第32話 家族の絆
「あら? ダイキさん、どうかなさいましたか?」
俺は学園まで戻ると生徒会室を訪れていた。エティは学園の前に待機してもらっている。
「ああ、少し頼みがあってな」
俺は部屋の隅に設置されている真っ黒い機器に目をやる。この学園の受付にあるのと同じタイプの通信機――要するにこの世界における数少ない貴重な電話みたいなものであり、数少ない通信手段だった。
流石にその視線だけじゃ意味が伝わるわけもなく、端的に話すことにする。
「俺を通報してくれ」
「…………」
ナディアは表情を一切変えることなく、口も噤んだまま俺を頭からつま先まで見ると――タッ、タッ、タッ。
部屋の隅にある通信機を手に取り、慣れた手つきでスムーズに操作し始めた。
「あっ、はい、お疲れ様です。こちらはグローリア魔法学園で生徒会長を務めさせてもらっているナディア・オルブライトと――」
「ちょっと待ったぁぁぁぁっ!」
俺は慌ててナディアから通信機を取り上げると、元に戻し通信を切る。
「ナディアさん? 今どこにおかけしようとしていたんでしょうか?」
「言われた通り騎士団の方にですよ」
「騎士団? なんだよ、リネットたちか……脅かすなよ。リネットたちならまあいいか」
「いえ、学園の騎士団ではなく国の方の騎士団ですが」
へえ~国の騎士団かそれなら安心――ん? 今なんて? 国っ!?
待て、流石にそれは洒落になんねえよ!
俺の内心を知ってか知らずか、いや知ってるんだろうけど。そんなナディアが口元を抑えながら上品に笑っている。
「冗談ですよ。どこにも繋げていませんでしたから」
ナディアは俺の反応に満足したとばかりにウィンクをしてきた。
「でも、今のは用件を手順よく話さなかったダイキさんも悪いんですからね? それで通報に至った件、詳しくお聞かせ願えますか?」
「俺が悪かった。俺の考えを一から話すよ。……その前に本当に通報してないんだよな?」
そこだけが心配で確認したが、ナディアは首を縦に振り、それを信じた俺はこれから何をするのかをナディアに話した。
「――ということだから、頼めるか?」
「それは構いませんが、本当にいいんですか? 最悪ここを退学なんてことにもなりかねませんが」
退学は嫌だが、この件については多少の荒療治が必要だ。それにもし退学なんてことになってもしばらくはリネットが面倒を見てくれそうな気がするし! 見てくれるよな?
深く考えれば考えるほど行動に支障が出そうなためかぶりを振って邪念を振り払う。今一番必要なのは成功させるという強い意思だ。それ以外はいらない。
「それでも、頼む!」
「分かりました。頼まれるとします」
「自分から言い出しといて何だコイツって感じだと思うんだが――悪いな、損な役を押し付けちまって」
「わたくしがダイキさんを頼りにしているように、ダイキさんだって誰かに頼る権利はあるんですよ?」
俺より身長の低いナディアは上目遣いでそんなことを言ってくる。流石に二人きりの空間でそんなことをされてしまえば意識するなという方が難しく、顔の辺りが熱を持ち始めるのが自覚できた。
あれ……そう言えば、今のって……。
ふと、口元が緩みそうになるのを我慢した。
「だから、今回大した力にはなれそうにありませんが、陰ながら応援くらいはさせて頂きますね」
「ありがとう」
ナディアは本当に会った時とは別人のように変わったと思う。
俺は心から感謝の言葉を口にすると、ナディアに背を向け、学園を後にした。
外で待たせていたエティと合流すると、場所を変え学園からそう離れていない噴水広場に移動する。
真ん中に噴水があり、幾つかベンチも配置されていた。
広場に入る為の入り口は同時に出口でもある。周囲が鬱蒼と生い茂った草木、反対側には岩壁もあり人が通るような道がそこしかないからだ。
「こっちに来てくれ」
俺はエティを回り込んで噴水の奥のベンチへと誘導する。
「ス、スルガさん。どうしてここに……。というかその恰好は」
エティにはここに来た理由を説明することもなくついて来てもらったのだが、ここにきて流石に俺の服装が気になっていたらしく突っ込んできた。
そんな俺の服装と言えば、来る途中に自室から持ってきた仕事に使っている作業着である。本当は帽子も欲しかったのだが無いものをねだってもしょうがなく、いつも下ろしている髪を上げてオールバックにし、とりあえずすぐに学生とバレない変装を施してきた――つもりだ。
「これは気にしないでくれ。それよりエティにお願いがある」
「……お願い、ですか?」
エティが首を傾げながら聞き返す。
「ああ。これから何が起きても黙って俺の言うことに従ってほしい」
俺は肩を掴みしっかり少女の目を覗き込む。さすがに中等部の女の子相手に緊張することはなかった。
エティも覗き返すように俺の方をしっかり見ると本気が伝わったのか一回だけはっきりと深く、ゆっくりと頷く。
噴水から湧き出す水の音しか聞こえていなかった広場の中で、その音に混じり何者かがこっちに走って近づいてくる足音が聞こえてきた。
こんな場所に走ってくる人間はそういるものじゃない。やってくる人間の目星はついていた。
じゃあ、予定通り黙っててくれよ?
