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第二章-39『修行と蘊蓄とその他諸々』

「ッシャアアァァァーーーーーーッ!!」


 わななくキヨシの白き拳が、シャープな軌跡を描いて騎士を穿たんと放たれる。


「惜しい、今一つですな」


 が、それは対象を捉えることなく空しく空を切った。二の矢三の矢を次々に放つも、それもただ首をひょいひょいと傾けただけで、あっさり躱される。今度はソルベリウムの剣、槍、投擲物等々、とにかく何でも使って挑みかかるも、何一つとして効果を上げることはなかった。


 圧倒的な技量の差。元より承知だが、


「このッ……! 喋る余裕なんかくれてやった覚えはねェぞ!」


 地面を一度、もう一度と引っ掻いてやると、そこを始点としてソルベリウムの壁がバリバリと音を立てて顕現して、どんどん対象に向かって伸びていく。そんな人智を超えた現象を相手取っても、対象はそれらを冷静に、まさに余裕綽々といった風にすんなり避けていった。


 それこそ、キヨシの狙い通り。


「こういうことだな、騎士団長サマよ!」


「ほう、ほうほうほう。よろしい、中々のお点前です」


 ソルベリウムの壁は言ってしまえば対象──ジェラルドをある一定のポイントまで誘導するためのもの。本命はここから、誘導したポイントに置いておいたキヨシの拳が、ジェラルドの鼻っ柱を──


「しかし、私にお熱なのは結構ですが……もっと"お熱い"のが、やってきますぜ」


 瞬間、背後からやってくる無数の"熱"をキヨシはノールックでソルベリウム壁を生成して防御するが、それだけでは終わらない。


「わッ! とっと!? クソッタレが!」


 ──本人はどこだ!?


 『真っ白に燃え盛る火球』は雨あられの如く容赦なく降り注ぎ、キヨシはその対応に追われてジェラルドどころではなくなってしまっていた。それでもキヨシはすんでのところで一つ一つ、完璧に対処していたが、


 ──右ッ……!


「はいッ!」


「ぐはッ!!」


 右の視界外。キヨシは己に向けられている攻撃の意思自体は察知していたものの、まるで素人の体が追いつかず、それを防ぐことは叶わずまともに顔面に貰ってしまった。


 キヨシの顔面に炸裂したのは、ティナの蹴り足だ。


 ──上等ッ……お?


「ご、ごめんなさいっ!」


「なッ……ええい、攻撃を止めるな! ブッ倒すぐらいの勢いで来いや!」


「む、無理ですよう!」


 しかし、どうも想像以上のクリーンヒットだったようで、めげずに反撃の姿勢に転じようとしたキヨシに対し、ティナは深々と頭を下げてきた。そんな弱腰姿勢をキヨシが咎めるも、優し過ぎるティナにはこれ以上の攻勢は堪え切れないようだ。はたで見ていたジェラルドはカラカラと笑い、


「まあまあ。良い時間ですし、昼食といたしましょう。昨日の残りですが……」


──────


 二日が経過した。


 この二日間──というより、飛行機の設計図ができるまでの間、キヨシはできることとしてティナとジェラルドに協力を仰ぎ、来る日に向けての鍛錬に励んでいた。無論、一朝一夕で何か変わるかと言えばそうでもないだろうし、生兵法はなんとやらともいう。


 しかしそれでも、何もせずにはいられない。その心意気が実ったのか、ある程度の成果を出してもいる。


 ただ、ジェラルドの評価は芳しくない。その辺りに言及する際、『どの面においても発展途上。如何様にもなる可能性がある』とオブラートに包んだ言い回しをしてくれるものの──


「『てんでダメ』──ってこったなァ、ケケ」


「ドレイク! 失礼なことを言わないの!」


「いや、ぶっちゃけ事実だから何とも思わないけどよ……」


 結局、三日やそこらで一介の戦士としての活躍は見込めないという結論に至ったため、キヨシの持ち味である右手の力を最大限活かした戦術を模索する方向にシフトしていた。


「大丈夫ですよ。キヨシさん、まだ二日間しか鍛錬してないのにちゃんと騎士団長様について行けるようになってるじゃないですか。私、びっくりしてます」


「いやそれを言うなら、まともに戦ったら俺よりティナちゃんの方がずーっと強い、って事実に一番びっくりだよ。有り得ないだろ……」


「あ、あはは……カルロが父と母から衛兵隊の格闘術を学んでいまして。それを見様見真似で、ちょっとだけ」


「見様見真似であそこまでできるってのが、また意味分かんねーよ。というかだな、スカートでハイキックなんかするもんじゃないぞ。もしもってことがあるんだからな」


「父からもそう忠告されました。けれど、『ちゃんと当たれば見られる心配は無いし、よしんば見られても蹴ったのでおあいこ』──って、母が」


「ッハァーーーー、剛毅!」


 その辺の木陰で涼みながら、キヨシたちは実の無い話に花を咲かせていた。


 キヨシがティナに協力を仰いだのは、対魔法の訓練も必要だろうからと思ったからだ。そして魔法を一切使えないジェラルドは格闘術、戦術を学ぶために──と、自分の中で役割を振っていた。が、蓋を開けてみれば、キヨシは格闘術でもジェラルドどころか、ティナにすら及ばないという事実が浮き彫りになった。とりあえず、危機感だけは最高に煽られたが。


「オイオイ、ティナよォ。キヨシを甘やかす……じゃねえや、『褒めて伸ばす』のは結構だけど、あんまり後のためにならねえぜ。ついていけてるかっつったら、ついていけてねえじゃん」


