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もう姉妹には戻れない  作者: キノハタ
閑話

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閑話 こはくは悶える

 「琥白ちゃんにとって、白乃さんって―――お姉さんって、どういう人?」


 冬のどんよりとした雲が、空を覆うそんな頃。


 いつものように文芸部室で本を読んでいたら、大好きな灰琉先輩にそんなことを尋ねられた。


 しの姉が、私にとってどんな人か……?


 うーんと唸って、口の中で言葉を探す。


 「…………面倒くさがりで、ぐうたらな同居人ですかね」


 眼の上のたんこぶ、と言い切ってしまうのは、さすがにちょっと気が引けたので、多少オブラートに包んで口にする。あんまり包めてない気もするけど、本当のこと言ったら、もっと酷いしなあ……。


 そんな私の答えに、灰琉先輩は困ったようにあははと笑ってた。


 「そっか、お姉さん、家では結構マイペースなの……?」


 「ですね。でも、しの姉は基本どこでもマイペースですよ。なんであんなのが生徒会長してんのか、わかんないくらいです。その癖、要領がいいとこがあるっていうか。そういうとこは、ちょっと腹立ちますけど」


 口にしてから、これあんまりおもしろくない話だなと反省する。灰琉先輩が折角、話を振ってくれたのに、なんだか愚痴みたいになっちゃった。


 「そ、そっか……。焦らないところが、周りを安心させてるのかな……?」


 灰琉先輩はそう言って、フォローしてくれる。相変わらず優しいなあ、この人は。うちの姉とは大違い、しの姉なら絶対、無駄に捻った冗談が飛んでくる。


 「いや、あれは人に仕事投げまくってるだけですよ。実際はもっとこう―――」


 ただ自覚しても、口は勝手に動いてく。くそう、しの姉の愚痴なら無限に出てくる。お風呂上がりによくお尻掻いてるとか、その手で私の漫画読み始めるとか、なんか色々。


 「そ、そっか。もしかして……あんまりその、仲良くない?」


 灰琉先輩が、少し心配そうにこてんと小首を傾げる。ぐっ、可愛い。こういう可愛げが、うちの姉に少しでもあれば…………いや実際にされたら、普通に蹴っ飛ばしてしまいそうだな。


