最終話 踏み出す勇気
魔法の仕組み……か……。
「ダイキさんとの魔法戦で最後に扱っていた風の魔法――いや、それ以前もでしたが魔法の強さが普通じゃありませんでした。それに先ほどシャドウの魔法を行使されていましたが、あれも並みのレベルじゃない。これだけなら別にどうこう言うつもりもないのですが、それを成したのが、アンチマジックアイテムをつけるまでもない魔力量のダイキさんが使ったという点です」
流石にナディアほどの実力の持ち主を前に見せすぎたのか、誤魔化せそうな雰囲気はない。
俺は正直に腕につけていたバンクルを見せた。
「これ、測定器と魔法のブースト効果があるんだ」
「そんなもの……一体どうやって……」
ナディアは信じられないとばかりに目を見開いた。
「拾ったんだ、偶然な」
偶然かどうかは別にして気付かないうちに嵌められていたのだから、説明としてはそんなに間違っていない……はずだ。
「……そうですか」
ナディアは納得できていないだろうが食い下がったりせず、言葉を飲み込んでくれたようだ。
それから俺たちは役割だけはっきりさせ動こうとしたが。
「その、最後にもう一つ、いいでしょうか?」
「急いでるし、後じゃ駄目なのか?」
「大事なことなので今の方が――。それに成功率を少しでも上げる為です。すぐ終わりますから――フリーズ」
ナディアは右手に小さな氷の塊を生み出す。その形は簡単に言ってしまうなら鉛筆。
その鉛筆形の尖った先端を自身の反対の手の指に薄く滑らせた。
ナディアの白い肌を血が滴り赤く汚していく。
この展開は覚えがあるぞ……。初めてをレイラに奪われ経験済みだ。
そして俺の予想通りにナディアの手がこっちに伸びて来る。
「ダイキさん。消毒、お願いできますか?」
「おい、流石にこれはちょっと……」
「お気に召しませんか?」
俺が心理的に追い詰められるからかもしれないが、ナディアは上目遣いでこっちを見てくる上にその瞳には涙が浮かべられているように見えた気がした。
「本当にいいのか? そんなおいそれと簡単にやっていいことじゃないだろ」
「そうですね、簡単にやるようなことではありません。魔法師としての品位にも関わってきますから。ですので、今は緊急事態ということにしておいてくれませんか? 今は魔法を覚えて得はあっても、その逆はありません」
いくら俺と仲が良くなったからといっても、元はナディアの苦手とする男である事は変わらない。そんな俺がやってしまってもいいのだろうか、俺は逡巡した。
いや、ここまでやってくれてるのに女に恥かかせる方が最悪か。
元々俺には品位も何もない。失うものなんかないんだ。
「そうだな、じゃあ、その……頂きます……ゴクッ――」
一滴たりとも血を無駄にしないように、俺は傷口に唇を押し当て舌をナディアの指先に絡めた。
「ん……んぁ、あん――はあ、はあ」
ナディアの息遣いに心拍数が上がっていくのがはっきりとわかる。
「どう、ですか……?」
「ちょっと待ってくれ、ヒール。――あった!」
傷口を治てから確認して見ると、バンクルには新しい魔法が追加されていた。
――メタモルフォシス、変身の魔法か……?
「ダイキさん、ヒールまでお使いになれるんですね……。それで何の魔法だったのですか?」
百聞は一見に如かず。物は試しということで俺はナディアを見据える。
「メタモルフォシス」
バンクルの魔力ブーストによる魔力光が自身を取り巻くように放たれている。
「えっ――!?」
それはナディアにしては呆けた声だった。
こっちをじっと窺っていたナディアの目は驚愕に見開かれている。
だが、その反応はある程度予想通りでもある。なんたって俺はナディアの姿をイメージしてやったのだから。
俯くと、そこにはいつも平らなはずの胸部がこれでもかと主張するように膨らんでいた。
ごくり。
俺はナディアに変身した自分の胸を前に生唾を飲む。
出来心というか興味というか、俺の手はゆっくり宙を彷徨いながらも、その実ったばかりの果実に吸い寄せられるようにして、触れてしまった。
手の平に伝わる感触にだけ今は全神経を研ぎ澄ませる。
む~この胸の柔らかさ……柔ら……やわら――。…………なんでだよ、なんで硬いんだよ。
その胸は予め定められた形を維持してるだけなのか形状も変わることなく維持され続け俺の胸部で仁王立ちしているかのようだった。
当然のごとく、ナディアの視線が突き刺さる。さっき、指を切るときに使った氷の刃が怪しく光り、先端からは僅かに血を滴らせていた。
「いや、今のはちゃんと成功してるかの確認でだな、別に他意があったわけじゃないんだ! そ、それでどうだ? 姿におかしいところあるか?」
「……いえ、ありませんよ。びっくりするくらい完璧です」
呆れたのかため息を吐きつつ、ナディア本人がその姿を完璧と評した。
