10 「等身大フィギュアみたいなものでしょ?」
「自由研究でゲームの実績解除トロフィー提出したら怒られると思う? 私は怒られはするけど『しょうがないな』って感じでなぁなぁに済ませられると思うのよね。だって私、優等生で留学生でお嬢様だから」
「リゼットさん。初手からアウトなラインを探ろうとする人はだいたい危ない人なんですよ」
我が主が夏休みの宿題から逃避しようとしている。
……とある日中、食堂で昼食後の茶を飲み一息ついていれば、マスターが少々危ない光を宿した瞳でそんなことを言い出したのだった。
そんな抜け道を探ろうとするお嬢様に、我が妹は琥珀色の瞳をじっとりと細めて批難を送っている。刀花は小さい頃から手のかからない子で、宿題も忘れたことがないからな。きっと姉と兄の教育がよかったのだろう。誇らしい……。
この場にはリゼット、刀花、姉上、そして俺という休日にはブルームフィールド邸に常駐している面子が揃っている。眷属が場の流れを静観する中、冷たい緑茶の入った湯呑みをコトリと置く姉上が「やれやれ」と嘆かわしそうに頬へ手を当てた。
「『異世界旅行へ行く前に、全ての宿題を終わらせておきましょうね』と再三申し上げておりましたのに。旅行後の疲れできっと腰が重くなりますから、と」
「リゼットさんだけですよ? 自由研究終わってないの」
「そも、なぜ後回しにしたのだマスター。マスターは勉学など片手間にこなせよう?」
「むぐ……」
酒上三兄姉妹の言葉に、リゼットは口ごもる。
そうして紅い瞳をしれっと外に向けつつ、彼女はボソッとその理由を口にしたのだった。
「だって……なんか自分の手を動かさないといけないの面倒くさい……」
「数式を解く時とて、ペンは動かすだろう」
「違うのよ。課題集の問題はスラスラ解けるし、私的には優雅なの。でもこういう……腰を据えて成功するかも分からない作業を積み上げていくのは、私的に優雅じゃないというか」
「つまりリゼットさんは堪え性がないんですよね」
「は? ありますけど?」
たった今放り投げてしまったぞマスター。
「兄さんもちょっと傷付いてましたよ? リゼットさんはデート中でもスマホをよく見るって」
「すっ、スマホは生活必需品! 女子高生のインフラなの! だからいいじゃないの別に!」
「私と姉さんは、デート中にスマホなんか見ずに兄さんを見ますもん♪ ですよねー、姉さん? 好きな人の顔を見る方がずっと楽しいし幸せですよね!」
「そ、そう、ですねっ……?」
「照れてるけどサヤカは機械が苦手なだけでしょ。え、ていうか私とのデート中、本当にそんなこと思ってたのジン……?」
「いいのだ、マスターは俺のご主人様なのだからデート中に何をしようと。だが、うむ……お前の眷属は、少しの間とはいえ寂しい思いをしていたということは心に留めておいてほしい……」
「……つ、次から、気を付けます」
モシモジ言うお嬢様の姿で全てを許した。だから俺はマスターが好きだ!
そんな様子を姉上と刀花に生温かい目で見られていると気付いたリゼットはわざとらしく「こ、こほんっ」と咳払いをし、話を自由研究に戻した。
「と、というかっ、二人はいつの間に終わらせてたのよ自由研究」
「リゼットさんが『旅行の前に終わらせなきゃ』ってゲームを楽しんでいた時ですね」
「マスターが『旅行の前に読んでおかなきゃ』と漫画を一気読みしていた時だな」
「私がだらしない生活してるように言うのやめてくれない? 私だって自由研究以外の宿題終わらせてるんですけど。なんならあなた達より先に」
「クス……リゼットちゃん」
「な、なによサヤカ……」
何かお小言を貰うのかとリゼットが身構える中、姉上は楽しそうにコロコロと笑って言う。
「我が弟と妹がそんな風に言うのはですね……リゼットちゃんがゲームや漫画に夢中で、きっとその間構ってもらえなかったからではないでしょうか? お姉ちゃんはそう思いますね」
「…………怒れなくなっちゃうようなこと、言うのやめてよ」
だから俺と刀花はリゼットが大好きなのだ!!
