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もう姉妹には戻れない  作者: キノハタ
第4章 姉と妹と親

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第37話 姉に甘える

 あなたの手が、私の首に、あなたの指が、私の鎖骨に触れる。


 「くろえは、どこに触って欲しいの?」


 あなたは私の身体に、私の心に、指をかけて、何かを愉しむように笑ってる。


 「ねえ―――()()()()()()()()()?」


 カリカリと音がする。鎖骨に触れた指が、微かに何かを引っ掻くような。


 私の胸に走ったひび割れに、爪をひっかけるような、そんな音。


 ああ、と思わずため息が零れそうになる。


 そして、同時に理解する。私はどうあがいても、この人に勝てないことを。


 だって、そこは心の境。誰にも触れられてはいけない、秘密の黒い箱。


 そんな致命の境を、あなたは知ってか知らずか、無邪気な笑みで引っ掻き続ける。


 その程度の秘密は解っているのだと、私に隠し通せると想っているのかと。


 そう暗に告げるかのように。


 あなたが一際、愉しそうに笑みを深める。私の生命線を、無造作に撫ぜながら。


 そして、そんな笑みを見ていると。


 私の身体からは、力が自然と抜けていく。思考すら挟まる余地もなく。


 だって、そう。どうせバレているのなら。


 別にいいか。


 この人になら、私の心を壊されても。


 まあ、別にいいかと、想えてしまう。


 全てを諦めて、全てを晒して。


 特別でもなんでもない、無力な私になったとしても。


 あなたは、きっと―――。


 だから、私は黙って、そっと目を閉じた。


 そうして、あなたの指に、声に、私の全てを委ねてしまう。


 それが取り返しのつかない過ちだと理解したうえで。


 そう、私は別に構わない。


 この心を壊すのが、あなたなら。


 私は別に―――構わないから。
















 「なーんてね」





 ※


 「ねえ、くろえー……機嫌直して?」


 「別に、怒ってないけど」


 「うう、絶対嘘じゃん……。怒ってる時の声してるもん」


 「そんなことないよ、これくらい普通」


 「うぇ……。ねーもー、くろえってばー……」


 ドライヤーを私の髪に当てながら、半分泣きべそをかいてるはるを無視したまま、私はスマホに視線を向ける。別に見たいものがあるわけでもないけれど。


 「…………へー、琥白と白乃さん。除夜の鐘、突きにいってるんだ。へー、仲いいなー」


 「うう……妹が、無視してきよる……ネグレクトだあ……」


 ただ、これ以上ほっとくと、背後のはるがガチ泣きに移行しそうだから、私はため息をつきながら、視線をはるに向け直した。はるは私の髪にドライヤーを当てたまま、少しだけ首を傾げる。


 「…………」


 ただ、こっちから話しかけるのは癪なので、はる側の言葉を待つ。子どもっぽいとは思うけど、今はこれくらいしないと治まらない。


 「…………えと、すいませんでした?」


 はるはドライヤーをいったん止めて、少し自信なさげに、そう呟いた。


 「何について、謝ってるの?」


 我ながら、めんどくさい女の台詞、トップスリーには入りそうな物言いだ。そして、この手の質問は、大体答え合わせが上手くいかない。


 「えと……、お風呂場で無理に迫ったこと?」


 案の定、はるが口にしたのは、どことなく的の外れた答え。そしてそんな事実を、はるも自覚してはいるらしい。その証拠に、どこか、気まずそうに狼狽えながら、じっと見てると段々しおれてくる。


 「……ふーん、そこなんだ」


 「え、あ、ですよね。違いますよね……」


 「まあ、それもあるけど」


 「あるの?! わかんないよ!? 妹心が!」


 まあ、ただの我儘なので、わかるはずもないんだよお姉ちゃん。


 そうやって、はるが狼狽えているのを見ることで、気分を収めてる節がそれなりにあるからね。


 だから、まだ困惑気味のはるに背中を向けたまま、私はぼすっと体重を預けた。うん、丁度いい感じに、頭のあたりに柔らかい枕がある。


 「別に、純情を弄ばれたことに怒ってるだけだから」


 「そ、そんな悪女みたいなことしてたかなあ……」


 「してたから」


 「は、はい…………」


 私はそのまま、頭をぐりぐり回して、その枕をもみくちゃにする。はるはドライヤーを付け直しながら、うう……っと渋い顔を浮かべてた。


 そんな顔を、下からそっと見上げながら、私は小さくため息を吐く。


 自分でも正直、何に怒っているかと言われても、上手くは答えられない。


 あの時、はるの指が私に触れていた、あの瞬間。


 私は―――何を期待していたんだろう。


 そして、何がこんなに、私の胸の鼓動を乱しているんだろう。


 考えても、答えは出ない……というより、答えを出すことを思考が拒んでいるような。


 あの時、私は、はるにどうされることを、望んでいたのだろう。


 あの指が、どこに触れて欲しかったんだろう……。


 思考はうっすらと脳裏に答えを描き始めているけれど、私はそれをあえて、怒りで塗りつぶした。それが、理不尽な自分の弱さだと認識したまま。


 「あーあ、折角の年の瀬なのに、このままじゃ気分の悪い一年で終っちゃうなー」


 「うう……だから、どうしたら機嫌治るの……?」


 そう言いながらはるは心底しょげたような顔で、こっちを窺ってくる。ふむ、その表情は本気で反省してるかな。いつかの頃、間違って私のプリンを食べた時と、同じ顔をしているし。


