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もう姉妹には戻れない  作者: キノハタ
第3章 姉と妹としの

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第24話 妹とクリスマスパーティー②

  「じゃ、『王様ゲーム』の最初の命令な。



 …………そうだな、『1番と6番でキス』にしようか」



 呼吸を気付けば、忘れていた。


 さっきまでざわついていた、クリスマスパーティの会場は、時間が止まったみたいに、しんとした静寂に包みこまれる。


 そんな中で、どこか愉快そうな、白乃さんの視線だけが爛々と揺れていた。


 え、するの……本当に?


 はっとなって、くろえを見ると、どこか忌々し気な視線を白乃さんに向けた後、ため息をつきながらこっちを見た。


 あ。


 そんな言葉を発する、その前に。


 とん、と一歩。くろえが私の方に歩み寄る。


 それだけで、これから何が起こるのか理解してしまう。


 首元から、どくどくと脈打つ音が鮮明にする。


 何か言うべきなのに、何も言えないまま、思考は真っ白になってゆく。


 みんなが見てるのに、これじゃあくろえの立場が危なくて、そもそも恥ずかしくて仕方がないのに―――。


 そんな言い訳を、幾ら並べ立てても。


 君が目の前に歩いてくるまで、足はぴくりとも動かない。


 心臓の音以外、何も聞こえない。


 ゆっくりと近づいてくる、くろえ以外何も目に入らない。


 くろえは、すっと私の手が届く距離まで来ると、そのまま背中で他のみんなの視界を遮った。


 誰にも見えない、その小さな影の中、君はゆっくりと唇を動かしていた。


 え……するの? 本当に?


 思わず自分の掌をぎゅっと握ったら、その手に優しく重ねるように、くろえの指がそっと被さる。


 白くて、柔らかくて、少し冷たい、綺麗な指が。


 ゆっくりと、握った掌を解くように絡められていく。


 わからない、どうしてくろえがこんなことをしてるのか。


 わからないけれど―――。


 気づいたら、段々と強張っていた肩の力が抜けていく。


 君に手をなぞられただけで、震えていた指の感覚が段々収まっていく。


 心臓はまだ少し早いけど、でもゆっくりと、身体全体の緊張が解けていく。


 わからないけど。

 

 くろえが、そう望むなら。


 いいのかな。


 そう想って―――目を閉じた。


 顔をほんの少しだけ君の方に向けて、じっと、その瞬間を待ち焦がれる。


 とくん、と一つ、音が鳴る。


 なぞった手首から、伝わる音。


 どくんと、と一つ、音が鳴る。


 私の胸の中で、何かが高鳴る音。


 とくんと、どくんと。


 その時を、ただ、待った。


 君と唇が重なる、その瞬間を―――



 待って。



 待って。



 待って。



 待って―――。








 ふみっと。








 柔らかい、柔らかいけど、なんか思ったより柔らかくはない。





 そんな変な感覚が、唇の上に乗っていた。





 ??





 はてと思った。



 それは想像していた感覚と、さっぱり違くて。



 ちらりと片目を開けた、その瞬間に。




 ぽこぉぉんと。




 「こんの!! バカ姉ーーーーー!!!!!!」




 クリスマス用の三角帽で、思いっきり白乃さんを引っぱたく、そんな琥白ちゃんの姿が視界の隅に映ってた。


 野球のバッターよろしく、腰の入った横振りで、白乃さんのこめかみへ打ちぬいていた。


 軽快に、それなりの大きさの快音を、さっきまで沈黙に満ちていたパーティ会場に木霊させながら。


 ………………?


 「ひ、人前で! キスとか! 普通するか!! セクハラだ! バカ姉! エロ姉!! 身内の恥!!」


 そのままぽこぽこと、軽快な音を立てながら、真っ赤になった琥白ちゃんが白乃さんを三角帽で叩き続ける。


 その場にいた全員が、その光景をどこか唖然としたまま見つめてた。


 でもやがて誰かがふっと息を吐き出すと、それをきっかけに全員がどこかほっとしたように息を吐き出す。


 「だ、だよな、いやびびった。まじで、させんのかと思った」


 「う、うちも……なんか黒江ちゃんだし、するかもとか思っちゃった。しないよね、普通しないよね」


 「ん~…………」


 そこまでして、ようやく私は現状を思い知る。


 そう、いくら王様ゲームの命令っていっても限度があるものだ。


 まして、他人とのキスなんて、普通、そんなお遊びでするものじゃない。


 「いやー、最初はパンチがいるかと思ってさー」


 「馬鹿姉! あほ姉! 死ね!! 八木原家の恥さらし!! おしり掻き魔人!!」


 白乃さんはそう言いながら頬を掻いて、そのままぽこぽこと琥白ちゃんに叩かれ続けてる。


 「まー、気持ちはわからんでもないが、会長、まじでやってたら、コンプラに引っ掛かるぜ」


 「そーだよー、白乃、今のご時世厳しいんだから。それに、こういうゲームは本気で嫌がることは禁止でしょ」


 「んー…………」


 そうやって役員のみんなに窘められながら、会長は困ったように肩をすくめてる。


 そんな彼女を唖然として見ていると、ふとした瞬間に目が合って、にっと軽く笑われてしまった。


 ………………これは、もしかしなくても、揶揄われていたということ?


