第23話 妹とクリスマスパーティー①
パーティとはそれすなわち戦場なのです。
言葉の矢と銃弾が、雨のように飛び交い、状況は常に刻一刻と変化する。
適切な判断、適切な話題、適切な話し相手を見極めなければ、この過酷な戦場を生き残ることはできません。
この日のために、コミュ障克服の本だって読み込んできたのです。お姉ちゃんとしての威厳をしっかり示して、くろえが普段お世話になっている生徒会のみんなに、ちゃんと挨拶するのです。
そして、少しでも良好な関係を築いて、くろえの今後の立ち回りを少しでも楽にするのです。だから、お姉ちゃん、頑張るぞ―――と、そう決意したまではよかったんだけれど。
「お、きたきた。みんなー、木瀬、到着したぜー」
「木瀬っち、どうしたー? 遅刻とか珍しいじゃん……って、なにその大荷物は」
「…………え、木瀬君。これ、スイッチ2じゃん!! しかも、ボドゲもいっぱい! やば! 最高じゃん!」
「さては、これ準備してて遅れたの……?」
「……ん」
琥白ちゃんの突然のクリパ開始宣言から、あっという間に、会場はわちゃわちゃしだして、どうにも挨拶って感じじゃなくなってしまった。
そして慌ててる間に、今度は、合流してきた最後の一人によって。みんなの話題が持ちきりだ。
無言でサムズアップしている小柄な少年を、私以外のみんなで目を輝かせながら囲ってる。うう、仲良さそうな雰囲気で、あそこに割って入る度胸なんてないよ……。
手持ち無沙汰に紙袋を下げながら、私はとほほと、こっそりしょげる。
そうやってみんなを遠巻きに眺めていたら、横目にふっと人影が伸びてきた。
ちらりとそっちを見ると、肩ほどの黒髪と眼鏡を軽く揺らしながら、私より幾ばくか背の高い視線が降りてくる。
「よう、灰琉。楽しんでるか?」
「は、はい、えっと、会長……」
私がそう言うと、くろえの上司、白乃会長は愉快そうににこっと笑った。私が輪に混ざれないのを見兼ねて話しかけてくれたんだろうか。うう、いい人だ……。
「白乃でいいよ。同級生なんだし」
「は、はい。あ、いつもくろえがお世話になってます……」
一応、来た時に挨拶はしたけど、あらためてぺこりと頭を下げる。生徒会長……白乃さんは少し不思議そうに首をかしげていたけど、やがて軽く肩をすくめて首を横に振った。
「あはは、お世話になっているというか、お世話されているというか。それを言うなら、私もいつも琥白が世話になってるよ、文芸部長殿」
「は、はい、ちゃんと部長出来てたらいいんですけど……」
なにせ、琥白ちゃんにはこの前のくろえとのやり取りでも、結局迷惑かけちゃったし……。
ただ、その後のくろえとのやり取りがフラッシュバックしかけたので、慌てて頭をぶんぶん振って意識を戻す。
そんな私を、白乃さんは、不思議そうに見ていたけれど、やがて肩の力を抜くとそっと指を前に伸ばした。
「そういや、うちの奴らの紹介がまだだったかな」
「え、あ、はい……?」
言いながら、こっちに軽く微笑みを向けると、ワイワイ言っているみんなの中の一人。スポーツ刈りの男子をそっと指さした。
「あれが、柿崎、二年で会計。雑に見えるが、意外とちゃんとしてる男だ。特技はそろばん教室で習ったフラッシュ暗算。当たり前のことを、当たり前にこなす屋台骨だな。地味だが、組織にとっては必要な地味さを持つやつだ」
「え、何? 急に自己紹介始まった?」
声を掛けられた男子……柿崎さんは、慌ててこっちを振りかえると、少しあたふたした後、なんでかピースを私に向けた。照れてるのかな……。
そんな様子に白乃さんは軽く微笑みつつ、隣の茶髪の女子にそっと指を向け直す。
「で、隣のが川口。こっちも二年で、書記。よく喋り、よく笑い、よく話を聞く。組織としては一人は欲しいバランサーだな。最近00年代のバンドにハマってるらしい。字はきっちりしてて綺麗だが、性格はおおらかだ。困ったときは、とりあえずあいつに声かけとけばいい」
