第7話 妹とデートする―①
鏡の前で髪を整えながら、少しだけ息を吐く。
見誤っていた、くろえの気持ちを。
眼を閉じれば、昨晩、私の上で泣きながら漏らしていた、くろえの声が蘇る。
『どうやったら、『妹』じゃなくなれるの?』
それはきっと、掛け違った想い。ずれたボタンのような、本来私に向けられるべきではない、儚い慕情。
受け流してしまえばいいと想っていた。すぐにいつもの私達に戻ると想っていた。
でも、相手は、あのくろえだ。いつだって、本気で、真剣だ。そんな、妹のことを、私は誰より傍で見てきたはずなのに。
頬に落ちる涙の感触が、今でも私の顔を濡らしているような気がする。
たとえそれが、掛け違いで始まった想いでも。あの子が抱いたものである以上、半端に終わらせることは、きっとできない。
ふぅと一つ息を吐く。
相応の覚悟が必要だ。あの子の心と向き合うために。あの子の想いに負けないほどに。
でも、と少しだけ、頭の中を不安がよぎる。
もしそうやって、ちゃんと向き合って、想いをぶつけあってしまったら。
私達はまた、今まで通り、仲のいい姉妹でいられるのだろうか。
答えを出してしまった、その時に。
まだくろえは、私の隣で笑ってくれているのだろうか。
少しだけ、指が震える。
息を吐いた胸の奥が微かに、冷たい。まるで小さな穴が空いたみたいだ。
ただ隣にいくれればよかったのに、そばで笑ってくれていればそれでよかったのに。
もう私たちは、『普通』の姉妹ではいられないのだろうか。
そんな思考に、答えは結局出せないまま。私は髪に掛けていた櫛を、そっと引き出しにしまった。
はあ、しっかりしろ、私。折角の、仲直りのお出かけなのだから。
暗い顔も、これからの不安も、今は全部しまっておこう。
ぐにーっと頬を引っ張って、無理矢理に笑顔を作る。
ぶきっちょで下手くそな、私の変顔が鏡の中でみょいんと動く。
うん、そう、せめて今くらいは明るく楽しく。
ぐっと身体を伸ばして、ハンガーにかけてあるコートを羽織った。
さあ、今日はくろえとデートです。楽しんでまいりましょう。
ふんっと胸を張って、鞄を持ったらお出かけの準備完了。
気合を入れるため、独りでえいえいおーと号令をかけた、そんな瞬間。
扉が不意にガラッと開いて、くろえが顔を出した。
「はるー、準備できたー? って…………」
当然そこには、独りで天高く拳をついた、私の間抜けな姿があるわけでして。
「……はるも気合入ってる?」
「……わすれてくださいませ!!」
くろえにしたり顔で笑われて、私は顔を真っ赤にして誤魔化すことしか出来ませんでしたとさ。
なんともまあ、締まらない始まり方ですこと。
まあ私らしいけど。
というわけで、デートの始まりなのだ。
※
がたんとがたんと電車に揺られて、辿り着いたのは近場の都市の中心部。
基本的に何でも揃うから、買い物するならやっぱりここらへんになる。
改札を抜けて、とりあえず近場のショッピングモールを指さすと、くろえは納得したように頷いた。
「なるほど、ところで何買いに行くの?」
言いながら、くろえをは軽く首を傾げる。
ちなみに今日のくろえは、宣言通りばっちり仕様。
髪はさらっと整えられて、軽くだけどお化粧もばっちり、相変わらずの美人に拍車がかかってる。家を出るときに出来栄えを聞かれたから、私は親指をぐっとあげておいた。私の妹は、今日も世界一かわいい。
服装はさすがに寒いから、二人とも分厚いコートに、去年のクリスマスに送り合ったマフラーをそれぞれしてる。私のが灰色で、くろえのは黒いやつ。これもよく似合ってる。我がセンスながら、ほれぼれしちゃうぜ。
そんな風に、むふふと一人ごちていると、くろえは訝し気に私を見てくる。
…………いかん、また独りの世界に入ってしまった。そうだ、何を買いに来たかだったよね。
「……えっとね、お母さんのクリスマスプレゼント買おっかなって。今年も帰ってこれないみたいだし、また送ってあげたほうがいいかなって」
軽く頬を叩きながら居住まいを正して、今日の第一目標を提示する。
本当は第二目標もあるけど、それは今は秘密なのだ……。
そんな私の内心など知るわけもなく、くろえは私の言葉に軽く頷くと、少し考えるような顔になる。
