第40話 裏切り
外に出てみると見張りは建物周辺より少し距離を開けたところにまばらにいる程度。思ったよりもこっちに割かれた人員は少ないようだ
どこに向かったのかは予想よりも早く割り出すことができた。
砂浜に残っている多数の足跡が俺たちの監禁されていた建物とは別の方向に続いていたからだ。
その足跡をなぞるようにして俺も後を追っていくと――。
「ちょっと、アンタ! いい加減にしなさいよっ! こんな事やっていいと思ってるの! ちょっ、だからやめてって」
まだ姿は見えないが前方からよく知った女の子の声が波の音に混じって聞こえてきた。
今のは、レイラか……!
声のした方へ急いで駆けつけると船にレイラが乗せられているところだった。
すぐに助けに行こうとするが、思い直しその足を止める。
あの首輪に爆弾が仕掛けられてるとかだったらここで助けに入ったところでその後どうしようもねえぞ……。
俺は船に連れて行かれるレイラに内心謝りながらも、状況確認を優先させる。
船に乗ろうとしている待機列には運がいいことにナディアの姿があった。
ナディアの傍らに行き声を掛ける。
「ナディア、俺だ! ダイキだ。そのまま怪しまれないように前を向きつつ聞いてくれ」
「ダイキさん!? 新しい魔法ですね……分かりました、続けて下さい」
流石のナディアも最初は目を少し見開いたものの、それにすぐさま対応。言いたいこともあるようだがその言葉を飲み込むと、声に耳を傾けるだけで極力声を抑えるよう努めていた。
「こいつらの目的は分かるか? 反魔法団体ってわりにヘッドは魔法を使ってるし、まさか本当にこんなことで皆平和に平等のもと仲良く暮らしましょうってわけでもないだろ」
「それは、ありません。おそらく目的は人身売買です。口にするのも躊躇われますが、魔法師というだけで商品価値は高いでしょうから」
ナディアが船を見据えながらそう呟く。
「ここにいる生徒が全員付けている首輪――これはわたくしたちの魔力を抑止させ、魔法の行使を妨げるアンチマジックアイテムですね。全員に付けなかったのはかなり値が張るものなので学園全員分までは用意ができなかったんだと思います」
「じゃあ、ナディアたち――ここにいる奴は俺以外魔法が使えないってことか」
「はい、そうなりますね……」
ナディアの額に脂汗が滲んでいる。いくら彼女が一流の魔法師といえど、その力が使えない以上はどこにでもいる普通の女の子と何も変わらないのだから当然だ。むしろこの状況でなお、事態を冷静に分析していることを褒めるべきだろう。
「その首輪の解除法とかは? 爆発したりする危険性とかはないか?」
「改造が施されていなければ爆発することはないですね。商品としての価値に目を付けている以上わざわざ傷つけかねない仕掛けを用意しているとも思えませんのでそこは大丈夫でしょう。首輪の後ろ、見えますか?」
「ああ」
ナディアに言われ、後ろを見ると首輪に小さな穴が開いていた。
「そこに鍵を差し込めばいいだけです。多分鍵を持っているのは……」
目を細め悲しそうに俯いたナディアが顔を上げある一点を見つめる。
視線を追うと、そこには迷彩服に身を包みサングラスをかけた女性がいた。
あの人……どこかで見たことあるような……。
俺の表情を見ていてそこから読み取ったのか、最初からそのつもりだったのか、その疑問の解答はナディアの口から告げられた。
「グローリア学園の主に受付や検査を担当する従業員です」
サングラスを付けていてすぐに分からなかったが、人物を聞いてから改めて見るとその女性は俺の知ってる受付のお姉さんだった。
「なんであの人が……」
気付けばそんな声を漏らしていた。
俺は正体を知って頭では理解していても信じられなかった。
編入手続きや魔力測定をしたり、変なとこをやたらと触ってくる苦手な女性。でも、仕事を紹介してくれたりとこっちで実は一番お世話になった人であったこともまた事実だ。
今までは演技だったのだろうか……。
俺はかぶりを振った。今は考えるより行動だ。
「なあ、ナディア。ちょっといいか? やってほしいことがある」
「ええ、わたくしにできることであれば何でも申して下さい」
俺の頼みにナディアが肯定するまで一秒もいらなかった。
「さあ、早く歩け!」
受け付けのお姉さんに連れられというよりは同行を頼み、一緒に歩く先は俺たちが昨日泊まっていた宿だった。
そのお姉さんの手にも更衣室にいた男同様手に陽の光を反射した黒い銃が握られている。
この人も魔法が使えないのか……。
グローリア学園の生徒になるには魔法が使えることが条件になっていたが、従業員についてはその限りではないのかもしれない。
後ろから銃を突きつけられながら歩くナディアの顔は強張ったり変な緊張を見せることなく、実に堂々たる様だ。
