表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
もう姉妹には戻れない  作者: キノハタ
第5章 姉と妹

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

57/63

第49話 姉と月明かりの夜

 フロントに用事がある、と言ったはると別れて、私は独り部屋に戻ってきた。


 電気もついてない、誰もいない旅館の部屋は、なんだか静かでうすら寒い。


 まるで空っぽな私みたいだ。そんな光景をぼんやりと眺めながら、電気のスイッチに触れかけて一瞬手が止まった。


 部屋の奥、窓際から微かに光が漏れている。暗く、蒼く、灯にも満たないような、そんな淡い明かり。


 誘われるように、暗闇の中のその場所へ足を進めて、そっと空を見上げた。


 すると、雪を降らせていた雲の隙間から、微かに月の光が覗いて見えた。


 冷たくて、静かで、どことなく寂しくなるのに、確かに私を照らしてくれる月光。


 なんとなく、明かりもつけないまま、私は窓際の椅子に腰を下ろした。


 足元を、窓から伝う冷たい空気が、そっと静かに流れていく。あまり長居していると、風邪でも引いてしまうかな。


 でも、今はどうしてか、その明かりを見ていたかった。


 夜の狭間で、微かに私を照らす、そんな光をただ見上げていたかった。





 ※





 扉が開いて、電灯の光が僅かに部屋に差し込む。電気がついてないことに、少し慌てたようなはるの声が響いてくる。


 「わたっ……あれ、くろえ?」


 そうやって、呼ばれたから、そっと扉の方を振り向いた。


 「なに? はる」


 そうやって、問いかけるとはるは、少し不思議そうに首を傾げた後、何を思ったかそのまま電気もつけずに私の傍までやってきた。そうして、私と同じように窓際の椅子に腰を下ろす。


 「どーしたの、アンニュイなお気分ですか?」


 そうやって、何でもないふうに尋ねてくるあなたに、私はそっと笑みを返した。月明りの中でも、あなたの白い肌はよく映える。


 「…………うん、ちょっとね…………どらまちっくな気分になりたかったの」


 そうやって嘯くと、はるはくすくす笑ってた。そのままそっと、自分の膝を抱えると、あなたは楽しそうに首を振る。


 「そーなんだ、じゃあ、私も折角だから、どらまちっくに浸っちゃおっと」


 そう言いながら、はるは足を組んで、ふふんとそれっぽいポーズを決めている。なんか、随分と古臭いドラマのイメージな気がするけれど、まあ、言わぬが花かな。


 そうして、二人で、なんだかわざとらしいような、アンニュイなポーズを繰り広げあって、やがて、おかしくなって笑い出す。


 「っぷはは、あー、だめ。我ながら、似合わない」


 そうやって涙を拭きながら笑いを零すと、はるはしたり顔で笑みを深くしていた。


 「そう? くろえは、何やっても似合うよ? 美人だし」


 「いや、ダメ。こーいう、真剣なのがね。なんか恥ずかしくなっちゃう」


 「そんなことないよ、ほら、膝組んで。そう、でちょっと顔を窓の外に向けて。うん、それから寂しそうな顔してみて。………………ふふふ、雪見美女の出来上がり」


 「………………っぷ、ダメ。保たない、五秒で終るよ、雪見美女」


 「ぷくくく、まあ、雪は儚いものだからね」


 そんな下らないやり取りを、月光だけが照らす部屋の中、はると二人で繰り返す。


 そうして、笑い疲れたころに、ふっと静かな時間がやってくる。


 外の世界は、雪が音の全てを飲み込んでしまったように、何の音も連れてこない。


 私達の微かな身じろぎと、息遣いの音だけが、淡く暗い部屋の中に響いてく。


 「…………そういえば、はる、フロントに何しに行ってたの?」


 今日、若干挙動不審だったのと、何か関係があるのかな。そう思って尋ねてみると、はるの視線が、見るからにしどろもどろになっていく。


 「え……えと、な、なんでもないよ。あ、ほら、アメニティとかね、何あるか見てたんだー、あはは……」


 「へえ、なんかいいのあった?」


 尋ねてみるけれど、はるの視線は余計にあちこち目移りするばかり。……相変わらず、嘘吐いてるのがわかりやすいね、はるは。


 「え……えと、ど、どうだったかな……」


 そのまま、ジーっと眺めると、あうあうと見るからに余裕がなくなっていく。そのまま、見つめ続けていたら、勝手に自白しそうだけれど。でも、程なくして、答えは問うまでもなく見つかった。


 「んー…………、あれ、爪切ってたっけ?」


 癖ではるの指先に目を向けた時、その変化にふと気づく。たしか、今朝まではそこそこ伸びていた気がするけれど。


 そんな指摘に、はるは背筋をぴんっと伸ばすと、見るからに顔が青くなっていく。月明かりの中だから、そのまま暗闇に溶けて消えてしまいそうだ。


 「え、えと、そ、そうだっけ。えへへ……」


 「うん、ていうか、温泉では引っかかるくらいには、長かったじゃん。わざわざ、さっき切ってきたの?」


 「う、うう…………」


 そう指摘すると、はるは視線を逸らしたまま、気まずそうに指を合わせていた。……さっき、私を引っ掻いたのを、そんなに気にしていたのだろうか。事故みたいなものだし、さして気にすることでもないと思うけど。さすがに疵もの云々は、どう考えても冗談だったわけだし。


