王子の帰還
「まだ起きていたのか…。」
俺が投げ掛けると、彼はゆっくりと振り向いた。
長い前髪が夜風に靡いている。
「…王子。」
彼は眠そうな目をこすり、明るい表情を見せた。
「もし怪物に襲われたら、誰が対処するって言うんだ?」
俺はため息をついた。
「この海に怪物なんていないよ。もうこんな時間だ。早く寝な。」
俺がそう言うと、彼は少し不満そうな顔をした。
「王子が海路を選ばなければ、俺も休んでたよ。なんで飛行機を使わないんだ?」
確かに、飛行機なら、もう既に到着しているだろう。
だが俺は船が好きだった。
「分かってないな、ヒカル。こうして波に揺られながら、のんびりと航海をするのも悪くないだろ。」
俺がそう言っても、彼は理解してくれそうになかった。
正直、少し我儘を言っている自覚はある。
俺を護衛する騎士たちには、面倒をかけてばかりだ。
それでも、彼らにはつい甘えてしまうものだ。
「俺はもう中に戻る。お前もすぐに寝るんだぞ。」
潮風を浴びに外に出たというのに、先客がいたものだから、気まずくならないようにと俺は船室に戻った。
寝室で眠っていると、急な物音と衝撃で目が覚めた。
「起きろ王子!何かが船に衝突した!」
誰かが慌ててドアを開けた。
俺を守る騎士の一人であるマサだ。
それと同時に、俺の枕元に置かれたスマートフォンが鳴った。
ヒカルからの着信だった。
俺はスマートフォンを手に取り、電話に出た。
「王子!海賊の攻撃だ。今、俺とシュウさんが戦ってる。でも、敵の数が多すぎる。脱出した方が良いかもn…。」
電話はそこで途絶えてしまった。
「脱出した方が良いかもだって。」
マサにそう伝えると、彼は弓と矢を手に取った。
「了解!こっちへ!」
俺はマサと共に部屋を出た。
脱出用のボートは船室の外のデッキにあり、少し距離がある。
俺たちは長い廊下を駆け出した。
もうすぐで廊下の突き当たりにたどり着く、というところで角から敵が何人か飛び出してきた。
「侵入されたか!」
俺は剣を抜いたが、それより先にマサが敵を矢で仕留めた。
「見事。」
「どうも。でももう矢はあと一本。」
ただ帰還するだけの予定だったため、この船に充実した装備はなかった。
俺たちは階段を駆け上がり、ボートのある場所へ向かう。
まだかなりの距離がある。
「なんでこんなに大きい船を選んだんだよ!」
マサが走りながら言う。
「豪華な旅にしたいだろ!」
そんな会話をしていると、船のどこかから爆発のような音が聞こえた。
「何が起きた?あいつらは大丈夫なのか?」
俺たちは更に急いで外へ向かった。
船のデッキに出ると、海賊と船員たちが戦っていた。
既に倒されている者もいる。
しかしヒカルとシュウの姿は見えなかった。
「王子、あれを見て。」
マサが指差す方を見ると、俺は開いた口が塞がらなくなった。
この船の倍以上はある巨大な船が、この船に接触していた。
「奴らの狙いは何なんだ…?」
俺たちは、デッキに乗り込んできた敵の数を少しでも減らすため、武器を構えた。
マサは矢がないため、倒された敵が持っていた槍を手に取った。
「なあマサ。」
「ああ。言いたいことは分かるよ。」
「脱出は辞めた。奴らの船を持って帰ろう。」
「当然さ。」
俺たちは息を合わせてその場にいる敵を次から次へとなぎ倒していった。
乗り込んできた奴らは海賊団の中でも下っ端らしく、俺でも簡単に殲滅できた。
最後の一人を倒した後、俺は船員たちに向かって言った。
「敵の船に乗り込むぞ!」
マサは圧倒的な脚力で敵の船に飛び込んだ。
俺は敵が俺たちの船に乗り込む際に垂らしたロープで奴らの船に上がった。
俺や他の船員たちが乗り込んだ頃には、デッキにいる海賊たちは既に倒されていた。
マサの敵ではなかったようだ。
俺たちも船の内部に侵入しようとしたが、その瞬間に船室の2階の窓ガラスが割れる音がした。
それと共に、中からシュウが飛び出してきた。
「シュウ!大丈夫か!」
シュウの呼吸は乱れていたが、俺に気づくとすぐに息を整えた。
「問題ない。ただ、船長がちょっと手強くてな。あいつ、人間じゃねえ。」
直後、船長と思われる男が二階からデッキに飛び降りて来た。
船長は俺の方を見ると、見下すような顔で言った。
「お前がこいつらの主か?随分と小柄な若僧だな。期待した私が馬鹿だった。」
「ああ?」
シュウは激怒した。
「王子を侮辱するな!」
突然、船長の背後からヒカルが現れた。
船長の後頭部を狙い、強力な蹴りを入れた。
だが船長はそれを予知していたかの如く、手を後ろに回して受け止めた。
