第30話 裏表妹
一度このゴミ置き場を去ってから、またここに戻ってくるまでそう時間が経ったわけではないがそこにエティはいなかった。
何となく俺のことを見てるんじゃないかと思って、周りを見渡すがいる様子はない。
「エティ~」
…………。
呼べば来るんじゃないかと思ったが、流石にそんなことはなかった。俺の今までの行動を陰でこっそり見ていたと言うさっきの話からエティという人物を誤解しかけていたのかもしれないことに少しばかり反省しておく。
学園のことは学園のトップに聞くのが一番。闇雲に探すよりはマシかと思い、ダメもとで生徒会室に向かった。
まだあちこちでグローリア祭の片づけが行われているため生徒会長であるナディアも例外なくクラスの手伝いに行っている可能性も考えていたのだが、生徒会室の扉をノックして杞憂だと分かった。
「はい、どうぞ」
「よっ、ナディア」
「ダイキさんでしたか。片づけお疲れ様です。それでただ顔を出しに来たってわけでもなさそうですね。今日はどういったご用件ですか?」
一人まったりとしたティータイムを満喫していたらしいナディアが飲んでいた紅茶をソーサーに置く。
「話が早くて助かるよ。聞きたいことっていうか調べたいことがあるんだ。エティ・バージェスって名前の女の子なんだが」
「エティ・バージェスさん、ですか。聞いたことありませんがちょっと待っていてください」
ナディアが席を立ち、隅に置いてある本棚の中から二冊の本を取り出す。
「それは?」
「この学園の初等部と中等部の生徒の資料です。簡単なプロフィール程度ですが顔写真はあるので」
そう言ってナディアはペラペラとページを捲り始める。
「こっち、俺が見ても大丈夫か?」
中等部と書かれた本に手を置き勝手に一般生徒が覗いてもいいものかナディアに確認を取る。
「本当はあまりよろしくはないのですが、これということで」
ナディアは人差し指を一本だけ立て、唇に当てる。外部に漏らさないなら良いということなので、頷いて遠慮なく本を取る。
「エティ、エティっと……」
パラパラとページを捲っていくと、見覚えのある顔が映った写真を見つけた。
「…………あった……?」
「見つかりましたか?」
「ああ、多分」
「その割に浮かない顔をされていますよ?」
俺が多分を付けたのは会った時の第一印象と資料に載っている顔写真の雰囲気にあまりにも差があったからだ。
資料を見ても名前の欄にはエティ・バージェスと書いてあり、写真にもさっき会った少女と同じ容姿がそのまま映されている。これ同姓同名の双子ってわけでもないよな。先程まで話していた時の明るい少女という印象はなく、その写真の表情からは笑みが抜け落ち抜け殻にでもなってしまっているようなそんな感想を抱いた。
「ちょっと、引っかかってな」
名前の横にあるクラスを見ると――『1-A』。
どうやら中等部の1年生だったらしい。
「でも、サンキュ。おかげで欲しい情報も得られた」
「いえいえ。でも、あんまり女の子に手を出しすぎるのもどうかと思いますよ?」
「そんなんじゃないっての。レイラみたいなこと言わないでくれ。それじゃ、行ってくる! それと無理はすんなよ?」
ナディアの机にはそれほど数が多いわけではないが白い紙が数段積まれている。それを見て一応気を遣ったつもりだったのだが、無用な心配だったらしくナディアは、「困った時は最初にダイキさんに言いますから」と言い、ウインクで返してきた。
ナディアにいってらっしゃい、と手を振られ見送られた俺はそのまま中等部へと向かう。
初等部、中等部、高等部それぞれの距離はそう離れてはいない。
俺はとりあえずエティと二人きりで話そうと思って中等部の入口まで来ていた。そこでは中等部も俺たち高等部と同じく祭りの片付けをしている。高等部ほどではないにせよ、こっちでもちらほら甘い空間を作り上げているところがあったが、多数の生徒は一生懸命片付けに取り掛かっている。
