第27話 祭りの終わりに
ああ、こんな周り煩かったら声もロクに聞こえねえじゃねえか。まあ、用も済んだことだしな。
俺もリングを出て、ナディアの傍に行く。それに興味津々といった眼差しをするものはいても咎める者はいない。
今のこの状況ならナディアにも男の――俺の言葉が届くような気がした。まあ、その為にこれまでやってきたのだが。
ここならナディアだけに聞こえるか。
「なあ。ナディア、先輩」
掛ける言葉は予め決まっていた。俺はギャルゲーの言葉をこの状況に合うようにアレンジしそれを口にする。
「いくらアンタがトップクラスの実力を持ってようとなんだろうと、結局はどこまでいってもさ、一人の女の子でしかないんだ。生徒や教員がアンタに頼ってるように、アンタだって誰かに頼る権利はある。今までの生き方を変えるのは難しいことかもしれないけどさ、先ずは何か困ったら俺でよければ頼ってくれないか。頼りないかもしれないけどさ」
俺はそう笑顔でナディアに向かって言った。そのナディアといえばスッと目を細める。
「貴方の笑っている姿を見ると、どうしてでしょうか。まるで自分を見ているような気がしますね」
「え……?」
「いえ、何か似てる気がして安心できるという話ですので気にしないでください」
「あ、ああ……」
褒められた……のか……?
ナディアは表情を柔らかくすると口元に微かな笑みを浮かべた。
「それにしても貴方は敬う気があるのでしょうか……。まあ、無理して先輩を付けたりしなくていいですよ。ナディアと呼び捨てで構いません。そっちの方がずっと気楽ですから」
まあ、実際俺の方が十歳以上は年上なわけだからな。違和感がないと言ったら噓になる。
「この後空いてますか?」
「この後? ああ、予定はないが」
「では、わたくしと後夜祭もご一緒していただけますね?」
ナディアはまるでダンスの相手をお願いするかのようにこっちに片手を差し出してくる。
そういや、夕方過ぎから、そんな行事もあったな。俺としてはここでナディアとの距離を詰めるって考えていたため、まさかこの後ナディアから後夜祭に誘ってくれるとは思ってもいなかったが断る理由はもちろんない。
「ああ」
俺がその手を取り、立たせようとすると――また一段と大きな拍手が俺たちに浴びせられた。
「おっとぉ~熱い激闘を繰り広げ、互いの実力を認め合った握手だぁ~。ここにまた新たな絆が生まれました~もういいでしょう! 本日の魔法戦終了~! ではでは、皆さん。また来年お会いしましょう!」
感動のワンシーンとでも錯覚したらしい女生徒は区切りがいいと見たのか、魔法戦ごと終わりにしてしまった。まあ、そっちの方がありがたい。
俺はこの流れに乗り、空気を読むと腕に力を込め、ナディアを立ち上がらせて、もう片方の空いている手を上に突き上げた。その後の歓声はしばらく止むことはなく、その大勢の観客の声と視線を背中に受けながらナディアとともにさっさとその場を後にした。
さっきの大騒ぎもあり一緒にいるところを学内で見られるのは避けたいと思った俺たちは後夜祭が始まるまで一旦別れることにした。
ナディアがいない以上とくにこれといってやりたいこともなく、適当にブラブラしていたのだが、これも習慣なのか気付けば『2-A』――自分の教室の前で足を止めている。
空いてるドアから中を覗くと、赤い髪をしたツインテールの少女と偶然目が合ってしまった。そんな彼女は見て分かるほどご機嫌斜めの様子である。
「ねえ、ダイキ。アンタね、今までどこに行ってたのよ!」
そんなレイラの手元にはいくつか劇で使っていた小道具が詰められている箱があった。
「んーっと、ちょっとキジ撃ちに……」
睨まれていたことでテンパってしまい、つい変なことを口走ってしまったのだが。
「よく分かんないけど射的でもやってたでしょ。全く暢気なものよね。それより大変なんだからボーっと突っ立ってる暇があったら手伝いなさいよね」
俺は伝わらなかったことに安堵しつつ、やることもないので手伝うことにする。手伝うというより元々これは俺もやるべき作業なのだろうが。
「へいへい」
「へいは一回!」
「へいっ!」
それでいいのか、と思いつつ俺はレイラと一緒にホールに置いてある道具を教室まで運び込むという作業をひたすら繰り返すことにした。
「なあ、何でわざわざ教室に運んでるんだ?」
「本格的な片づけは休み明けにやるんだけど、ホールってわたしたちのクラス以外も使ってるとこが多いでしょ? だからあまりごちゃごちゃにならないようにそれぞれが自分たちの教室に持っていくことになってるのよ」
