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14.貴族上級学校講堂

 貴族上級学校の第一義は精霊との付き合い方を学ぶ事だが、他に貴族として領地経営や制度についての学問や社交の実践もカリキュラムに組み込まれている。公国では学舎において学徒は皆平等、身分の貴賤無しと標榜されているらしいが、ことこの王国においては身分制度に準じた学生生活を求められるのは貴族の教育を旨としているからだ。

 そのような背景から、ダンスの授業もある。平素は学年ごとにステップや位置取りの学習と実践が主だが、実際の舞踏会を想定し全校生徒参加型授業も半期に一度予定されていた。今回はその模擬舞踏会の直前授業だ。婚約者同士、婚約者のない者は恋人同士、または親戚間で固まって授業の開始を待つ。ナーナは従兄のステファノスと二人で最近のレイラについて話していた。


「レイラこそ、必修だと思うのだけれど」

「まあ無難を取るのが基本だわな」

「厚意は要請するものではないしね」


 全校生徒参加授業のため、当然セイレーンに呪われているガラニス家の子息も参加する。鉢合わせては何が起きるか解らない上に、王子殿下もいる状況だ。問題を起こす事は許されない。確実に回避するには欠席するしかなく、問題を起こす側、かつ爵位の低いレイラが自主的に休むのが妥当だった。デビュタントも済ませておらず貴族令嬢として足りていないのだから少しでも実地訓練を積むべきであるが、そもそも社交界に出る予定も無いのでサマラス伯によって欠席も問題なしと判断された。

 舞踏会と言うものを少し見てみたい気持ちがレイラにもあったが、人前で嘔吐するリスクを取る程ではなく本日は〝歌鳥の休息邸〟で姐さん達と女子会の予定となっている。本人は大喜びだ。


「何にせよ難儀だ」

「そうねぇ⋯⋯あら?」


 安定して精霊が見えるようになったナーナの前にの光の玉の姿をした精霊が複数寄って来た。レイラであれば個体差も見分けられるが、ナーナはまだどこの家門付きか判断がつかない。そのどこぞの精霊達は激しく明滅し素早く飛び回る。その様子は怒りを表しているようだが、ナーナに対してではなさそうだ。


「どうした」

「精霊が何か訴えてきているのだけれど」

「ナーナ様」


 ステファノスも顔を知っている、ナーナの親しい友人である伯爵令嬢が、困惑した様子で話しかけてきた。


「御機嫌よう、ではございませんわね。どうなさいまして?」

「サマラス様はどちらにおいでかしら。今日はもう馬車に乗られた方が良さそうよ」

「何がありましたか」


 帰宅を促す言葉に思わずステファノスも声をかける。

 曰く、ペトロス家のご令嬢に、彼女の婚約者であり短期留学生である公国貴族が難癖をつけて騒ぎになっている。最初は婚約者として不足である等と言っていたのが精霊信仰を貶める発言に変わり、セイレーンの祝福を受けたレイラにまで言及し始めたらしい。ペトロス家のご令嬢が抗議するも、婚約者は端から馬鹿にして聞かず、居合わせた生徒達の不興を買い場は険悪であると言う。


「当のお二人より周囲の方が、サマラス様をその場に呼び立てようとなさっているの。不心得者に精霊を認めさせられるのではないかと」

「鼻を明かしてやりたいと言うのには同意するが⋯⋯」


 レイラが勝手に精霊代表にされているようだ。とんだ巻き込まれであるが幸い本人は不在である。


「ご配慮ありがたく思います。レイラは家の都合で欠席ですのでご安心なさって」

「まあ、そうでしたの。安心いたしました。あら、私ったら存じませんでお恥ずかしい事⋯⋯」

「いいえ、レイラだけでなく私の事を心配してくださったのでしょう?そのお気持ちがとても嬉しいわ。私を不謹慎と思われる?」

「いいえ、いいえ!」


 女子二人が仲良くしていると、どうやら講師達が来たらしく、不穏な空気は鳴りを潜めて授業が始まった。

 ダンス自体よりもパートナーの探し方や踊らない時の位置取り、マナーの最終確認が入る。親世代であればそんな事をわざわざ授業で学ぶのかと言う所だが、政略結婚の増えた昨今ではより礼儀作法を重視する起来があり一定の効果を上げていた。

