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ペンでセカイは廻らない~魔法の石を生み出す力を得た青年が、二重人格少女と冒険する話~  作者: 洞石千陽
第三章『キャストユアシェル─殻を破ったそのあとで─』
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第三章-23『くだらない過去話』

「俺の主観で言えば……『西暦二○一六年』。イエス様が生まれた年が基準の紀年法だそうだ」


 キヨシはセレーナの要求に応える形で、元いた世界について語り始める。と言っても、キヨシは国の重鎮でもなければ、歴史の探求者でもない。よって、語り口はキヨシの視点で見た『小さな世界』のこととを前置きとした上での話になった。


「数十年前にあった世界規模の大戦争終結以降、格段に人々の生活は豊かで便利なモンになったそうだ。欲しいものは対価さえ払えばいくらでも手に入ったし、情報に至っちゃタダ同然だ。インターネットっつってな、言っちまえば実体のないデカイ図書館から色々引っ張り出して色々手に入る世界なんだ。飛行機然り紙幣然り、俺が局所的な知識ばっかり持ってるのはそういう理由から。そんで、俺は『日本』という東の端っこにある小さな島国で生まれ育った。自国自慢になるようだけど、世界的に見てもなかなかカッ飛んだ国らしくてな? 中でもサブカルチャーやエンターテイメント方面は特に秀でていると言っても過言でないぜ。動く絵とか。俺も棒人間がバトルするヤツとかよく見てたもんだ」


「実体のない図書館? それに動く絵って……」


「カルロ、本当のことみたいだよ。私も知ってるもん。さっきクリスマスについてのお話をした時もそうだったけれど、こうやって思い出すみたいにするとね、『ああ、こういうのがあるんだな』って分かるの。セカイさんのおかげ」


「ほえー、便利なことね。アタシもセカイ……はうっさそうだからイラネ」


【ロッタちゃんヒドーい!】


 馬鹿話を間に交えつつだが、『平々凡々な青年視点』の世界観の話は膨らんでいく。


 だが、それらの情報は、この場にいる誰も望んでなどいなかった。いや、勿論セレーナが言うように、キヨシが元いた世界の話は、この異世界の話に繋がることはあるだろう。しかし、特にティナや、考古学志望であるはずのカルロッタが期待していたものとは少しズレた内容だった。


「……して、貴様はどうなんじゃ」


「え、俺?」


 マノヴェルが声を上げると、キヨシはスッとぼけた反応を返す。


 嘘だ。キヨシとて本当は、相手が何か違うものを期待していることは分かっていた。


「貴様は戦争か何かの経験者か、あるいはそういう地域に住んでいて、命のやり取りに慣れていると見ておる。違うか」


「マノヴェル様!? そんなハッキリ!」


「黙れ小童共。セレーナも口を出すでないぞ。儂はこやつと話をしておる」


 ティナたちが持って回った態度で少しずつ核心に近付こうとしていたというのに、マノヴェルはいきなりその核心に触れてしまった。受けてキヨシは流石に驚き、暫し呆然としていたが、誰の目にも明らかな作り笑いを浮かべた後、


「俺個人のことなんか、聞いたって面白くもなんとも──」


「面白味を求めて聞こうと言うのではない」


「……俺が寝てる間に何があったかは知らんけども。これ、多分皆気になってんだよな? セラフィーニさんが話を振ったのも、そこから少しずつ俺についての話に持っていこうとした、と」


 キヨシの問いに対し、誰も答えることはない。だが、その沈黙は明らかな『消極的肯定』を示す種類のそれだった。


「ティナちゃん」


「はい」


「以前、この手の話になったときによ。お前、『きっと話したくもない話だろうから、無理に聞かない』って体だったよな? 何故今になって翻意したんだ?」


「すみません。身勝手ですよね……」


「あー、アレだ。怒ってるワケじゃないぜ。なんか分からんけど、心配かけてるみたいだし。ただ、どういう心境の変化があったのかと思っただけ」


「……オリヴィーで、ジェラルドさんから聞いたんです。キヨシさんは『死線を越えてきてる』って」


「それはまあ確かに、ここ一ヶ月くらい、死ぬような目に何度も遭って──」


「そうじゃなくて。この世界に来る前から、です」


 オリヴィーにて、ティナはキヨシの心情を思いやって、過去を詮索しようとはしなかった。しかしティナ曰く、キヨシの窺い知らないところで立っていたジェラルドやマノヴェルたちからの評判が、少なくとも今のところは言い返せないものだったこと。そしてその内容が、かなり人に心配をかけるような、いいとは言えないものだったこと。この辺りが、ティナが翻意した理由のようだ。


