そこそこの盗賊と断り文句
冒険者が集う酒場の片隅で、いつも居眠りしている「そこそこの盗賊」と、その周りにいる冒険者や酒場の人々のお話です。
都の喧騒が、開け放たれた「彷徨える勇者の休息亭」の扉から流れ込んでくる。
昼下がりの陽光は、埃の舞う酒場の中を斜めに切り裂き、使い古された木製の床に長い影を落としていた。
その光の届かない一番奥の寝椅子が、キロの定位置だ。
彼は黒い長袖の貫頭衣と黒い細目の穿袴に身を包み、引き締まった身体を深いクッションに沈めていた。
色白で優男の「そこそこ腕の立つ盗賊」というのが周囲の評だ。
整った甘い顔立ちは、今、眠りに落ちる寸前の微かな微睡みに溶けかけている。
「……ふわぁ」
小さな欠伸を漏らし、キロは片手で目元をこすった。
彼の腰には剣もなければ、盗賊らしい短剣の一本すら見当たらない。
身軽すぎるその格好は、この場に集う冒険者たちからは「油断しすぎだ」と失笑を買うこともある。
だが、キロに言わせれば、重い鎧や武器を手入し持ち歩くことほど、面倒なことはない。
実際、彼は昨夜、一人で郊外の地下迷宮に潜り、深層の怪物を素手で一撃のもとに切り裂いてきたばかりだった。
手に入れた古の宝冠や真銀の首飾りは、すでに馴染みの商人のところで、数ヶ月は遊んで暮らせるほどの額に化けている。
「キロさん、また寝てるの? 少しは仕事を探したら」
看板娘のミラが、呆れたようにエールの筒杯を側卓に置いた。注文した覚えはないが、これが彼の「いつもの」だった。
「仕事なら昨日したよ。……そこそこのやつをね」
キロは半分目を開けて、適当な嘘を吐く。
もし、自分が「超々凄腕の忍者」であり、「高位呪文の遣い手」であり、「伝説級の高位錬金術師」であることを明かせば、今この瞬間にでも、帝国騎士団や伝説の勇者パーティーが彼を奪い合いに来るだろう。
そして、自由で怠惰な昼寝は永遠に失われる。
(「そんなのは、愚の骨頂だよね……」)
彼は心の中で独りごちた。
金は稼ぎたい時に、一人で稼げばいい。
人前では「そこそこ腕の立つ盗賊」でいれば十分だ。
たまに堅実そうなパーティーの助っ人に入り、そこそこ腕の立つ盗賊としての最善を尽くす。
そして、感謝の言葉とそこそこの報酬を受け取る。
それが、この都で彼が見つけた「居心地の良い」生き方だった。
夕刻前。
酒場に活気が戻ってくる。
入り口近くで、鼻息の荒い新人冒険者の一団が、無謀な探索計画を大声で話しているのが聞こえた。
「おい、あんた盗賊だろ?キロとか言ったよな。腕は立つんだろ? 助っ人に入ってくれよ!」
一人の戦士がキロに声をかけてきた。だが、キロは目を閉じたまま動かない。
——計画に柔軟性がない。リーダーの性格が粗暴すぎる。あれでは死人が出る。
「悪いけど、今日はもう『満席』なんだ」
適当な断り文句を投げて、キロは再び眠りの海へ潜ろうとする。
彼は涯東の島国、日夲の由緒ある武家に生まれた。修行の末に極めた技は、今や二十歩以内のあらゆるものを、
空気を振るうだけで切り裂く気の刃へと昇華している。
魔法も、癒しの術も、高位の魔導師を凌駕する域にある。
だが、そんなことはどうでもいい。今は、ミラが運んできた冷えたエールを喉に流し込み、寝椅子のクッションの柔らかさを堪能する。
この怠惰で自堕落な午後を、「そこそこの盗賊」として浪費すること以上に価値のあることなど、この世界には存在しないのだから。
キロは微かに口角を上げると、完全に意識を手放した。最強の忍びは、今日も誰にも気づかれることなく、世界で一番贅沢な居眠りを楽しんでいる。
元々はPCゲームのWizardryの小説を書きたかったのです。
ゲーム中、全呪文を習得してレベルも上げに上げ過ぎた忍者のキャラクターがいました。
その忍者キャラが、あまりに強すぎて使っても面白くないものですから、ずっと酒場に放置してました。
それが主人公のモデルです。
凄く強い忍者が、何も活躍せずに酒場で居眠りしてる小説を書こうと思いまして、筆を執った次第です。