 そんなはるの落ち込んだ顔を見ていると、ちょっとだけイライラも収まってくる。うーん、あと一息ってところかな。


 だから、私はそっと両の手を広げて、はるの方を見上げた。


 「…………ん」


 「えと……それは、どういう意図のサイン?」


 そんな私の行いに、はるは最初は少し戸惑ったように首を傾げた。


 「…………ん」


 「あー……ハグ?」


 私はあえて、何も言わない。ただ催促するように、少しだけ身体を揺する。


 「………………ん」


 「…………はい、はい、わかりました。謹んでさせていただきますよ、くろえ様」


 そこまでして、ようやく意図を理解したはるは、少し苦笑しながら、覆いかぶさるように私の背後からぎゅっと手を回してきた。


 ゆっくりとお腹にそって、柔らかい手が私の身体を包んでく。


 小さい頃から、幾度となく繰り返した、そんな仲直りの儀式を、私は眼を閉じたままただぎゅっと感じる。


 はるの身体が優しく暖かく、そっと私の背中に押し当てられる。身体全体をぎゅっと誰かに包まれて、そうしていいようのない安心が、私の心をとくとくと満たしていく。


 触れる肌が暖かい。残る湯気が少し湿っぽい。重なるパジャマの感覚が、さらさらとして心地いい。


 それに何より、私の首元に重なるように触れるあなたの首の感覚が、熱くて、ドキドキして、気持ちいい。


 抱きしめること。触れ合うこと。それを求めるように、本能に刻まれていることを、改めて実感させられる。


 胸の奥でぎゅっと結ばれていた糸が、解けていくような。硬い砂で出来ていた身体を、ゆっくりと生き物のそれに戻していくような。


 そんな、どうしようもない、安心感。


 「………………ん」


 「………………ちょっとは機嫌治りましたか?」


 そんな声が首元からして、少しくすぐったい。


 私はそのまま小さく頷いて、もう一度肩の力をそっと抜いた。


 「…………うん、ちょっとだけ」


 「そう……じゃあ、もうちょっと、こうしてる?」


 そんなはるの問いに、私はゆっくり頷いた。


 遠く向こうでごーん、ごーんと鐘の音が鳴っている。


 今年という、歳の終わりをゆっくりと告げていくような。


 身体の中の、不安や痛みを、少しずつ失くしていくような。


 そんな音が響いてる。


 ごーん。


 ごーん。


 「…………今年は」


 「…………ん? どしたの、くろえ」


 ごーん。


 ごーん。


 「今年は……ごめんね。いっぱい迷惑かけて……」


 ごーん。


 ごーん。


 「…………ううん、大丈夫。迷惑だなんて想ってないよ」


 ごーん。


 ごーん。


 「そっか、……よかった。……ねえ、はる」


 ごーん。


 ぶーん。


 「…………なに、くろえ」


 ぶーん。


 ぶーん。


 「………………なんか、鳴ってるよ」


 私の言葉に、はるは少し首を傾げて、机に置いてあったスマホを見た。


 こんな夜の時間に珍しい、琥白が年末でテンションでもあがったかな。


 今の空気が邪魔されるのは少し惜しいけど、まあ、仕方がないか。


 そのまま、はるの柔らかい体温に身体を預けながら、そっと眼を閉じる。


 今日はまあ、このまま眠っても構わないから。


 そう想って、少し微睡みの中に沈みかけた。


 その瞬間だった。


 「あ」


 はるの身体が、一瞬びくんと固くなる。


 …………ん?


 私は、そんな異変に少し眉根を寄せて、そっと背後を窺った。


 頭上のはるは、いつの間にか顔がすっかり青ざめて、ぷるぷると手が震えてる。


 「…………どうしたの、はる?」


 そう問いかけてみるけれど、はるの瞳はゆらゆらと不安げに揺れていて、さっきまでの安穏とした年越しの空気は見る影もない。


 「や……やば、私、朝のライン気づいてなかった……」


 「…………誰からの?」


 慌てたようなはる。覚束ない声。そして、はるがこれだけ慌てること。


 疑問を口にしながらも、脳内で推論が山のように駆け巡る。そして、その答えは程なく出た。


 「もしかして……」


 「えと、あの……」


 そして、その答えを二人揃って口に出す前に。


 


 バアンと音がした。




 何かが勢いよく開く音、そして、どたどたと我が家には似合わない騒がしい音が段々と近づいてくる。


 二人して目を見合わせて、私たちはどちらともなく、リビングの扉に目を向けた。


 誰がそこから顔を出すのか、なんとなく、察したまま。



 「たっだいまー!! 愛しの娘たち!! おかーさんが帰ってきたよーー!!」



 そして、半ば爆音の如き勢いで、リビングの扉が開け放たれる。



 そこに現れたのは、相変わらず、底抜けに明るい表情と、実年齢にそぐわない若々しい容姿。短く結んだ髪と、高級なスーツ、そして明らかに浮いているぼろぼろの手編みのマフラーを首に結んだ姿。



 世界的写真家にして、はるの生みの親、羊宮 紅梨(ようみや あかり)



 私達のおかあさんが帰ってきた。

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