26 「この要素で丸被りすることあるのカ」
「むふー、兄さん待て待て~♪」
「そうら兄を捕まえてみろ」
「その動きでよく他の利用者を『ゴキブリ』呼ばわりできたわよね」
我等兄妹にかかればただ壁を登ることなど造作もないゆえ、壁に張り付いたまま鬼ごっこに興じていればマスターから酷いことを言われた。案外楽しいぞ、"ぼるだりんぐ"鬼ごっこ。
「うぅ、お嬢のくせニ……お嬢のくせに私より先に卒業するなんテ……」
「あなたはあなたで失礼ね」
一方で地上のベンチでは、マスターが気落ちするイレーナにダル絡みされている。シャツの裾を未練がましく引っ張られ鬱陶しそうにしているが、しかし決して振り払うことはしない優しいご主人様なのであった。
「私の中で一つのコンテンツが死んダ……」
「うっるさいわねこの半妖精。虫かごに入れて小学生に売り払ってあげようかしら」
「小学生の性癖が歪むからダメ。う~、お嬢はいつまでもウダウダ面倒くさい処女がお似合いだったのニッ! それを尻目に私が先に卒業してマウント取りたかったのニッ!」
「スパイってどこに通報すればいいんだっけ? 公安?」
「本気で強制送還されるからやめてネ。はァ……羨ましさと妬ましさと悔しさとやっぱり妬ましさがあル。あんた達みたいなバカップルのイチャイチャを四六時中見せつけられなきゃいけない諜報員の気持ちも理解してほしイ」
「すごい勝手なこと言われてる……別にプライベートで彼氏でもなんでも作ればいいだけでしょ。相手なんて選り取り見取りじゃない? ……そ、それだけ可愛かったら」
「じゃあ無双の戦鬼ちょうだイ♡」
「殺すわよ」
「ケチ!!」
「これでケチなら一夫一妻制の国なんてケチしかいないじゃないの」
「うわーン! 戦鬼! 刀花ちゃン!」
「なんだなんだ」
「はーい♪」
イレーナが情けなく泣いて呼ぶため、鬼ごっこを中断しベンチへ向かう。
すると現金なものですぐに泣き真似をやめ、イレーナは諜報員に相応しい切れ味を宿した碧眼で我等を見上げた。
「──この四人でラブホテルに行こうゼ。久しぶりニ、キレちまったヨ」
「なんでそうなるのよ」
「ほほう……イレーナさん、その心は?」
「聞かなくていい聞かなくていい」
「お嬢の知らないところで彼氏を寝取られるのが嫌なラ、いっそ目の前で致してやろうという自分を使った消費型コンテンツを提案すル」
「なんでそういう方向性に行っちゃうの。普通に彼氏作ればいいでしょって」
「忘れがちだけド、私は『好きになった男を殺したくなる』という設定があル。最低限、私より強い雄じゃないとダメ。そしてそんな雄はなかなかいなイ。優秀な美少女スパイで申し訳なイ……」
「設定って言ったこのスパイ。そもそもあなたってどれくらい強いの」
「恥ずかしいからあんま言いたくないけド、某つよつよランキングでは三十位くらいかナ」
「え、つよ……」
「引くなお嬢! だから言いたくなかったんダ……! 私はどこにでもいるような一般モデル体型美少女ロシア諜報員なのニ……!」
身を引くリゼットに、イレーナは頬を膨らませている。仮にも無双の戦鬼を相手取るため送られてきた諜報員だ、弱いわけがない。乙女的には複雑なのかもしれんが……強いことはいいことだろう。戦鬼と妹、キモくない。
刀花はその観察眼からイレーナの力量をそれとなく見抜いていたのか、琥珀色の瞳をキラキラさせて問う。
「どんな感じでお強いんですか? いつかお手合わせしたいと思ってたんですよね~♪」
「死んじゃうからやめてネ。端的に言えば水使イ。だから強いネ」
「そんな強いイメージある? 水使いに」
「──人体の六十パーセントは水。血もまた水。肉体の内をほぼ占めるそれを、私は外から操れル。アンダースタン?」
「バトル漫画で水使いが活躍できない理由きたわね。あれでしょ。ケント○リアのアル○ス様みたいな感じ? 血を操って頭を『ボンっ』てするやつ。休日にボルダリング楽しんでていい性能じゃないでしょこの子」
「遠距離なら水弾や頭ボーン、近距離なら超高水圧ウォーターカッターで応戦するからまぁ強いヨ。魔術抵抗高かったり、身体の中を異界化させてるような格上相手だったりしたら効かないけド。効かないからネ? 刀花ちゃン?」
刀花が闘争りたそうにしているが、イレーナは冷や汗をかいて「どうどう……」と宥める。なかなかの性能のようだが、刀花相手では三秒ともつまい。
「とまァ、そんなわけデ。私より強い男の子なんてなかなかいないわケ。だからちょっとくらい戦鬼を味見させてくれてもいいじゃン?」
「人の彼氏をスイーツバイキングのスイーツだと思ってる?」
「どうせもう出し惜しむような貞操じゃないんだからいいじゃン! 既に七股とかしてる悪鬼なんだかラ!!」
「悪い男に手を出すのやめた方がいいわよ。友達ならなおさらね。はい終わり」
「と、刀花ちゃン!」
「はいはい?」
リゼット相手では埒が明かんと思ったのか、イレーナの標的が刀花に移る。
耳を寄せる刀花に、イレーナはコソコソと耳打ちをした。
「──同級生の女友達を抱くお兄ちゃんっテ、背徳的じゃなイ?」
「はっ──!?」
「いや『はっ──!?』じゃないから」
「そもそも俺の意思は無視か?」