いざという時は俺が必ず助けに入ると信じているからこその信頼がそこには隠れているような気がした。
そろそろか。
宿の中に入るとすぐに俺は行動を起こした。
後ろから回り込むように前に立つと、お姉さんが手に持っていた銃を手で払い落とす。
「くっ、何――!?」
急な出来事に面食らった顔をしていたが、そのお姉さんの双眸が俺を睨み付けてくる。
相手との過度な接触が原因なのか俺の姿を視認できるようになったみたいだ。
払った銃をすぐに拾おうとしたところを俺は右手を前に突き出す。
「貴方、だったんですね……。お願いです。貴方には学園でたくさんお世話になりましたから、傷つけたくはないんです。大人しくナディアたちの首輪の鍵を渡してくれませんか?」
「フンッ! 欲しいなら力ずくで奪えばいい。そんな情けは無用だ」
そう言った彼女の目は学園で見せていた笑顔がどこに行ったのやら、その面影を微塵も感じさせなかった。
そのお姉さんの態度にピリピリした緊張感が場を流れる中、ナディアが一歩踏み出す。
「何故こんなことをしたんですか?」
それはたった一人の人間に向けられた静かな声。だが、不思議とその声には矛盾を孕んだような力強さがあった。
「貴方がこの学園の情報をリークしていたんですよね。その理由を教えて頂けませんか?」
ここぞとばかりに俺もナディアの声に頷き、話を引き継ぐ。
「俺もそこが知りたいんだ。貴方が今まで学園で見せていた顔はなんだったのか」
「…………」
お姉さんは窓から光が差し込むことにより自分の影しか映らない足元を見る。その胸中で何を考えているかなど分からず、時間も限られているということでさっさと鍵を取ってこの場はナディアに任せ先を急ごうかと考えていた時――。
「私だって頑張ろうとは思ったのよ……」
その声は絞り出すかのようにポツリと聞こえてきた。
「最初はこの作戦のためにあんな学園に通うことになった。触れ合っていけば、同じ場所で生活をしていけば、もしかしたら今のこの気持ちは変わるんじゃないかってそんなことも思ったけどさ、でも……結局は駄目だった」
俺たちに話すというよりそれは独白に近く、だからこそまぎれもない彼女自身の本音なのだと、その言葉にはそう感じさせる強さと重みがある。
「やっぱり、怖いものは怖い。私は魔法が使えなくても学園の情報をリークし続けることでなんとか居場所を得てきたけど、逆に考えればこれくらいしか私に居場所なんてないのよ」
この人も努力していたんだ。それなのに折れてしまった。
俺は初めて学園の受付でお姉さんと会った時のことを思い出す。
彼女の心からの声を聞いた今でなら少しだけ彼女の行動が腑に落ちたような気がした。
俺の身体を色々熱心に触っていたのだってもしかして魔法師という存在を自分なりに理解しようとしたその結果なのではないか、そんな風に今ならば思うこともできる。
「これくらいなんて言葉で自分の限界を作ってるようだから駄目だったんじゃないか? せっかく勇気出して行った自分の行動を自らが貶めるような消極的な発言ばっかしてっから、全てのことを斜に構えちまって今に至ってんじゃねえのかよ?」
これ以上ここで時間を費やすわけにもいかないか……。手荒な真似は避けたかったが。
俺が強引にでも奪うべきだと判断した時、お姉さんがポケットに手を突っ込んだ。
「不用意に動かないで下さい」
俺の制止の声も聞かずポケットから銀色に光るものを取り出した。その取り出された物体の先端はナディアの首輪の窪みと同じような形状をしている。
これが鍵か。
手のひらに置きそれを俺に渡そうと手を伸ばす。
「急にどうして……?」
「単純にあのリーダーのやり方が気に食わないだけだから。私たちはただ居場所を求めていただけ。でも、彼らのやり方は違う。変革をもたらすとかじゃなくて、私利私欲に動く魔物と何も変わらないから」
ナディアと顔を見合わせ、頷くのを見ると、その手から鍵を取った。
「その代わり命の保証もできなくなります。精々気を付けることね」
「ああ。それとこっちから一つ聞いて欲しいことがある。ホントは気絶させるつもりだったんだが、ここで大人しくしていて欲しい」
「甘いわね」
お姉さんははっきりと肯定はしなかったものの、信じてその場に残すことにした。
俺はナディアとともに部屋を出て、鍵を首輪に指す。
ガチャリ、という音がした後に首輪がナディアの首元を離れた。
魔法が使えるかどうか軽く試していたが、問題ないようだ。
「よし! なら役割分担といこう」
「…………」
「先ずは――」
「ダイキさん。お時間はあまり取らせませんので聞きたいことがあります」
黙っていたナディアが急に俺の声を遮った。
「ダイキさんの魔法ってどういう仕組みですか……?」
突然の問いに戸惑うが、そう言ったナディアの表情は真剣そのものだった。