「そっか。それにしてもこんなに準備してんのに祭りが一日で終わるってちょっと寂しいな」
「そう? 普通だと思うけど」
この世界では学園祭の期間が一日ってのは普通らしい。
「それよりさ、今日すっごく盛り上がってなかった? 魔法戦はいつもそれなりに盛り上がるんだけど、何時にも増してっていうかさ、校内にまで声が聞こえてきてたじゃない? それに輪投げの方も生徒会長が来て盛り上がってたらしいわよ」
「あ、あはは。そうなのか……」
どれも心当たりがあり、思わず苦笑いになる。ナディアに付きまとってたことがバレたらレイラに何されるか分かんねえから絶対に言えないけど。
「…………」
急にレイラが黙り込み、様子を見ようと隣を見たのが運の尽きだったか、レイラは自分の髪色に合わせるかのように頬を染めこっちを向くと。
「ねえ、この後空いてる?」
そんな聞き覚えのあることを聞いてきた。
本来なら喜ぶべきことなんだろうが、もう約束があるものにとっては正直胃の痛みくらいにしかならない。
「あー悪い。今日は予定があってな」
「そ、そうなんだ」
「あ、ああ。……悪いな」
「まさかハーレムってやつ――」
「違う。鈴木だ」
つい適当な否定をしちゃったよ。レイラが変なこと言いかけるから。
もちろん簡単に信じてもらえるわけもなく、疑いの眼差しを向けてきている。
「スーズーキー? 聞き慣れない名前ね」
俺の国じゃかなり有名なんだぞ? 知らない奴なんて多分いないんだからな。
「そ、そうか? 俺の仕事先で仲良くなった人なんだけどさ。こっちに呼んで今日わざわざ遊びに来てもらってたんだよ」
「そ、そうなんだ。まあ、そういうことなら仕方ないわね」
それからというもの微妙な空気が流れ続けはしたが、それ以上レイラが追求してくることはなかった。もうすぐ給料入るし、その時はお金返した後何か買ってあげよう。
教室に運び終わり「じゃあ、鈴木のところに行ってくるな」といってレイラに別れを告げた後、しばらく時間潰しに歩いていたらやっぱりと言うべきか、そこかしこから俺を見て魔法戦の噂をする生徒がいた。レイラがいる時に流れてなかったことにホッと一息ついて胸を撫で下ろす。すると、後ろから聞き慣れている声が掛かる。
「スルガじゃないか。こんなところでどうしたんだ? 劇の片づけは終わったのか」
「リネットか。ああ、終わったよ。それにしても俺のクラスが劇ってよく知ってたな」
俺の言葉に慌てたかと思えば、すぐに自分を律したのかいつものリネットに戻る。
「騎士団のリーダーとなれば警備の配置なども頭に入れておかないといけないから当然の事だ」
警備をするのにクラスの出し物の内容を把握しておくことが当然なのか甚だ疑問ではあるものの、そこは触れないでおく。
「おチビたちはどうしたんだ?」
「あの子たちは母親が迎えに来てくれたからな。そのまま別れたよ。お兄ちゃんに宜しくって親子三人言っていた」
「そっか。じゃあ次あった時、またいつでも学園に遊びに来るようにって伝えておいてくれ」
リネットは右手で頭を押さえ冗談まじりに目を瞑ると、わざとらしくため息を吐いた。
「基本関係者以外が学園に来るのは禁止されている。まあ寮の方ならその辺の融通が利きやすいからな。そっちの方に遊びに来るように伝えておこう」
「ああ、頼む」
じゃあ俺はこの辺でっと。
「了解した。それでだな、スルガはこの後何か用事はあるのか?」
脱出失敗。またしても先手を打たれてしまった。今日何度目かのこの質問。
「ああ、悪い。外で佐藤を待たせちまってるんだ」
やべっ! 佐藤じゃなくて鈴木にしたんだった。まあいっか。
「先約が入っていたか。それは引き留めてすまなかった。行ってやってくれ」
レイラと違いリネットはまるで俺の言葉を疑っていないようでチクりと胸が痛んだが、今はその厚意に甘えておくことにしよう。
「サンキュ。じゃあ!」
俺は嘘を吐いた息苦しさからか、何となく居づらさを感じ走って逃げるようにその場を去って、校庭の人気のない片隅に膝をついた。
「お疲れみたいですね」
「まあな」
ここで落ち合う約束はしていたのだが、ナディアの方が一足早く来たらしい。
そろそろ夕陽も沈みきるという頃、校庭の真ん中に大勢の生徒が集まっている。
「とりあえず座って落ち着きませんか?」
「ああ、よいしょっと」
俺なりに気を遣って少し間を空けて座ってみると。
「離れすぎじゃありませんか? 隣へどうぞ」
「あ、ああ」
まさか、自分から接近を許してくるとは思わず、恐る恐る近づき隣に腰を落ち着ける。
うわっ、これ普通に緊張するぞ! 何か甘い匂いするし!