リゼットや刀花の同級生をやってくれていることには感謝もしておるし、明け透けな諜報員を演じるイレーナに悪感情も特別抱いてはおらんが……恋愛的な視点となれば、それは別の話だ。確かに高身長かつスタイルもモデルのように抜群であり、お人形のように整った顔立ちや甘い声色など男受けはよさそうだが。感情表現の乏しい相貌から繰り出される軽口も"ぎゃっぷ"を誘い親しみやすい。しかしいくら悪鬼とはいえ、美しければ誰でも抱くと思ったら大間違いなのである。諜報員に情報の塊である体液を渡すなど、守護者としても容認できぬ。俺や姉上ですら把握しておらん弱点が露呈するかもしれんからな。うむ。
「……」
しかし……。
もしこの四人で事を致すとなると……ふむ、背徳的ではあるな、ふむ。いややらんがな? やらんが背徳的ではあると思っただけだ。うむ。姦しく、可愛く、彩り豊かな下級生三人組と禁断の甘い時間か……うむ。うむ? うむ……。
「悪くなさそうな反応だナ。もう一押しすればいけそウ?」
「 ジ ン ? 」
「刀花、助けてくれ。思考を盗聴されている」
「アルミホイル巻きますね~♪」
可愛い妹が笑顔で巻いてくれるアルミホイルで事なきを得た。無双の戦鬼創造は政府の陰謀だ……。
頭を銀紙でグルグル巻きにされていれば、イレーナは銀髪を儚く散らし、わざとらしく「ヨヨヨ……」とベンチに沈む。
「私の何が不満なのか理解できなイ……日本人は皆、不○子ちゃんみたいな女スパイが大好物なはずでハ? 最近だとヨ○さんとカ?」
「その枠組みで自分を数えようとするの烏滸がましすぎるでしょ」
「──ガチな話していイ?」
「え、な、なによ……」
一転して真剣な光を宿す碧眼に、リゼットが瞠目する。
「私はスパイだかラ、ぶっちゃけそういうコトする相手を自分で選べないんだよネ。この仕事をしていれバ、女の武器を使う時は必ず来るかラ。今は未成年だしそういう任務はまだだけド……」
「イレーナ……」
「だから今の内ニ……ハジメテの思い出ハ、自分で選んだ人がいいんダ。それも初めてできタ、と、トモダチと一緒なラ……そんな何にも負けないキラキラした思い出があれバ、この先、任務中どれだけ酷いことをされたとしてモ、それさえあれば耐えられると思う、かラ……」
「あなた、そんなこと思ってたの……」
「イレーナさん……」
しっとりとした雰囲気を纏い告白する水の精に、リゼットと刀花が胸を打ったかのように瞳を瞬かせる。
そんな二人の手を取り、イレーナはウルウルと目を潤ませて乞うた。
「だかラ──4ピー(規制音)しよウ?」
「私はいいですよイレーナさん! 感動しました!」
「え、普通に嫌だけど」
「お嬢ッッッ!!」
人情話に弱いご主人様だが流されなかった。
「なんデッ!」
「いやスパイの言うことなんて信じられないし……」
「け、結構マジな話だったんだけドッ!」
「えぇ~……? じゃあ、ほら、私にボルダリングで勝ったらそれでいいわよ」
「え、マジ? 楽勝じゃン? あ、そうかお嬢……ツンデレだけど優しいんだかラ……そういうとこロ、愛おしいと思ウ」
「ジン? ちょっと手伝って。これどう登るの?」
「まず俺が腰を支えるゆえ、安心して身を任せるがいい」
「ぁんっ……ちょ、ちょっと、あんまり、腰とか……強く掴まないでよ……エッチ……」
「おイ、ボルダリングで発情すんナ」
「むふー、分かりますよリゼットさん。兄さんに後ろから強く腰とか掴まれちゃうと……思い出しちゃいますよねっ♪ 動物さんみたいに後ろからパンパン──」
「やめろォ!! 友達の脳を破壊するなァ!」
そうして皆で"ぼるだりんぐ"に興じ……、
「──決着ゥゥーーーーッッ!」
「はい、私の勝ちね。なんで負けたのにそんなテンション高いの?」
「ふ、普通に戦鬼の力インストールして勝ちやがったこの女! 大人げなイ! 大人げなイ! 体育の時間では普段チートしないのニッ!」
「リゼットさん……イレーナさんが可哀想ですよう」
「自分の彼氏を抱かれようとしてる私のことは可哀想に思わないの?」
「──次はカラオケで勝負ダ」
「ごめんなさいね、カラオケも得意なの私」
「ま、負けねェ~~~~~~!!」
「ふふ、楽しいですね兄さん♪」
「なによりだ」
俺をダシにリゼットをからかって騒ぎたいだけなのか、本気なのかは思考盗聴しなければ分からんが……。
「ふ……」
笑顔を交わし合うこの三人が──本当の友情を育んでいるということは理解できた。
埒外の者達にとって、『普通』とは得難い宝である。こうして笑い合える時間というのは、彼女達にとってなによりの宝なのだった。
「あァ~~~……でもマジで彼氏欲しイ。身体から始まる関係性もあると思わン?」
「思わない。きちゃない」
「それはそれで背徳的でアリです」
「戦鬼ィ~……いヤ、酒上先輩っ♡ 可愛い後輩とワンナイトしませんカ?♪」
「悪いが身体の関係から始まった可愛い後輩なら足りている」
「この要素で丸被りすることあるのカ……」
ちなみに、数年後──、
「すまんお嬢……赤ちゃんデキちゃっタ♡」
「は?」
特段、別の任務につくこともなく交友を続け、俺の子を産むことになる美少女スパイがいる世界線もあったとか、なかったとか……可能性は無限大だな。




