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もう姉妹には戻れない  作者: キノハタ
第8章 わたしとあなた

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第88話 姉と妹

 最近の放課後は、生徒会の用事がない時は、文芸部の部室で過ごすことが多い。


 はると一緒に小説を読みながら、部誌作りを引き継いだ琥白から、偶に相談を受けたりする。


 本の匂いが微かに広がる狭い部屋の中、エアコンと風の音を聞きながら、静かに過ごす、そんな時間。つい一月前まで、溢れるほどの仕事をこなしていた身としては、なんだか少し気が抜けてしまう。


 なんて、少しぼーっとしていたら、隣に座っていたはるが、私の視界にひょこっと顔を覗かせてきた。


 「ねえ、黒江。今、何読んでるの?」


 「最近、流行のミステリー小説。はるも読む?」


 そう言ってひらっと本の背表紙を見せると、はるはうぅ……っと軽く唸ってから、ぷるぷると首を横に振っていた。まあ、はるは昔から、あんまりミステリー好きじゃないから、さもありなんって感じかな。


 そうして、また静かな時間に戻るけど、大体5分おきくらいに、はるの顔がぴょこっと顔がまた現れる。


 「黒江、この漢字なんて読んだらいいの?」


 「ねえ、黒江、今日のご飯何かな?」


 「それでね、黒江、さっきの本の登場人物がね?」


 その都度、私はそれなりに返事をして、またはるが静かになるのを繰り返していたわけだけど。


 「………………なんか、二人とも、距離近くない?」


 7度目くらいの質問で、対面でノーパソとにらめっこしていた琥白の顔が上がった。視線を上げて、胡乱な瞳で私達をじっと見ている。


 はて、と首を傾げて、隣のはるを見る。はるは私に本の内容を見せようとしていたから、まあ、肩が触れ合う程度の距離にはいる。あと、本の文章を指さし合っていたから、そこも微かに触れている。でもまあ、姉妹だし。


 「……普通じゃない?」


 こっちとしては、10年この距離感なのだから、こんなもんかと思うのだけど。ただ、指摘された当のはるは、少し顔を紅くして、私からちょっとだけ距離を離した。大体、2センチくらい。


 「私、しの姉が、その距離感で来たら、問答無用で肘打ちするわ……」


 しかし、琥白は未だに納得していないらしく、半眼で私達をじっーと見ていた。そんな琥白の視線に、隣のはるは少しおずおずと上目遣いで私を見てくる。


 「ごめん……変だった?」


 そういって少し不安げに瞳が揺れる。そんなはるに、私は静かに首を横に振った。


 「よそはよそ、うちはうち、だから」


 まあ、どちらが異端かと言われれば、間違いなくうちの姉妹像なのだけど。そこはあえて無視することで解決する。


 「そっか……」


 そんな私の言葉に、はるはまだ少し顔を赤らめたまま、そっと肩を下ろした。そして、そそくさともう一度、私の隣に距離を詰めてくる。大体、3センチくらい。


 ただまあ、そんな下らないことをしていたものだから、いい加減、琥白の堪忍袋の緒が切れてしまった。


 「イチャイチャ見せつけてんじゃねー!!」


 ばぁんと、動作の割に控えめな音を立てながらノーパソを閉じると、琥白は勢いよく立ち上がる。ので、おお、とはると二人して、驚きの声を上げてみる。ちなみに、琥白は体躯が小さすぎるから、そこまでしても、ギリ可愛さの方が勝っている。


 そして、琥白はずかずかとこっちまで回り込んでくると、なぜか鞄を背負って、そのまま私とはるの間に割って入ってきた。平泳ぎのように、狭い隙間を掻き分けながら。


 そのまま、ぎゅっとはるに抱き着くと、ふっとどこか勝ち誇ったような笑みで私を見上げてくる。


 「あ?」


 心の中の、育ちの悪い部分が、反射的に喧嘩腰になる。だけど、はるの前なので、咄嗟に片鱗だけで引っ込めた。琥白の腕の中で、はるが少し驚いた様子を見せてるけど、多分大丈夫なはず。


 ただ、そんな僅かな隙を見せたのが、今にして思えばよくなかった。


 その間に、琥白はそそくさとはるの少ない荷物をまとめると、そっと立ち上がらせていた。こともあろうに、はるの手を握ったまま。


 そして、目を白黒させているままのはるの手を引くと、にっと私に勝ち誇ったような目線を向けてきた。


 「と、いうわけで、今日の放課後は、私がはる先輩とデートするから」


 「あ゛?」


 明らかにドスの効いた低音が、思わず口から出てしまったけれど、そんなことはもはやどうでもいい。咄嗟に引き留めようとしたけれど、その頃には、もう琥白ははるの手を引いて走り出していた。