 そこまで分かっていながらも、キヨシは頑として自分の意思を曲げようとしない。


「俺はただの、うだつが上がらない就活中の専門学校生だよ。それ以上のことは何もない。戦争だって、何十年と経験してない平和な国で生まれ育ったし、ンザーロさんが言うような戦乱とは無縁な人生……以上で終わりだ。俺のことなんてのはな」


「この期に及んでまだ嘘を吐くか……いや、よい。事実でも構わぬ。だが、儂とて譲れぬ部分はある」


 だが、それと同じくらい頑固な男もいる。マノヴェルもまた、自分の意思や見立てに疑いを持っていないようだ。


「貴様がここに至るまでの道筋、議会の報告書を熟読した上で、小童共から聞き及んで知っておる。うだつの上がらん学生には決して歩めぬ道筋よ。並大抵の人間は、どんなに重要且つ大切な事柄に対してでも命を賭すことはできぬ……命に換えられる物は、この世にはないのだ」


「む……」


 なるほど確かに、先程はセレーナに遮られてしまったマノヴェルの話も、事細かに聞いてみるともっともな風に聞こえる。


 これまでキヨシが歩んできた道のりというのは、確かに誰から見ても並大抵のものではない。まさに命懸けの旅だったと言っていい。マノヴェルの言う通り、普通の人間は良く言えば『いのちだいじに』、悪く言えば『我が身可愛さで』、自分を顧みずに物事に当たることはできない。これまで関わった事件も、今回のカンテラの件も、程度の差はあれど同じことではないか、と。そんな事ができる人間が、普通の人生を歩んでいるはずがないではないか、と。


 キヨシが眠っている間の話も総合すると、およそこんなところだろう。


「そうでなくとも。これは信用の問題でもある。お主らはアティーズに亡命を希望しておるんじゃろうが。だが、小娘共はともかく、貴様の素性は全く知れぬ。素性が知れぬだけならまだしも、話そうともしない。そんな人間をどうして信用できる?」


 それともう一つ、これはかなり手厳しい主張だ。ここ数日は王宮内では特に荒事もなく、かなり穏やかに過ごしていた故に忘れがちだったが、キヨシたちは明確な『怪しい者』として監視されている身分なのだ。本来、この手の要求に応えられないのなら即刻強制送還、もしくは始末されても文句は言えない。


 だが、そんな状況に置かれて尚、キヨシは、どこか清々しい心持ちで笑っていた。


「……何か言いたそうじゃな」


「いや、皮肉とか抜きでさ……おたく、実はすげーいい人だろ」


「──!」


「俺の過去を聞きたいだけなら、信用問題やらなんやら持ち出さずに、ストレートに『とっとと話せ』とでも言えばいいもんを。いや、つーかアレだ。それこそ、『首根っこ引っ掴んで従わせればいい』。おたくにはそれができるはずだ。俺はさっき、色んな事情が重なって勝ちを拾ったけど……正面切ってやったら、俺とティナちゃんやセカイ、それにロッタを加えても絶対に敵わない。一体どれくらい実力差があるかすら見当もつかねえ。何故そうしないか?」


 そう。先の決闘が勃発する理由になったマノヴェルの発言。『儂を殴り倒し、首根っこを引っ掴み、従わせればよかろう』という姿勢と、今のマノヴェルの態度は完全に矛盾してしまっている。マノヴェルには、実際にキヨシを捻じ伏せて従わせるだけの力は有している。だが彼はそれをしない。何故か。


