第22話 グローリア祭
パタンッ!
「よし」
最後の一枚もこれまでのナディアが書いていた書類を参考に書き上げると俺は綺麗に机の上にあった紙を全て束ねた。その量を目にすると思わず自分を褒めたくなってくる。
時間はもうそろそろ朝の講義が始まってしまう頃なのだが。
「腹減った~」
元の世界でギャルゲーをやっていた時の徹夜スキルが役に立ち、生徒会の仕事自体は多分これで終わらせることができたのだが、空腹だけには逆らえない。結局昨日の昼から飲み食いはしていないという状態だ。
一回寮に帰る気力もねえしな。ちょっとだけ仮眠取るか。ちょっとだけな。
俺は束ねた書類の横で顔を伏せ、少し目を閉じていたら、眠気もすぐにやってきた。
そういや徹夜なんてこっち来て初めてか……いや、こっち来た頃にレイラの部屋でも……眠れなかった……な……。
× × ×
ガチャン。
扉の閉まる音で目が覚めた。
誰か来たのか?
俺が顔を上げようとする前に声が聞こえてきて。
「あんなことを言ったのにどうして貴方は」
顔を上げるのを止めた。いや、だって面白――じゃなくて本音聞きたいじゃん。相手が寝てる時にだけ本音を話す女の子とだって付き合ったことあるけど、今はその状況と酷似している。ギャルゲーの話だけどさ、俺からしてみればリアル同然だ。
その経験が俺に起き上がるなと告げている。
「――貴方は何故わたくしを助けてくれたのですか」
彼女――ナディアは今どんな目をしているのだろうか。聴覚だけに頼っている所為かそんなどうでもいいことが気になってくる。
「わたくしのことお話ししたはずですよね。『さようなら』とも言ったはずです。それなのに……。まさか気付かなかったのですか。本当に何なのでしょうね」
ナディアの声はそれほど大きくはない。それでも落ち着いたこの部屋の静けさがナディアの声を強くはっきりと響かせていた。
「起きてからじゃ多分言えませんので、今言わせて頂きますね。今回はありがとうございました。――――」
礼を告げた後、しばらく何も言葉を発することなく、そのまま少しの時間が過ぎ足音が遠ざかっていく。
「んむぅ……ふぃとりで……むみすむにゃ……スー、ス―」
俺はおそらくこっちに背を向けてるだろうナディアにそれだけを寝言語で伝えた。伝わったかな?
ナディアの足が止まったのは分かったが、相手が見えないというのはこういう時不便なものだ。
まさか起きてたのバレたりしてないよな。
ナディアは聞く限りじゃ何もないままこの部屋を出て行った。
また戻ってくることを考え、少しの間この体勢を維持して様子を見た後に起き上がる。
あれ?
机の上に積み上げていた書類がいつの間にか無くなっていた。さっきのナディアの言葉からして先生に提出でもしてくれたのだろうが。
「よし、帰るか」
せめて午後の講義くらいは出るつもりだったが、既に夕陽が生徒会室の中を照らしていたのだ。
まあ、明日がグローリア祭らしいしな。飯食って寝なおそう。
やっとと言うべきか、いつの間にかと言うべきか。ついに迎えた祭りの当日。祭りに来る人の数は俺の予想以上に多かった。
レイラには午後から来いと言われているだけでそれまでは自由行動だった。
リネットは騎士団の仕事で周辺の警備に当たっているだろうし、レイラと祭りを回るのも悪くはないがそれは最後の最後。本当に祭りを一緒に回る相手がいなかった時だ。
学園一帯もいつここまで準備をしていたのか分からないが廊下まで綺麗に飾り付けされていた。驚いたことに射的や輪投げといった日本とあまり変わらない出し物をしているクラスが多い。いや、魔法が使えない一般の人たちがメインだからそれでいいのかもしれないが。ゴブリン叩きってのもあった。
俺も早く見つけないとな~って、いたいた。
人混みの中でも目立つ銀髪はこういう祭りごとだと本当に助かる。
後を追いながら、気になっていた親密度をチェック。バンクルに表示されている数字を見て泣きそうになる。
親密度100%。前見た時より100%くらい上がってるよ!
