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4

第四章「孤高の戦士、異世界に立つ」


---


1


ツクヨミ艦橋。コウタが消えてから、七十二時間が経過していた。


「……まだ見つからないの」


ユズハは艦長席で、ぼんりとモニターを見つめていた。いつもの蜂蜜色の髪は乱れ、大きな瞳には生気がない。艦長服はシワだらけだ。着替えるのも忘れていた。


「艦長……お休みになってください。三日間、一睡もされてませんわ」


アイリが紅茶を差し出す。彼女もまた、目の下に濃い隈を作っていた。髪はまとめられず、乱れたまま。いつもの「完璧な少尉」の姿は、どこにもない。


「ユズハは……眠れないよ。コウタくんがまだ帰ってきてないのに」

「……そうですわね」


アイリは何も言えず、紅茶をテーブルに置いた。二人は黙って、何も映らなくなったモニターを見つめ続けた。


「……アイリちゃん」

「はい」

「ユズハね、なんとなくわかるの」

「なんとなく……?」

「うん。コウタくん、生きてる。でも、すごく遠くにいる。ユズハの声も届かないくらい、遠くに」


アイリは俯いた。ユズハの「なんとなく」は、これまで一度も外れたことがない。でも、今回は信じたくなかった。信じたら、会えない現実がもっと辛くなるから。


「……生きてるなら、それでいいですわ」

「アイリちゃん……」

「生きてさえいれば、いつか必ず会えますわ。そうでしょう?」


アイリは無理に笑顔を作った。でも、その目には涙が溜まっていた。ユズハはそっと、彼女の手を握った。


「うん。ユズハたち、絶対にコウタくんを見つけようね」

「……ええ」


二人は手を握り合い、虚空を見つめた。そこには、何もない。でも、確かにコウタは、どこかで生きていた。


---


2


――ここは、どこだ。


コウタが目を覚ました時、最初に見えたのは、見慣れない天井だった。白くて、無機質で、でもツクヨミの医務室とは違う。壁には見たこともない文字が書かれたパネルが並び、空気には微かなオゾンの匂いが漂っている。


「……ふっ。どうやら私は、死んでいないようですな」


彼はゆっくりと起き上がった。体は痛むが、骨は折れていない。スサノオのコックピットで気を失ったはずだが、今は簡易ベッドの上に寝かされている。


「お、目を覚ましたか」


声のする方を見ると、白衣を着た中年の男が立っていた。医者のようだ。だが、その白衣には見覚えのないエンブレムが縫い付けられている。ツクヨミのものではない。連合宇宙軍のものでもない。


「ここは……?」

「ああ、混乱するのも無理はない。ここは『プロミネンス』。人類最後の防衛線だ」

「人類最後の……?」

「君はスサノオと一緒に、次元の裂け目から出現した。機体はボロボロだったが、君は奇跡的に無傷だ。まあ、擦り傷くらいはあるがな」

「スサノオは……」

「格納庫にある。動くかどうかはわからんがな」


コウタはベッドから降り、窓に近づいた。外の景色を見て、彼は言葉を失った。


そこは、宇宙だった。いや、宇宙だけではない。無数の艦隊がひしめき、その向こうには、見渡す限りのドリフターの大群。虹色の触手が、星の海を埋め尽くしている。


「これは……」

「驚いたか。ここは平行世界だ。君がいた世界とは、次元の位相が異なる。我々はここで、百年以上にわたってドリフターと戦い続けている」

「平行世界……ドリフターとの戦い……」


コウタは窓に手をつき、呆然と艦隊を見つめた。ツクヨミで見たドリフターは三体だった。ここには、数えきれないほどのドリフターがいる。


「ふっ……なるほど。私に相応しい舞台というわけですな」


とりあえず、いつもの台詞を吐いてみた。内心は、恐怖で膝が笑っている。


「ほう?」


医者が興味深そうにコウタを見た。


「君、なかなか面白いことを言うな。こっちのパイロットは皆、ドリフターの数を見ただけで青ざめるというのに」

「ふっ……私の辞書に、恐怖の文字はありません。私は孤高の戦士。星野コウタとは、私のことです」

「……星野コウタ。覚えておこう」


医者は微笑み、タブレットに何かを記入した。


「とりあえず、君を司令官に紹介しよう。この世界のルールを、知ってもらわねばならない」


---


3


プロミネンス基地、中央指令室。


そこは、ツクヨミの艦橋とは比べ物にならないほど巨大な空間だった。壁一面に並ぶモニターには、戦況を示す無数のデータが流れ、中央には巨大なホログラムが浮かんでいる。そして、部屋の中心には――玉座のような椅子に座る、白髪の老人がいた。