 それなのに、私、本気でキスすると想っちゃってた?


 そこまで気づいて、私はようやく、自分の唇に当てられているものに気が付いた。


 眼を閉じて、そっと口元を差し出して、きっともの欲しそうな表情をしてた。


 そんな私の唇に当てられていたのは、細くて長い―――くろえの指。


 まるで、私の唇に封をするみたいに、人差し指が、そこにそっと置かれてる。


 ……もしかしなくても、私だけが、勝手に盛り上がってた?


 そんなこと、『普通』するわけないのに、私だけが、本気にしてた?


 ………………。


 ああ、自覚すればするほど。さっきまで落ち着いていたはずの血液が、みるみる顔に上がってくる。


 頬は焼けそうなくらいに熱くなるし、耳から指先までじわじわと熱に侵されていく。


 「ちなみに今の録音してたんで、白乃さん、私たちに貸イチですからね」


 「まじか!? お前は相変わらず抜け目ないな………てか悪い、さすがにちょっとふざけすぎたわ……」


 そんな茹でダコになっている私を置いて、くろえは涼しい顔で肩をすくめてた。


 白乃さんはくろえの言葉に、がくんと残念そうに肩を落としてる。


 そうしてみんながやいのやいのと言いながら、白乃さんの方を向いている中で。私は思わずこっそり顔を俯かせる。


 うう……やっぱり、私だけ勘違いしてたんだ。……これが陽キャのノリなのか。


 ていうか、完全にキス待ちだったの、ばっちりくろえにバレてるよね……。


 ちらりとくろえの方を窺うと、案の定、涼しい顔で軽く微笑んでいる視線が、私に向いていた。


 『期待した?』


 と、そう揶揄うように。


 はあ……私は何も言えないまま、諦めたようにため息をつくことしか出来ません。


 『はい、キスされると想ってました』


 と降参の意味も兼ねて、両手をひらひらと掲げる。


 ただ、その一瞬で、どうしてかくろえの瞳が、微かに―――妖しく煌めいたような、そんな気がした。



 後で思えば、その瞬間、みんなの意識に空白が出来ていたんだ。



 さっきまでのキスするかもって緊張が、どっと解けた安心感が場を満たしてて。



 みんなの視線は、おのずと話題の中心の白乃さんの方に向けられていて。



 くろえは私を隠すように、背中をみんなに向けて立っていたから。



 その瞬間、誰も、私たちのことを見ていなかった。



 だから、くろえがそっと私に詰め寄ったのに、誰一人だって気付かなかった。



 そのまま、流れるように顔を寄せたのも。



 私が反応すらできないまま、呆然とそれを受容れたのも。



 唇に、ぴとっとほんの一瞬、濡れた何かが重なったのにも。



 誰も―――気付かなかった。


 

 「……………………」



 そうして、何一つ理解が追いついてない私に向けて。



 くろえは、そっと耳打ちするように囁いていた。



 「続きは、後でね―――」



 そうしてばっと見上げた、くろえの顔は。



 どこか嗜虐的で、いたずらが成功した子どものように、得意げな笑みを浮かべてた。


 そうして、何も言えない私を置いて、王様ゲームは何事もなかったかのように続いてく。


 「で、今の命令、結局無効か?」


 「そうですね、最初っから配り直しましょう。あとなんか怪しいんで、シャッフルは白乃さん以外の人で」


 「はいはーい! こはく! やりたいです!!」


 「お、張り切ってんねー、こはちゃん。……木瀬も? 二人でシャッフルする? トランプ八枚しかないけど?」


 「ん……!」


 そうやってみんながワイワイと喋りあう中で、白乃さんはそっと輪の中から抜け出すと、私の隣にぽすんと腰を下ろしてきた。


 …………未だに、顔が火照って何も言えない、私の隣に。


 「いやー、やらかした、やらかした。悪いな灰琉。変なこと言っちゃって」


 そう言いながら、彼女はどこかしたり顔な笑みを向けてくるけど。


 「で、黒江の奴は命令やってた?」


 私は顔を俯かせたまま、何も言えないでいた。


 後でって……するの? 後で?


 そんな気持ちを込めて、みんなの輪の中、何食わぬ顔でいつも通り過ごすくろえを見つめるけれど。


 ちらっと振り返った妹の表情は、どこか愉しそうに綻ぶだけだった。


 そして、そんな私たちを、隣に座る彼女は、ただ静かに眺めてた。


 パーティはまだ、続いてく。

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