「なるほど、りょーかい。確か去年、お義母さんには…………アロマキャンドルあげたんだっけ」
「そう、喜んでくれたけど。『なくなっちゃう……娘たちのプレゼントなのに……これが無常』って言ってたから…………。今年は何か形に残るものがいいかなあ……」
言いながら、私たちはそれとなく歩き出す。目指すはとりあえず、雑貨屋さんとか電気屋さんかなあ。
「でも、はる。形あるものは、いずれ滅ぶ定めだよ?」
「まあ諸行無常だからね…………。いや、うん、そういう話ではなくてね」
そうやってちょっと、ツッコミを入れると、くろえは楽しそうに微笑んでいた。うん、このツッコミまでこみこみで期待されてた気がする。
「でも、そうだね。残るものかあ……、お義母さん、大体欲しい物は持ってるから、プレゼント考えるの難しいんだよね」
「だねー……。必要なのは、お金より時間と休みの人だから。結局リラックスグッズとかに落ち着いちゃう」
世界をまたに掛ける写真家の母親に、高校生の娘が送れるものなんて、たかが知れてる。それでも、毎回喜んではくれるんだけど、だからこそ半端な物は渡しにくい。
「前、二人で手編みのマフラーあげたことあったじゃん。ああいうのは?」
「うーん……あれ、凄い喜んでくれたけど……。ウン十万円とかするブランド服と一緒に、あのマフラー堂々とつけちゃうんだよね。フォーマルな会場とかにも、喜んで持って行っちゃうし、さすがにちょっと気が引ける……」
「あー…………まあ、確かに」
キラキラに輝いたホテルの中、高級スーツの上に、小学生二人が編んだ手編みのマフラーを着ける母の姿は、子ども心なりにかなり恥ずかしかった。特に私が編んだ部分は割とぐちゃぐちゃで、なのに、本人が喜んでいるものだから周りも何も言えなかったし。
「だから、うん、ちゃんとしたのがいいな」
「だね、まあ、ゆっくり考えよ」
言いながら、二人でショッピングモールの中の、手近な雑貨屋さんに入ってみた。
二人でしばらくお皿や、日用品、服から雑貨まで色々と見渡してみるけど。ピンとくるものが無くて、また次のお店へ。
あーでも、こーでもないと言いながら、電気屋さんによったり、服屋に寄ったり。食器屋さんに寄ってみたり。色々とめぐって、途中カフェで休憩したり。
結局、午前中ほとんど見て回ったけれど。これといった収穫はなかった。まあ、60点くらいの候補は一杯あるけど、どうしても決め手に欠ける。
ついでに第二目標の方も、いまいちピンとくるのがない。うーむ……。
「うーん、もう二番目のお店で見かけた、面白Tシャツでいいかなあ……。すっっっっごく長い犬が書いてるやつ……」
「ダメだよ、はる。お義母さん、絶対大事な表彰式に着ていくって」
「だよねー……」
やるかやらないかで言えば、うちの母は確実にやる人だ。だって、ノリと雰囲気で生きてるから。正直、未だに自分が、あの人の血を引いてるのが信じられない。
カフェでテイクアウトした、おっきなカフェモカを啜りながら、ベンチでうんうんと悩み続ける。
そうしてちょっと頭が沸騰しかけたころに、くろえがパチンと指を鳴らした。
「じゃあ、あれかな。ありがちなものに、意味をつけて想い出のものにするとか」
「…………ほえ?」
しばらく、くろえの言葉の意味が分からなくて首を傾げていたら、ふふんと自信満々に微笑まれた。
ありがちなものに……意味をつける?
「そう、ネット見てたら、こういうのあってさ」
「むむ…………?」
言いながらくろえはそっと、私にスマホの画面を向けてきた。
私はそれを覗きこむために、くろえの方にそっと身体を寄せる。
肩が触れる、添えていた指先が少しだけ触れる。
いつも何気なくやっていたことだけど、今はどうしてか少し恥ずかしい。
なんて思考もよそに、私はくろえの見せてくれたサイトを見て「おお」と思わず声を上げた。
「ありかも」
「でしょ?」
これは、お母さんのプレゼント大作戦行けるかもしれません。
そして私の第二目標も、ちょっとだけヒントを得たような。
なんてことを考えながら、ショッピングモールの中、二人でこっそりほくそ笑む。
デートは続くよ、まだまだね。
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