 公国向こうの帝国などでは男女が体を密接させて踊るダンスが主流だが、こと王国においては触れるのは精々手くらいのもので、みだりに異性に触れてはいけない。それは貞操観念が厳格と言うわけではなく、もっと現実的な理由による。


「お離し下さいませ」

「どうして?手を離せば貴方はきっと精霊のように消えてしまうでしょう、美しい人」


 ファーストダンス後自由にダンスの申込みが出来る実習時間、ナーナの手をそこそこ強く掴んで逃さないのはペトロス嬢の婚約者だ。姓をフーバーと言ったか、知ってはいても呼ぶことは出来ない。何せ自己紹介もしていない仲だ。にも関わらずこの状況は爵位度外視でも余りにも失礼で、爵位を考慮すれば派閥が揺れる大問題となる。強制引き剥がしに合わないのは、フーバーが国交強化対象の公国貴族だからでしかない。


「私、名も知らぬ方に手を取らせてはならないと教えられてまいりました。何かとても怖い事が起きてしまいそうで、恐ろしいのです」


 高位貴族の身分に見合わない儚げな事を言ってみるがこれは口先だけではない。ナーナの周囲を精霊が激しく明滅し素早く飛び回りフーバーへの怒りを露わにしている。しかも数が直前授業時の比ではなく、精霊への感受性が乏しい者すら気圧されたようで無意識に後退っていた。実際、怒りの対象ではないナーナ自身も精霊との付き合いは浅くどう対応したものかと背に汗をかく思いだ。


「未知の扉を開くのは時に恐ろしく感じるものです。恐ろしい事など何もありません。さあ、私と躍ってはくださいませんか」


 フーバーはそう言うとナーナの腰を抱き寄せた。婚約者でもないのにあり得ない距離にナーナが抗議を口にしようとした瞬間だった。


「この国でその様な無体をなされると、それこそ精霊のようにご令嬢が消えてしまうかもしれませんよ」


 人垣が割れた所に現れたのは第二王子アトラスだった。ナーナの周囲を飛んでいた精霊達の半数はアトラスの方に移動しまた怒りを訴え、彼も精霊達が落ち着くようさり気ない仕草で宥めていた。その事が解った生徒はどれほど居るだろうか。


「御伽の国では令嬢も消えるのですね。まるで夢か泡沫か……現を生きる私は少々刺激が強かったようだ」


「優しく美しい夢や泡沫はありのまま愛でるものですが、つついて割ろうとする貴殿も御伽の国の住人に相応しい」


 『子供に色恋は早かった』と揶揄するフーバーに『お前は恋愛以前のただのガキだろうが』と返すのはガラニスだ。領地の特性から文武両道を旨とする家系ゆえか、外見からは粗野な印象を受けるが、ナーナの手を軽く取りダンスのターンの要領で自然にフーバーから引き離し流れるようにアトラスの後ろまで誘導する。その挙動は洗練されており、教育の質の高さと本人の教養深さが見えた。すぐに手を離し距離を取る慎み深さも。

しかし空気が緊張して事態はどこにでも転がるだろうという時に朗らかな声が響いた。


「ようこそ、御伽の国に!歓迎しますよ!さあこちらへ、実は私、公国に興味がございまして、ぜひお話を伺いたい」


 ステファノスだ。パートナー以外の相手にダンスを申し込む時間だった事もありナーナから離れていたのだ。


「実は私も⋯⋯」

「私も一緒に伺いたい」


 メルクーリ侯爵家とペトロス侯爵家の寄子である家系の令嬢や令息も人垣から出てフーバーをさり気なく囲う。程よく持ち上げられ満更でもない様子でフーバーは壁際へと移動していった。その賑やかな様子を隠れ蓑に、アトラスは周囲に注目されないようにナーナを連れて講堂横の控室に移る。小さな部屋相応のソファやテーブルのある所に、アトラスの護衛騎士が壁際待機しており圧迫感が強い。そこに教師に断りを入れたガラニスが少し遅れて控室に入ってきた。圧迫感が増す。狭い。