そんな中でエティの姿を探すと、予想以上に早く見つけることができた。
咄嗟に話しかけてしまいそうになったが、エティは他に三人の女生徒と一緒にゴミを回収して回っているようだ。その状況を見て口を噤む。
四人行動でエティを除いた三人の女生徒はエティの前を仲良さそうに並んで歩き、その一歩半後ろをエティが黙々と続いているようだった。生徒会室で顔写真を見ていなければ同一人物と納得できず、話しかけることで確かめていたかもしれない。だが、今のエティ・バージェスという少女からは写真で受けた印象が色濃く反映されて思い止まれた。
日を改めよう。
流石にあの状況から高等部の先輩に呼び出されたとあっては、周りからの印象もよろしくはないだろう。今日は片付けでずっと一緒にいる可能性が高い。それなら、何もない日にそれとなく呼ぶ方があっちにも負担を掛けないで済むはずだ。こういった気遣いも全部ギャルゲーが教えてくれるんだから学校でそろそろ教材として取り扱ってもいいと思うね。
「お兄~ちゃんっ! 来ちゃった」
次に会う機会は俺が予想したよりも早く訪れた。
翌日、初めて会った時の笑顔をぶら下げながら、人懐っこい声色で朝から学園の前でエティが抱きついてきたのだ。
この明るい方の表エティ? いや、こっちが裏なのかもしれないが、この明るいモードのエティと暗いモードのエティの差の激しさ。結果が出ている以上、後はその原因探しだ。エティが俺を兄と慕う理由もころころスイッチみたいにオンオフで表情を変える理由もどこかに必ずそうなった理由があるはずだからな。
「来ちゃったってな、今から講義受けなきゃなんないってのに、まあいいや、それよりお兄ちゃん呼びやめろ」
「ダメなの……?」
他の生徒の目もある所で瞳を潤ませてくる。ここで泣かれたりしたら誰に何言われるかわからない。
「わかった、それでいいから! それより少し場所変えよう」
「やった! やっぱり、お兄ちゃんは優しいね! どこに行くの?」
一人ぶつぶつと、どこに連れ込むのやら大胆やら呟いていたが、そんなことに構わず俺は手を引き人気のない場所に向かう。
コイツ、本当に中学生なんだよな? ってことは13歳くらいだろ? 俺はその頃サッカーに夢中だったけどさ、家族とかそういうの段々と煩わしく思っていたような気がするぞ?
俺はエティには見せないようにしつつ、盛大に溜息を零した。
「こんなところで何するの? お兄ちゃん」
あまり注意して聞いていたわけでもないが、どうやらエティはお兄ちゃんと口にすることが気に入っているような節があった。
こんなところってな、一応俺から見れば兄妹関係が始まった大事な場所だと思うんだが。まあ口にはしないでおく。エティは前から俺を見ていたらしいし、そんな感覚すらないかもしれないからな。
「何するのって言われたら、そうだな……」
仕方なくとはいえ、言っちまったし。
「俺たち、兄妹の話をしたいんだ」
「兄弟の未来の話、ですか?」
未来? まあ、間違ってないか。頬を染めてるのが気になる所だが。
「そうだ。それでだな単刀直入に言わせてもらうとだな――」
「お兄ちゃん! そんな大事な話はこんな場所でやるものじゃありません! もともとエティね、お兄ちゃんを次の休みに遊びに誘おうって思ってたから。そのときにこの話はしよ? ね?」
俺の言葉を遮り、ちゃっかり次の予定を入れてくる。その日は仕事の予定が入っていた為、その提案には迷う。がそれもほんとに一瞬のこと。申し訳なくはあるが、そっちは断らせてもらおう。
遊びの片手間にそんな兄妹の未来の話しとやらをしていいのかと突っ込みたかったが、ゆっくり時間が取れるのはこっちとしてもありがたい。俺のハーレムが掛かっているのだ。どんなに慎重に事を運ぼうとしても慎重すぎるということはないだろう。
「ああ……悪かった。休みにゆっくり話そう」
こうして、俺の休日の予定が一つ塗り替えられた。




