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00話:英雄だった私は勇者と結婚した

 十年前の話をする。


 魔神戦争が終わった年、私は十五歳で、「六大英雄」の一人だった。

 六人のうち、剣も魔法も使えないのは私だけ。武器は地図と数字だった。ずいぶん地味だが、食料が何日もつか分からなければ、勇者だってお腹が空く。


 戦勝の広場は、人で埋まっていた。

 集まった人たちが、花びらを空へ投げている。

 でも、降ってくる花の量が明らかに多い。撒く係の人数では説明がつかず、見上げてようやく理由が分かった。窓という窓から、皆が勝手に撒いているのだ。

 なるほど。増援か。


 花びらを見上げていて、ふと、ここにいない人のことを考えた。


 黒い髪と、薄い金色の目をした男性。

 卓を挟んで向き合ったとき、あの人は一度も笑わなかった。こちらも、笑う用事はなかった。決めるのは、魔神である彼の処遇だったからだ。


 最後に見たときは、彼は私を無言でジッと見つめていた。

 私の顔に何かついているのか聞きたかったが、聞けずじまいだ。

 彼とは一度くらい、戦争に関係のない話をしてみたかったが、今はもう、会いに行く用事がない。


「テオドラ」


 呼ばれて、顔を戻した。

 勇者オルランドが、私の前に膝をついていた。


 膝をついても、私とあまり目の高さが変わらない。

 青い目が笑い、目尻が下がった。その笑顔は、私の後ろの数万人にも向けられているようだった。


 明るい栗色の髪には、花びらが三枚乗っている。

 取ってあげようと手を伸ばしかけた、そのとき。


「俺と結婚してくれ」


 広場が静まり返った。

 数万人が、私の返事を待っている。

 私の手は、花びらを取ろうとした形のまま止まっていた。


 ――こういう大事なことは、先に二人で相談してほしいものだ。


 ともあれ、考えた。

 『好き』、という感情が、当時の私にとって未知の対象だった。

 書物には「胸が苦しくなる」とあった。苦しいのなら、医者に診せたほうがいいのではないか。

 人に訊けば「そのうち分かる」と言う。

 そのうちとは、いつだ。せめて今年なのか来年なのか、目安が欲しい。

 さらに訊くと、「好きになれば分かる」と返ってくる。

 分からないから訊いているのに……。


 けれど、目の前の男性について、分かっていることはあった。


 半年前、十五の小娘が描いた地図を、ただ一人信じてくれた人だ。大人たちが私の歳を訊くなか、この人だけは、作戦を訊いてくれた。


『それで、俺はどこへ行けばいい?』


 私の引いた線を指でたどり、そう言った。

 そして、誰よりも先に前へ出た。

 大人たちが鼻で笑った線の上を、この人は走った。

 走って、本物にした。


 あのとき、嬉しかった。

 何が嬉しいのか、どうして嬉しいのか。それは、誰かに訊かなくても分かった。


 信用に足る。

 そのことは私にも分かる。


 それが恋であるかは分からない。でも、この人の隣でなら、分からないまま暮らしてみてもいいと思えた。

 好きの答えは、書物や口伝えにもなさそうなので、それなら、自分で探すしかないのだ。


 ――では、この人の隣で、答えを探してみよう。


「はい」


 広場が、割れるような歓声に包まれた。

 また花びらが降ってきた。さっきよりも多い。

 今度は、数えなかった。


 手を握られた。

 大きくて、温かい。


 それから十年が経った。

 私は『好き』の意味が分からないまま――

 

 勇者に裏切られた。



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