始まりと出会い
一度削除したものを再投稿したものです。
ゲームの世界に行きたい。
そう思ったことがないかと言われれば、嘘になる。
けれどそうした願望は、大人になるにつれて薄れていくものだ。
子供の頃は煌びやかに見えた世界も、成長して知識を蓄えていくにつれ、その世界の苦労や苦難が想像できるようになっていく。
そうなると、結局はゲームなどというのは空想の世界だからいいのであって、現実になるのは嫌だ、と思うようになる。
だから、今はもうそんな幻想は抱いてなくて。むしろ逆で、ゲームの世界に何て行きたくなくて。
それなのに、それなのに……。
「は、はは……。悪い夢だな、これは……」
銀糸で紡いだ絹の様な髪を掴んで呟く。
水面には、赤い瞳をした、銀髪の美女が映っていた。
それは、私が使っていたPCの姿だった。
どうやら私は、ゲームの世界に来てしまったらしい。
〇
「ふ、ふふふ……落ち着こう、一旦落ち着いて……」
ひとしきり絶望した後、現状を把握しようと自身を落ち着ける。
そのために出てきた言葉でさえ、くすぐったいソプラノ声だったので、絶望はさらに深まったが。
それでも、現状を把握しようと頭は冷静になっていった。
「此処は……ヴァナリガルの始まりの遺跡、だな。チュートリアルマップの……」
周囲の景色を見てそう独り言ちる。
ヴァナリガル。それが私がプレイしていたゲームの名前であり、このPCがいた世界の名前でもある。
何処にでもあるただのMMOゲームであり、別にデスゲームが始まったこともVRであったこともない普通のゲームだった。今まさに異世界転移ものの体験をさせられてるあたり、実は普通ではなかったのかもしれないが。
ストーリーは、四つの国家勢力を選んでそこに所属し、イベントやクランバトルなどを交えながら、世界の秘密を探っていく、みたいな内容だった。
そして自身は、その中でそれなりにやりこんだ無課金アバター。さすがに廃課金などには及ばないが、エンドコンテンツなどにも挑戦できる程度には仕上げている。
脳内でステータスを諳んじる。種族はヴァンパイア。職業トゥルーブラッド。レベルは1000で、所属国家はヴァルナハト。
さすがにチュートリアルマップで死ぬことはない性能のはずだ。
試しに小石を拾い上げて、握りつぶしてみたら、何の抵抗もなく粉々にできた。
「よ、よし……。とりあえず、町に行こう」
この始まりの遺跡から真っすぐ南に向かえば、最初の町、カラカンがあるはずだ。
まずはそこを目指そうと、遺跡の出口を目指した。
〇
『神よ、我を守り給え。
一筋に信じ、道を忘れたことなき我が身を。
我が心と思いの内を聞き届けるのならば、この一時、我が身を屠る刃を退けたまえ……!』
「プロテクション!」
がきぃん!と硬質な壁に刃物がぶつかる音がする。
空間に光の壁が展開され、敵の刃を押しとどめたがための音だった。
「今のうちに!」
「了解!」
すかさず止まった敵の首を、術者とは別の男が跳ね飛ばす。
熟練の技を感じさせる、息の合った連携によって、敵手は倒れた。
「次は!?」
「いや、こいつで最後だ」
再び構える術者に、剣を持った戦士が返す。
周囲には三つの死体が出来上がっていた。
「エネミーセンサーにも反応なし……どうやら、本当に終わりの様ですね」
「っかー!きつかったぜ!」
術者と戦士は一旦警戒を解くと、二人して深く息を吐いた。
「護衛に雇った冒険者にまで刺客が入り込んでいましたか……。どうにも、そろそろ年貢の納め時かもしれませんね、クロウ?」
フードを深くかぶった金髪の術者は、相方に向かってそんな言葉を投げかける。
黒ずくめの戦士……クロウは、懐から取り出した薬草を口に含みながら、言葉を返した。
「けっ。どのみち何処まで足掻けるか、ってな旅だ。敵は強大、俺たちゃアリンコ。微かな希望はおとぎ話の都と来たもんだからなぁ」
剣を振るって付着した血を振り払うと、鞘へ戻してクロウは術者へと問いかける。
「それで、アンナさんよ。導石はここを指してんだろ?なんかあったかよ、手がかりとか」
「……この遺跡の奥を指しています。今までで一番強い反応で」
術者───アンナは、懐から取り出した丸い石を見せて、そう言った。
クロウの眼には一見何の変哲もない石ころにしか見えないが、マナを見通す魔術師からすれば、それは仄かに光り輝き、己の行くべき道を指し示すのだという。
運命石、とも呼ばれるその石に、クロウ自身何度も助けられ来たが、同じだけ危険な目にもあってきたので、効果としては半信半疑だった。
「せめてなんかの収穫があるといいんだがな……」
「少なくとも、何か進展はあるでしょう。良い方向か悪い方向かは分かりませんが」
