終章 「小さな世界達の終わり」 その6
「とーちゃく、っと」
愛車のバイクと共に旅を続けて、四か月が経っていた。
行きたかったところは大体巡り終えて、いったん帰宅でもしようかと、再びこの東京に帰ってきた。
途中、道路標識で見てからなんとなく寄りたくなったこの公園の名は「葛西臨海公園」。
湾岸道を走っているときに、葛西の地名はよく目にしたが、実際行ったことはなかった。
バスターミナルまで来て、そこで道路は終わっていた。だが俺のバイクはそんなことには屈しない。歩道へ強引に車体を滑り込ませて公園入口までゆっくり走ると、もぬけの殻の交番を横目に、スロットルを少し強めにひねった。
幸い石畳の道で滑ることもなく、俺は無人の広い園内を縦横無尽に走り抜ける。
最高に気持ちよかった。
水族館、観覧車、そして、海。
ちょっと走ってから、意外に狭いな、と公園にしてみれば理不尽極まりない感想を述べてから、今度は海の方向へとゆっくり走り始める。
ほかにないかと探してみたが、どうやらあの砂浜のある島に行くには、この橋を渡るしかなさそうだ。
橋の向こうに、微かに水平線が覗く。
ゆっくり橋を渡り終え、スロープと階段の手前でバイクを止めた。
眼前には視界いっぱいに広がる海。
海自体は見慣れていたが、やはり何度見ても海はいいものだ。
鳥一匹飛んでいない海の景色は奇妙なものだったが。
夕焼けに照らされ、海がオレンジに染まっている。
ただ眺めているうちに、そのオレンジはだんだんと青へととってかわり、追いやられたオレンジはその色を濃くしていく。
バイクのキーを抜き、砂浜まで降りていく。
そこでふと、視界の端に何かが見えた。
不思議に思って、その正体を探してみると、
「お、あいつらの車かぁ」
かつて旅の途中で会った、高校生三人組の車だった。
ただでさえ人と滅多に遭遇することのないこの世界で、再会を果たせるとは、いったいどれくらいの確率だろうか?
近寄って車の中をのぞいてみたが、誰もいなかった。キーは抜かれているので、きっとどこかへ行っているんだろう。
そう思って再び周りを見渡してみても、誰もいない。
ちょっと待てよ?
最初に会ったきっかけは、互いのエンジン音が聞こえたからだった。
しかも、さっき俺はすいぶんとやかましく走り回っていた。
だったら、と決めつけるわけではないが、三人はどこかしらで気づいて、向こうから来るはずだ。
車に乗っていないならなおさらだ。
違和感が頭をよぎる。
なにか手掛かりはないかと見回してみると、足跡をみつけた。
綺麗に風で均された砂浜に、足跡がいくつか、海の方向へと向かっている。
たぶんあの三人のだ。きっと海で遊んでいたのだろう。こんなに寒いのに。
あるところで足跡は途絶えた。
わずかな名残でも残ってないかと周辺を見回すも、見つからない。
と、視界の端で何かが光った。
今度はなんだ、光源を探すと、それは足元に落ちていた。
それを手に取ってみると、あと電波塔の形をしたネックレスの飾りだった。
少し離れたところにもう一つ。今度は色違いのものが落ちていた。
「誰が落としてったのかなぁ、といってもあの三人の誰かだろうけど」
車があるということは、まだ近くにいるはずだ。
「おーーーーい、高山ぁーーーーーーーー。俺だ―――、吉川だーーーーー」
久しぶりに出した大声は、異様に静まり返っている園内に虚しく響いて消えた。
耳を澄ましてみても、返事らしきものは聞こえない。
「児玉ぁーーーーーー、黒田ぁーーーーーーーーー、いるかぁーーーー」
またも返事はなかった。
「どこ行っちまったのかなぁ……」
呼びかけるのをやめて砂浜にしゃがみ込む。
結局、この三人に会って以来、俺はほとんど人に会うことはなかった。
ただ今まで行ってみたかった場所に、ただひたすらバイクを走らせて、目的地に着いては一人喜ぶ。そんな日々だった。
ここに寄り道をして、偶然三人の車を見つけて、また会えると思っていたんだが。
ふと、足元の砂が少しへこんでいることに気づいた。
少し離れて見ると、それは人のような形をしている。
さっき拾ったネックレスもそのへこみの中に落ちていた。
それを見て、人が消えた時のことを思い出した。
*
あの時、トイレに行っていた俺は、戻ってきたときにもぬけの殻になっているオフィスを見て唖然とした。
さっきまであれだけ人がいたのに。
まさかサプライズじゃあるまいし。
どうせ机の下に誰かいるんだろうと、鼻歌なんて歌いながら見て廻った。
だけど、
「―嘘だろ?」
のんきな予想とは裏腹に、本当に誰もいなかった。
一番の商売道具のパソコンはつけっぱなし、ところどころに上着が落ちていたり、携帯が落ちていたり、はたまた結婚指輪が落ちていたり。
全てに共通するのは、人が故意的に落としたらこうはならない、ということだけ。
*
今の状況は、あの日のそれによく似ていた。
人間の形をしている砂浜のくぼみに、ネックレスが落ちている。
まわりに呼びかけても返事がない。
消えた、のか。
あの三人も、消えてしまったというのか。
じっと手を合わせると、ネックレスを三人の車のボンネットにそっと置き、その場を後にした。
*
三人のいた跡を消すかのように、満潮の波は砂浜をいつもより多く洗い、白く綺麗な砂となった三人も一緒にさらっていく。
誰もいない砂浜にはただ波音がささやかに響き、ネックレスを身にまとった軽自動車は、もう現れない運転手と乗客を待つようにただそこにいる。
ほとんどの人が消えた世界は、まるで何事もなかったようにそこにあり、やがて冬を迎えた。
人がいなくても自然は季節を刻み、時間は過ぎていく。
そして、季節は春へと変わり、
遠くで、エンジン音が、響いた。
*
ねえ
わたしたちって、きえちゃったのかな
ああ、きえたな
きえちゃったね
そういえばさ、さいごになんていってたの
さきにきえちゃったみたいでよくきこえなかったや
それはな
二人と一緒に旅ができてよかった。ありがとう。
終
1年と3か月かけて、ようやく完結にこぎつけることができました。
まだ誤字脱字等あるかもしれませんので、気づいたら訂正していきたいと思います。
今までお付き合いいただき、本当にありがとうございました。