 「ふははは!! 油断したな、馬鹿めぇ!!」


 「ちょ、待て!!」


 伸ばした手をひらりと躱しながら、琥白とそれに引き連れられたはるが、廊下を凄まじい勢いで駆けていく。くそ、あいつ、無駄に足が速い。


 そうして、気付けば私は、文芸部室で独りぽかんと取り残されていた。


 最愛の姉を、なんか、勢いで友人に奪われて。


 「あんた、部誌の締め切りまずいとかいってなかったっけー!?」


 「あ、明日の私が頑張るからぁ!!」


 廊下の向こうから聞こえてきた、そんな情けない言い訳を聞きながら、私は独りため息をつくことしかできなかった。


 視界の裏に映っていた、最後のはるのぽかんとした表情を、ぼんやりと想いうかべたまま。






 ※






 それから、大体10分くらいが経って。


 「おーい、こはくー……って、あれ、なんで黒江しかおらんのだ?」


 文芸部室で、なんとなくぼーっとしていたら、扉を開けて白乃さんがのんでりと侵入してきた。手の中には、ファイルが握られているから、何か琥白に用事があったのだろうか。生憎、とうの琥白は逃走中だけど。


 「姉を誘拐されまして……」


 とりあえず、端的に状況を説明してみたら、案の定、訳が分からんと首を傾げられた。まあ、逆の立場なら、私でも多分そうなる。


 「よくわからんが……、え、ここ文芸部なのに、文芸部員誰もおらんの?」


 「そうなりますね……」


 制度上、生徒会は各部室の管理の代行が出来るから、ギリ問題にならないんだけど。多分、そんな理屈は、琥白の頭の中に一ミリも存在しない。絶対、ノリと勢いで行動してる。


 「そりゃまた、奇怪だな。……で、お前は何してたん?」


 白乃さんは少し呆れたように頭を掻いてから、怪訝そうに私を見る。私はうーんと唸りながら、少し返答に迷った。


 これがまあ、よく知らない相手なら、私だって何が何でも琥白からはるを取り返しに行ってる。こうやって、何もせずぼーっとしているなんてことはない。ないのだけれど……。


 「うーん……やったのが琥白なんで、追いかけるのも違うかなと……」


 多分、何かしら、意味がある。私の知る限りは、琥白はそういう人間だ。はるの相手を一時的に自分がすることで、私の負担を減らそうとしたのかもしれないし。他の理由があるかもだけど。


 そんな私の答えに、白乃さんはなるほどなあと軽く頷くと、椅子を引いて、どかっと腰を下ろした。そのままファイルを机に置いて、ふぅっと息を抜いて、くつろぎ出す。


 「…………そういう白乃さんは、何の用事だったんですか?」


 なんか琥白に、用件があったみたいだけれど。


 「いや、別に? 部誌の見積もり来てたから、渡すついでに、帰りの買い物の相談しようとしただけかな」


 私の問いに、白乃さんはしたり顔で頷くと、ひらひらと肩をすくめた。まあ、明日でいいかと、笑いながら。


 私はそんな彼女に、そうですかと軽く頷くと、同じように背もたれに軽く体重を預けた。


 別に私がこのまま、文芸部の部室に居座る意味もないから、さっさと帰ってもいいのだけれど。


 なんとなく、少しぼーっとしたかかったのも事実だったりする。


 そんな様子を、見抜いているのか、何なのか。白乃さんは何も言わずに椅子をぎぃぎぃ揺らしてる。不安定なパイプ椅子だから、そんなことしたら、いつかこけそうだけれど。


 「…………ねえ、白乃さん」


 だから、こんな風に声を零しても、白乃さんはさして驚いた様子もなかった。まさかとは思うけど、琥白と示し合わせてたりとか……さすがに、考えすぎか。


 「なんだ?」


 白乃さんは、眼を閉じながら、どこか愉快そうに椅子を揺らしてる。


 まるで、そうするのが、当たり前だとでも言うように。


 見透かされてるなあ、なんてため息は出るけれど、今はそれがありがたい部分でもある。


 仕方なく、私は雰囲気に誘われるがまま、口を開いた。


 「…………お悩み相談とか、受け付けてたりします?」


 そんな私の問いに、白乃さんは眼を閉じたまま、軽く笑った。


 「いいよ、相談料は……そうだな、缶コーヒー一杯でどうだ?」


 そんなことを言いながら、ひらひらと手を振って、小さく肩をすくめた。


 「後輩から、たからないでくださいよ…………まあ、それくらいなら、お支払いしますけど」


 そう言って、私はそっと腰を上げた。そんな私に、白乃さんは満足そうに笑みを向けると、静かに頷いていた。


 ………まあ、無償で聞いてもらうより、代価があった方が、個人的には納得感があるからいいんだけれど。


 そこまで見透かされてると思うのは、考え過ぎだろうか……でも白乃さんだしなあ。


 「ああ、微糖にしといてくれ、ブラックは苦いから」


 「……言われなくても、知ってます」


 眼を閉じたままの上司を見つめるけれど、真意は読めない。……まあ、今はそんな曖昧さに甘えておこうか。


 来週あたりに、それとなく、何か奢られるんだろうなって予感だけを感じたまま。


 私は冷たい廊下の中、自販機までそっと歩いて行った。

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