第31話 選ばれた理由
次の休日になって俺はエティとの約束通り仕事を高熱という理由で休み、一緒に兄弟仲良くとはいかないが遊びに出かけていた。
遊びといっても来た場所はリネットとも来たことのある商店街だ。てっきり遊園地みたいな場所に行くと思っていたのだが、近くにはないらしい。エティ曰く、簡単に行ける距離にあったら毎日お兄ちゃんと遊べるね、だそうなので近くになくて心底良かったと思っている。
「商店街に来たのはいいが、何するつもりだ? 情けないお兄ちゃんで悪いが妹の分を出してあげられるほどお金もってないからな?」
仕事はしているが給料が入るのはこの次の休みだ。それまで情けないことに俺は前にレイラから借りたお金が全財産である。普段は寮の飯などで食い繋いでいる為、ほとんどお金を使わない生活リズムが完成しているのだ。
「そんなことお兄ちゃんは気にしないでいいよ。そこはエティが誘ったんだもん、エティが出すよ」
「いや、待て! 自分の分くらいは自分で出す! ってか頼むから出させてください」
中学生に奢ってもらう高校生ってだけでもヤバいのに、さらにその高校生の中身が三十路を超えたオッサンとか、その提案を受け入れた時点でオッサンとしても人としても何かが終わってしまう気がする。これは踏み越えてはいけない一線というやつだろう。
「分かった! 高いお店には行かないようにするね」
妹の気遣いが胸に痛い。こんなのがお兄ちゃんとか俺だったら絶対にお断りなのだが。
「ん~ん~んん~」
鼻歌を口遊みながら身長差があるため腕を組むのはキツイのか、飛び掛かる勢いで手を繋ぐまでに止めていた。
「あっ――」
調子良さそうに歌っていたエティが突然歌うのを止める。
「どうかしたのか?」
俺は何かあったのかと気になって前を見ていたが、特に何か目を引くようなものもなかった。
「お兄ちゃん! あのお店! あのお店可愛いから入ろう! お金はエティが出すから!」
「いや、だから自分のくらいは自分で出すって……」
どこが可愛いのかよくわからなかったが、見た感じは木造建築の落ち着いた普通の喫茶店だった。俺は強引にエティに手を引かれその喫茶店の中に入る。
喫茶店の中では、何かを見るたびに綺麗とか可愛いとかやたら反応を見せていて、せっかくゆっくり話せる空間だと言うのにそんな話を出来る状態ではなかった。
俺はコーヒー、エティは紅茶を飲み終えると、直ぐに商店街の大通りに戻り、何となく歩く。
「なあ、本当にこんなのでいいのか?」
これじゃ遊ぶと言うより、ただ散歩してるだけって感じだったので、そう聞くと笑顔で「楽しいよ、お兄ちゃん」と即答されてしまい、何も言えなくなってしまう。
その割にエティの不可解な行動は続いた。一度何の興味も示していなかった雑貨屋を通り過ぎたと思ったら急に俺の手を引っ張り少し戻って雑貨屋の中に入ったりし、その後は商品をひたすら褒める。そして店を出てちょっと進んだところにまた最初に行ったところと似たような喫茶店があり、喉が渇いたからと言って中へと入る。紅茶を啜って外に出た。因みに俺は何も頼んでいない。
兄妹の話しも重要だが、なんだかエティ自身もこれまで接してきて色々と危うい感じがあり、ほっとけなくなってきている自分がいた。
「あっ……」
エティが切なげに声を漏らした。
本当に小さな声量ではあったものの触れ合うほど距離を詰めていれば嫌でも耳に入るというもの。
エティはその後直ぐに、俺の腕を取ると甘えてきた。
「お兄ちゃん!」
「どうしたんだよ? また喉でも乾いたのか?」
「なんでもないよ。えへへ」
俺は首を少しだけ回して後ろを見る。
「何か他に欲しいものとかはないのか? 行ってみたいお店でもいいんだぞ?」
「ん~」
「ふふっ。もう貴方ったら……。ちょっと甘やかしすぎですよ」
そこにはたった今すれ違ったばかりの家族の姿があった。
そう言えば……。
記憶を辿ってみると、ここに来てからエティが不可解な行動に至る前は必ず親子とすれ違っていた気がする。俺がお兄ちゃんって呼ばれている原因もここにある気がした。