 そんな思考をしばらく繰り返して、そういえば、指摘してからはるの顔が微かに紅くなっていることにふと気づく。


 ………………照れ、爪、二人で泊まり、フロントに行ってまで気に掛けるようなこと。


 数秒思考して、ああ、と思わず唸ってしまう。なるほど、つまりそういうことか。


 そうして、はるも私が気づいたことに気付いたのか、みるみるうちに顔が紅く成り果てて、あうあうと言葉にならない声を漏らし始めた。


 「……えろはる」


 相変わらず、一見初心っぽいのに、耳年増ですこと。そうやって糾弾すると、はるはしゅるしゅると身体をすぼめていく。膝を抱えて若干涙目にまでなっている。


 「うう…………、ごめんなさい、邪でごめんなさい」


そんなはるの様子にため息を吐きつつも、私自身も頬が少し熱くなる感じがする。はあ、こっちはそれどころじゃないっていうのに。


 …………いや、でも昼間に「続き期待してるね」とか言ったの、私か。いつもの態度も鑑みれば、割と自業自得。というか、だいぶはる側から、歩み寄ってくれてるともとれる。


 しばらく己の所業を少し恨むけれど、ちらっと窺ったはるの表情が相変わらず、朱に染まっててなんだか胸の奥の苛立ちを煽ってくる。


 だから、だろうか、少し魔が差してしまった。


 「―――したいって言ったら、させてくれるの?」


 そんな私の言葉に、はるの身体が露骨にびくんと揺れる。そのまま湯気でも出そうなくらいに真っ赤になると、顔を俯かせて、消え入りそうな声で何かを呟いた。


 「………………ら」


 「…………え?」


 「……………………くろえが……したいなら」


 …………………………実は人の性欲煽る天才なんじゃないかな、この人。


 身体の奥でぐつぐつと何かが煮立ち始める。今夜はそういうつもりじゃなかったんだけど、ええと、こういうのなんて言うんだっけ、据え膳か。あれ男の人限定じゃなかったのか。


 しばらく、顔を両手で覆って、深く、深くため息を吐く。身体の中で沸き立ちはじめた熱気をどうにか抑えるように。


 そんな私を見て、はるは困惑したように、おろおろしていた。


 ……いやまあ、別にはるは悪くはないのだけれど。でも、ちょっとは困っておいて欲しい、何故なら私が困っているから。


 「………………しないよ、別に。そういうつもりで、旅行に誘ったわけじゃないから」


 というか、多分、私自身が今心の内に抱えているものにケリをつけないと、はるの身体に触れる資格を持てない気がする。


 「そ、そか…………ごめんね、早とちりで……」


 ただまあ、そんな私の心情ははるは知らないので、少し気まずそうに視線が逸らされる。その表情に、微かに寂しそうな色を纏わせたまま。


 …………これは、あれか。結果的にお誘いを、拒絶してしまった感じになったのか。


 別にそういう意図はなかったのだけれど。はるの表情は見るからに落ち込んでいるように見える。…………ていうか、わざわざ準備までしてくれてるんだよね。段々、私の方が謝るべき案件に思えてきた。


 しばらく迷った末に、仕方なく、ため息をついて私はそっと立ち上がった。


 え? と困惑するはるをよそに、その隣に歩んでいって、座ったままのあなたにそっと頬を寄せた。


 あなたはしばらく困惑していたけれど、やがて覚悟を決めたようにぎゅっと目が閉じられる。まるで、今から爆発でもおきるみたいな表情だ。そんな姿にくすっと笑ってから、そっとその唇を静かに塞いだ。


 舌はあえて、絡めない。唇と唇を触れさせるだけの、月明かりの中の静かな口づけ。


 触れる柔らかさ、滲む温かさを感じながら、数秒でそっと顔を離した。


 やがて、ゆっくりと開かれたあなたの眼は、どこか蕩けるようにぼんやりしている。


 胸の奥で微かに罪悪感が顔をもたげかけたけど、今だけはその声をそっと無視する。だって、ここでは姉妹ではないのだし。


 今だけは、何の憂いもないはずだと、縋るように自分に言い聞かせる。


 そう、今だけは。


 「………………はる?」


 そうしてあなたに改めて目を向けると、はるはどことなく口元を抑えながら、少し視線を俯かせていた。瞳はまだ、どこかぼんやりとしたままだ。


 「………………ううん、なんか、懐かしい気がして」


 言われた言葉の意味が少しわからなくて、困惑する。


 「…………懐かしい?」


 どうして? そう意味を乗せて、言葉を紡ぐと、はるはそっと静かに頷いて私を見つめた。


 「うん……なんか、はじめてくろえに……キス、されたときのこと想い出しちゃって」


 そんなはるの言葉に、私の声が一瞬、止まった。


 「………………」


 「ほら、あの時も、こんな感じだったじゃない? 二人で、暗い部屋で、私が椅子に座ってて……」


 そうして、そんなあなたの唇を、断りもなく奪ったのだ。


 まだ冬も初めの頃。


 許されるはずのない行いを。


 「…………」


 「そういえば、今なら聞いてもいいの―――?」


 そんなあなたの言葉を聞きながら、私はそっと眼を逸らす。


 「どうしてくろえは、あの時、私にキスしたの?」


 ふと見上げた月明かりは、確かにあの時そっくりで。


 淡く、暗く、静かに。


 雪も散る、冬の夜の冷たい空から。


 何も言えない私たちのことを、ただ黙って照らしていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