見た目は完璧か。触れられれば鎧のごとく硬い双丘の膨らみはヤバイがこれは使えそうだな。
「よし、じゃあ行くか。役割は単純にナディアが他の生徒を守って、俺が叩く――でいきたいんだが、いけそうか?」
「それくらいでしたら、問題はなさそうですね」
俺に魔力コアを分け、少し魔力が弱くなったはずのナディアだがそんな雰囲気を微塵も感じさせず佇み、首を縦に振った。
その姿は頼もしく、それに釣り合うように俺も鋼の胸を張る。
「メタモルフォシス」
再び魔力光に包まれながら、姿を変える。
その姿を見て俺の意図を理解したのかナディアは首輪を付け直した。
俺たちは正面から船まで戻る。その姿を見て襲ってくる者はおらず、列の最後尾にナディアは並び直していた。列も少なくなっていて、ナディアの順番まですぐに回ってくる。
俺を見ても誰も咎めるものがいないのは、俺の姿が迷彩服を着た受付のお姉さんだからだ。
ナディアで連れ去られる生徒は全員だな。やるか。
俺は全力の『ウィンド』を詠唱した。
その風魔法は風というよりはもはや嵐。吹き荒れる風に船も傾いている。
「なんだ!?」
それは右の頬に十字の傷がある男の声。
変身しながら他の魔法は使えず、自分の姿を現しながら船の下で注意を引きつける。
俺の元に次々と迷彩服の集団が集まってきた。
そして作戦通りに――。
「おい、船が凍ってるぞ! 手が空いてる奴はあの氷を融かせ! 商品に傷を付けないようにしろ!」
商品というのがレイラたちのこと指していると分かり虫唾が走る。
胸に溜まる不快感を魔力に乗せ、船に向かおうとしたやつらに俺は魔法を放った。風の弾丸が地面に当たり弾けては周囲数メートルを巻き込む。そのまま何人かは海に中へと沈んでいった。
「くそっ! なぜ魔法が使える……!」
リーダーらしき男が声を荒げた。
アンチマジックアイテムの効果を起動させるには首輪をしっかり嵌める必要がある。
だが、ナディアは首輪をしっかり付けたわけではなく、氷の魔法で繋げて嵌めているように見せかけただけ。故に魔法が使えるのも当然だった。
「そんなこと知る必要はない。悪いけどお前らに加減する気ねえから」
「たった一人の学生風情に何が成せるってんだよ。ストロ――」
「シャドウ」
魔法を使おうとしていた、その男は急に詠唱を中断する。
突然消えた俺に狙いが定められなくなったからだ。男は全方位に気を遣いながら、その場に立ち止まる。他の奴らも姿が見えない不安から右往左往していた。
トン――。
「そこだぁあああっ!」
男は力の限り音のした方に拳を振るうが、その拳は俺の真横を通り過ぎ虚しく空を切るだけだった。
その足元には、俺の投げた石ころが転がっている。
俺は屈みながら相手の腹に自身の手を押し付けた。
その男が慌てて掴みかかろうとするが、もう遅い。
「なっ――!?」
「ウィンドボール!」
ゼロ距離で放ったそれは、軽々と相手を吹き飛ばし、船の側面に身体を強く打ち付けさせた。
そこら中から聞こえる俺が何者かを問う声。
それじゃ、自己紹介といきますか。
「俺は駿河大輝。数多のヒロインを攻略せし、ハーレム王だ! ウィンド」
自己紹介ついでに暴風を起こし相手を中へ放り投げ一掃する。
「ダイキ!」
船の氷はいつの間にかなくなり、そこからレイラがこっちに向って下りてきていた。
その首にはもう何もついていない。
「無事だったか?」
「『無事だったか?』じゃないわよ! 一人でこんなことやって無理しすぎよ!」
「わりぃ。でも、俺がやらなかったら今頃お前たち海の上だったんだぞ?」
「その、それは……まあ、感謝してるけど。でもそれとこれとは話は別よ」
レイラは頬を染めつつ、そっぽを向く。一緒だと思ったが口に出すような愚行は犯さなかった。
「ホントに無茶をしたものだな、スルガ。それにしてもまさか一人でここまでやるとはな」
「船に乗っていた生徒の首輪は全部外しました。ダイキさんお疲れ様です」
周りで気絶している面々を一瞥したリネットと朗らかな笑顔を浮かべているナディアが船から降りて来る。間にはその二人の肩を借りている意外な人物がいた。船から降りるとゆっくりその人物を下におろす。
「生きてたんだな、どんだけタフなんだか」
「はあ、はあ。……馬鹿者。勝手に講師を殺すな」
二人が連れて来たのは、最初に敵の攻撃を浴びた鬼講師だった。息は荒く、自分で動けないようだが、意識ははっきりしているらしい。
「まあ、すぐに楽にしてやるよ――ヒール」
俺が治しているのを隣で見学していたリネットがうんうんと頷いている。
「相変わらず見事なものだな」
「…………」
鬼講師はずっと我慢していたのか苦痛から伴った汗を額に浮かべたまま、治すとすぐに眠りに落ちてしまった。
