第8話 妹とデートする―②
というわけで、私たちは近場にあったアクセサリー屋さんで、注文を終えてきたのだった。
「それにしても、オーダーメイドリングかあ……。よく思いついたね、そんなの」
「まあ、オーダーメイドって言っても、既製品に刻印するだけなんだけどね。お義母さんのお金だから、あんまり高いの買ったら、それはそれで申し訳ないし」
結局、お母さんへのクリスマスプレゼントは、日ごろの感謝をシンプルなリングに刻んで送るということになった。
リングなら、社交の場に着けていっても、マフラーほどは目立たないし。最悪ネックレスとかにしてもいい。指のサイズだけが心配だったけど、くろえはそこら辺の下調べもバッチリだった。もしかしなくても、だいぶ前から準備してたな……?
「ていうか、目星着けてたなら、先に言ってくれたらよかったのに」
「まあ、最初に私のアイデアありきだと、どうしてもそっちに寄っちゃうでしょ? 色々選択肢を考えたうえで、はるのフラットな意見が欲しかったの」
そう言って、くろえはどこか楽しそうにスキップしてる。ふうむ。
「なるほど、本音は?」
「最初に結論出したら、すぐにデート終っちゃうじゃん」
言いながら、くろえは楽しそうに鼻歌を歌ってた。
私は思わず、息を吐きながら苦笑する。
相変わらず強かだね、この妹は。
ただそんな側面も私にしか見せない、甘えに近いものだと理解すると、ちょっと可愛く想えてしまう。姉バカですか、そうですね。
ちなみに、今日はアクセサリー屋さんでは、注文と発送の依頼だけ。実際できて、お母さんの所に届くまでは、そこそこ時間がかかるそうだ。クリスマスに間に合うといいんだけれど。
第二目標もさっきこっそり達成できたし、今日のプレゼント大作戦は成功と言っていいでしょう。
「…………」
というわけで、あとはフリータイム。ちょうどおやつ時だから、どこかお店に入ってもいいのだけれど。
「…………ねえ、はる。ここ確か屋上庭園あったよね、ちょっと行ってみない?」
くろえはそう言って、私の方を振り返る。いつも通り、何気なく。
でも、なんとなくだけど、その声色がいつもより優しくて甘い気がした。
「うん、ついでに、そこのシュークリーム買ってこ」
それから、どちらともなく手を取って歩き出す。
今日の目標は達成、作戦は終了です。
後はただのロスタイム、目標も何もない、ただのデートのお時間です。
くろえとそっと握りあった手は、コートの少し伸びた袖の中で、ぎゅっと絡めるように繋がれた。まるで恋人がそうするように。
それが何かしらの合図なのだと、最近少しだけわかった気がする。
だから、私はそのままその手を握り返して、休日の少し人の多いモールをくろえと歩く。
いつもしていた。何度もしていた。
でも今は、少し意味合いが違ってる。
そんな事実に、少しだけ慣れ始めている自分がいる。
この気持ちの変化に、なんと名前を付ければいいんだろう。
心臓がゆっくりと、でも少しずつ高鳴っていく。
リラックスしてるのに、不思議とワクワクするような。
そんな矛盾を、胸に抱えたまま。
妹と二人で歩いた。
いつもとは、少し、違う気持ちで。
※
自動ドアを抜けると、くろえは少し小走りになって、屋上庭園の縁まで駆けていく。
私はそれに手を引かれるまま、凛としてるけど少しあどけない、妹の横顔を見ていた。
「うーん、たかーい、ひろーい、さむーい」
モールの屋上庭園は、普段は人でいっぱいだけど。真冬の今は、誰も外に出たがらないからガラガラだった。
薄曇りの向こうから、少しだけ日差しが差す中で、冷たいビル風に二人で身を縮こませる。くろえが言う通り、ここは眼下の街を見降ろせるほどに高く、そこそこ広く、とても寒い。
「うぐ……思ったよりも冷えるなあ」
ごうごうと吹きすさぶ冬風に、身を縮こませていたら、くろえはそっと肩を寄せてくる。どこか楽しそうな顔をして。
「でしょ、だから、ここだったら一杯くっつけると思ったんだ」
そう言いながら、有言実行とばかりに、きゅっと私に抱き着くように身を寄せてくる。外でするには、少し恥ずかしい行為だけれど、幸か不幸か人が全然いないので誰にも見られてない。さては、そこまで考えていたのだろうか。
「うぬぬ……」
「ふふふ……」
なんてどこか楽しそうな妹を見ながら、私たちは出来るだけ風を避けられるベンチを探して座った。
ベンチも冷たいけれど、まあコートを着てる分には気にならない。幸い持っていたカフェモカはまだほのかに温かいし、空いた手は妹の体温で保温されてる。
ずずっとモカを啜りながら、二人で持ってきたシュークリームを開けて食べ始める。
