す。ズボンはほぼデザインが変わらないため、とりあえずそのままにして飛行機の収納スペースに箱ごと放り込んだ。さすがに女性の前で着替えるわけにもいかないし。
ともかくこれで、全ての準備は整った。
「じゃ、行ってきます」
「ええ、お気をつけて」
「……絶対に、戻ってくるんだぞ」
激励に対しキヨシが親指を立てて応えた直後、暖かな夜風と人々の希望を受けて、巨大な鳥はぐんぐんスピードを出して飛び立っていく。
こうして、後に伝えられるところでいう──『オリヴィー抗争』の最終局面。採掘基地の戦いは始まったのだった。
「……行ったようですね」
「ええ、きっと全て片付けてくると思うよ」
「でしょうな。何せあなたとフィデリオさんの子なのですから」
「ふっふっふ、だよねー♡」
我が子の頼もしさを評価されて満更でもない調子で笑うアニェラを横目に、ジェラルドは未だ飛び行くキヨシたちを目で追うトラヴ運輸の面々に向き直り、
「さて……私も成すべきを成すとしますか」
「……ジェラルド君?」
隣で様子を見ていたアニェラは、かつての同僚が普段見せる顔の裏側に潜ませている表情──『ヴィンツ国教騎士団団長』としての顔を表にだしたのを見逃さなかった。
「それでは諸君……今すぐここから退避してくれ」
そんなジェラルドが口にしたのは、どうも穏やかではない"勧告"──いや、"警告"だった。
──────
「そろそろ準備しておくか。ティナちゃん、まず心の準備はいいか?」
「は、はい。けどその、ドレイクが……」
「ドレイクがどうした?」
ティナの懸念事項となっているらしいドレイクを窺うと、どうもガタガタ震えて何かを呟いているようだった。
「ヘイキヘイキヘイキヘイキ何も怖くない下は見ない下見たってなんにもない地面もないアギャギャアアアァァァーーーーーーーーーーーーッ」
どうやら未だに空中に留まり続けるという状況に恐れ慄き、カンテラの中で果てしなく錯乱しているようだ。
「いい加減慣れろよ、全く。ティナちゃんなんか初めて飛んだ時はしゃぎまくってたってのに」
「は、はしゃいでっ……はしゃいでました。ハイ」
「やかましゃあああーーーーッ!! テメエら、ちったあ静かに乗ってることはできんのか!?」
二人と一匹の滑稽な寸劇は、飛行機操縦で手一杯のカルロッタによる絶叫で、強引に打ち切られた。
「ああいや、スマン。アレだ、緊張ほぐれた?」
「気を張ってないと墜落するモンに乗ってる自覚はないの!? こっちゃさっき操縦を覚えたばっかなのに雲は出てくるわ、夜間飛行する羽目になるわ……」
「悪かったって。だから、周囲の哨戒を──」
「使徒様」
「ギャッ!!?」
急に人がいられないはずの位置から声をかけられて、体が跳ねるほど驚いてしまった。シートベルトを作っていなければ、確実に落下していたことだろう。
「~~~~~~ッ!! リオナさん! できるだけ視界内から話しかけてくんない!?」
「す、すみません。ただまあ、長時間飛行機の速度を超えて飛ぶのは中々堪えるもので……」
「あ……スマン」
採掘基地を目指す飛行機の周囲を、リオナが飛び回って哨戒し、何もなくともキヨシたちに報告する。が、飛行機に追いつくということはつまり、飛行機の速度を超えて飛ぶ必要が出てくるため、かなりの労力になるのだという。しかも、あまり長いこと取り付いていると飛行に支障が出かねないので、羽休めもままならない。カルロッタにせよリオナにせよ、月明かりが分厚い雲に遮られているのもあって、かなりの無理強いをさせていることは確かだ。
ならば、こちらもやれることはやるべきだろう。
「今のうちに、やることを今一度確認するぞ。不安ならメモっておけ。カルロッタさんは──」
「操縦中に話しかけないでくんない!? 後で覚書かなんか読んで把握するから!」
「あっスイマセン。そういうわけだから、ティナちゃん」
「は、はい! ドレイク、灯り貰える?」
「はっはっはっはいよ」
「……うん、ありがとう。キヨシさん、どうぞ」
キヨシとしてはただの緊張をほぐすためのジョークのつもりだったが、後部座席のティナが律儀にメモを取り出し、おっかなびっくりカンテラの中でドレイクが火に変化したのを見て、逆に笑わせられてしまった。
「ヒッヒッヒ。久方振りに、俺のイラストスキルが発揮される時が来たんだぜェーッ。はい諸君、地図と図解に注もーく!」
キヨシは得意そうに懐から絵の描かれた紙片を数枚と、地図を取り出しつつ解説を始める。
「まず、ここまでのおさらいだ。トラヴ運輸を飛び立った我々は、ドッチオーネ空賊団首魁ロンペレを討ち取り然る後、採掘基地を潰して帰投。その後も長居することなく、この国の偉い人たちが気付いて公的機関から人員を派遣したりする前に、トンズラブッこいてしまおうという話。ここまでオッケー?」