そんなことを話しながら、二人は遺跡の中へと足を踏み入れて行った。
〇
迷った。
「違う、違う、ここじゃない、こっちでもない……」
遺跡を歩き始めてから早小一時間。
私は道に迷っていた。
それと言うのも、ゲーム時代にあった道が崩落していたり、草木に覆われてなくなっていたりしていたからだ。
そうじゃなくても、ただでさえチュートリアルで一度通るだけのダンジョン。今更そんなマップの詳細なぞ覚えておらず……。
結果としてこうして迷っている。
こんなもの、ゲーム時代にあったミニマップがあればすぐに通り抜けられたろうに。まったくもって、これだから現実は嫌いなのだ。
そんなことをぐちぐち言いながら歩いていると、ようやく出口らしき場所を発見した。
そこはまさしく、頭の欠けた女神像と、大木の男神が並び立つゲーム時代に見た出口で……。
その二つの像が倒れることによって、完全に出口は封鎖されていた。
「なんでじゃ!!クソが!!」
思わずそれにムカッ腹が立って壁を全力で殴った。
と、同時にびっくり。殴った壁はズゴオォオオンという音を立てて吹き飛んだ。
「あ……あれ?」
思わず唖然とするが、よくよく考えれば、この世界が現実であるのならば、壁などが破壊不能などという仕様は存在しないのかもしれない、ということに思い至った。
「そ、それじゃあ……えいっ!」
出口を塞いでる像にぽかりと拳骨一発。実際にはドゴォオン!と言う音共に像が吹き飛ぶことになった。
「う、うわー。力加減考えなきゃな……」
壁を押したり掴んだりして、人と出会った際の力加減を考えつつ先へと進んだ。
〇
遺跡の中へと足を踏み入れたアンナとクロウは、突如として起きた轟音に身構えた。
「っ!?これは!?」
「おいおい、ちょっとやべーんじゃねーのここ……」
その後、二回の破砕音がなり、辺りは急に静まり返る。
クロウはアンナをちらりと見て、様子を伺った。
「……導石は?」
「……音の方を指し示しています」
クロウはしゃらりと剣を抜いて戦闘態勢になりつつ、アンナに言う。
「この状況がやばそうって話と、俺がやばいって話、どっちが聞きたい?」
「……できれば、どちらも」
「そうか。んじゃ言うけど、さっきから虫の声一つしねえ。遺跡だのなんだのは神聖な結界が貼られていてそういう風になる場所もあんだが、ここはそういう雰囲気じゃねえ。つまり、推定この音の元がやべえ」
「……もう一つは?」
「さっきのクソッたれども、刃に麻痺毒ぬってたみてえで片腕が若干動かし辛え。解毒呪文使えるか?」
「……すみません、私は本職の聖職者ではありませんので。解毒はできるでしょうが、毒の特定に時間が掛かると思います」
「すると俺としては戦略的撤退、あるいは後方への前進を願いたいものだが……」
「それは……」
ズドン!ゴォン!ドガァアアン!
破砕音は段々と近づいてくる。
「無理そうですね」
「無理だな」
とうとう正面の扉が吹き飛ばされ、それが現れる。
「OoooooooOo!」
それは、巨大なゴーレムだった。
〇
私が遺跡を出ようとした丁度直後のことである。
自身の近く、遺跡の何処かでズドン!と何かが吹き飛ぶ音がした。
それと同時に分かる奇妙な感覚。肌で味を感じるというか……なんというか、得も言えぬ感触であったが、直感的に、それが魔力と呼ばれるものの感覚だと理解できた。
同時に、それが人のものであることも感じ取れた。
「だ、第一村人かもしれない!いかなきゃ!」
恐らくは異世界転移したてで混乱していたからであろう。
とにかく人に会ってここが何処か、話を聞きたいという心理から、私は近くの壁を殴って音の方向へと前進を始めた。
〇
一方その頃。
「OooooOOOO!」
「ちぃっ!クソが!」
「プロテクション!」
クロウとアンナは、扉を破壊して出てきた巨大なゴーレムと戦闘をしていた。
クロウは前衛でゴーレムの腕を紙一重で躱し、アンナはプロテクションでゴーレムの腕によって砕けて飛来する石礫を防御する。
「だぁっ!埒が明かねえ!おいアンナ!なんか一発でかい呪文かませ!」
「駄目です!核を見つけて其処を砕かなければ、ゴーレムは止まりません!」
「かあくぅ!?どこだよそれ!?」
「恐らくは最も頑丈に守られている場所です!殆どの場合は頭部及び胸部!」
「わかったところで───んなろぅっ!」
その巨体に見合わぬ俊敏な動きで、ゴーレムはとうとうクロウの体を捉える。
それに顔色を変えたクロウは───青ざめるのではなく、逆ににやりと笑った。
「やるだけやったらぁ!」
「Oo!?」
クロウはゴーレムの関節に剣を突き刺し、てこの原理で自身を跳ね上げる。