うむ、外さくさく、中はクリーム濃厚。まるで、外面はしっかりだけど、内面は甘えたがりな、くろえのようだねと思った。怒られそうなので口にはしなかった。
よって姉は、ただ無心でもぐもぐする機械となります。甘い、美味しい、温かい。
ただ、そんな邪念を察知されたわけではないだろうけど、くろえの視線がどことなく胡乱なものになる。いや、まさか、いくら完璧な妹であっても、エスパーじゃあるまいし。
でも、くろえが実はエスパーだと言われたら、半分信じるお姉ちゃんがここにいる。だとしたら、あの気遣いや先読み能力にも納得がいくというか。
「ねえ、はる…………」
「なんでございますか、くろえどの……」
動揺によって言葉遣いがおかしくなったわけでは、決して御座いませんで候。
くろえは、じっとこちらを細めた目で観察してくる。私はそっとナチュラルに視線を外す。うん、シュークリームがとても甘い。
「もしかして、何か隠し事してない?」
どこか疑わし気なくろえの言葉が、ナイフのような鋭さで私の胸に突き刺さった。ごふっとそのままクリームを吐き出しそうになったが、どうにか気合で抑えつける。代償として、気管にクリームが混入したため、結局むせた。
「ごほっ、えほっ…………、な、ないよ何も」
口から漏れた台詞のわざとらしさは、大根役者もいいところだった。おかげで、くろえの視線は、より一層鋭くなって、じっと私を睨んでくる。うう……しかし、今、バレるわけには。
なんて考えてはみたけれど、果たして、くろえに私が嘘を吐き通せたことなんて、今まであっただろうか。間違えてくろえのプリンを食べてしまった時でさえ、秒でバレたというのに。
「へー…………そうなんだー…………」
じーっと見られる。睨まれる。ねめつけられる。私に嘘なんて吐き通せると思ってるの? と言外に訴えられているような気がする。
「……………………」
沈黙でやり過ごそうとすること、数十秒。それでも無言の尋問は終わらない。ていうか多分、私が白状するまで許してくれない。
……ああ、ダメだな。これは。
私は仕方なく息を吐くと、そのまま手に持っていたシュークリームを口の中に詰め込んだ。仕方ない、いい加減白状しよう。
むぐむぐと雑にシュークリームを飲み込んで、私はコートの中にこっそり隠していた包みを、そっと取り出した。
「…………はい、ちょっと早いけど、クリスマスプレゼント」
くろえは、私が差し出した小さな白いリボンの巻かれた包みを、何とも言えないような顔で眺めてた。
…………あれ、とっくにバレていたんじゃないのか?
二人してしばらく首を傾げ合っていたら、やがてくろえは状況を理解してきたらしい。段々と表情が驚きのそれに代わって、顔も紅くなってく。
「え、えと……隠してたこと……これ?」
「…………そうだよ? 気づいてたんじゃないの?」
だから、あんなに物々しい態度だったんじゃなかったのか。
「え、えと、何かやましいこと考えてそうだなーってくらいしか……」
そう言ってくろえはどこか恥ずかしそうに、顔を俯かせた。
……うん、そっちはそっちで本当なのだけど。今となっては後の祭りだね。
あれ、てことはプレゼント出し損か? いや、結果的に私の名誉を守ったと言えなくもない……かな。
しばらく、お互い気まずさに沈黙が流れる。つまり、くろえの揺さぶりに、私がいらんことを白状してしまったと。…………でも、もう今更引けないのも確かであった。
「えーと…………ちょっと、グダグダだけど、メリークリスマス。今日、実はこっそり、くろえのプレゼントも探してたんだ」
それが今日の私の第二目標だったのだけれど。まあ、うん、思わぬ結果になってしまいましたとさ。
そんな私の言葉に、しばらくくろえは顔を紅くしたまま呆けてた。ただ差し出されたプレゼントに目を向けると、少し慌てて受け取ってくれた。
うん、まあとりあえず、渡せたしそれでいっか。
こういうちょっと、グダグダなのも、まあ私らしいといいますか。
なんて考えながら、くろえが目線で「開けていいの?」って聞いてきたから、そっと頷く。もうお姉ちゃんは、煮るなり焼くなり好きにしていただいて結構です。
そうやって、珍しく動揺するくろえを見ながら、私はカフェモカをずずっと啜る。苦い……というには、あまりにも甘みが強いその味が。まあ、結局、私は嫌いではない。
くろえが恐る恐る、プレゼントの封を開けていく。
そして中からするっと出てきたのは、小さな銀色のリングが付いたネックレス。
細くて、小さくて、アクセサリーとしては控えめな物。でも不思議とくろえの首元にあれば、何よりも輝いて見えるような気がした。