「ほほう。異世界からの来訪者か」


老人はコウタを見て、目を細めた。司令官、グラハム・オルブライト。この世界で人類を率いる、伝説的な指導者だ。


「星野コウタと申します。ふっ……貴方がこの世界の指揮官ですな」

「そうだ。そして君は、スサノオのパイロットだな」

「ええ。いずれ歴史に名を刻む、孤高の戦士です」


周囲のスタッフがざわついた。グラハムは一瞬驚いた顔をし、そして大声で笑い出した。


「はっはっは! いい! 実にいい! 久しぶりだ、あんな傲慢不遜な若者を見たのは!」

「……傲慢不遜?」

「そうだ! 君のようなパイロットを、我々は待っていた!」


コウタは首を傾げた。ツクヨミでは「調子に乗るな雑魚」と罵られるばかりだった自分の台詞が、ここでは褒められている。意味がわからない。


「説明しよう」


グラハムは立ち上がり、ホログラムを操作した。巨大な人型機動兵器の図面が浮かび上がる。ツクヨミの機体とは設計思想が異なる、より有機的なフォルムの機体だ。


「この世界の機動兵器は、『魂動機』と呼ばれる。その名の通り、パイロットの魂の力――精神力、意志、自我――をエネルギーに変換して動く」

「魂の力……」

「そうだ。そして、魂動機の出力を決める最大の要素は、パイロットの『自己肯定力』だ。自分をどれだけ信じられるか。自分の存在をどれだけ誇れるか。それが、そのまま戦闘力になる」


コウタは絶句した。


「つまり……自分を天才だと信じれば信じるほど、強くなる……?」

「その通りだ!」


グラハムは嬉しそうにうなずいた。


「だが、百年に及ぶ戦いの中で、人類は疲弊した。若者は自分を信じる力を失い、魂動機の出力は下がる一方。そんな中で、君のその『ふっ……私こそが選ばれし者』という態度! 素晴らしい! まさに我々が求めるパイロット像だ!」

「……ふっ。当然です。私は星野コウタ。生まれながらの天才ですから」


コウタは気取った微笑を浮かべた。内心は「なんだこの世界、最高かよ」と小躍りしたい気分だった。ツクヨミでは誰も認めてくれなかった自分のイキリが、ここでは賞賛される。夢のような世界だ。


「ただし」


グラハムの声が、少しだけ真剣になった。


「君の魂動力を測定させてもらったが……正直、数値は最低クラスだ」

「……最低クラス?」


コウタの微笑が凍りついた。


「ああ。自己肯定力だけは異常に高いんだが、それが実際の出力に結びついていない。いわば、空回りしている状態だな」

「ふ、ふっ……何かの間違いでは? 私は天才パイロット」

「データは嘘をつかんよ。君の魂動力は、訓練生以下の数値だ」

「…………」


ツクヨミと変わらないじゃないか。コウタは心の中で頭を抱えた。


「だが、諦める必要はない」


グラハムはニヤリと笑った。


「魂動力は鍛えられる。特に、実戦を重ねることで飛躍的に向上する。君には、その潜在能力がある」

「潜在能力……?」

「ああ。君の自己肯定力は本物だ。あれだけ傲慢でいられるのは、ある意味才能だよ。あとは、それを力に変えるだけだ」


コウタは考えた。ツクヨミでは、実力がないのにイキっているだけの「雑魚」だった。でも、この世界では、そのイキリこそが力になる。実力が伴えば、自分は本物の天才になれる。


「ふっ……面白い。お受けしましょう」


彼は優雅に一礼した。


「歴史の一幕に、私の名を刻みましょう。この世界でも」


---


4


プロミネンス格納庫。


そこには、修理を終えたスサノオが鎮座していた。黄ばんだ装甲はそのまま。錆もそのまま。でも、機体の各部には見慣れない装置が取り付けられている。魂動力を増幅するための改造だという。