「エティー!」
「ん――ッ!?」
突然現れた男の低く太い声にエティが身体をピクッと動かし反応を見せる。俺たちの姿は中央にある噴水が阻み死角となるよう位置取りをしていた。
間違いない。この声の主がエティの父親のようだ。
俺は緊張を捨てるように一息吐くと、エティの肩を離すことなくがっしりと掴んだまま声を上げた。
「いいじゃん! ちょっと俺と遊ぼうよ! 奢るからさ」
立ち上がって、わざとエティの父親に見えるように手を引いていると、横目からこっちに向って走る人の姿が見えた。
「ほらほら、行こうよ~」
「貴様ぁあああっ! その汚い手を離さないかーっ!」
こっちに突進して向かって来そうな勢いだった為、足元に風の弾丸を撃ち牽制する。
エティは俺を信じ、何も分からない状況だろうに流されるままになってくれていた。
「あぁん? テメェ誰だよ? 俺は今からこの子とデートすんだから部外者は引っ込んでてくれねえかなあ。目障りなんだよっオッサン」
「部外者、だと? 部外者なわけあるかっ! わたしはその子の父親だ!」
鬼のような形相でエティの父親の双眸がこっちを睨みつけてくる。額からはだらだらと絶え間なく汗が噴き出しているような様子だった。その姿を見て一つ確信したことがある。それは別にエティの父親はエティのことを嫌っていたり、無関心などではないということ。
当たり前のことのように思えるが、エティの話を聞く限りだとエティの心を許せる人は兄だけだったらしいからな。
ちょっと揺さぶりを入れるか。
「父親だ? ハハッ、アンタが今この子が言ってたダメ親父かよ」
俺はエティの肩を持ったまま、父親に見せつけるよう前に誘導した。俺の言葉を聞いたからかそれとも娘に気安く触れていることが気に食わないのか父親の眉がピクリと動き眉間に皺が寄る。
「何て言ってたか知りたいか? いいぜ、教えてやるよ」
最初は仕方なくこんな役を演じるのかと思っていたが、なんか段々楽しくなってきたぞ。
「アンタ、娘と接してこなかったんだろ? 金だけ渡してそれではいお終い。そんなことだからこんなろくでなしな俺にほいほいついてくような娘になっちまったんだろ? 自業自得だってんだよ」
フラッとエティの父親は力なく前に歩いた。その目はただひたすらに前を――エティを見ている。
『ウィンドボール』をもう一度足元に放った。
「それ以上こっちに近づくようなら次は当てる」
一度は足を止めたと思ったが、それは思い違いだったらしい。エティの父親は重そうな足取りでゆっくりこっちに一歩を踏み出してきた。
「襲われていたわけじゃなかったのか……? エティは、エティは自分からお前みたいなやつについて行くと言っているのか……? なあ、エティよ。答えてくれ」
周囲に気を配る余裕もないのか、ただ手を伸ばし、目じりには涙を浮かべている。
俺はエティの後頭部を優しくコンコンと突き、頷くように促した。その意図に気付いたエティは首を縦に振る。表情までは窺えないが、複雑な表情をしているだろうことは考えるまでもなかった。
エティに肯定されたことで今度こそ足を止めると思ったのだが、予想に反してこっちに向ってくる。
俺は『ウィンドボール』を連続で詠唱した。
頭、腕、足を掠めていくように当たっているのだが歯を食いしばり動きを止めることはない。その目には確かな意志が宿っていた。
「すまなかった、エティ。わたしの所為なんだな……。わたしが全部、悪かったんだな――くっ」
だが、掠り傷とはいえ流石にダメージが蓄積しすぎたのかエティの父親は身体をぐらつかせる。
俺は人というものを、いや家族の絆というものを甘く見ていたのかもしれない。
「っ! おい!」
目の前で父が自分の為にと頑張るその姿を見て、エティは肩に乗せていた手を振り解くと、前に――父親の方に駆け出していった。あまりに急なエティの行動は本来であれば父親の腕に掠るような軌道で放つはずだった魔法の結末を変えてしまう。
このままだと無防備なエティの身体に魔法が直撃するのは必至。
無理だ! 止められない!