「なに?! 急に褒めないでよ、もう!!」
そう言って、川口さんは笑顔で私に向かって軽く手を振ってくる。私もなんとなく振り返すと、尚のこと笑みは深くなった。なるほど、確かに人懐っこい人だ。
「で、そのちっこいのが、庶務の木瀬。黒江と同じ一年だな。全然喋らんが、頼んだ仕事は、気づいたら終わってる。実は庶務の妖精なんじゃないかともっぱらの噂だ。優秀な補助役で、表情にはでんが、結構感情は豊かだぞ。あとゲームの話は大体あいつに聞けば何とかなる、喋らんけど」
「………………ん」
指さされた小柄な男子は、無言で軽く頷いていた。視線はどこに向いてるかわからないけど、言われた通りなんでか感情は伝わってくる。
「で、我らが、副会長黒江だな。文句なしの万能エースだ。仕事任せたら100点越えて、250点くらいとって帰ってくる。何ができないのか逆に聞きたいくらいだ。他のメンバーがサポート重視なのは、あいつ主軸に組んでるとこがあるからだな。だから柿崎はしょげなくていいぞ」
「ありがとう! でもしょげてねえよ!」
「なんか、私だけ持ち上げすぎじゃないですか……?」
言われたくろえは少し、呆れたような視線を向けてるけど、そこに別に悪感情はなさそうだった。改めて思うけど、なんだかんだ言いながら、ちゃんと白乃さんのことは信頼してるように見える。
「と、いうわけで、これがうちのパー……役員だ。どうだ? なかなかバランスのいいメンツだろ?」
そう言って、紹介を終えた白乃さんは、私の顔を覗き込みながら、したり顔で笑みを浮かべてた。私はどうにか頷きながら、改めて紹介された生徒会の役員を見回してみる。
「褒められんのは嬉しいけどさ、なんか言い方があれなんだよな。手持ちポケ◯ンの紹介されてるみてえなんだよな」
「今、パーティーって言おうとしたしね。会長たまに私らのこと、生徒会運営ゲームのキャラだと思ってる節あるから」
「ていうか、白乃さんの紹介はいいんですか?」
「…………んー」
「おいこら、しの姉。私の紹介はどうしたよー。私も褒めろよー」
「えー、でも私は基本役員に任せてるだけの、いるだけ生徒会長だぞ? こはくは、そうだな……うん、可愛いぞ! 凄く可愛い!」
「やめて、きもい」
「…………酷くない? なあ、灰琉。酷くない? 言われた通り褒めたのに……」
そう言って白乃さんは、泣くふりをしながら私に笑みを向けてくる。そんな彼女に、私はあははと笑みを返した。
生徒会のみんなは凄く個性的で、それでいて、ちゃんとまとまっているように思えた。いるだけとは言うけれど、今だって、私が話に混ざれないから、それとなく橋渡しをしてくれたんだろう。
くろえもどこか仕方ないという風な顔をしているけれど、同時に肩の力を抜いてるようにも見える。
くろえは優秀過ぎて、いつも周りから少し浮いてしまう所があった子だった。だから、こうやってみんなの輪の中で自然に過ごせているのは、とても喜ばしいことだと思う。
そんな場を作り出しているこの人も、きっと優秀で、気遣いが出来る人なんだろう。
琥白ちゃんのお姉さんだもんね。察しがよくて優しいのは、ある意味自然なのかもしれない。
普段、私の隣では見せない、くろえの年相応な表情に思わず、ふっと笑顔が浮かぶ。
よかった、こんな温かい人たちが、私の妹の隣に居てくれて。
それは、きっと掛け替えのないことだと思う。
それぞれが浮かべている表情はとても自然で、のびのびとしていて。それだけで、この輪の中に確かな信頼があることを実感する。
ただ同時に、どうしてか、少し胸の奥が冷たくなる。
「なんなら、私が白乃さんの紹介しましょうか?」
「えー、絶対お前、ぐうたら生徒会長っていうじゃん」
「まあ、言いますけど」
「んー、でもなあ、会長の仕事ぶりを見てるとなあ……」
「間違ってはないんだよねー……」
「ん…………」
「まあ、しの姉は昔からそういう奴ですよ」