「ふっ……我が愛機、スサノオ。異世界でも共に戦うとは、運命ですな」


コウタはスサノオを見上げた。相変わらずボロボロだ。でも、なぜか愛着が湧いていた。この機体と一緒に、自分はここまで来たのだ。


「お、お前が異世界から来たってパイロットか?」


声のする方を見ると、数人のパイロットたちが立っていた。皆、コウタと同じくらいの年齢だ。その表情は、驚きと好奇心に満ちている。


「ふっ……そうです。私が星野コウタ。いずれこの世界の救世主となる男です」

「す、すげえ……! 自分で救世主って言い切れるんだ……!」

「ああ……俺なんて、自分に自信なくて、いつも訓練でビビってるのに……」

「教えてください! どうやったらそんなに自信が持てるんですか!?」


コウタは心の中で「いや、実力ないから空元気なだけなんだけど」と思った。でも、口から出る言葉は違った。


「ふっ……自信とは、己を信じる心。私は常に、自分が歴史に選ばれし者だと信じている。それだけです」

「す、すごい……!」

「カッコいい……!」

「俺も、あなたみたいになりたい!」


パイロットたちは目を輝かせ、コウタを尊敬の眼差しで見つめた。ツクヨミでは「雑魚」と罵られ、誰も近づこうとしなかった自分が、ここでは英雄扱いだ。


(……ふっ。悪くない気分ですな)


コウタは内心、ほくそ笑んだ。


その時、警報が鳴り響いた。


「ドリフター大群、最終防衛ラインに接近! 全パイロット、出撃準備!」


格納庫が慌ただしくなる。パイロットたちが慌てて自分の機体に駆け出す中、コウタだけはゆっくりとスサノオに向かった。


「ふっ……歴史の一幕に、私の名を刻む時が来たようですな」


彼はコックピットに乗り込んだ。ハッチは相変わらず完全には閉まらない。モニターのヒビもそのままだ。でも、不思議と不安はなかった。


「スサノオ、行きますぞ」


エンジンを起動する。魂動力変換装置が唸りを上げ、機体が震えた。黄ばんだ装甲が、ほんの少しだけ輝いたように見えた。


「ふっ……これが、私の力」


コウタは操縦桿を握りしめた。手は震えている。でも、それは恐怖ではない。期待だ。


「星野コウタ、出撃します」


スサノオはゆっくりと浮上し、カタパルトへと向かった。その後ろ姿を、パイロットたちは憧れの目で見送る。


「……すげえ。あの人、絶対に強い」

「ああ。あの自信は本物だ」


誰も知らなかった。コウタの実力が、彼ら以下だということを。


でも、この世界では――それすらも、関係なかった。信じる心こそが、力なのだから。


---


5


宇宙空間。無数のドリフターが、虹色の触手を揺らめかせて迫ってくる。


スサノオは、戦場の片隅で震えていた。出力が足りない。魂動力の数値は、訓練生以下。機体はガタガタと揺れ、まともに前進すらできない。


「ふっ……想定内ですな」


コウタは気取った微笑を浮かべた。内心は「無理無理無理死ぬ死ぬ死ぬ」と阿鼻叫喚である。でも、この世界では、弱音を吐いたら終わりだ。自分を信じる心が、そのまま力になる。


「俺は……俺は、星野コウタ! 孤高の戦士! 歴史に名を刻む者!」


彼は叫んだ。自分に言い聞かせるように。


瞬間、スサノオの魂動力変換装置が輝きを増した。数値が跳ね上がる。機体の震えが止まり、装甲が微かに光を帯びた。


「……なに?」


モニターに表示された魂動力数値は、先ほどまでの三倍以上。まだ平均には遠く及ばないが、確かに上がっている。


「ふっ……なるほど。これが、この世界の理」


コウタは笑った。実力はなくても、自分を天才だと信じる心だけは誰にも負けない。その心が、現実を変えていく。


「行きますぞ、スサノオ」


機体が動いた。ぎこちなく、遅い。でも、確かに前へ進む。


ドリフターの触手が迫る。コウタは操縦桿を倒した。機体がゆっくりと旋回する。触手をかわす。紙一重。でも、当たらなければいい。


「ふっ……まだまだ」


彼はスサノオを、戦場の中心へと進めた。周囲では、他のパイロットたちが魂動機を駆り、ドリフターと激戦を繰り広げている。その誰もが、コウタより遥かに高い魂動力数値を叩き出していた。