「流石にこのままってわけにもいかねえしな。俺が宿まで運ぶから、散らばってるこいつらの拘束を先に任せても――」
「いいか?」と、そう声を掛けようとした時だった。
「レイラ――ッ!」
レイラのすぐ近くにいた奴のダメージが浅かったのか運の悪いことに一人の男が顔を上げる。そして一矢報いるようにレイラに向かって手を伸ばしていた。放たれた火の弾丸が飲み込もうとして棒立ちなっているレイラに襲いかかってきたが、何とか手を取るのが間に合い、直撃を避ける。
放った本人も全力だったらしく、すぐに意識を途切れさせていた。
俺たちの近くで地面にぶつかった魔法はそのまま爆ぜる。
「あっ!」
――――ポチャリ。
レイラの首から何かが飛んでいくのが見えた。
その金色の物体には見覚えがある。母の写真が入ってるというレイラにとって大切なロケットペンダント。それがはっきり海の方に飛んで行ったのが見えたのだ。
あー、なんでこうなっかな。
「くっそ!」
俺はすぐさま海へと身を投げた。
「ダイキ!?」
陽の光を反射させ、海中を揺蕩うペンダントはどんどん波に流されている。
流石に母親との絆をこんなことで断ち切らせたくないからな。
慣れない泳ぎでそれでも見失うまいと食らいつき、何とか手が届いた。
「ぐ……んぐぶっ……」
俺は金魚のように酸素を求め、空に向かって泳いだ。
「ぷはっ。はあ……はあ……」
「ダイキ……」
胸元で手を握りしめたレイラの瞳が不安に揺れている。
俺はすぐに見えるよう手に持ったそれを掲げた。それは母親の形見でもあり、そしてもう一つ大事な意味がある。言葉にすると変かもしれないがそれは俺とレイラを最初に繋いでくれたものだ。
「ダイキ……。もう、アンタったら、もう少し後先考えなさいよ」
口調は怒っているようだったが、その顔は目じりに涙を溜め笑っていた。
鬼講師を宿で寝かせ、襲ってきた奴らに首輪と縄で無力化し、海辺にいくと、そこでは泣いていたりする生徒も未だちらほらいた。
これだけの騒ぎで死にかけた者はいても、死者が出なかったのは唯一の救いと言えるんじゃなかろうか。
「力仕事ご苦労様です」
ナディアが俺に気付きこっちに来ると、労ってくれた。
「ナディアこそ、これから忙しいんじゃないか? ホント人身売買を考えたりとか、ロクな奴がいねえな」
まったく、魔法師も大変だよ。
「お兄ちゃん! 大丈夫!? 怪我ない?」
「この子ったら、アンタのこと大丈夫だって言っても自分で見るまで信じないって言って大変だったんだからね?」
正面からエティが飛び込んできた。隣では俺にそこまで力の入ってない肘打ちを食らわせつつも、レイラが片目を閉じそんなことを言ってくる。
「生徒会長から話は聞かせてもらった。学園の情報が漏れていたとはな。スルガ、お前は大した奴だよ。あの最悪の状況下を覆して見せたのだからな」
俺の後ろを通り過ぎようとしたリネットが小声で呟く。
「さあ、これから生徒全員集めて強化合宿の続きだ。講師から代わりを任せられた身だからな。悪いが厳しくさせてもらう。そこの中等部女子もせっかく来たのだから参加していけ」
リネットが青いポニーテールを揺らしながら颯爽と生徒たちの元へ行く。
他にも講師がいるというのにここに鬼のリネットが誕生してしまったようだ。
「どの道転移にも時間がかかりますからね。その間を有意義に過ごすことは理にかなっていると言えます」
「何でエティも……。高等部怖い~」
「ほら、行きなさい! うだうだ言ってても始まらないわよ。レイラお姉さんも付いててあげるから」
ナディア、エティ、レイラもその後ろに続いた。
ごちゃごちゃ言い合っているこいつらを見て何となく思う。
この世界で色々あったな、と。
そのどれもが自分の起こした行動に繋がっている。
もしかして、俺が異世界に来たとかそんなことはあまり関係なくて、現実で感じていた閉塞感も実は自分の行動一つ、やる気一つでまた違う未来があったのではないだろうか。
「違うか、ギャルゲーだってやっぱり俺の人生だわ……でも」
誰に言うでもなく一人呟いた。
なんとなく、彼女たちの後姿を見ていると考えさせられるのだ。
勇気を出して最初の一歩を踏み出していれば、それこそ現実の世界でも俺の知らない異世界がそこには存在していたのではないかと。
歳とかそんなの関係なくって、先ずは自分から行動する、多分その行為こそ尊くてもっとも重要視されるべきなんじゃないだろうか。
全ては仮定に過ぎない。それでも俺はそう信じたい。
だから――だからこそ、俺はこれからも目指す。俺の夢であり男の夢。ハーレムを――。
「ダイキー! 何やってんのよー! サボらせないんだからねっ! 早くこっち来なさい!」
遠くでレイラがこっちに手を振っている。
「今行くっての!」
俺もそれに手を振って応えた。




