13.飯屋カストロ
昼時を過ぎて客足の落ち着いた繁華街。その一本裏手の通りにある飯屋カストロは昼営業を終え、夜営業までの休憩時間に入っていた。人が居らず薄暗い客席を抜け、夜の仕込みで静かに稼働する厨房を通り越した先にある、細やかな居住エリアの居間には、少女達が山程の軽食を囲んでジュースで充ちたカップを掲げていた。
「それでは!卒業後初の再開を祝して乾杯!」
「かんぱーい」
「乾杯」
「かんぱい」
皆カップをそのまま置いて、メゼの盛合せに手を伸ばす。花も恥じらう乙女達は静かに料理を食べ始めた。行儀が良いのではない。食べる時は無言になってしまう性質の四人が仲良くなっただけなのだ。軽食の7割が胃袋に収まり残すは甘味になった所でようやく会話の芽が出始め、花が咲くのはすぐだった。
「最近どう?」
口火を切ったのは飯屋カストロの看板娘ドナだった。この女子会の主催であり会場提供者だ。会場とは言え実家である。カストロの店長がドナの父だ。料理もカストロ店長の心付けである。うちの娘と仲良くしてくれてありがとう。
「これはもうレイラでしょ」
「え?何々、何かあった?」
「彼氏?彼氏出来た?」
商家の娘ファニが訳知り顔でレイラに水を向けると、普段おっとりの織物職人見習いエラもドナと共に食い付いてきた。
「⋯⋯貴族上級学校に通ってる」
平民は十五で成人だ。貴族も一応は十五が成人ではあるが上級学校に通う間はモラトリアムとなり卒業する十八で初めて一人前扱いとなる。
「あはははははは!嘘でしょ学生なのレイラ!?」
「え?いま貴族なんですか?」
早速敬語を使い始めたエラの質問にも、答えを持つファニは無言で笑んだままだ。情報の開示範囲が解らないため全てをレイラに投げていた。
レイラが経緯を掻い摘んで説明すればドナは声も出ないほど爆笑して突っ伏してしまい、エラは興味深げに感心しながら甘味を摘んでいる。
「こんなに笑って不敬罪とか大丈夫?」
ファニが何とも思っていなさそうなテンションで尋ねる。この発言にドナは何とか笑いを抑えようとしていたが、本当に抑えようとしてる?と聞きたくなる程失敗している。そんなドナの皿にレイラは手を伸ばし、舞台女優演じる女王のように宣言した。
「めっちゃ気分害したから不敬の償いとしてあんたのハチミツクリームチーズもらうわ」
平民口調で台無しである。
「全、然⋯⋯いいよ、全、部。あげる⋯よ」
まだ笑いの余韻で声が途切れたが、全部くれた。飯屋の娘であるドナは食べる事が好きだが、人に食べさせるのも好きで、好物を食べる人の嬉しそうな顔も好きだった。
「良い心掛けですね、褒めて遣わす。褒美にひとつは汝にやろう」
今度は貴族夫人のようにハチミツクリームチーズをひとつ摘んで、レイラはドナの口に入れた。
「あ、これ美味し」
「ハチミツ変えて正解。おじさん最高」
「じゃあ私のもあげるわ」
「わたしも」
自身の不敬罪不問の賄賂に、ファニとエラもハチミツクリームチーズを献上した。それらを遠慮なくもらい、ひとつ摘みながらレイラは場を仕切り直した。
「皆は最近どう?」
「もういっぱいいっぱい!めちゃくちゃ忙しいよぉ」
ドナが大げさに嘆くが早い安い美味いで評判の飯屋は大抵忙しいものだ。次いで王都下大手の被服工房勤めのエラが発言する。
「うちもすごく忙しいよ。仕事慣れてないからかと思ったけど、先輩達が入った時の倍忙しいらしくて」
「繁忙期って事?」
「ううん、一時期だけじゃなくて、全体的にだんだん忙しくなってきてるって。別に王家の結婚式とかある訳でもないのに、そんな事あるの?」
国家的慶事があれば消費は増える。大抵数年前には予測がつくため、事前にある程度準備しておく事が出来るのだが、今回特に予定された慶事はない。
「商売繁盛良かったじゃん」
「そうだけどぉ、ここ二年位の上がり幅がすごいらしくて新人採る人数増やしてるんだって。道理で私でも潜り込めた訳よねぇ」
「あーそれ、いま公国とのやりとり増えてるから。農産品の爆買い増えてるの」
ファニが実家の手伝いで知り得た近況を語る。レイラの祖母の代で国交を開いた公国はゆっくり時間をかけて交流や貿易量を増やしてきたが、ここ数年急激な増加をみせていた。母数が増えた事で行儀の悪い案件も増え、善良な王国民が眉を顰めるほどに。