そのままゴーレムの腕を登り、頭頂部へ至ると、懐から銀の短剣を取り出し、ゴーレムに突き刺した。
「はっはぁ!さすがは元王国の宝物!鉄にも刺さらぁ!」
「クロウ、さすが!」
ゴーレムの体表面に魔術文字で書かれた紋様が浮かび上がり、少しの間動きが止まる。
その間にクロウは飛び降り、アンナは詠唱を終えていた。
「エクスプロード!」
瞬間起き上がる爆発。
ゴーレムは頭頂部を爆破され、その動きを止めた。
「っしゃあ!ざまあみさらせ!」
「お手柄です、流石はクロウ……と言いたいところですが」
「あん?」
クロウは冷静になって周囲の音を聞いた。
ずどぉおん、どがぁあん。先のゴーレムに勝るとも劣らない轟音がこちらに向かってきている。
「オイオイまじかよ!二連戦は無理だぜ、俺もう片腕動かねえ!」
「あるいは……三連戦です」
アンナが指をさすと、一度は動きを止めたはずのゴーレムが動き出そうとしている。
「無理無理無理!撤退、てったーい!」
「そう行きたいところですが……後ろから来ています!」
「くそったれ!命運尽きたか!?」
後方の破砕音と、ゴーレムの拳が同時に来た瞬間。
クロウとアンナは、それを見た。
「見つけた……!」
銀糸を紡いだかのような銀の髪。
魔性を示す赤い瞳。
見るものを惚けさせるほどの美貌を持ったそれ───吸血鬼を。
「お前は、邪魔!」
「O───!?」
言葉さえも置き去りに。
クロウとアンナを追い越して、吸血鬼はゴーレムを破壊する。
技も何もない、ただの身体能力によって、鋼鉄で出来ていたゴーレムは一撃で粉砕された。
「なぁっ───」
「え?」
その一瞬が見えたのは、戦士であるクロウだけ。
アンナは何が起こったかもわからず、ただ瞬きの間に何かが起きたと、遅れて認識した。
二人がゴーレムがいた方向を見る。そこには、女のヴァンパイアが一人。
「それで───あなた方にお聞きしたいのですが」
粉砕したゴーレムを足蹴にしながら、その美しいヴァンパイアはこう言った。
「近くの町までの道をお教えいただけませんか?」
〇
第一村人発見伝!
ゴーレムに襲われているみたいだったから思わず割り込んでしまったが、これって横殴りにならないだろうかと少し心配である。
だが一人は何故か毒を受けているみたいだし、一人は防御力が低そうな魔術師装備をしている。
ゴーレムの一撃を受けて耐えれていたかは微妙なところなので、判断としてはあっている……と思いたい。
私はそんなことを考えながら、目の前の二人を返答を待つついでに観察する。
一人は黒衣を纏った黒髪黒目、黒づくめの戦士だ。顔は良い方なのだが、目の下の隈と死んだ瞳が薄暗い雰囲気を醸し出し、それを相殺している。
もう一人はフードを目深く被った魔術師。ちらりときれいな金髪が見え隠れして、唯一見える口元もなんと言うかお上品な感じがする。恐らく女で……そして、私と同じヴァンパイア系の種族だ。何となく匂いで分かる。
そして二人は露骨にこちらを警戒している。戦士は剣を構えているし、魔術師はさり気なく無音詠唱を構えている。
あれ?もしかしてファーストコンタクトミスった?
「……あんた、ヴァンパイアか?」
「そうですけど。……もしかして、ヴァンパイアだと何か悪いですか?」
黒衣の戦士は相方をちらりと見た後、話を続ける。
「不味いに決まってんだろ。ヴァンパイアといや、人類の天敵だ。お前らヴァンパイアは大概人を家畜と認識してやがる。人を食らい、人の血を吸い、挙句グールや眷属にして軍団を作る。三十年前のサラフェイア崩壊なんぞ、国の首都が滅んだんだ。町や村なんぞ、気軽に教えた日にゃ滅ぶイメージしか湧かねえな」
ワーオ。思った以上に人類の敵しているんだな、ヴァンパイア。
ゲームでは別に人の血を吸う必要はなく、主に魔物の血を吸っていたんだが。
これからの自身の行先に眩暈を覚えつつ、気になっていることを言った。
「でも、お連れの方もご同類ですよね?」
「……っ!それは……」
「いえ、良いんですクロウ。恐らくこの方が、我々が探し求めていた方です」
「あん?」
フードの術師の方が懐から丸い石を取り出す。
視界に違和感。世界が二重にぶれ、丸い石から私の方へ淡い燐光が指し示される。
私はそれを、ゲーム時代に見たことがある。ストーリーを進めるときに現れるガイド……そしてあれは、チュートリアルで入手できるガイドを表示する導石だ。
「お初にお目にかかります。高貴なる夜の血を引く方よ。私の名前はアンナ。父からヴァンパイアの血を受け継ぐ……ダンピールです」
そこで初めて、魔術師……アンナはフードを脱いだ。
そこにはやはり、お姫様のような美しい顔があり……。
その眼には、私と同じ赤い瞳が輝いていた。