そしてヒカルの脚を掴み、シュウに向かって投げつけた。
ヒカルとシュウは、共に吹っ飛ばされ、船から大海原へと落ちていった。
「さて。主戦力が落ちたか。残るは弱者のみだな。」
船長はそう言いながら俺を見た。
「皆、操縦室を制圧しろ。ここは俺が。」
俺は残りの船員に命じて、剣を構えた。
「来い!愚か者!」
俺がそう言うと船長は飛び上がり、俺の方に向かって来た。
俺は船長の攻撃を軽く躱し、背後に回った。
そして、大きな背中に剣を突き立てた。
仕留めた、そう思ったのは束の間だった。
俺の一撃は、船長の異様に硬い背中に弾かれた。
「お前!何者だ。」
俺は船長に首を掴まれ、身体を持ち上げられた。
「現代の世界で戦う上で、肉体改造はもはや必須の科学技術。それを持たぬ国は滅び行くのみだ。」
「肉体改造!?」
元から非力である俺は、肉体改造を施された者になど敵うはずもなかった。
首を絞められ、徐々に意識が遠退いていく。
しかし船長は話を続けた。
「私は海賊などではない。軍の司令官だ。お前の国より遥かに優れた国家のな。」
俺は声も出せない。
ただ力が抜けていく、それを感じるだけだった。
「その軍も今日、大勢が犠牲になったな。」
マサの声がした。
俺は力を振り絞って声の方を見た。
「後はお前だけだよ、船長。」
マサは槍を片手に清々しく言った。
船内の敵を一掃したようだ。
「まさかお前…。」
船長は動揺し、俺を掴んでいた手が緩む。
俺はその隙を逃さず、奴の手から抜け出した。
そして一歩下がり、マサの隣に並んだ。
「流石だな、マサ。」
「悪い、遅れた。無事で良かった。」
マサは笑顔で言った。
「王子、分かるよな?」
「ああ。奴を海に沈めるぞ!」
俺たちが武器を構え、船長に向かったその瞬間、大きな音と共に海に巨大な水柱が現れた。
その中から、ヒカルとシュウが飛び出した。
「できたな、ヒカル。」
「言ったろ。海の感情を理解すれば、海水を扱えるようになるって。」
俺には理解できなかったが、どうやら二人は水を操れるようになったようだ。
「お、我が国の海岸が見えてきたな。」
マサが言った。
俺は驚いて船が向かう先を見た。
船は、俺たちの王国の港へ向かっている。
仲間の船員たちが操縦室の制圧を完了したようだ。
俺は船長を見て言った。
「こんな奴を、俺たちの国に入れたくない。」
「そうだな、港に着く前に片付けるぞ!」
俺たちは船長へと立ち向かった。
俺とマサは、肉弾戦を繰り広げる。
マサが投げ飛ばされれば、俺が戦う。
俺が怯めば、マサが戦う。
そしてヒカルとシュウは、水を操り後方から支援する。
シュウは海から水を吸い寄せ、刃の形に変えて船長を攻撃する。
船長は強いが、徐々に体力が磨り減ってきたようだ。
そんな中、ヒカルだけは端で目を瞑っていた。
「ヒカル!何してる!手伝ってくれ!」
俺がそう言うとシュウが止めた。
「邪魔するな王子!集中させてやってくれ。」
「おう、分かった。任せたぞ!」
理解はできなかったが、俺は二人を信じ戦いを続けた。
突然、ヒカルが目を開けて言った。
「準備できたぞシュウさん!奴を水で囲え!」
「了解!」
シュウが手を翳すと、船長の身体に海水が纏わり付いていく。
「今だヒカル!」
シュウの合図と共に、今度はヒカルが手を翳す。
それと同時に、船長の身体を囲っていた海水が氷に変化した。
「水の”状態”を操れるようになったのか!」
シュウは完全に理解しているようだった。
「小癪な!」
船長は踠いているが、氷に閉ざされた身体では身動きが取れないようだ。
「終わりだ。」
俺はマサと共に最後の一撃を放った。
そして船長は吹き飛ばされ、海の中へ散っていった。
気付けば、俺たちは港町に到着していた。
岸には、俺を迎える兵隊や国民が並んでいる。
「ユーキ王子、お帰りなさいませ。」
俺は笑顔で皆に手を振る。
大いなる旅路からの帰還に相応しいエンディングだ。
数日後、王都へ戻った俺はとあるニュースを目にする。
他国へ侵攻を続ける危険な国家の軍の一部が、ある王国の王子と騎士たちによって敗れ、他国への侵攻を制限されている、という内容だった。
そこにははっきりと、俺たちの国の名前が書かれていた。
俺は知らぬ間に他の小さな国々を救えていたと考えると、少し気分が良かった。
その一方で、国名が世界に知られてしまったことに焦りを感じる自分もいた。
俺は窓の外を見た。
遠くには子供たちと遊ぶ騎士たちがいる。
それを見て、何故か少し安心した。
是非感想お願いします。