小さくなって「も、もう……」と赤くなるお嬢様に兄妹でニコニコしていれば、姉上がリゼットへ助け船を出してくれる。
「どうやらリゼットちゃんは一から始める作業が苦手なご様子。弟? そして刀花ちゃん? 先に終わらせた者として、手本を見せて差し上げてはどうでしょう」
「むふー、いいですよ!」
「もちろんだ」
「あ、ありがと……そもそも、二人はどんな感じのにしたの?」
「私はぬいぐるみ製作です!」
「俺は香水を作った」
「へぇ、二人とも工作系なの。それにジンがなんかお洒落なもの作ってるのも意外……どんな香りにしたのかしら?」
「どれ、見せてやろう」
俺は和服の袖から力作を取り出し、色とりどりの瓶達を机に並べた。
「こちらが『リゼットの香り』。そしてこちらから順に『刀花』、『綾女』、『ガーネット』、『姉上』、『ティア』、『エリィ』となっているぞ」
「どうして私は一瞬でもあなたに期待しちゃったのかしら。急にマニア向けのグッズ展開するのやめてよ気持ちが悪い」
「ちなみに『風呂上がりでポカポカしている身体を抱き締めた際に香る髪の匂い』を想定して作った」
「もっと気持ちが悪いこと言うのやめなさい。これもう何かしらの法に抵触してるでしょ」
「体臭に著作権などあるのか?」
「どうやって作ったの」
「洗濯前の枕とそれに付着した抜け毛を、俺が魔術で抽出した精油に漬け込み──」
「だからやめなさいって言ってるでしょ人の抜け毛を集めるの。そんなことしてるのあなたと羅生門の老婆しか見たことないんだけど。サヤカも何で許可したの」
「……刀花ちゃんが、欲しいと言って……」
「むふー、姉さんの香りを抱き枕にふりかけて眠るとですね……"捗る"んですよ」
「本人いるのにそれする必要ある?」
「必要な時はあります! 兄さんと姉さんが二人きりでエッチしてる時とか!」
「あなたそんなの構わず突入するからやっぱり必要ないじゃないの。あと突入しないの。サヤカが可哀想でしょ」
「じゃあ代わりにリゼットさんとの時にエントリーしますね!」
「絶っっっ対にやめて。本気でやめて。ほんっと信じられないんだけど。ねぇ何考えてるの?」
「私とリゼットさんの仲じゃないですかぁ♪」
「お友達ね。そして世間一般的にお友達は恋人をシェアしないのよ。お分かり?」
「綾女さんはしてくれましたのに!」
「そっち方面であの子を基準にするのは絶対にやめておきなさい。サービス終了間近のソシャゲみたいにインフレしちゃうから」
ふ、酷い言われようだな綾女。事実だから仕方がないが。
窓から見える澄んだ青空に綾女の微笑みを浮かべていれば、リゼットが自分の香りが封入された金色の瓶を摘まみ、怪訝そうに眉根を寄せる。
「これ提出するの? あなたのクラスでの評価が地に落ちると思うのだけれど。特に女子から」
「俺は探究授業でチン立て伏せを発表した男だ」
「何も言い返せないわ」
「俺は文字通り自由に研究した。ゆえにその責をも背負う。それこそが真の自由なのだ」
「ちょっとカッコいいこと言ってるのに、やってることは好きな女の枕と髪を集めて勝手に香水作ってる変態なのよね。それでトーカは? ぬいぐるみを作ったって聞いたけれど」
「むふー♪ 兄さんや姉さん、そして私のぬいぐるみはよく作ってましたので。今回は挑戦の意味も込めて、リゼットさんのぬいぐるみを作りました!」
「あ、あら、私のを……? へぇ……? あなたって、本当に私のこと好きよね」
自分を象った人形を作ったと聞かされ、リゼットが頬を少し赤くして、黄金の髪を指でクルクルと巻く。照れている姿も可憐だ。
そんな大切な友人に向け、刀花もまた笑みを深めて言い放った。