「うちの扱い織物ですけどぉ?」
「その材料は植物よね」
「でも食べられないのに一緒くたに買い占められてるんでしょぉ」
「何で?公国何か虫でも湧いた?レイラ知ってる?」
知らない。しかし歌鳥で接客をしていると貴族レベルのさまざまな話が耳に入る。金属の仕入れも増えていると聞くから、かの国で何かは起きている。技術躍進からの従事者の増加。伴う食料消費の拡大。金属加工分野における動きであれば食料生産に携わる人員の減少もあるだろう。レイラが帝国土産で貰った繊細な髪飾りはそれは見事だった。意匠は帝国のものだったが公国製だったはずだ。
「農家から工場に転職する人が増えたから食料が減った感じかなぁ。ねえファニ」
「そうね。彼の地では鉄道敷設が進んでるとは聞くけど。本当にそれだけか⋯戦争なんて事にならないと良いけど」
「やだー!そんな物騒な話!何かもっと楽しい話ないの?エラ彼氏とはどうなのよ最近」
硬い話に耐えきれずドナが爆発した。無理やり方向転換をしようと彼氏持ちのエラに話をぶん投げたが普段のほのぼの惚気話だろうと誰もが思っていたのだが。
「んふふふふ聞く?」
思わせぶりな、しかし幸せ満面なエラの表情に普段と違う事が起きたのだと察したドナ、ファニ、レイラは、手を繋ぐだけで惚気る二人に何かしらの進展が起きた事まで推察する。この間一瞬だった。
「きゃあああああ!」
「えっえっえっマジで!?どこまで?最後?最後まで行った!?」
「結婚?結婚する?」
わっと黄色い声をあげて騒ぐ少女達はここがどこか、どのような配慮が必要か、すっかり失念していたのだ。
「ゴルァァああぁぁああ!!」
「きゃあああああ!」
「うぉっ」
「ええええぇぇぇぇ!?」
右手に包丁、ナスを握りしめたドナの父親が部屋に入ってきた。隣接している厨房で仕込みをしていたらしい。そしてどうやらこちらの話も聞こえていたようだ。最悪な事に、断片的にだけ。
「うちの娘に手を出した奴が居るってぇ!?どこのどいつだ!ぶっ殺してやる!」
騎士よりもガタイが良く強面の親父さんだ。包丁持って怒鳴る姿はシンプルに怖い。
「違う違う!私の話じゃないから!包丁!包丁下ろして!」
「じゃあ誰の話だ!お前達皆かわいいうちの子みてえなもんだ!」
ドナが説得を試みるも失敗した。ほっこりする言い分だが、包丁が全てを台無しにしている。エラは自分の事だと言い出せず、涙目で震えていた。そんな彼女を気遣うファニとレイラの視線で、誰の話か察した親父さんが二の句に口を開いた瞬間。レイラがセイレーンの祝福を意識して声をかけた。
。+`*:°·「私達のこと信じてくれないの?」
奥手なエラが恋人相手とは言え男女の関係を最後までこなした訳が無いと当て推量で適当にそれっぽい事を言えば、親父さんの動きがピタリと止まった。出鼻を挫くことに成功したらしい。
「過干渉な父親は娘に嫌われますよ」
「こういう事っていつまでも忘れないんだからね!」
ファニの追撃で震え、ドナのダメ押しで捨てられた子犬のようになった親父さんは落ち着いた。
「⋯⋯すまん。俺は親だからどうしたってお前達が心配だ。でも四人が一緒なら大丈夫だな。俺に話せなくても必ず四人で相談しあうんだぞ、それなら俺も心配を我慢できる」
「うん。解った」
「おじさん、ありがとう」
皆で肯定すれば親父さんは目に見えてニコニコになった。
「それでも不安だったり手に負えなかったら、必ず教えてくれ。力になるからな。男なんて皆こうすりゃイチコロよ」
サンッ
トサ
軽い音を立て、親父さんが握りしめていたナスは真ん中で切断されて半分になっていた。裁ち落とされたもう半分が床に転がっている。
「わぁ!親父さんすごぉい!頼もしいなぁ!」
場数の多いレイラが先陣を切って親父さんを褒め称え拍手をする。
次いで我に返った実子のドナが
「もう解ったからお父さんあっち行って!女子会なんだから!」
と追い立て厨房に押し込めた。
気を取り直した女子会面子は形容しがたい感情を飲み込むように甘味を貪ったが、あまりに親父さんが怖かったのかその日エラの恋バナの内容を聞くことは出来なかった。
後日、仕切り直して聞き出せば、キス寸前まで行ったと言う。ほっこりである。
星や絵文字貰えたらとても喜びます