 「いーえ、別に。近くにいるから、嫌なとこも一杯見えるだけですよ。何かと比べられることも多かったし。まあ、あの人はあの人でいいところもあるんですけど…………」


 言いながら、まあ、と軽くため息を吐く。姉妹だもの、鬱陶しいところもあるし、助けられたこともある。


 産まれた時から一緒にいるのが当たり前だから、今更どう想ってると考えるのも難しい。


 鼻が顔にくっついてる感想は? と聞かれるようなもんだ。なくなったことがないから知らないとしか答えられない。


 「だから、まあ……多分、『普通』ですよ」


 そう何気なく返して、私は脳内でお尻を掻くしの姉の映像を追い出した。そういえば、また漫画貸してたな、今度返してもらわないと。


 なんて思考をしていたら、ふと灰琉先輩の表情が視界に映った。


 別になんてことはない会話だったと思う。灰琉先輩から話しかけてくれるのは珍しいから、嬉しくなってちょっと喋りすぎちゃったかもだけど。


 特に良いも悪いもない、普通の会話。日常のよくある一ページ。


 そのはずなんだけど―――。


 「そっか…………『普通』は、そうだよね…………」


 そう言いながら、灰琉先輩は何かを想い出すように、そっと口元を手で覆ってた。


 暖房が効きすぎてるせいか、少し顔が紅くなって、視線は遠くに向いている。


 ただ、なんでか、その瞳が少し蕩けて滲んでいるように見えて。


 そんな姿を見ていると、私まで喉の奥が熱くなってしまうような、そんな気がした。








 ※







 灰琉先輩は、最近ちょっとだけ様子が変だ。


 部室で時々、ぼーっと何かを考えこむような顔してたり。意味もなく顔を赤らめたり。頭をぶんぶんと振ったりと落ち着かない。


 ただ、そんなことより、もっとやばいのは――――。


 「…………なんか…………えろぃ……」


 書く作品が、ちょっとずつだけどえっちになってる。


 いや、別にそんな露骨に描写が増えてるわけでもないし、時々そういうシーンが挟まることは今までもあったけど。


 『蕩けるように、味わうように、あなたが私の唇を食んでいく』


 『ゆっくりと、その舌が、私の中を犯してく』


 『いけないのに、それがたまらなく気持ちいい』


 なんか、こう、大切な先輩の、見てはいけない情事を覗いてしまっているような。


 次の部誌用にと、スマホで見せてくれた灰琉先輩の短編を読みながら、うがーっと自室のベッドでばたばた暴れる。


 なんか、なんか、えっちだ! いいのかな?! 私が見ていいのかな、これ?!


 全体からみれば、ほんの数行の違いでしかない、そんな色めいた部分が、私の中の何かを動揺させていく。


 しかも、何がまずいって、お話としてはよりロマンティックになってるっていうか、正直こっちの灰琉先輩の作品の方がどきどきして好きっていうか!


 今までの優しくて穏やかなファンタジーに、少し甘いアクセントが加わるだけで、より私が好きな感じのお話になってる!


 あー! もう! この感情はどこに持っていけばいいんだよう!!


 そうやって、じったんばったんと、自室のベッドで暴れていたら、しまいに足がベッドの金具にごてっと当たった。おかげで、しばらく悶絶する羽目になった。


 「ぐぬう…………」


 くそ、さすがにちょっと落ち着かないと……。


 そうして、しばらく半泣きになって、痛みに耐えていたら、部屋の扉がノックもなしにガラッと開いた。


 「こはくー、お風呂あいたぞー」


 「…………だから、ノックしてって言ってるでしょ、しの姉」


 お風呂上がりで眼鏡を僅かに傾けた姉が、突然顔を出してきた。なので、ぶすっと膨れながら返事する。


 しの姉は、そんな私の返事に、若干傷ついたような顔をして、めそめそしながら俯いた。


 「うう……妹が反抗期、お姉ちゃん泣いちゃうぞ……」


 「反抗期じゃないし、普通だし、そもそも一歳しか違わないし」


 ぶーっと文句を垂れるふりをしながら、さっきまでばたばた暴れていた痕跡を、そっと隠した。はあ、でも読んでる瞬間じゃなくてよかった。絶対、私変な顔してたし。


 ただ、そんな私を、しの姉はじっと何か言いたげな視線で見つめてくる。


 要件は終わったはずなのに、まるで何かを見透かすように、ずっと扉の前で立っている。


 「な、なに…………? お風呂ならすぐ入るって、だから出てってよ」


 そう反論してみるけれど、しの姉はしたり顔で笑みを浮かべてくるばかり。


 「ふふ、お姉ちゃんはわかっているぞ……?」


 しの姉のうざいところランキングがあったら、絶対上位に『やたらお姉ちゃん面してくる』がランクインしてくる。多分、三位くらいだ。


 「な、何が……?」


 さすがに、灰琉先輩の作品を読んでる時の、変な顔は見られてないはずだ。その後暴れてたのは、音でバレてたかもしんないけど。多分、大丈夫、そのはず。


 ただ、そんな私の不安を助長するように、しの姉は笑みを深くする。それから、すっと私の持っていたスマホを指さした。思わずどきっと胸が高鳴る。も、もしかして、その読んでる時、ちょっと……あれだったの見られてたわけじゃないよね?


 心臓がバクンと高鳴る、姉の笑みは深くなる。


 少しの沈黙。


 思わず唾をごくっと飲んだ。




 「最高だったな―――。『灰色羊』先生の新作!」


 


 ……そう言って、しの姉はどこか恍惚とした表情で、天井を仰いだ。


 眼頭をそっと抑えて、泣きそうな顔までしてる。


 「……………………」


 ちなみにだけど、『灰色羊』っていうのは、灰琉先輩がネットに小説を上げるときのアカウント名だ。本当は秘密なんだけど、私とか黒江には、バレバレだったりする。灰琉先輩、隠し事するの下手だから。


