クラウドの家族 (6)
ソリの前にもうもうと煙のようなものが見えるのだが、それが近づいて来ると、
10頭ほどの灰色狼だとわかった。その狼たちがソリを引っぱっているのだ。狼は大きくて目はオレンジ色に光っている。口輪をしているけれど、その隙間からピンクの舌がたれていて、よだれがボタボタ落ちており、ハアハアと白い息が冷たい空気に上っていた。灰色狼の牙は、ソリをすべらせている下の刃と同じような、研ぎ澄まされた銀色だった。
それが今、ザックザックザック、ギュールギュールギュールとものすごい音を立てて、ジョシュの目の前を通ろうとしているのだ。
もう、それを見ただけで、ジョシュの心臓は縮み上がっていた。
工場の大とびらがギギギギギと両側に開いた。
工場の中からは、どっと熱気があふれた。それは、ジョシュの身体をも包み、ジョシュは一瞬、ふわっと空に舞い上がってしまったように感じた。
「ほれほれ、どいたどいた、ひかれちまうぞ!」
とさっきの守衛さんと、その守衛さんと同じような大きなほかの守衛さんがゾロゾロと5人くらい出て来て、門の横に並んだ。
その門の中に、ソリはまっすぐに入って行った。
ジョシュはそれを呆然と見つめていたが、とびらが閉まる時になって、あわてて中に走り込もうとした。
「だめだ!」とさっきとは違う守衛さんがどなって、ジョシュの行く手を阻んだ。
「入れないぞ!」と、そのさっきの守衛さんと、今の守衛さんとも違う守衛さんが出て来て二番目の守衛さんの横に並んだ。
「ブハハハハハ」と笑いながら、さっき入り口でパンをくれた守衛さんが出てきた。
「いいんだ、いいんだ。この男は、スーメルクで働く決心をしたらしい。だから、パンを積んだらソリに乗って一緒に行くんだとさ。ブハハハハ」
そうすると、ほかの守衛さんもいっせいに同じような笑い方をした。
「ブハハハハハハハ、ブハハハハハハ、命知らずだな!」
その声は工場の入り口の広い物置になっているような場所に、ひびいた。
ジョシュの心臓はバクバク言っていた。そのジョシュの後ろで、工場の大とびらがギギギギと重々しい音を出しながら閉まった。
「ほれほれ。もう逃げられないぞ!」
最初の守衛さんはおもしろがって、ジョシュの頭をポンポンと叩いた。
ソリはそばで見ると、工場の天井ぎりぎりの所に屋根があって、ジョシュはそれを見上げながらただただ、びっくりしていた。
工場の入り口には、今、灰色狼のくさい、獣の臭いが充満していた。そして、ハアハアという狼たちの息が白い霧のようになっていて、ジョシュの胸はムカムカしてきていた。
ソリの横のとびらが開いて、スーメルク人たちが出てきた。みんながっちりしていて、目は鋭く、この寒さの中、顔も腕もむき出しだった。そのむき出しの顔や身体のあちこちに刺青があって、切り傷のようなのもいっぱいついている。彼らは、工場の入り口に積んであるパンの入った布袋を、黙々とソリに積んで行った。
山のようにそこに積んであったパン袋は、どんどんソリの中に消えて行った。最後の一袋を入れた大男が、
「じゃあな、また来週!」
と、言って、空の布袋の束を守衛さんの方に投げた。そしてさっさとまたソリに乗り込んでしまいそうなので、
「あ」
とジョシュが声をもらした。
数人のスーメルク人が次々にソリに戻ろうとしていたのだが、誰一人として、ジョシュのことなんか気にしていなかった。
「あ、あの!」
とジョシュがありったけの声を上げると、守衛さんたちが、クスクスと笑いをこらえているのがわかった。
「ああ?」
最後にソリに乗り込もうとしていたスーメルク人がやっとジョシュの方に顔を向けた。
「あの、スーメルクで働く人を探していると…」
とここまで言うと、
「あ? なんだと?」
怖い顔で大きいスーメルク人がジョシュの方を向いたので、ジョシュはその先に言葉をつなげることができなくなってしまった。
「ブハハハハ」
と守衛さんたちがいっせいに笑うと、スーメルク人が、そっちをにらんだ。あの、最初にパンをくれた守衛さんが、笑いをこらえながら、
「こいつ、ソリに乗りたいって、そういうことです」
とスーメルク人に伝え、スーメルク人はニコリともしないで、ジョシュのコートをつかむと、荒々しく引っ張って、ソリの入り口から中へとジョシュは放り込まれた。
ソリの中にはパンの袋がいっぱいにつまっていて、そのパンからの暖かい空気がつまっていた。その袋のすきまにさっきのスーメルク人が三人いて、ジョシュを放り込んだ一番大きいスーメルク人がソリのドアを閉めると、ほかのスーメルク人とくっつきそうになった。
みんなニコリともしない。
一番大きなスーメルク人は、ジョシュに「小さいの!」と言い、「おれ、ソリのボスだから。さからうな」と運転席に座り、そこからは前が見えるようになっているらしく、灰色狼たちをつないでいる手綱を器用にあちこち引っ張ると、
ギギギギギとパン工場のとびらが開いたらしかった。
ソリの上の方には窓のようなものがあるのだが、ジョシュは一番小さかったし、天井までぎっしりパン袋が詰まっていたので、外はちっとも見えなかった。
ザックザックザック、ギュールギュールギュール。
さっき聞いたのと同じ音が、ソリの中では身体にひびいてくる。その音に合わせて、スーメルク人たちは、不思議なハーモニーで、鼻の中に響く旋律を歌い出した。
それは、ジョシュにも聞き覚えがあった。ミューリがサルクネリのパブでよく歌っていた歌だ。もの悲しい旋律。それはスーメルク人たちが働く時に口ずさむ歌だったのだ。
音だけならわかるから、ジョシュも小さくその音を自分でも出してみた。
ソリは、スーメルク岬の氷の館へと向かって行った。