「わたくし……今の生き方を変えてみようと思うんです。お昼に言ってくれましたよね?」
黙って聞いて欲しそうなそんな空気を感じ俺は首を縦に振るだけに留める。
「今、生徒会ではわたくし以外誰もいないというのは存じていると思うのですが、元々こうだったわけじゃないんです。最初は女性の役員も数人いました。でも皆の負担を少しでも減らそうと皆の分まで仕事を頑張っていたら、いつの間にか周りに人がいなくなっていたんです」
今まで男嫌いで男子生徒の役員がいないのは納得できていた。でも、どうしても女生徒の役員までいないのが納得できなかったのだが、そういうことだったんだな。
多分周りの女生徒たちは仕事しているうちに自分がナディアの邪魔になっているのではないかとかそんなことを思い始めたんだと思う。そんな劣等感を感じ続けるのが嫌で、ナディアは一人で何でもできると錯覚して今の一人ぼっちの生徒会が出来上がってしまったんだ。
「だからあまりこういうのは慣れていないのですが、貴方――スルガさんを、いえ、ダイキさんを頼りにしてみても……いいですか?」
ダイキさん!?
ナディアは真っ直ぐな目で俺を見てきた。
「一人で無理するなって、あの時生徒会室で言ってくれましたよね?」
「あの時って?」
本当は覚えてる。生徒会室で俺が寝たふりをした時のことだろう。てか起きてるってやっぱり気付いてたのかよっ!
「恥ずかしかったんですからね。責任……取って下さいね?」
そう言いながら潤んだ瞳でこっちを見つめてくる。
「俺も男だぞ?」
「ダイキさんはダイキさんじゃありませんか」
どうやら俺という人間を認めてくれたらしいが、男嫌いは未だ否定する気もないってか。
「はあ、生徒会に入ることはできないけど、今日言った通り困ったことがあったら俺もナディアの力になるよ。微力ながら、な」
「はい! これから宜しくお願いしますね」
ナディアはそう言って俺に笑顔を向けた。この笑顔が本物なのだろうかなんて思うだけ野暮というものだ。
こんなにいい感じだし、バンクルだって確認する必要もないだろう。――チラッ。
何となく、何となくだ。ただ何となく袖を捲って少しバンクルを弄ってみた。
やっぱり見るまでもなかったな!
そこに書かれたナディアの親密度は55%。
――――ん? ――――ン?
見間違いと思いたくて二度見したが、どうやら見間違いじゃないらしい。俺はどっぷりと身体中から冷や汗が沸き出してくるのを感じるとともに、脳内アラートが全力で危険を知らせてきているような気がした。
ナディアの親密度の上に現在二人の人間が表示されているのだ。
レイラ・ローウェルとリネット・ブルームフィールドという名前が。
「ねえ、ダイキ」
「なあ、スルガ」
二人から一斉に声を掛けられ俺は観念して後ろを向くと――うん。いるね。リネットは呆れた感じでレイラに至っては完全に怒ってるよ。
「こんなところで何しているの?」「こんなところで何しているんだ?」
二人とも怖いくらいに息ぴったし。
俺は淡い希望を抱きながらナディアを見るが、首を傾げながら頭に(?)を浮かべ救いの手を期待できそうにはなかった。
「えっと……大事な話?」
「『大事な話?』じゃないわよ! スズキさんはどうしたのかしら?」
「スズキさん? スルガはサトウという方を外で待たせていると言っていたぞ?」
何でここにいるんだよ! しかもよりにもよってお前たち二人が!
俺は全力でこの場を乗り切ろうと全力で嘘の限りを尽くすことにした。
「鈴木も佐藤もさっき急な仕事が入って現場に行ったんだよ。それで戻る途中にナディアが転んでるのを見たからこうやって休ませてるんだ」
「そうです。ダイキさんには助けて頂いて本当に感謝ですね」
それはただのフォローのつもりだったのかもしれない。だがその一言が、俺の失言と合わさり負のシナジー効果を生み出してしまった。
「ナディ……ア……?」
それはレイラの怒りを我慢して震える声。
「ダイキ……さん……?」
それはリネットの動揺で震えた声。
「これは別に深い意味はなくてだな」
「あっ! 始まったようですね」
ナディアの声に校庭の方を振り向くと、魔法で花火のような催しをやっているようだった。更に何人かの踊っているペアもいる。
「うおっ! 綺麗だな! ほら、レイラとリネットも見ようぜ!」
俺がそう言って振り向いた時はもう既に手遅れだった。
レイラは自分の手元に炎の弾を作り上げている。その顔は笑顔だ。
ねえ、レイラさん? いくら責任感強いっていってもそれはやりすぎだと思うよ? リネットさんも潔く燃えろみたいな目で見てないで助けようよ。
「そんなに見たいなら近くで見せてあげるわよ! ファイアボールッ!」
その後しばらくレイラ主催の後夜祭は続き、結局ナディアとのことを誤魔化しきって怒りが静まったのは、全生徒の後夜祭が終わった頃だった。