現在のバンクルに表示されていた親密度は20%だった。
でも、これで自分から誘うってのは悪手な気がしてならない。となると、俺としては相手が気付いてこっちに来てくれた上で自然と一緒に回る雰囲気を作り出すのが最善というわけだ。
そうと決まれば取りあえず、こそこそと廊下の端っこからナディアを抜かし、人の海に溶け込むかのように自然な流れでナディアの少し前のポジションを取る。
どうだ。
俺は他のクラスの出し物を見るフリをしつつ、後ろにいるナディアを確認すると――あっ。
たった今俺が通り過ぎてしまった教室の中にナディアが入っていくのが見えた。
一定の流れができてしまっていて戻るのは難しいが。
「うぐっ。ごぼっ。ぐはっ」
割り込みを嫌う過激派の人たちにあちこちを少し突かれたものの、なんとか無事(?)に教室へと入れた。
この教室では輪投げをやっているのだが。
「あっ、こんにちは! 遊びに来てくれたんですかぁ~嬉しいです! お金はいいので是非やっていって下さい!」
「ええ、なら一回だけ。もちろんお金はちゃんと払わせて頂きますけど」
そう言ってナディアはレジをやっている生徒にお金を渡し、輪を五つもらう。
「俺も一回やります」
俺もお金を渡して輪を五つ受け取り、ナディアの横に並ぶ。横一列で四ヵ所輪投げのコーナーがあり、俺とナディアで左の二つを使うのだが、こっちに気付く様子はない。
いいさ。俺の実力で振り向かせてやんよ!
ナディアの番と俺の番がほぼ同時に訪れる。
そんじゃ、行くぜ。大輝スペシャル!
地味にプレイするだけじゃ気は引けない。そう考えた俺が編み出した最高に目立つ輪投げのスタイル。
左右の手に二つずつリングを持ち、残った一本を口に加える。
「このフォームは……」
「あのフォームって……」
後ろから俺に注目している声がちらほらと――。
「「ダサい」」
ガクンッ。まさかの評判にこけそうになってしまうが、なんとか堪える。俺は結果で示す男だ。
俺が肩幅に足を開くと。
「…………」
左右の手を投げる為にクロスし。
「…………」
四つの輪を一斉に投げる。そして口に加えたリングをそのまま落とし――蹴った。
「…………」
台で立てられた棒は全部で三つ。10点、50点、100点の棒がある。
それらの真上付近でぶつかり合った四つの輪は綺麗に三つの棒を囲うように床へと散らばった。
そして、最後に蹴った一つだけが放物線を描くようにして100点の棒に――入ってしまった。ナディアがやっている隣の棒に。
「うぉおおおお」
「ナイシュー」
「やってくれると思ってたぜ!」
本人が不安で押しつぶされそうなんてことを知る由もない、俺の技を目の当たりにし魅了された連中はこんな時だけすっごく良い反応を見せてくれる。その前まで誰一人として喋っていなかったのに。てか、やると思ってたなら止めてくれよ。
流石のナディアもこっちを見――てはいないらしく、今、一投目を投げた。真上に。
そんな予想もしていなかった生徒会長様の行動におそらくこの場にいた全ての人たちが目を見張った。
ん? 今……笑ったような……。気のせいか。
ナディアが足を肩幅くらいまで開く。いつの間にか両手には二つずつリングを手にしていた。
おいおい、これってまさか――。
そのリングを投げる様は実に鮮やかで妖精が踊っているようにも見えるほどだ。
周りも同じことを思ったのか四つのリングを投げた時「ほお~」とか「はあ~」みたいなうっとりボイスしか聞こえてこない。
そして、投げた輪の行く先は100点棒の真上。無駄なく綺麗に四つ重なり吸い込まれるかのように入っていく。
そして、最初真上に上げていたリングが足元の方に落ちてくると、やっぱり蹴る。その軌道は完全に左にずれ、これまた吸い込まれるようにゴールインした。大輝スペシャルの残骸に囲まれた100点棒の中に。
悔しいけど、こんだけやられれば完敗だ。まあ目的は果たしたし良しとするか。
俺は大輝スペシャルをナディアスペシャルにまで昇華させたナディアに拍手を送る。
一拍遅れて他の人たちもそれに続いた。
多分、今日の祭りで今この時が一番皆の心が一つになった瞬間なのだろう、そんなことを思いながら俺は目を閉じた。