「腹立たしい物言いだが、事実故なーんにも言い返せねえなぁ……ジェラルドさんに触れもしねえもん」


「そ、そんなことありませんよ! さっき私が蹴る前だって、目だけはちゃんとこっち見てたし」


「ああ、目だけギョロっとしてて気持ち悪かったぜ」


「もうっ! ドレイク!!」


 そう、こういったことは実は初めてではなく、毎度不覚を取る度にこうなっているのだ。いつも自分に攻撃が迫る前に気配を察知して反応自体はしており、今では今回のようにノールックで対処できるまでになっているのだが、それでも最終的にはあっさりやられる。


「とはいえ、そこのところが使徒殿が特に秀でていると言えるところなんですな」


 そんなフォローを入れつつ、ジェラルドは昨日の夕飯の残りを詰めたバスケットを腕に下げ、ドカッと座り込んだ。


「これまでどういう研鑽を積んでいたのか存じ上げませんが、差し迫った危機を察知する能力だけ、異様に鋭敏な感じがするんですが……一体どういう?」


「え? そんなに特別な感じしないけど……」


「普通の人間は、鍛錬も無しに背後から迫る危機を察知したりはしません」


「……あー」


 言われてみれば確かにそうだ。後ろに目がついているワケでもあるまいに、キヨシはこれまでも攻撃の意思や敵意といったマイナス感情には、アニェラとのファーストコンタクト然り、ロンペレとの小競り合い然り、かなり鋭敏に反応してきた。例外は、フェルディナンドに指を落とされたことくらい。


 キヨシはそういう意味でも、人間とは違う感性を持っていた。


 そんな感性を持った経緯について、キヨシは自分の記憶の洗おうとするが、


「……いや、やっぱり思い当たるようなことはないかな」


 ジェラルドも「左様でございますか」と、それ以上は追及することはしなかった。


「ま、それはともかくとしまして……先のソルベリウム壁を用いた誘導。あれは中々できた戦略と思います。が、その直前の剣やら槍やらはただ刃物を振り回しているだけ、といった印象を受けます。とりあえず此度の戦いでは使わない方が得策でしょう」


「うーむ、やっぱりそうか……。『るろうに剣心』は全巻読んでるんだがなあ」


 キヨシとしては色々と模索して考えた上での行動だったが、案外うまくいかないものだなあと少しショックを受けつつ、ティナとドレイクの魔法で再加熱された"それ"を頬張った。


「……やっぱこれ、美味いですね。ちょっとでも心配した俺が馬鹿みてえだ」


「ハハハ、お褒めに与かり光栄の至りです」


「ハッ。俺には料理の良し悪しなんざ理解できねえけどな」


「ドレイクはなんでも燃やして食べてるからでしょ。勿体ない食べ方だなあ」


 それはキヨシたちが買ってきたトマトを煮込み、小麦粉生地に載せて焼いたもの──即ち、トマトソースのピザだ。リオナが言うように、ジェラルドの料理スキルには目を見張るというか、感服させられるものがあった。料理の鉄人もそりゃあ唸ろうというものだ。


「しっかしあれだな。この世界にはトマトもちゃんとあるってのがまた驚きだ」


「主の御許には、トマトが無いのですか?」


「いやいや、あるからこそこうしてその喜びを噛み締めているワケですよ。俺トマト大好き」


「それは何より。まあ、そのトマトを普通に食用として用いるようになったのは、ここ五百年弱ほどのことだそうですが。それまではなんでも毒があるとかで、観賞用の植物として扱われていたそうで……」


「五百年……」


 ジェラルドのトマト蘊蓄(うんちく)はさておき、キヨシはふと、その中でも特に"五百年"というワードに少しだけ関心を持った。


 五百年、それはヴィンツェストの国教たる"創造教"が教義にて定める、『過去の探求を禁ずる』というある種の弾圧によって失伝(ロスト)しなかった歴史の範囲。それ以前のことは誰にも全く分からず、記録としても残っていないとされている。


「なあ、ティナちゃん」


「? どうかしましたか?」


「カルロッタさんってよぉ、どうしてまた考古学者なんか──」


 そう、キヨシが知っているのは『カルロッタが五百年以前の歴史を追っている』というところまで。動機までは知らないのだ。いくら不当とは言っても、国に禁じられているような事柄を追求するというのは、相応以上に危険を伴う。しかしカルロッタは、どうもその危険を危険とも思っていないようなのだ。何せ、国が聖地としている遺跡を荒らすようなことも平気で─いや、平気ではないだろうが─しているのだ。


 何か動力源があると見て然るべきだろう。キヨシは、それを遅まきながら探ろうとした。ジェラルドがこの場にいるのに若干不用心な気がしないでもないが、以前アニェラと子供たちの口論に聞かない振りをしていたので、あまり警戒はしていない。


「あっ、キヨシさん! これ、まだまだたくさんあるみたいですからどうぞ」


「へ? あ、ああ?」


 が、探りを入れようとしたティナは何故か強引にはぐらかした。本人でもないのに口をつぐむということは、恐らく口止めでもされているんだろう。


 ──ま、そのうち直接本人に聞きゃいいか。


 これ以上追及するのも気の毒に思えてきたため、一旦ここでストップとした。


「見ィィィイイイつけたァァァアアア~~~~~」


「ギャッ!?」


 突如として、すぐそこでやたらグロッキーな女性の声が聞こえてキヨシたちを驚かせる。声のする方を見やれば、顔面をくしゃくしゃにして地面に這いつくばるロングコートが目に入った。


「……カルロ?」


「…………うぅっ、できた、ぞ……」


 噂をすればなんとやら。そして彼女が持ってきた報せは、キヨシたちが待ちわびていたもののようだった。

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