 ていうか、うん、そうだね。やっぱり、さすがにあれなところ見られてたわけじゃなかったか。


 私はふうっと思いっきりため息を吐いてから、ふんっと鼻を鳴らした。


 「毎度思うけど、何でしの姉なんかと趣味が合うんだろ……」


 基本的に、この姉とは大体なところが似てないはずなんだけど。


 「そりゃあ、姉妹だからな……。ていうかさすがに、なんか扱いは酷くない?」


 「はいはい、要件済んだらさっさと出てってー。私、読後は独りでじっくり味わいたいタイプだから」

 

 「やっぱり、反抗期だよね……? こはく? お姉ちゃん、泣くぞ?」


 なんてやり取りをしながら、嘘泣きしているしの姉を尻目に、私はもう一度スマホに映る灰琉先輩の作品に目を向ける。


 作っている作品と、作者に直接的な関係は基本ない。


 読者ですもの、それくらいは弁えている。


 でも、と少し想ってしまう。


 この作品の変化は、もしかしなくても、灰琉先輩の心に起こった変化そのものじゃない?


 例えばそう、誰かに恋をすることで、描く物語が少しずつ影響を受けてるとか。


 まさかね、と笑おうにも、最近の灰琉先輩に感じた違和感が、頭の中でぐるぐる回る。


 灰琉先輩、恋しちゃったのかな。だとしたら相手は誰だろ? あんまり部室以外で誰かと喋ってるところ見たことないけど。


 だって、あそこに顔出すのは黒江と私くらいなもので―――。


 そう思考した瞬間に、頭の中にふっと昨日の記憶が蘇る。


 ショッピングモールの屋上で遠目に見た、灰琉先輩と黒江らしき人の後ろ姿。


 あの時、二人はベンチで寄り添って、まるで抱き合っているみたいだった。


 他に誰もいない屋上で、二人っきりで。


 まるで――――そう恋人のように。


 『普通』の姉妹は、あんなことをするのだろうか。


 そんなことをぼんやりと考えながら、なんとなく部屋の入り口を振りかえる。


 そこにはしの姉がまだ、おいー、こはくー、と呼び掛けている姿がある。


 例えば、私としの姉があんなことするだろうか…………。

 

 しばらく思考して、じっと自分の気持ちを確かめる。


 「いや―――ないわ。ありえん」


 「よくわからんけど、酷くない……?」


 心臓の鼓動が一ミリも微動だにしやがらない。まあ、姉妹なんて、普通そんなもんだよね。


 だとしたら、あの灰琉先輩の変化の意味は。


 あの屋上での行為の意味は、何なんだろう。


 …………。


 しばらく思考して、結局、答えは出なかったので、私は軽くため息をついた。


 「ところで、いつまで泣いた振りしてんの、しの姉」


 「なんだ、バレてた?」


 「あったり前でしょ、何時から、しの姉の妹やってると思ってんの」


 そうやって藪にらみすると、しの姉はどこか可笑しそうに笑ってた。


 はあ、こんなんでも、みんなに慕われる生徒会長らしいよ。どこがいいのか、私はちっとも理解できないけど。


 じゃあ、早めに入れよーってしの姉の言葉に、適当に返事をしながら、もう一度スマホを見る。


 『好きになってしまった。好きになってはいけない人を』


 そこに綴られた言葉には、なんだか不思議な生々しさというか、リアリティに近い質感があるような気がする。


 灰琉先輩は一体、何を考えながら、この作品を作ったんだろう。


 どんな変化があれば、こんな文章を書けるのだろう。


 一体、誰と……。


 ただ、しばらく考えても答えは出ないので、私はスマホをベッドに投げだして体を起こす。


 うん、考えごとおしまい。だって、結論出ないし。


 諦めて、さっさと、お風呂にでも入りましょう。


 そうやって、ふぅと吐いた息は、どこへともなく消えていって。


 「うーん……。今度、二人に聞いてみよっかな……」


 そして、自分の部屋から出ながら、ふと思い付きでそう呟いた。


 うん、そうだね。そっちの方が分かりやすいや。


 何より私は、まどろっこしいのが嫌いなのです。


 なんてことを想いながら、風呂場へと階段を下りていく。


 そんな私の背後で、スマホはどこへともなく、灰琉先輩の作品を映し出していた。

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