「………………アクセサリーなんて、初めて貰った」
少し呆けたような顔のまま、くろえはぽつんと言葉を漏らした。私はまあ、そうだねと頷くことしかできない。
さすがにちょっと恥ずかしいし、変なの渡して似合わなかったら目も当てられない。だから、こういうのはちょっと敬遠してたんだけど。
「ほら、くろえ言ったでしょ? 意味をつければ、ありがちなものでも想い出のものになるって」
さっきの買い物の間、くろえが会計してる隙に、一生懸命調べて贈りものに相応しい意味を探してた。この想いが、どこまで形になるのか、本当に意味ある想いになるかはわからないけど。
「………………」
「それでね、リングのネックレスは、えーっとね……その『繋がり』とか『ずっとあるもの』の象徴なんだってさ。だから…………」
本当に、ネットに書いてあったのは『永遠の絆』という言葉。そのまま伝えてもよかったのかもしれないけど、それは少し恥ずかしくて。
……何より、正直、自信がなかった。
だって、私達の絆が永遠かなんて、わからない。
本当にくろえの気持ちと向き合ったら、この繋がりは壊れてしまうかもしれない。
だから、口にすることが上手くできなかった。でも、それでも。
「色々、その……難しいことも、すれ違うこともあるけどさ。ちゃんと……これからも一緒に居てねっていう、そういう意味を込めて……います」
口にしながら、多少ぼかしたはずなのに、顔がどうしようもなく熱くなる。ああ、ここは外で寒いはずなのに、なんだかちょっと汗までかいてる気がする。
言い切ってから、思わず視線を屋上から見える空に逸らす。
見上げる先では、相変わらず冬の曇り空から、少しだけ日差しが覗いてた。
雲の隙間から一筋だけ、そっと地面に光が落ちている。ああいうの何て言うんだっけ、一縷の光とかいうんだっけ。
えらくロマンチックだけど、残念ながら、言ってる私がグダグダなので、どうしようもありません。
ふうと息を吐いてから、諦めてくろえの様子を窺う。
「………………」
くろえはじっと俯いたまま、少し頬を赤らめて、なんというか、うまく言葉にできない表情でネックレスをじっと見ていた。
まるで、何かを想うように。
まるで、何かを感じるように。
まるで、誰かに恋をしているように。
――――。
胸が熱くなる。
どうしてだろう、わからない。
そんなくろえを見ていたら、私の顔まで熱くなっていきそう。
いやまあ、とっくに照れてるから、もう充分熱いんだけれど。
なのに、なんだか、余計に熱く。なるような。
「………………はる」
沈黙の中で、不意に名前を呼ばれる。
声に誘われて顔を上げると、くろえはネックレスをすっと差し出して、同時に頭を少し下げた。
…………私に着けて欲しいってことなのかな。
しばらくすると、催促するように首が揺らされたから、多分それで合ってるんだろう。
くろえの冷たい指から、そっとネックレスを受け取って、留め具を外す。
くろえの真っ白なうなじが、どこか無防備に私の前に晒される。
きっと、くろえがこんなに隙を見せるのは、私にだけだ。
そう想うと、心臓がぞくっと不自然に揺れたような気がした。
留め具をそっと両側から、くろえの首元に添えていく。
まるで抱きしめるように。温かくて柔らかい首筋に、私の冷たい指がかすかに触れあう。
カチッと、小さな音がした。
くろえの首に、私が意味を与えたものを。
確かに、繋いだ音がした。
リングのネックレスに込められた意味は、『永遠の絆』だ。そこに嘘はない。
でも、ネックレスを送るという行為そのものにも、本当は意味がある。
『束縛』と『独占』。
それは首という命の最たる場所に、自分の証をつける行為。
他の誰にも渡さない、この人は私だけの所有物だ――。
そう示すための、贈りもの。
もちろんただのネット記事だし、これを送ったからと言って、くろえが私のものになるわけじゃない。
でも、と想う。
それでも、そういう意味を込めて、そういう想いを乗せて、送ったのなら。
君にとってこれは、忘れられないものになるのだろうか。
未来のことはわからないけど。
それでも、この繋がりが途絶えることはないようにと。
いつかの誓いが、破られることがないようにと。
ただされるがままの君を、胸に抱きしめながら。
私はただ、願っていた。
真冬の誰もいない屋上は、凍えるほど寒いはずなのに。
どうしてか今だけは、そんな寒さも感じない。
ただ、胸に宿る、確かな熱だけが。
私たちの間に、じっと残ってた。
※
「琥白……? どうした?」
「ねえ、しの姉。あれって、灰琉先輩と……黒江かな?」




