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金目姫  作者: 辰野ぱふ
7/13

マシウス氏の屋敷 (1)

 ジョシュを乗せたソリがスーメルク岬に入ると、大きな岩がゴツゴツしているデコボコの道になった。表面は凍っているけれど、海の方から風がしじゅう吹いているからなのか? 氷はそんなに厚くははっていない。その道に入る前にソリは一度止って、車体の下の刃は中に折り畳むようにしまわれて、岩の上をガタゴトと細かく弾むように、すべって行った。 

 氷の館は、近くで見ると氷ではなかった。灰色の大きい石が組み合わせてある、がんじょうな城だった。山のように天を突き刺している。石の外側には霜がついていて、ところどころは凍っている。ぼんやり晴れの日に、それが光って見えるらしかった。

 館の周りは深い溝になっている。ソリが館の正面に着くと、間分厚い金属のとびらが上から下りて来て、それが溝と館をつなぐ橋になった。

 入り口は、さっきのパン工場よりもずっと天井が高く、がらんどうだった。そこが倉庫のようになっている。

 ソリのとびらがあいた。そこはもう城の中だと言うのに、外と同じくらい寒く、冷たい空気がソリの中に入り込んできた。ソリの中で身体が暖まってきていたジョシュは、それでなくてもビクビクしていたのに、この寒さでゾゾゾゾと心まで冷たくなるように思えた。

 ソリを運転していたスーメルク人、乗っていた3人のスーメルク人がウーと鼻にひびくメロディーをまだ歌いながら、ソリから飛び降りた。ジョシュもそれを真似して外に飛び降りた。

運転していた大男は、灰色狼の鎖を外して、数頭ずつ、引っ張ってどこかに連れて行き、他の男はまだメロディーを口ずさみながら、パンの袋を運び出した。何もしないわけにはいかないような気がして、ジョシュも袋を運んだ。

 ソリに乗ってから降りるまで、一緒に同じメロディーを口ずさんでいたけれど、一言もだれともしゃべらなかった。

 パンを運び終わると、スーメルク人たちはまだメロディーを口ずさんでいて、歌いながら中へと入って行ってしまった。

 ジョシュは一人、その寒い倉庫の中に残された。

 丸いつるっぱげの頭がテカテカ光った、丸いメガネをかけた小さいおじさんが、ノートのようなものを見ながら倉庫にやってきて、どうやら、パンの確認をしているようだった。むくむくの暖かそうな毛皮を着ている。灰色狼の毛皮だ! とジョシュは思った。

 一つの布袋を開けると、ちょっとパンをちぎって、味を見て、なんだかノートに書き込んでいた。

 それを見ていたら、ジョシュのお腹がぐーと鳴り、それは思いのほか大きい音で、倉庫の空間に響いてしまい、はげ頭のおじさんはびっくりして、尻もちをついた。

「だ、だれだ!」

 とおじさんは、ズズズとお尻をすって、ノートを抱え込んだ。

「あ、どうもすみません。ジョシュ・クラウドです」

 とジョシュは言った。

「ひぇええ。クラウド?」

「はい。ナカ町の方からやってきました」

「えええ? クラウドって、まさか天気予報の人?」

「は、はい。そうです」

 こんな所でもクラウド家のことを知っている人がいるのか、とジョシュはちょっとびっくりした。

「なに? 天気予報しに来た?」

「いえいえ、働きに来ました」

「ひぇえええ。ま。まさか。燃料堀りに来たの?」

「え? 何をするかは、まだわかりません」

「まったく、だれもそんなこと言ってくれないんだから、困るのよ。みんな無口なのよ。歌は歌うんだけどね。それだって歌詞は無し。音だけだからね。まったく話が通じないんだから」

 はげおじさんは、どっこらしょ、と起き上がると、毛皮を整えて、丸眼鏡の奥から、ジョシュの顔をまじまじと見た。

「へえええ。ギャバには似てないね」

 ジョシュは、どう答えていいかわからず、じっとこのおじさんを見ていた。ギャバというのはジョシュのおじいさんの名前だった。ジョシュが生まれた時には、ギャバはもういなかった。だからジョシュはおじいさんのことはよく知らないのだ。

「名前は?」

 とはげおじさんが聞いた。

 さっき言ったのに…、と思いながらも

「ジョシュ・クラウドです」

 と答えると、

「あ、クラウドってのはもうわかっているんだから、ジョシュだけでいいんじゃないかな。まったく、今時の若い奴ってのは、そういう細かいところに気がつかないね…」

 といらいらしながら、ノートを開いて、どうやらジョシュの名前を書きこんだらしかった。

「で。次のセリフは?」

 はげおじさんは、えんぴつで、ノートをコツコツと叩きながら、いらいらしていた。

 ジョシュは何と言ったらわからないから、黙っていた。

「もう、次のセリフは、こうでしょ!」

 おじさんは、怒っていた。

「『あなたさまのお名前をうかがってもよろしいでしょうか?』これがセリフというものでしょ」

 ジョシュは、わけがわからなかったが、とにかくこのおじさんの言うとおりにしておいた方がいいだろう。

「あの、あなたさまのお名前をうかがってもよろしいでしょうか?」

 すると、おじさんは、

「よろしい」と、しゃきっと立ち直すと、

「マシシ・スーメルクですよ。もちろん」

 と言い、

「スーメルクの親戚の場合は、みな、様つけてね。名字がスーメルクだったら、だれでも様だから、わしの場合はマシシ様になるかな」

 と言った。

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