マシウス氏の屋敷 (5)
「金目姫は、スーメルクの裏側にあるバルメコ地方で作らせた。スーメルクやバコバコリのあるグラシコ地方ではこれは作れない。グラシコ地方では空気の中に細かい灰が舞っていた。そういう空気の中では精密な物は作れないのだ。レンズもしかり」
マシウスがそう言うと、マシシがうんうんとうなずき、マシウスはごくごくとワイングラスを空にした。
「さあ、おれはおれの話はおしまい。次は君が話す番だぜ…」
「え? ぼく?」
とジョシュはうろたえた。そんなこと言われても…。ジョシュには何も言うことがなかった。しばらく黙っていると、
「ミューリをここに連れて来ることはできるのか?」
とマシウスは立ち上がるなり、いきなりそう言った。
「う…」
ジョシュののどにまた鶏肉が詰まった。マシウスはいったい何をどこまで知っているのだろうか? さっぱりわからなかった。
「君の兄さんと結婚したんだとしたら、なんとか兄さんに言って、ミューリを連れて来くることはできないのか?」
「ひぇえええ?」
とジョシュは喉から変な声を出した。
「昔は地下の石炭穴の入り口で、生きている歌姫がこの歌を歌ったのさ。でも、地下で歌ううちに病気になってしまう。長く歌い続けられる者はいなかった。だからずっと歌い続けられるようにと、金目姫を作った。でも、それでは歌の効果はなかった。石炭穴から取れる石炭は、だんだん減って来ていたんだ」
マシウスの片目が、刺すようにジョシュを見つめていた。ジョシュは緊張で身体が固くなってきており、震える手でワイングラスを持つと、思い切ってワインを一口ごくりと飲んでみた。
「君が鉱脈探しの秘密を説明できないのなら、せめて、ミューリをパイプにして金目姫の中に閉じ込めるんだ!」
「ええええ? だって、それは機械でしょ? 人間をパイプになんかにして、音が出るんですか?」
ジョシュはびっくりして、思わず言った。
「この姫のパイプも、昔は人間のものだったんだよ」
「ひょええええ~」
「人間の機関を、金属細工士が、たんねんに金属に置き換えて行ったんだ。人間の身体の中にある管という管がパイプになっている。それが金目姫だ」
「ど、どうかしている…」
ジョシュはもう一口ワインをごくりと飲み下した。そして、サルクネリのパブで歌っていた頃のミューリのことを思い出した。たしかに、ミューリの声には何かがある。それが何なのかはわからないけれど、荒くれ男をうっとりさせて、次の日に働く気持ちを高めてくれる。いったいそれは何なのだろう。
それと同時に、ジョシュはもう一つミューリが言っていたことを思い出した。ここに来ることになった、あの前の日のことだ。
『スーメルクに住み込みで行こうと思えば行ったっていいし…。あたしが次に考えるのはそこのところよ。どこで働くかってこと』
どういうことだ? ここに住み込むって? だって、石炭穴にもぐっているのは全部男だっていうのに。石炭探しの部屋には男のベッドしかないっていうのに! ミューリはここで歌うつもりだったのだろうか?
「あの…、ミューリを知っているんですよね?」
とジョシュはマシウスに確認した。
「ああもちろん」
「どこで知り合ったんです?」
「サルクネリのパブで見たんだ。もちろん」
ここで、ジョシュはまたしばし考えた。
「金目姫の歌は、いつ頃のものなんですか?」
「それは、この火山が噴火するずっと前の歌だろうと思うよ。いつというのはわからないが…、人から人へと、曲だけがずっと受け継がれていたものだ」
「じゃあ、ミューリが歌っていた詩はなんなんでしょうか?」
「詩には何通りかある。それは、音が伝わっていく間に、人々の間でつけられていったものだ。ミューリが歌っていたのは、ジョンギョンの岬がまだ海として機能していて、船が動き、物を運び、人がバコバコリに出たり入ったりしていた、その頃の港の歌だよ。スーメルクでは鉱物を探す歌になっている。そのほかにも、穴を掘るのを歌ったものもあったし…。魚を獲る様子を歌ったものもある。ここがまだお日様の下で、生き生きとしていた時代のものだ」
ここで、ジョシュはワインをまた一口ごくりと飲んだ。
「あの…、ミューリはここで歌うことになっていたんでしょうか?」
「それは…、かなわなかった。できれば、石炭穴の入り口で歌って欲しかった。そのためにはもちろん、金貨も宝石もじゅうぶんに支払うつもりだった。なのに、ミューリはサルクネリで歌うことさえやめてしまったんだ。いったい何のために? つまらん男のために? ばからしい」
「だって、今だってサルクネリのパブでは歌っている人はいるでしょ?」
「そりゃいるさ。ただの歌を歌うやつはね」
いったい、ただの歌とミューリの歌の何が違うっていうんだ? 確かに違うけど。でも何が違うとか、どこが違うとか、はっきり説明はできない。
「で…」
ジョシュはまたワインを一口飲むと、聞いてみた。お酒の力がジョシュをだんだん陽気にさせていた。
「その金目姫は、いったいだれだったんですか?」
そう言うと、マシウスはまるで物に打たれたように、へなへなとかがみこみ、
「そ、それは言えない…」
と消え入りそうに言った。そしてそのまま下を向いてしまった。
金目姫からはまだもの悲しい音楽が流れていた。ジョシュはしばらく、じっと姫を見つめた。そして言った。
「わかりました。ぼくが秘密を話します。でもあなたにではありません。だってあなたが穴にはいるわけじゃあないでしょ? 秘密は石炭穴に入る一人一人に通じるように話さなければならないんです。ただし…、そうすると、ぼくはもう今までのようには石炭を探したり、掘ったりすることができなくなりますが…」
マシウスは少しうるんだ目でジョシュを見ると、こくりとうなづいた。