魔法を行使するためのプロセスを全て終えてしまい、俺のコントロール下を離れた魔法は当初思っていた通りに発動してしまった。
父親の人柄など事前情報の不足により変に話さない方が良いと思って、エティには事情を話していなかったのだが、そのことが完全に裏目に出た形だ。
もっとよく考えるべきだった。エティはお兄ちゃん以外と接する機会は少なかったのかもしれないが、それでも父親が嫌いというわけじゃない。それになにより彼女はまだ魔法が使えるってだけで普通の中等部の女の子だ。そんなどこにでもいるような普通の女の子が目の前で自分の父親がボコボコにされるのを見て平気でいられるかどうか。――否、平気でいられるわけがなかった。
俺の魔法がエティの背中目がけて飛んでいき、当たる寸前。
「エティ――ッ!」
耳を劈くような声とともに、エティを抱き留め、背中で庇う影。
当たった衝撃で軽く身体が吹き飛んだ。
「うっ……」
「お父さん……!? お父さん!」
威力も抑えている為大怪我にはなっていないが、やはり限界以上に頑張っていたらしく、もう立つ力も残っていないようだった。
涙目になっているエティの傍らに行くと、すぐに『ヒール』の魔法で父親の身体を治す。
俺が治療している間に右手だけを宙に彷徨わせる父親は優しくエティの涙を拭った。
「すまなかった、エティ」
「ううん、エティも悪かったから。ごめんなさい……んん……グスッ」
父親に頭を撫でられエティはすすり泣く。そして次にエティの父親は俺を睨みつけてきた。
「これは一体どういうつもりだね?」
俺が出している手を指し、治療をしている理由を尋ねて来る。
もう隠す必要もないしな。
「ちょっと試させてもらったんですが、すみません。娘さんを危険に合わせてしまって」
「試す……?」
「ええ。娘さんが悩んでいる様子だったので微力ながらその悩みを解消するお手伝いをさせて頂きました。余計なお世話だったですかね?」
最初この人に会うまではエティのことをどう思っているのかなんて分からなかった。だからこそナディアに娘が襲われいるという内容で連絡を取ってもらったのだが、汗だくになりながらもここまできた父親を見て少なくともエティに関心がないというわけじゃないことは分かった。もし、父親としてあんまりだったらそれこそ魔法で叩きなおしてたとこだけど。
「いや、寧ろ家族の問題に巻き込んでしまって済まない」
父親の瞳から警戒の色が失せる。
「気にしないで下さい。自分の為みたいなものですから。それより一つお聞きしても?」
「ああ、構わん。何でも聞いてくれ」
「じゃあ、遠慮なく。どうして今まで娘さんに素っ気ない態度しかとってこなかったんですか?」
「素っ気ない態度を取っているつもりはなかったんだよ……。私はエティが生まれた時から面倒を看ようとするとすぐに泣かれてしまってね。エティには兄がいたんだが、息子にその辺は全部任せきってしまったんだ。変な話かもしれないが君はその息子にどこか似ているよ」
父親も同じこと言うって本当にそんな似てるのな。今日は大分髪型とか変えてたんだが。
不思議と幾分かエティの父親の表情が柔らかくなっている気がした。
「私は働くくらいしかできることがないからね。息子と役割を分担していたんだが、その反動か息子がいなくなってからはどう接していいか分からず……親として情けない限りだ」
「そんなことはないですよ。これからも娘の為に怒り、娘と共に悲しんだり笑ったりすればいいじゃないですか。貴方ならできますよ。俺が保証させて頂きます。それと俺、実は学生なんで今日の件は学園側には秘密ということで」
俺はエティに視線を送る。
それに気付いたエティが一つ頷くと、父親と向き合った。きっと今までこんな機会もなかったのだろう。
「お父さん……大丈夫?」
「ああ、このくらいどうってことはないさ」
これ以上ここにいても邪魔になるだけか。後は親子水入らず、好きにしてくれ。
俺はなるべく音を立てないように気を遣いながら歩き、振り返る。遠くからでもエティが笑っていることが分かった。
「これでお兄ちゃん代理としての仕事も終わりですかね。後は任せたぜ」
茜色に染まる空を眺めながら天国で家族の行く末を見守っているだろう兄に向けてぼそりと呟く。
そのまま俺は一人静かに広場を後にした。