「部下からの! 部下と妹からの視線が……冷たい!」
そう言いながら、白乃さんはわんっと私に泣きついてくる。
私はそれを愛想笑いで受け止めながら、少しだけ目を閉じた。
こんな気安いやり取り、私とくろえはしたことがない。
だってくろえは、私なんかよりも遥かに賢いから。
長年連れ添った友達のような。同じ視点を持っているからこその、『普通』の距離の近さは、どうしてもうまく作れない。
それが、少しだけ―――。
小さく、針を刺すように、胸の奥がチクっと痛む。
「はる……?」
ただ、くろえがそう心配そうに首を傾げてたから、はっとなって我に返った。
ダメだ、しっかりしないと。今は楽しいパーティの最中なんだから。
ふぅと軽く息を吐いて、外向きの笑顔をそっと顔に貼り付ける。
「ううん、なんでもない。くろえが生徒会で居心地よさそうでよかったよ」
そういって笑うと、くろえは少しばつが悪そうに視線を逸らした。ふむ、あれは照れてるね、お姉ちゃんわかってしまいますよ。
私の妹が、ちゃんと受け容れられる場所にいるのはいいことだ。
姉として、家族として、それは喜ばなくちゃいけない。
まして、くろえは少し難しいところがある子だから、尚のこと。
私をそれを笑顔で見守らなくちゃいけない。
ただ、そうやって浮かべた笑みが、少し強張って感じたのは。
気のせいだと思いたかった。
わいわいと笑顔と喧騒が満ちるパーティ会場の中で、私はそっと視線を下げる。
この想いを、この感情を、決して誰にも悟られることなどないように。
胸の奥でざわついたさざ波が、ゆっくりと静まるのを、ただ待っていた。
大丈夫。何も問題はない。
喉の奥にあった痛みが、身体を通って、深く静かに沈んでく。
今はただ、くろえの姉としての役割を果たせさえすれば、それでいい。
そう自分に言い聞かせて、ようやく呼吸が少しだけ落ち着いた時だった。
「はい、灰琉」
「………………え?」
いつのまにか、白乃さんが、私に何かそっと差し出していた。
訳も分からず、言われるがまま、それを手に取る。
……トランプのカードだ。ハートの6が描かれてる。
なに? これ。
そんな疑問を解決する間もなく。白乃さんは、そそくさとみんなにトランプを配ってく。誰も状況を理解してないけれど、それでも有無を言わさずに。
そして全員に配り終えた後、白乃さんは残った一枚をちらっと見つめた。
「お、なんだ私か」
そう言って、彼女の手に握られたジョーカーを、皆に見えるように裏返す。そして、にやりとどこか妖し気な笑みを浮かべた。
何が起こってるんだろう。わからない。
でも、その視線が、どうしてか私に向けられているような、そんな気がした。
そして、その視線の意味を理解する間すらなく、彼女は何気なく口を開いて―――。
「じゃ、『王様ゲーム』の最初の命令な。
…………そうだな、『1番と6番でキス』にしようか」
そう―――宣言していた。
………………へ?
王様……ゲーム? あの、番号を決めて、命令するやつ?
でも、1番と6番って。
手の中のカードを、私は何が起こっているのか分からないまま、唖然と見つめる。
ハートの6。
そして、もう一人、ハートのAは。
根拠はない、でもはっとなって顔を上げると、どこか苦々しい表情を浮かべたくろえと目が合ってしまった。
そんなくろえの手に握られているのは――――ハートのA。
え、じゃあ。
キス……するの? くろえと、私が?
みんなの見てる、この場所で?
胸の鼓動が早くなる。
耳の奥で脈打つ音が、際限なく膨らんでいく。
溢れる熱が私の身体を、どこまでも犯していく。
――――本当に?
そうやって、誰もが、何も言えない空気の中で。
白乃さんだけが、どこか愉しそうに、私たちのことをじっと見つめていた。
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