「さて、何事もなくて良かった」

「お手を煩わせた事お詫び申し上げます。精霊達をどのように落ち着かせたものか計りかねておりました」


 レイラのお陰で精霊を恒常的に見ることが出来るようになり、最近は感情も読み取れるようになってきたがまだ何を言っているかまでは解らないナーナだ。だからアトラスの周りを飛び回る大量の精霊達が何やら訴えているなと言うことしか解らない。見えてしまうために尚更部屋の圧迫感がすごい。


「ああ⋯もうここまで来ると考えないといけないね。これだけ横槍の入る婚約は看過出来ない」


 精霊が騒いでいるのはペトロスとフーバーの婚約についてだったらしい。貴族の中でも精霊の姿を見聞きできる能力は希有だが、聞こえませんとわざわざ主張するのも侮られるだけなのでナーナもしたり顔で頷く。ええ、解っていましたとも。

 さて話題が尽きネタを探し始めた時に折りよくノック音が響いた。護衛が扉を開けるとフーバーの婚約者が入ってきた。多くの精霊を連れて。圧迫感は最高潮だ。


「お呼びと伺い、メラニア・ペトロス参じました」

「ああ、すまないね。かけてくれ」


 アトラスが応じるとメラニアはその対面、ナーナの隣に腰を落とす。目が合うと申し訳なさそうに目礼するのでナーナも応じた。婚約者が居ても妙な人物だと苦労しますね。


「これから様々な事が動く、全てが関係者全員の希望通りには行かないだろう。しかし可能な範囲で添いたいと考えているので事前に確認をしたい。ここは非公式の場だが立会人もいる。ペトロス嬢、君の心中を聞かせてほしい」


 非公式とはいえ侯爵家立会下での王族の言葉だ、影響力に配慮し何に関してとは明言しない。しかしこの場の全員が解っていた。


「私は⋯⋯国際情勢から考えると、公国貴族との婚約は有用と考えます。しかしそれは私であったり、かの方でなければならない物ではない、とも思います。私が引いたとして、別の方と縁づいても良好な関係が築けるかは難しいのではないかと」

「成る程。機械が好きな男児には、花を愛でるのは難しいだろうね」


 公国は帝国に隣接し、海を挟んで王国と面している小国のため、バランス感覚に優れ、国家運営においても王や皇帝を置かず貴族の投票制で大公を決め国の代表として議会制を取っている。そんな国から親睦のための縁組で指名されたフーバーは、公国の気質にそぐわない。王国にも染まらない彼の性質はさながら帝国そのものだ。精霊を認めず人間の力で技術革新を計り、それ故論理と合理を重視し自信過多かつ傲慢。成功者である国の上層部は概ねそんな人柄だった。


「上級学校に上がる前は多少その傾向はあっても相手の話を聞き花を愛でることも出来る方だったのですが⋯⋯」


 変わった。変わってしまった。恐らく、変えられてしまった。この状況を利する者に。しかし明確な瑕疵がある訳ではない婚約を解消するのは難しい。国策に則った縁組であれば尚更。