偽りの兄妹の時間はここで終わりだ。
「なあ、エティ」
「お兄ちゃん、どうしたの?」
「話があるんだ。静かな場所で話がしたいからついて来てくれ」
俺が真剣だと分かったのかエティはちょっと寂し気な顔をしつつ、こくりと首を縦に振った。
来たことがあるとはいえ、俺はあまりこの辺の地理に明るくない。そして金もない。そんな俺が行ける場所なんて限られていた。
「お兄ちゃん、ここ本当に大丈夫? 怖い人出たりしない?」
道が狭い為エティは俺の制服を掴みながらついてきている。
「大丈夫だ。もし怖い人が出ても俺が絶対に守ってやるから。後少し辛抱してくれ」
「え……」
ぎゅう。
エティは一段と服を掴んでいる手に力を込めた。
「はい、着いたっと。ここでならゆっくり話せるだろ?」
そう言ってエティを連れて来た場所は現在リネットの親戚の家で親子三人世話になっているというリネットと前に来た小屋だ。
俺とあいつらの仲だ。きっと謝れば許してくれる。
「ここは?」
「知り合いの家だ? 気にせず入ってくれ」
中は少々埃っぽいが贅沢は言うまい。
エティも中に入り、予想以上に閉まりにくかった戸をなんとか閉めると俺はエティと向き合った。
「エティ。悪いが周りくどいのは無しだ。単刀直入に言わせてもらう。エティは家族と何かあるのか?」
「家族……」
「答えてくれ。俺にも聞く権利くらいはあるだろ? 俺をお兄ちゃんって呼ぶのもその辺りが理由か?」
「…………」
家族、と呟いたっきりエティは俯いたまま微動だにしない。
これ以上待っても無駄か。
まあ、話してくれなくても兄妹という関係を失くしこれから俺に関わらないように約束してもらえれば、後は何の影響もないわけだから――俺がそのことを伝えようとした時だった。
「エティにも……エティにもお兄ちゃんがいたの」
いた、ね。
絞り出すような声に耳を傾ける。
「スルガさんはそのお兄ちゃんに顔がよく似てて、初めて見た時なんか本当にお兄ちゃんが帰って来てくれたんだなんて思ったの。だからスルガさんのことお兄ちゃんなんて呼んじゃって本当にごめんなさい」
エティが頭を下げようとしたが、俺は前に手を出しそれを止める。
「続けてくれ。俺とエティの本当のお兄ちゃんが性格は置いといて姿が似てるってことは理解した。それで両親とエティの仲はどうなんだ」
俺はできるだけ優しく問いかけた。
「お父さん、お仕事から帰ってくると家でも忙しそうにしててご飯も勝手に食べていいってお金だけ渡してくるの。一人じゃ使い切るのが難しいからその分お小遣いにはなってるんだけど。あはは……」
控えめに笑ったかと思えば、すぐその笑みは姿を隠した。
「寂しいなら自分から声を掛けてみれば良かったんじゃないのか?」
「そんなことできないよ……。お父さんに何言われるか分かんないもん。エティね、こんな風に誰かと出かけるのも三年ぶりくらいだったから本当に今日は楽しかった。お兄ちゃんもスルガさんも中身は全然違うけど優しいところはね、同じだったから……」
理由は色々と考えられるが聞いている限りだとエティは今、父親と二人で暮らしているのだろう。そしてエティの支えになっていた本当の兄の方がいなくなり、今まで自分を抑えてきた反動が兄に似ているという俺の親密度の数値をあそこまで高めてしまったのだ。
解けてしまえば簡単なこと、あの親密度は俺のではない。それなら本来持つべき人に返してあげればいいだけの話。
エティが顔を上げる。その目に涙を溜めて。
「迷惑かけちゃってごめんなさい。そして短い間だったけど、エティの我儘に付き合ってくれて――」
エティが何て言おうとしたのかは分かった。だから――止めた。
そのエティと言えば突然人差し指を口元に当てられ戸惑っている様子。
このまま終わり……ってわけにも流石に行かねえだろ。
「そこから先の言葉はもう少し先まで取っておいてくれ」
こんな後味悪い結末の後にハーレムエンドなんて行けるかよ。
「次は俺の我儘に付き合ってもらう」
俺はエティにそう一言告げた。