 キヨシは既に答えを見出していた。


「答えは簡単。『そっち側から手を出すと角が立つ』と分かってるからだ。さっきは体面上こっちから手を出したし、付けてきやがった難癖も、難癖ながら筋は通ってる。だからセラフィーニさんも、お互い合意の上というのもあって止めなかったんだろ。つまり、おたくは自分がどういう立場の人間かは理解してるってことだ。『国の重鎮』って立場をな。しかしそうなると、不思議なことがある。何故にそこまで理解していながら、議会はボイコットし続ける? どうしてセラフィーニさんやフライドさんに対して、あんな刺々しい態度を? 過去を言うなら、俺のくだらない過去なんかより、おたくの過去の方が数百倍気にならないか? なんでも、法王府に攻め入ったとかなんとか──」


「それは、儂が自身の過去を詳らかにすれば、貴様も自身の過去を開示するという意味か?」


「えッ……」


 予想外の反撃に、キヨシは今度こそ完全にやり込められて口ごもる。『法王府に攻め入った理由について、本人は語りたがらない』という事前情報を基に、いつものごとく上手いこと立ち回り、煙に撒けるのではないかと、キヨシは打算的に考えていた。が、マノヴェルは渋い表情をしながらも、逆にキヨシを観念させにかかった。


 キヨシは甘く見ていたのだ。マノヴェルを『いい人』と見抜いたところまでは良かったが、国の利のためなら自己を顧みずに動くことのできる、篤い『愛国者』であるということまでは、見抜けなかった。


「……ッハァー! 降参だ。腕でも口でも敵わねえ。やめだやめ、もう勘弁してくれ」


「では、話すと?」


「いや、この流れで申し訳ないがやめておくよ。本当に、誓って、俺の過去なんかにこの世界の謎を解く鍵があるとは思えないしな」


「それを決めるのは貴様ではない」


「……そりゃそうだ。そうなんだけど……どうしても、話さなくちゃダメか?」


 激しく狼狽え、どうにか過去を打ち明けるのを拒むキヨシの様子は、誰の目にも異様に見えた。それ程までにひた隠しにする過去がどんなものなのか、キヨシとセカイ以外誰も知らないし分からない。カルロッタがキヨシの殺人歴─と、思われる─について触れた際のセカイの反応からして、羞恥心で隠しているワケでもないのは間違いない。


「……まあ、今はこんなところでいいんじゃないでしょうかね」


「ッ!? セレーナ、貴様!」


「一個人の過去が、国を揺るがすとは考えにくいのもまた事実。勿論、彼がいた世界については、王宮の方でより詳しく聞こうとは思っています。気になるのでしたら、一席も王宮へ赴き、一緒に聞いてみてはいかがでしょうか?」


 と、ここでセレーナがキヨシに助け舟を出しつつ、マノヴェルへ『王宮に来るように』と暗に促す。それに対しマノヴェルは肯定とも否定とも取れぬ態度で「フン」と鼻を鳴らし、


「話が終わったのなら、とっとと失せい」


 そう言って部屋を出ていき、その後二度と戻ってくることはなかった。


「……本当に悪いな、皆。帰ろうぜ」


「あ、あの。キヨシさん」


「ん?」


 マノヴェルの言いつけ通りに去ろうとしたキヨシを、ティナが呼び止める。振り返ればティナは深々と頭を下げていた。


「あの時、いい子ぶってあんなことを言ったくせに、結局こうなってしまって……やっぱり誰にだって、話したくない過去の一つや二つ、ありますよね。本当にごめんなさい」


「あー……いいよ。俺のことを気にかけてくれてるってのは一貫してると思うし」


「けれど、もしも、ほんのちょっぴりでも、話してもいいかなって思ったなら、迷わずに話してくださいね? 私だったらいつでも構いませんし、そうやって話すことで楽になることもあると思いますから……」


「……ま、考えとくよ。前向きにな」


 キヨシが言っているのはその場しのぎの方便、あるいは社交辞令のようなもので、結局話す気は全くないのだと、皆理解していた。理解しつつも、追及を続けることは心情的にできなかった。それが優しさから来ていることはキヨシは分かっているし、結果的には、その優しさにつけ込む形となっていることに、自己嫌悪を感じていた。


「なんでどいつもこいつも、こう……こんなに優しいかね」


【……──────】


 塞ぎ込む程でないにせよ、傷心のキヨシに対し、セカイすらも何も言わなかった。

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