「草花に囲まれかつてを取り戻して下さると良いですわね、明日の模擬舞踏会ではまだ顔を合わせたことのない多くの令嬢と踊られるでしょうし」


 停滞してしまった空気を吹き払うようにナーナは明るい声を上げた。何らかの意図を察したメラニア達は茶番に乗る事にして同意を示す。


「そうそう!ガラニス様、先日私の従姉妹がお世話になったそうで、ありがとうございます」

「いや、こちらが迷惑をかけた。申し訳ない。以後健やかに過ごされているだろうか」

「本日は生憎欠席しておりますけれども、明日は参加出来るのではないかしら。ダンスの相手をしてやって下さいまし」


 呪いを思えばガラニスと踊れる訳が無いのだが、余りにあり得ない提案に察したアトラスが横から口を出す。


「すまない、ゼファーは明日私の用事で欠席予定なんだ」

「まあ残念ですわ。我が従姉妹ながら妖精の如きレイラと精悍なガラニス様の踊る様はそれこそ御伽話のように美しいでしょうに⋯⋯」

「機会がありましたら是非に」


 頭を下げるガラニスは本当に機会があれば踊っても良いと考えているようだった。目の前で嘔吐された相手にこの回答なのだから大層な粗相だったが本当に何とも思っていなさそうだ。ナーナの中で『おもしれー男枠』にランクインした。


「まあ明日の出席は伯母様の判断によりますけれどね。確認しておきますわ」

「ではこちらもゼファーに頼む内容を精査しよう」


°·*`:**『ナーナ?何か面白い事やってるなら声かけてちょうだいよ』


 話がまとまった所で、ここに居ない女性の声が響いた。護衛とガラニスが警戒態勢を取ったが、アトラスが腕を上げて制し、そのままメラニアに落ち着くよう手で指示した。

 ナーナとアトラスは声の元の精霊に視線をやる。同席者達もここで精霊によるものと察して静観の姿勢を取った。


「レイラ、貴方今何をしているの?こちらを見ていたのかしら」

『そんな事する訳ないでしょ、女の子は秘密があって綺麗になるんだから。今姐さん達と童貞が好きな女あるあるランキングしてんの!』


 控室の空気が固まった。レイラの貴族仕様が剥がれているのも実家ゆえの気安さと、ナーナへの親しみからだろうが王族同席の場では明け透け過ぎた。しかしレイラは止まらずそのまま話し続ける。


『精霊達がナーナが私の話ししてるって何か騒ぐし、今もそっちにわざわざ声届けてるのもその子達。普段皆こんな事しないから気になって声掛けただけ。何かあった?』


 ナーナはアトラス達に視線をやり全員が頷いたのを見て口を開いた。


「ペトロス家って知ってる?」

『君という国を守りたいって釣書送ってきた騎士様だ』

「何それ⋯⋯いえ、多分その方の妹御なんだけど」


 メラニアは俯いて顔を手で覆ってしまった。ガラニスや護衛が気の毒そうに見ている。


『ああ、婚約者がカスの』

「私の横に王子殿下やペトロス様も居らっしゃるから取り繕ってくださる?」

『先に教えて下さらない?流石に』


 控室内の状況が見えて居るわけではないことが明確になり護衛の警護体制も半数元に戻った。

 授業前の出来事と先程の出来事をナーナがかいつまんで説明する。それだけでこちらの求める所をレイラは粗方察したらしい。


『私、そう言うの大好きよ!明日学院に参りますわ!あぁ⋯⋯ガラニス様はいらっしゃる?』

「明日は諸用で欠席予定だそうよ。伯母様に許可取れるかしら」

『お許しいただけたら夜の鐘までにナーナに連絡すればよろしくて?』

「鳥か手紙でお願い」

『刻限近ければ話せる子にお願いしても良いかしら』

「ええ、それでお願い。侍女達に伝わると助かるわ」


 貴族たるもの誰が聞いているか解らない環境で言質が取られるような事を明言はしない。だがこの場の誰もが理解していた。


 公国との縁組は国策。しかしフーバーは不適格。破談にしたいが瑕疵がない。


 無いなら作れば良いじゃない。

 しかしこちらで作ると問題がある。

 それなら本人が自発的に作ってくれれば良いじゃない。


 この夜一羽の鳥が飛び、保護者達の長い夜が始まった。

星やアイコン貰えたら喜びますヤッタ~

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