表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
もう姉妹には戻れない  作者: キノハタ
第4章 姉と妹と親

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

50/63

第44話 妹と心の整理

 くろえが口にしたのは、あの冬の初めの頃の、とても断片的な情報。


 お義父さんが会いに来たこと。


 また自分の子供にならないかと言われたこと。


 それを私が遮ったこと。


 その後、お義父さんから連絡は何もないこと。


 ぽつぽつと途切れ途切れに、小さな子どもが悲しい記憶を、少しずつ思い出すみたいに喋っていた。


 お母さんはそれを黙って聞いた後、話し終えたくろえをぎゅっと抱き寄せた。


 くろえはそれをどこか、ぼやけた瞳で受け容れていて。


 私は、そんな二人を何も言えないまま、ただ黙って見ていた。


 結局、私はくろえがあの時、何を告げられていたのかをよく知らない。知るべきでもないのかもしれないけど。


 それでも、くろえの胸の奥に深くて消えない疵が残っているのだけは、わかってしまう。


 そんなことを想うと、私の胸までじわりと痛むような感覚がする。


 そうして数分程、無言の抱擁を終えた後、くろえは少し疲れたからと言って部屋に戻った。


 私は部屋の前まで付き添った後、くろえがベッドに突っ伏して目を瞑るのを見届けた。


 口から漏れた息が少し重くなるのを、悟られないようにそっと抑える。


 君が眠りにつくのを、邪魔することのないように。


 ふっと見上げた窓の外で、淡い陽光が空に昇ろうとしてる。


 そんな光景を、私はただ何も言えないまま見つめてた。


 朝陽の中で目を閉じる、君の微かな寝息だけを聞きながら。






 ※


 「……くろえ、大丈夫だった?」


 リビングに戻ると、お母さんはそう言って、少し心配そうに首を傾げる。私は堪えていた息を漏らしながら、ゆっくりと頷いた。


 「うん、ちょっと疲れたから眠るって」


 言いながら、お母さんの向かいの席にそっと腰を下ろす。お母さんはどこか、何かを考えるような表情で、じっと窓の外を見ていた。


 「気持ちをずっと抱えこんでたのかもね。ああやって、口にするのも、凄く頑張ってくれた感じだったし」


 お母さんの言葉に頷きながら、すっかり冷えてしまったカフェオレを、少し啜る。


 ……そう、あのことを、口にするのはくろえにとって凄く勇気のいることだったはず。そしてそれは、未だにお義父さんのことが、くろえの中で決着がつかないまま燻っているということでもある。


 「…………だよねえ」


 思わず漏れるため息が、重く沈んでいくような感じがする。くろえがまだそこまで抱え込んでいることに、気付いてなかった自分が腹立たしい。


 お母さんに、私たちの関係を言わなきゃって想いでいっぱいだった。くろえの心はまだ、それどころじゃなかったのに。


 もっと、たくさん相談すればよかった。何もかも早とちりしてしまった。


 「それにしても、あいつ、この期に及んでよく顔出せたもんだね。くろえを置いて行った分際で……今度会ったら、絶対とっちめてやる……」


 「あはは…………まあ、もう来ないと思いたいけどね……」


 ぐるるとライオンのように唸るお母さんに苦笑いを浮かべながら、少しだけあの男のことを思い出す。


 ……今になって冷静に考えると、多少、違和感もある気がする。どうして今更、くろえを取り戻そうとなんてしたんだろう?


 あの後、別に音沙汰もないし、そこまでこだわってなかった……? うーん、それも少し違う気がするけど……。


 なんて思考を巡らせていると、不意にぽんぽんと音がした。その音に釣られて、ふっと顔を上げると、お母さんが無言で手を広げて待っている。


 「…………」


 「えと……なに? ハグ?」


 そう尋ねると、うんうんと無言で頷かれた。


 ……うちのお母さんは、私を小さい頃、置いて行った分の埋め合わせのつもりなのか、最近は多少過剰なスキンシップ癖が出てる。まあ小さい頃は、求めてやまない行為だった気がするけれど、さすがに思春期も過ぎると恥ずかしさの方が勝ってくる。


 「ほら、はる、カム」


 「………………ええ」


 ただそうやって渋っても、この人は基本的に諦めない。無理に逃げ出そうものなら、地の果てまで追ってきて抱きしめられるに違いない。世界的写真家のバイタリティを、そんなとこでばかり発揮しないで欲しい。


 というわけで、止む負えず、仕方なく、渋々と、席を立ってその腕の中にゆっくりと身体を預ける。恐る恐る、おっかなびっくり。


 と、散々警戒してたんだけど。


 ガッと。


 私が射程圏内に入った瞬間に、腕が爆速で伸びてきて、そのまま咄嗟に逃げようとした私を捕縛してくる。暴れてみるけど、まるで意味なし、タコに掴まれた小魚みたいにじたばたしながら抱きしめられる。


 「ふふふ、捕まえたー!」


 「なに!? なんなのもう!」


 咄嗟に腕の中から出ようともがくけれど、生憎私の貧弱ボディではなすすべもなく、数秒と待たずに制圧された。結局、諦めて抱きしめられることになる。


 そんな私を、お母さんはどこか満足げに眺めながら、そっと微笑んていた。


 「ありがとね、はる」


 「え……何が?」


 私なんか、お礼言われるようなことしたっけ……?