「はい、おっけいです」
「で、こっからは具体的なところだが……まず、この飛行機で少し大回りをして、採掘基地の北西にある平地に着陸する。ここからなら、脱出時にもう一度滑走して離陸可能だからな。エンジンという概念がこの飛行機には存在しないからほとんど音も出ず、隠密性も申し分ない……まず気付かれることはないだろう。そこからはスニーキングミッション。採掘基地にこっそり潜入して、ロンペレの居場所を目指すぜ」
「はい……カルロの似顔絵の時もそうでしたが、丸っこくて可愛い絵ですね」
「ちょっと待てオイクソ白髪! 俺の絵が他と比べて適当──」
「はーい、質問は説明が終わった後にしてくださーい!」
ドレイクから飛んできたキヨシの図解に対するイチャモンは無理矢理封じ込められた。
キヨシは基本的には、女性キャラクターを描くのを特に好んでおり、例えば風景や背景、トカゲなどを描くのは、専門学校の課題でもない限り滅多にやらない事柄だった。そんなことだから上達しないのだが。
閑話休題。
「で、だ。ロンペレが望んでいるのはあくまで"楽しい戦い"。しかし俺たちは真正面から戦ったりなんかしない。奴の享楽に付き合ってやる義理なんざないんだからな。ロンペレを見つけたら、後ろから刺そうが寝首を掻こうが、どんなに卑怯な手を使っても構わん。即! 再起不能に追い込む。右手のソルベリウム生成能力を使えば、どうとでもなるだろう。それが済んだら、採掘基地のありとあらゆるものを破壊し尽くす。以上で終わりだ。何か質問ある?」
「それでは、私から一つよろしいでしょうか?」
「なんだ、リオナさん?」
「全てが終わった後、ロンペレの身柄は如何なさるのでしょう?」
「……あー……」
これまでキヨシが再三言ってきた通り、空賊団の構成員たちをこの街から追い出すだけでは不十分なのだ。例えばパオロやルキオ、それらと同類の三下、あるいは有象無象であるならば、拘束は容易だろう。その後、衛兵隊にでもポイするのがベターか。
しかし、ロンペレは?
あの暴威を、闘争の化身を拘束するなど、いくら不意打ちで且つキヨシの右手の力をフルに活用したとしても、叶うかどうかは分からない。いや、それ以前にロンペレを生かしておいたとして、それではまた繰り返しになるだけではないだろうか。そして、仮に捕らえたとしてロンペレを留め置ける者がどれほどいるのだろうか。少なくとも、キヨシには不可能だ。
以上の要素を総合し、最適解を導き出すと──
「……殺しますか? それならそれとして、そういう前提で行動致しますが」
リオナは特になんの呵責も無さげに、ただ淡々とそう言った。
正直なところ、キヨシは返答に困っている。いや、ハッキリとした答えはキヨシの中にはすでにある。重要なのは、すぐ傍にティナやカルロッタもいる、ということだ。
「……少なくとも、俺は──」
瞬間。キン、と短い高音が周囲から──というよりも、前方から響いた。
「きゃッ!!?」
その音とほぼ同時に、操縦席のカルロッタの体がビクンと跳ね、カルロッタらしからぬ悲鳴を上げさせる。キヨシたちがカルロッタの方を見やれば、カルロッタが顔にかけているゴーグルにヒビが走っていた。
「な……オイ、カルロッタさん!?」
「だ、大丈夫。目はなんともない」
この現象、そして状況に対し、キヨシは一種のデジャヴを感じていた。その正体を過去の記憶から洗い出すと、旅の始まりの日──そして、戦跡の森での記憶が想起された。
そして、この後何が起こるのかも。
「ドレェーーーーーーーーーーイクッ!!!」
「イィィィーーーーーーッハァーーーーーーーーーーーーーーッ!!!」
キヨシの号令でドレイクはカンテラから飛び出し、ティナの体を導線として飛行機の周りに炎の壁を作り出す。すると、先程と同じような高音が何度となく鳴り響き、直後炎の壁にぶつかると同時に"ジュッ"とまた別の音を発した。
まるで、熱されたフライパンに水を撒いたような音だった。
──……まさかッ!!
「揺れッ……ヒィッ!?」
炎の壁から発せられる熱風によって機体が不安定になったのを感じたドレイクが、恐怖心から炎の壁を解いてしまう。その名残によって辺りが照らされ、明瞭とする視界に広がっていたのは──
「ハァーーーーッ!!!」
「……あ…………」
「……な、なんだとォーーーーーッ!!? 馬鹿なッ!!?」
無数のガーゴイルたちが、高速飛行中のキヨシたちに対し少しずつ後方へと流れていく、絶望的な光景だった。