「リゼットさんの抜け毛も一本一本丹念に込めて、更に兄さん謹製の香水もふりかけましたのでもう完璧な仕上がりですよっ」
「変態と変態の合わせ技」
俺の分も作ってくれないだろうか。しかし長男の矜持が邪魔をして「可愛いぬいぐるみが欲しい」とは素直に言えぬ無双の戦鬼なのであった。
完全に瞳から光の消えたリゼットに、しかし刀花は前のめりになり熱弁する。
「リゼットさん、これは良い機会ですよ。リゼットさんももっと自由になりましょうよ。自由の翼をはためかせましょうよ!」
「うるさいわねこの海賊王に最も近い女。性癖開示は学園のルールで禁止でしょ」
「そうやってリゼットさんはいつも良い子ぶって! 私は友人として心配なんです! 抱え込んでるんじゃないかって! 私は友人として全てを受け入れますから、リゼットさんも安心してもっとこっちに来てください!」
「私がエグい性癖持ってること前提で喋らないでくれる? ないのよ。そしてあなたは受け入れる気でも、まず私があなたのことを受け入れられてないのよ」
「相変わらずツンデレさんです♡」
「その一言で私のこと雑に済ませられちゃうのだいぶ納得いかない」
「はぁ……分かりました。じゃあリゼットさんが日々延々と†真実の愛†を綴っているポエム集でも出しますか」
「私の詩集のことをエグい性癖だって言ってる? 自分と姉と兄との官能小説を書いてあまつさえ公開してる女が?」
おっとマスターがキレそうだ。ここは穏便に場を整えるとしよう。
「マスター、俺が手伝えそうなことで構わない。作ってみたい、もしくはこんなものが欲しいと思うものは何かないか? 俺と刀花はそれを題材にして、これらを作ったのだ。是非、協力させてほしい。二人でする工作は、きっと楽しいぞ?」
「え、う、う~ん……そうねぇ……」
『二人でする』という文言に惹かれ、リゼットは顎に手を当て真剣に考え始める。
「自由、自由ねぇ……」
そんな中で、俺達は顔を寄せ合いコソコソと答えを予想していた。
(どう見る?)
(リゼットさんはこういう時あざといので、上目遣いで『あ、あなたとの赤ちゃん……とか……?』って言うに決まってますっ。愛し合う男女が二人で作るものなんて、赤ちゃんしかありませんもん! これじゃあ姉さんとネタが被っちゃいますよっ)
(どうして私に飛び火するのですか刀花ちゃん……お姉ちゃんは一度もそのようなこと言っておりませんのに……)
(ほえ? でも最近……正確には異世界から帰って来た時くらいから、姉さんのお部屋のゴミ箱から使用済みの避妊具が出てきませ──)
(ぴゃあっ、ぴゃあぁっ)
「あなた達うるさい」
俺は可愛いお姉ちゃんを持った……。ジーンとそう感じ入っていれば、リゼットの視線がじぃと俺に注がれる。
「……」
「……」
見つめ合う主従。愛らしく染まる少女の頬。にわかに潤む紅い瞳。
これは……来るか……!? 父となる日が……!
「……欲しいと、したら」
「うむ。俺に提供できるものなら、素材であれ力であれ何でも提供しよう」
「じゃ、じゃあ……」
モジモジと身体を揺らす様はまさしく恋する乙女。
そうして刀花の予想通り、俺の可愛いご主人様は、それだけで数多の男を悩殺できるであろう上目遣いで呟いた。
「あ、あなたの──"全身剥製"、とか……?」
『…………』
「え、な、なぁに? よくない? 好きな人を永遠にそのままの姿で遺しておけるの……え?」
……………………さすが。
それが本当に素敵なことのように語るお嬢様に、俺達は最早感銘にも似た気持ちを抱くのだった。
やはり、ホンモノは違うな。




