クラウドの家族 (5)
見上げるような工場の大きな門は閉ざされていて、右はじに守衛所という看板のかかったドアがあったので、ジョシュはそのドアを叩いた。
ドアは、上半分だけが開いた。そこから、でっぷりとした、ものすごく大きい守衛さんが白いカイゼルひげをなでて、身体半分をせり出してジョシュをギロリと見下ろした。
「すみません…」
ジョシュがやっと声を出すと、守衛さんが、
「あんたがジョシュ・クラウド?」
とぶっきらぼうに言った。
ジョシュは目を白黒させて…、
「は、はい」
と消え入りそうな声で言った。
「工場の中には入れないよ。みんな、忙しいんだ。働いているんだよ。あんた、当たりもしない天気予報をやって働きもしないんだってな!」
「え?」
「ジョシュ・クラウドっていえば、そうだろ。この世で最後の天気予報。ブハハハハハ」
と守衛さんは大きな声で笑った。
ジョシュはひび割れた顔で、また泣きたくなってきた。
「どいた、どいた。ここでは待てないよ! 人が出入りするんだ! じゃまだから入り口をふさがないでくれよ」
ジョシュは、もうオロオロしていた。
「どうする? あと少しでスーメルクのソリがパンを買い出しに来るけど、それに乗るのかい?」
「え?」
「それしかないだろ? ミューリも、ミューリのママのターリ、お姉ちゃんのゾーリも忙しくて、またまだ帰る時間じゃないから出て来ないし、出て来てもあんたにゃあ会わんよ」
「えええ?」
「ほれ」
と守衛さんがパンをひとかけと、小さいコップにほんのり温かいミルクを差し出した。
「スーメルクのソリが来るまで、そこで立って、これを食べておくんだな。かべに寄り添っていれば屋根の下に入れるし、少しは風よけになるだろ。こんなところで食べ物をもらえるなんて、ありがたいと思うんだな。ブハハハハ」
と大きい守衛さんはごうかいに笑うと、守衛所の上半分のとびらをびしっと閉めた。
その黒パンはいつも食べる物と同じなんだろうけれど、ジョシュには最初味がわからなかった。でも口の中に入れて、温かいミルクで溶かして、だんだんやわらかく口の中に広がっていくと、夢のように甘くて、手の指の先から足の指の先までしみわたって、天にも昇るような気持ちになった。
そして、それは一瞬でなくなった。
ジョシュはまたおそるおそる守衛所のとびらをコンコンとたたいた。
「なんだよ? ソリがくるまで、あともう少しだよ」
「あの…。もう少しパンをもらえないでしょうか…」
と、ジョシュは図々しくも言ってみた。
「ほんとだ! ブハハハハハ」
と守衛さんが笑った。
「は?」とジョシュが目を丸くして守衛さんを見つめていると、
「ジョシュ・クラウドはきっとおかわりをくれって言うと思うけど、おかわりはあげなくていい、ってミューリが言ってた。ブハハハハ」
「は?」
と言っている間に、また守衛所の上半分のドアらがドカンと閉まった。
ジョシュはしばしそのドアを見つめていたけれど、今度は少し強気でまたドアを叩いた。
「もう、なんなんだよ! パンはおしまい!」
と守衛さんが言う声にかぶせて、
「あ、あの! シャシュとチャヌは元気でしょうか?」
と聞いた。
「はい?」と守衛さんが怖い目になってまたギロリとジョシュを見つめた。
「なんだよ、それは? そんな名前の人は働いていないね」
と、守衛さんがまたドアを閉めようとするのを、がんばって押さえて、ジョシュが言った。
「あの! ぼくの! ぼくとミューリの子どもたちです!」
守衛さんは、またギロリとにらむと。
「ほう。あんがい力あるじゃないか。兄ちゃん。その力をふりしぼるんだな。え? 子ども? そりゃ元気だろ。子どもってのは、元気がいちばんだからな」
とまたドアは閉められてしまった。
ジョシュはもう、観念していた。だって、家に帰ったってもう、パンもスープもないばかりか、暖炉の火は消えているし、なによりミューリもシャシュもチャヌもいないのだ。
ジョシュの実家に帰ろうか…。もしかしたらジョシュのママは家に入れてくれるかもしれない。それはわりに良い考えにも思えた。兄さんはどうかな? 兄さんの家族も一緒だからイヤミの一つは言われるだろうな。弟は? きっと笑ってコケにするだろう。ママの近くに住んでいる姉さんの所はどうかな? だんなは良い顔はしそうもないな。いろいろ思い浮かべてみると、実家に帰るのはあまり楽しそうではなかった。
黒パンで少し暖まった身体を、シャシュはさすりながら、ぼんやりと守衛所のドアを見つめていた。
そこに、ザックザックザック、ギュールギュールギュールという異様な音を立てて、何かが遠くから近づいて来ているようだった。それがスーメルクのソリだった。
シャシュはドキドキしながら、そっと工場の門の陰から道の方を覗いてみた。
ソリといっても、それは象くらいの大きさがあった。少しとんがり形の屋根が付いていて、まるで家ごとこちらに向かって来ているように見える。車体は黒光りしており、ピカピカに研ぎ澄まされた刃のようなすべる部分が氷を削っていて、ソリの両わきには、削られた氷くずが、かき氷のように小山を作っている。