プロローグ『白銀によるご招待』
帰り道にコンビニを見かけると、どうしても寄り道したくなる。
『ダイエットのためにお菓子禁止生活を送るゾ!』と意気込んでも、夜道を照らす店が現れると、吸い寄せられるように気づけば店内に入っているのだ。
三十五といういい歳をした大人が、自分の体調管理すらまともに出来ないという事実に、俺は悔し泣きと共にポテチを貪る日々を送るのだった。
泣いてないけど! 毎日超満面の笑みだけど!
「今野、お前ホントそれ好きな」
同じ商品の棚を眺めながら、俺の隣から話しかけてくるのは会社の先輩。
入社したての頃から良くしてくれて、今となってはほぼ友達のように接してくれる、とても親しみのある人物だ。
帰りの電車が同じということもあり、俺たちはこうして一緒に帰宅するのである。そして毎度のごとく寄り道をするわけだ。
「えぇ。新しい味もいいですけど、やっぱ昔ながらのうす塩味が王道ですよ」
俺はうす塩味のポテチを手に取り見せる。
「あー、そこだけはお前とはわかりあえん。俺はやっぱコンソメよ」
先輩はコンソメ味の袋を取り、軽く振ってみせる。ほぉ、先輩は濃い味のほうがお好みか。確かに先輩は、顔の濃い海外系の女性が好きだと言っていたし。味と女性の好みは比例するのかもしれない!
俺は歳をとって、濃い味よりも薄味を好むようになった。でも俺のストライクゾーンは広いから、やはり味とは関係ないかもしれないな。世界一くだらない理論が解決した瞬間である。
「異論は認めますが、自分は生涯この味一筋でいくつもりです」
「ははっ、ポテチにかける想いじゃねえな」
話もそこそこに、俺と先輩は会計を済まし外に出た。冷たい夜風が頬を撫でる。
ポテチ以外にも、コーラやらその他のツマミを購入した。お菓子一つだけじゃ味気ないからな。この辺は抜かりなし。
駅はコンビニから近く、数分も歩けば駅のホームへとたどり着いた。
周囲には、俺たちと同じような仕事帰りの大人や、ワイワイと楽しそうに話している若者の姿が見える。
大人はどこか疲れを隠しきれない面影で、対照的に若者たちはキラキラと輝いていた。数人の大人が彼らを見て、溜息をつき、鋭い目を一瞬向けたりと、どこか鬱陶しい様子だ。
まぁ仕方ないよな。みんな疲れてるんだ。朝から晩まで働くのと遊ぶのじゃ全然違うし。
「楽しそうでいいなぁ、俺の学生時代を思い出すよ」
「ですね。俺にもあんな時が……あれ、あったっけ」
「はは、お前その反応はインドア派だったろ。俺もだ」
「いやっ、すごいアウトドア派だったみたいな言い方してたのに。紛らわしい!」
俺は学生時代、大学と買い物に行く時以外はほぼ家に籠っていた。外でワイワイするよりも、家でフリーダムに過ごすのが俺には合っていたのだ。決して友達がいなかったわけではないよ?
でも先輩までインドア派だったとは意外だ。もっとアクティブな印象があるし。
――まもなく〇番線に、⬛︎⬛︎行きの電車が参ります
なんてことを考えていると、ホーム内にアナウンスが響き渡った。俺達のお目当てである電車が来る。
電車が走ってくるであろう方向を眺めていた、その時だ。
――パチパチパチパチ……
突如、《《拍手》》のような音が聞こえてきた。
誰だ? 急にこんな場所で。
周囲の様子を見てみるが、しかし誰も手を動かしていない。それなのに、
――パチパチパチパチパチ……
拍手の音が絶え間なく聞こえてくる。脳内で直接音が鳴っているような感覚だ。先輩を見ても、やはり音に反応している様子はない。
この音が聞こえてるのは、俺だけなのか……?
――パチパチパチパチパチパチパチパチパチパチ
パチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチ
パチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチ
パチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチ
「――え」
なにか間抜けな声が漏れたな、と思ったその直後。
俺は駅のホームに落下していることに気がついた。
「護! 大丈夫か、護ーー!!」
頭上から先輩の声が聞こえてくる。その他の人間の叫び声も。だがその声はくぐもっていて、聴覚が上手く機能していないみたいだ。
全身が痛む。特に右半身側がひどくダメージを受けていた。体を動かそうにも、神経の回路が途切れたように、全く起き上がれない。まずい、これは本気でシャレにならない……!
――『新たな希望が、我が家へと誕生した』
けたましい急ブレーキ音が、鼓膜を突き刺してくる。耳が聞こえにくくなったこの状態でも、やはり巨大な鉄の塊が発する音は凄まじく、嫌なくらいに頭蓋骨が揺らされる。
アカン、これはアカン! あの位置からのブレーキなんて、一度も成功したところを見たことがないのに……! 轢かれる、電車に跳ね飛ばされて、俺、死ぬの?
というか、なんで俺落ちてんだよ。誰かに押されたのか?
――『この子は未来を照らす、《《白銀の星》》へとなるだろう』
なんだ。なにか聞こえる気がする。幻聴か? ずいぶん厨二病クサイ幻聴だな。ゲームとネットに入り浸っていた頃の弊害がここにきてやってきたか……。
かろうじて目だけを上に向けると、そこには必死の形相で手を伸ばしている先輩の姿があった。もう助けるのは無理なのに、それでもまだ諦めまいと差し伸ばしているらしい。
やっぱり、この人はいい人だった。最期の最期まで、どこまでもカッコいい人だよ全く。こんなことになるなら、一緒にコンソメ味のポテチでも食べればよかったな。なんて、死ぬ間際に考えることじゃないか。
――『それにちなみ、名を――』
電車がすぐ隣まで接近してきた。時が止まったような感覚。でも時間は確実に進んでいき、俺の体は鉄の塊にぶん殴られ、
――『アストラ・ディ・シレンティウムとする』
あっけなく、遠くの方へと吹き飛ばされた。
齢三十五の一般サラリーマン今野護、電車に跳ね飛ばされ無事天寿をまっとう!
なんて誇らしげに言える人生でもなかったな。結局彼女の一人もできなかったし。高校の俺、見てるか? そのうちいい人が見つかるなんてのは夢物語だったよ。やっぱ自分から行動しないとダメなんだな。今の時代、草食よりも肉食なんだろう。
てかこれ、なんの時間? 暗くて何も見えないんだけど。これが死後の世界なのだろうか。思ったよりも孤独感が半端ないな。
まぁいい、きっと天使やら何やらが迎えに来てくれるはずだ。それまで気長にまとうじゃないか。
って、また受け身になってるじゃん俺! やはり俺は、どこまでいっても俺なのである。
――『おめでとう、アストラ。私達の新しい家族』
ん、誰だおめでとうって言ったの。おめでたい要素なんて一ミリもないヨ! もういい、考えるのも疲れてきた。
眠くなってきたし、このまま意識を飛ばしてしまおう。
こうして今野護の人生は、呆気なく終わりを迎えたのだった。




