翌朝の休息亭 いつもの微睡み
半月小路の朝は静かに明ける。
昨夜の濃密な情事の余韻を、キロは気怠く受け止めながら、いつものように黒い長袖の貫頭衣に袖を通した。
隣にはもう、あの純白の影はいない。
ビディは夜明け前に、一分の隙もない慈善司教としての姿に戻り、大聖堂へと帰っていったのだ。
キロはあくびを一つし、表通りを挟んで向かい側の赤金横丁へと足を向けた。
「彷徨える勇者の休息亭」の扉を開けると、そこには朝から麦酒を呷る冒険者たちの喧騒と、焼き立ての麺麭の匂いに満ちていた。
「お、来たな。寝坊助の盗賊さんよ」
付け台の中で硝子盃を磨いていた主人のガルバンが声をかける。
キロはいつものように適当に手を振ると、店の最奥の寝椅子へと潜り込んだ。
「……ふわぁ、また眠い。昨日はちょっと歩きすぎたかな」
「あんた、魔女様の案内くらいで、疲れすぎじゃないのかい?。もう少し身体を鍛えたらどうなの。」
傍の円卓で剣の手入れをしていたルーシーが、ニヤリと笑ってこちらを見た。
彼女は薄紫色の髪をかき上げ、相変わらずの抜群の容姿を白と黒の連体着衣に包んでいる。
彼女にとってキロは、気心の知れた、身体の相性も抜群なお気に入りだ。
だが、昨夜彼が誰と過ごしたかを詮索するような、野暮なことはしない。
「案内って言っても、人によるさ。赤毛のお姉さんは、元気すぎて困ったよ」
キロが惚けた顔で答えると、二階の露台から軽やかな靴音が響いた。
「あら、おはよう。私の優秀な案内役さん」
現れたのはヴェリティだった。
彼女は肉感的な肢体を緑の連体着衣に包み、赤い髪を揺らしてキロのそばに歩み寄る。
「昨日はありがとう。おかげで古都への報告書が捗りそうだわ。ねえ、今日も暇なら迷宮の別の階層を――」
「勘弁してくれよ、ヴェリティ。俺は今日こそ、ここで昼寝をするって決めてるんだ」
ヴェリティは蓮っ葉に笑い、ルーシーの隣に腰を下ろした。
二人の美女が並ぶ姿に、酒場中の男たちの視線が集まる。
「ふふ、冷たいわね。……あ、そうだわ。さっき大聖堂のビディ様から、休息亭の皆さんにって、最高級の茶葉と焼き菓子が届いてたわよ」
ヴェリティの言葉に、ルーシーが「へえ、さすが至高の聖女様は気が利くね」と感心したように応じる。
キロは寝椅子に深く沈み込み、目を閉じた。
ビディは大聖堂で祈りを捧げ、ルーシーはここで剣を磨き、ヴェリティは古都の陰謀に思いを馳せる。
穏やかな陽光が窓から差し込み、帝都の朝風がキロの頬を優しく撫でる。
「……おやすみ」
「また寝るの!?」
ルーシー呆れ声を子守唄代わりに、そこそこの盗賊は、今日も幸せそうな寝息を立て始めるのであった。