 そう首を傾げるけれど。


 「くろえを守ってくれたんでしょ?」


 お母さんは、優しく微笑んで、そっと私の耳元に頬を擦り寄せていた。


 「………………まあ、そりゃあ」


 ちょっと予想外の答えに、思わず少し口をすぼめてしまう。それでもお母さんは気にした風もなく、静かに微笑んでいた。


 「さっすが、お姉ちゃん。妹をちゃんと守ってくれたんだよね」


 「まあ、うん…………」


 自認でお姉ちゃんというのは、別に構わないのだけれど、誰かに言われるのはどうしてか恥ずかしい。私がそれに見合う自信がないからだろうか。


 そうやって、ぐりぐりと寄せられるお母さんの頬の感触を感じながら、ちょっとバツが悪くて顔を逸らしてしまう。お母さんはそんなのお構いなしだけど。


 「ただまあ―――」


 だけど、一瞬お母さんの視線がすっと細められる。え、って思わず声を漏らすけど、ちょっとだけ時遅し。


 「―――ちょっとお叱りポイントがあるとすれば、そんな大事なことがあったなら、お母さんすぐに連絡して欲しかったかな?」


 そういって、少し剣呑な視線で見られると、私は思わず押し黙るしかない。


 だってまあ、それはそう。本当はお義父さんがやってきた時点で、連絡を入れるべきだった。遅くとも、後でこんなことあったよと、報告はしてしかるべきなのだけど。


 「………………」


 ……あれ? なんで報告しなかったんだっけと、思考することおよそ数秒。


 「何か言えない事情でもあったの?」


 …………脳裏に浮かんだのは、くろえに初めて唇を奪われた、あの夜の光景。


 Qどうして、こんな重大な事件を報告しなかったんですか?


 Aそれより重大なことが、直後に起こって、それどころじゃなかったから。


 …………言えねえ。言えるはずもねえ。


 「………………いや、ちょっと、やむにやまれぬ事情が」


 「はーるー?? じじょうって、具体的に、どーいうことー?」


 ねめつけるような母の視線から目を背けながら、よくよく考えればあの事件がくろえにとって、何かのトリガーだったのかなとか考える。どう刺激されたら、あの事態に及ぶのかはさっぱりわからないけど。


 そうやって、しばらく母の詰問を、誤魔化し続けること数分。ようやくお母さんはため息をつきながら諦めてくれた。ただ、未だにハグからは開放されない。


 そうして少しだけ落ち着いた時間で、ふと想う。


 あの冬の初めの事件が、くろえにとって、きっと何か大きな転換点だったのだ。お義父さんのことも、私としたキスのことも。


 そして、それはまだ決着がついていなくて、その踏ん切りがつかない限り、先には上手く進めないのだろう。


 だからあの時、くろえは私の言葉を遮ったんだろう。


 だとしたら、私にできることって何なのかな。


 姉として、家族として、友達として――――何よりずっとそばに居ると決めた、想い人として。


 「…………ねえ、お母さん」


 零れた言葉は静かに、水面に雫を落とすように、ぽつりと漏れた。


 「……何? はる」


 お母さんは少しだけ首を傾げながら、不思議そうに私を見た。

 

