表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
35/35

潜入の影 静かなる掃討


 「彷徨える勇者の休息亭」の熱気は最高潮に達していた。


 帝都と古都の重鎮たちが一堂に会した最奥の寝椅子(ソファー)席。


 そこでは今、マラートの野心を挫くための冷徹な情報交換が行われている。


 名家の令嬢としての気品を崩さず、ヴェリティはヨハンの報告に耳を傾け、時折、組織の幹部らしい峻烈な判断を口にしていた。


 だが、その華やかな光の輪から遠く離れた場所。


 冒険者が集う酒場「彷徨える勇者の休息亭」の向かいの建物の影。


 そこには、祝祭の影に潜む毒蛇のような視線があった。


 赤金横丁の通りを、斜めに挟んだ館の二階にある空き部屋。


 窓の隙間から、遠目鏡で休息亭の内部を覗き見る男がいた。


 男の名はバルト。古都の裏社会で「暗い眼のバルト」として知られる、マラート秘蔵の密偵である。


 「……報告通り、慈善司教ビディと魔法剣士ルーシーが接触している。第九統率長にこれ以上の後ろ盾を得させてはならん。予定通り、酒場ごと――」


 バルトが懐の魔導起爆符に手をかけた、その時だった。


 「――おっと。それは物騒だ。やめた方がいい。」


 背後からかけられた、あまりに間の抜けた、しかし心臓を掴むような冷たい声。


 バルトは全身の毛が逆立つのを感じ、反射的に腰の短剣を抜いて振り向いた。


 そこには、黒い貫頭衣(Tシャツ)に細身の黒い穿袴(ズボン)という簡素な身なりのキロがいた。


 いつもの「そこそこの盗賊」としての惚けた顔ではない。


 月光を吸い込むような薄茶色の昏い瞳をした、無慈悲な執行者の顔だ。


 「貴様、いつから……!」


 「あんたが遠眼鏡を覗く前からだよ。……九歩くほ


 キロが指先を僅かに動かした。


 空間を切り裂く気の刃が、バルトが声を上げるよりも早く、その喉を正確に撫で上げた。


 血飛沫が上がる隙すら与えない。


 キロは崩れ落ちるバルトの体を、羽毛を扱うような手つきで受け止め、音もなく床へ横たえた。


 「お姉さん方が、真面目な話の最中なんだ。邪魔しちゃ悪いだろ?」


 キロは手慣れた動作で男の身体を探り、魔導起爆符と、古都への定期連絡用と思われる通信石を回収した。


 さらに、高位錬金術を用いた特別な消滅剤を遺体に振りかける。


 心臓が二十拍も打たないうちに、そこにいた刺客の存在は、衣服の一片すら残さず、虚無へと消え去った。


 数分後。


 キロは休息亭の裏口から、何事もなかったかのように店内に戻った。


 付け台では、主人のガルバンが忙しく注文を捌いている。


 「お、キロ。戻ったか。外の空気はどうだった?」


 「ああ、ちょっと埃っぽかったよ。……それよりガルバン、俺にも麦酒を一杯頼むよ。」


 キロは、入り口近くの隅の席に腰を下ろした。


 そこからは、ヴェリティが背筋を伸ばし、ビディやヨハンと真剣な面持ちで語り合う姿が遠目に見える。


 先ほどまで闇の中で繰り広げられていた死闘など露知らず、彼女が毅然としていられること。


 その凛とした表情こそが、キロが守り抜いた成果だった。


 (……やれやれ。これで今夜も、静かに休めそうだ)


 キロは運ばれてきた麦酒の筒杯(ジョッキ)を傾け、喉を鳴らした。


 刺客の脅威が消えたこと。


 そして、帝都の安寧が辛うじて守られたこと。


 その真実を知るのは、今夜もキロただ一人だけだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