21話『未来への願いを込めて』
ボクが紹介された孤児院は、王都の離れにあった。
騎士団にいる、ラックさんという人に連れられて来たこの施設は、想像よりもずっときれいな場所で、過ごしやすそうなところだった。
当然だけど、ボクと同じような子供もいる。普通の人間の子供と、同じ獣人の子供。でも違う種族同士での争いは起きていないらしい。裏道でボクを蹴り飛ばしていた大人とは違って、ここにいる人達はみんな優しそうだ。よかった。
中に入ると、まず最初に服を着替えさせられた。ボクはボロボロの格好だったから、施設の職員の人は慌ててボクをお風呂に入れて、白くて清潔な新しい服を渡してくれた。
その後は「お腹空いてない?」って、ご飯を食べさせてもらった。すごく美味しくて、思わず涙を流しちゃったけど、みんなはただ静かに見守ってくれた。
ご飯を食べ終わると、一人の女の子が話しかけに来てくれた。人間の女の子だ。でも獣人相手でも、やっぱり嫌な顔一つしない。
ボクは今、その子と外に出て星空を眺めている。
「ねぇねぇ、リヴィアは『流れ星』って知ってる?」
「流れ星?」
「そう! お星さまがね、キランって流れて。そのお星さまにお願い事をしたら、叶えてくれるんだって!」
何故か聞き返してしまったけれど、流れ星の存在はもちろん知っている。でもそれは、本の中だけの話で、実際は願いなんて叶いやしない……なんて思っていた。
ボクは星空を見つめながら、そっと自分の髪に触れる。そこには、今日出会った不思議な男の子――アストラが留めてくれた、赤い髪飾りが大事に着けられたままだ。これだけは、お風呂に入るときも絶対に手放したくなくて、職員の人にお願いして持たせてもらったのだ。
星空を見つめながら、今日の出来事を思い出す。獣人であるボクの鼻は、人間よりも遥かによく利く。
ボクの手には、アストラの匂いが、微かに残っていた。
アストラたちが現れたのは、本当に突然のことだった。最初に女の人が走ってきて、その後ろから男の人とアストラも来た。
最初見たときから、なんとなく不思議な雰囲気を感じていたけど、ボクがあの悪い大人たちに踏まれそうになった瞬間――更に不思議なことが起こった。
直後に聞こえてきたのは、ドサドサっと大人たちが倒れる音と――風をかすかに切るような、鋭い音。
ボクの見間違いじゃなかったら、アストラの指先から『何か』が出ていたような気がする。もしかしたら、アストラが大人たちをやっつけてくれたのかもしれない。
『もしかして、迷子?』
フードの奥から覗いた、宝石のような紫色の瞳。
ボクを「汚い獣」ではなく、「迷子の子供」として見てくれた、初めての人間。握り返してくれた手の温もりは、今まで知らなかった優しさだった。
「……アストラ」
そっと、その名前を口の中で転がしてみる。
ボクみたいな獣人が、きっと気安く呼んでいい名前じゃない。アストラの近くにはメイドさんがいて、騎士様がいた。アストラは身分を明かすようなことを言わなかったけど、ボクにはわかる。ボクには手も届かない、「貴族」の子だ。
それでも、アストラは『約束』してくれた。
――私たち、また必ずどこかで会える。必ず、また会うって約束するからさ
アストラはウソをつくような人じゃない。今日初めてあったばかりだけど、ボクにはわかる。
だから、この約束はずっと胸の中にしまっておく。約束が果たされるその時まで、ずっと、ずっと。
ボクが必ず強くなって、あのアストラの隣に立てる、ふさわしい存在になってみせるから。
「リヴィア、アストラってなーに?」
「えっ。あ、えーっと」
いけない、アストラの名前は内緒だって、そう約束したのに。
ボクはなんとか動揺を隠して、天上に広がる星空を見上げた。
「それは、ボクの――ボクだけの、流れ星」
女の子はキョトンとして、「そっかー!」と言い、一緒に星空を見上げた。
きっと理解してないだろうけど、それでよかった。上手いこと誤魔化せたってことだし、それに。
アストラを知っているのは、この場でボクだけがいい。
ボクは赤い髪飾りをそっと撫でながら、静かに目を閉じた。
暗い夜の星空の中に、あのアストラの優しい瞳だけが、星のように輝いて見えた気がした。