 「もし……もしもね―――」


 少しだけ、躊躇いがある。この言葉を口にしてもいいのだろうか。


 この人に打ち明けて、何か悪い結果にならないかと。少し、迷ったけれど。


 「―――もし、私たちが、お母さんに……その……凄い大事な秘密を、隠してるっていったらどうする?」


 気付けば、声は自然と口から零れていた。まるで、胸の奥から言葉が出口を探して、自分から出て行ったみたいに。


 そんな私の言葉に、お母さんは少しだけ、考える素振りを見せた後、こちらをじっと見る。真っすぐと揺らぐことなく。


 「…………んー、どうかな。内容によると思うけど。……それはずっと隠されてる予定なの?」


 そんな母の言葉に、私は静かに首を横に振る。


 上手く言葉に出来ないけど、きっと、それはできないことだから。


 「……ううん、いつかは必ず言うことになると思う。……いつかは、絶対」


 きっと、それをこの人に隠したままだと、私たちは幸せにはなれないから。


 「そう…………今はまだ、言うべき時じゃないってこと?」


 お母さんは、何かを確かめるように、ゆっくりと言葉を紡いでく。


 「…………うん、今は、まだ」


 まだ、きっと、私たちは準備が足りないのだと思う。目を閉じたら、さっきのくろえの苦しそうな姿が、思い浮かんでしまうから。


 「…………そう、じゃあ待ってる。はるが言うって決めたんなら、いつかはちゃんと言ってくれんでしょ?」


 くろえの準備もそう。私の準備も、もしかしたら必要なのかもしれない。


 覚悟は決めた。でも、最後の一線を踏み越える勇気が、私はきちんとあるのだろうか。


 「…………うん」


 そしていつか、この関係に、私たちはどこかで答えを出さないといけない。


 それがどんな答えかは、わからないけど。


 膝を抱えたまま、ポケットの中にある指輪をぎゅっと握りしめる。


 いつかは、必ず。


 あの子を、幸せにするために。


 そうやって、胸の中で自分の意思を確かめていると、お母さんは背後でくすっと可笑しそうに笑った。


 にたにたと、どこか窘めるような表情で。


 「ふふ、ただね、はる。おかーさん、こう見えて世界を渡り歩いてるので、ちょっとやそっとのことじゃ驚かないよ? どんな驚愕の秘密を見せてくれるか、期待してていいってことだよね?」


 言いながら、背後で母の視線が怪しくきらりと光る。私は思わずうぇって、呻きながら少し視線を細める。


 「……なんか趣旨変わってない?」


 そう言われると、なんか自信なくなってくる。どうしよう、いざ秘密を打ち明けたら、『そういう人、たくさん見たことあるよー』……とか言われたら。何も問題はないはずだけど、なんか、変にショックを受けてしまう気がする。


 そんな私の憂慮を知ってか知らずか、お母さんはけたけたと笑い続けていた。


 「なんのことでしょー? あ、秘密と言えば、はるは何時になったら小説見せてくれるの? お母さん楽しみにしてるんだけど?」


 ぐっと呻き声が思わず漏れる。咄嗟に腕の中から脱出しようとするけれど、両脇をがっちりロックされていて、抜け出せない。ぐ、ぐぬぬ……。


 「……えと、いや、その、こう……見せにくい作品だから、その」


 必死に言い訳を試みるけれど、物理的に精神的にも、一切に逃げられる気がしない。怪しく光る背後の視線から、頑張って目線を逸らすけど、じりじりと私を追い詰めるように迫ってくる。


 「ふふふ、全然オッケーだよ。……あ、官能小説? いいよ、私、全然偏見ないから!」


 「違う! 違うから! …………いや違う……はず」


 最近、描写が怪しい気がするけど、そこまではいっていないはず。ていうか、親に自分の書いた性描写を見られるとか、どんな拷問だ。


 さっきよりも必死に暴れて、抱擁から脱出を試みるけれど、さっぱり出られる気配がない。心なしか、さっきより拘束が厳しくなってる気さえする。


 「心配しないで! お母さん、こう見えて、人の心を動かすプロだから! あ、知り合いの編集さんに見せてもらおっか? あー、どうしよっかなー、一杯褒められて、親子で書店に並んじゃったら。ふふふー」


 「だ、か、ら、嫌なのーーー!!!」


 世界的な天才写真家に、高校生の凡才が書いた小説を見られるとか、それはもう拷問通り越して処刑なのである。編集さんも、私なんかの書いたもん見せられても、苦笑い必至なのである。この特別天才無敵母は、そこんとこまるでわかってない。


 というわけで、しばらくそうやって親子の攻防を繰り返していたのでしたとさ。


 結局、私たちは、秘密を伝えることはできなかったけど。


 こうやって、秘密を抱えることだけを許されて。


 この先、ちゃんと言える時が来るのかもわからないけど。


 今できるのは、そんな日がいつか来ると、信じ続けることくらいだろうか。


 君が自分の心にちゃんと答えを渡せる、そんな日を。


 まだ、部屋の中で眠る君を想いながら、ただ願う。


 いつか。いつかきっと、と。


 今はただ願うだけ。


 ポケットの中の誓いを、確かめながら。


 今は、ただ。


 君の見る夢が、少しでも穏やかであれば、それでいい。











 あとはこの色々解ってる癖に、肝心なところはわかってない、傍若無人天才無敵な母親の処遇だけかな。懐が深いのは確かなんだろうけど……。


 「どうして?! お母さん、こーみえて天才なんだよ?! 見る眼は確かだよ!?」


 「……だから、嫌なの!!」


 これを、子の心、親知らずという。


 または、凡才の心、天才知らずともいう。いってくれ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