でも、コウタは気にしなかった。


「私は……私は、天才だ。歴史が私を選んだ。だから、私は負けない」


彼は自分に言い聞かせ続けた。その言葉が、少しずつ、本当に自分のものになっていく気がした。


一体のドリフターが、スサノオの眼前に迫る。虹色の触手が、機体を包み込もうと伸びてくる。


「ふっ……お相手しましょう」


コウタはトリガーを握った。魂動力が機体を駆け巡り、電磁パルスが放たれる。


直撃。


ドリフターが大きくしゃっくりをし、後退する。たった一体。周りのパイロットたちは、同時に三体も四体も相手にしている。それに比べれば、微々たる戦果だ。


でも、コウタにとっては――生まれて初めて、自分の力だけでドリフターを退けた瞬間だった。


「……ふっ。当然の結果ですな」


彼は気取った微笑を浮かべ、次の敵を探した。手は震えている。膝も笑っている。でも、心だけは、確かに熱く燃えていた。


戦いは、まだ始まったばかりだ。


---


6


戦闘が終わった。


人類側の勝利だった。ドリフターの大群は撤退し、最終防衛ラインは守られた。犠牲は出たが、壊滅は免れた。


格納庫に戻ったコウタを、パイロットたちが取り囲んだ。


「すげえ! あんた、一体倒したんだってな!」

「初陣で戦果を挙げるなんて……!」

「しかも、あのボロ機体で! やっぱり本物の天才なんだ!」


コウタは内心「いや、一体だけだし、ギリギリだったんだけど」と思った。でも、口から出る言葉は違った。


「ふっ……当然です。私の辞書に、敗北の文字はありません」

「す、すげえ……!」

「カッコよすぎる……!」


パイロットたちは目を輝かせ、口々に賞賛の言葉を浴びせる。ツクヨミでは誰も振り向かなかった自分が、ここでは英雄だ。


(……ふっ。悪くない。実に悪くないですな)


コウタは気取った微笑を浮かべ、スサノオを見上げた。ボロボロの機体は、一層ボロボロになっていた。でも、確かに一緒に戦った。一緒に、初めての勝利を掴んだ。


「スサノオ。お前は、私の最高の相棒です」


彼は誰にも聞こえない声で呟いた。機体は、何も答えない。でも、装甲がほんの少しだけ、輝いたような気がした。


遠く、プロミネンスの司令室では。


グラハムがモニターを見つめ、満足げにうなずいていた。画面には、コウタの戦闘データが表示されている。


「……魂動力、戦闘中に三倍以上に上昇。初陣としては、異常な伸びだ」

「司令。彼は本当に、救世主になれるでしょうか」

「わからん。彼の魂動力数値は、まだ平均以下だ。でも……」


グラハムはコウタの映像を見つめた。パイロットたちに囲まれ、気取った笑みを浮かべる若者。


「あの傲慢さ、不遜さ。そして、自分を信じる心。それは、この疲弊した世界に必要なものだ」

「……信じる心」

「ああ。我々は、自分を信じることを忘れていた。彼は、それを思い出させてくれるかもしれん」


グラハムは立ち上がり、窓の外の星空を見つめた。


「星野コウタ。君がこの世界で何を成すのか、見せてもらおう」


---


7


その頃、コウタは格納庫の片隅で、一人になっていた。


パイロットたちが去り、静かになった空間で、彼はスサノオの脚部にもたれかかり、ぼんりと天井を見つめている。


「……ユズハ艦長。アイリ少尉」


二人の顔が浮かんだ。無邪気に「コウタくんはユズハのだよ!」と叫ぶユズハ。毒舌を吐きながらも、いつも紅茶とチョコを差し入れてくれたアイリ。


(……会いたいですな)


コウタは心の中で呟いた。でも、口には出さない。「ふっ……女など不要」と言い続けてきた手前、今更弱音は吐けない。


「……ふっ。私は孤高の戦士。たとえ一人になろうとも、私は私の道を行く」


彼は気取った台詞を呟き、目を閉じた。でも、その瞼の裏には、二人の笑顔が焼き付いて離れなかった。


「……必ず、帰ります。そして、もう一度、貴女方に言いたいことがある」


彼は小さく、本当に小さく呟いた。


「……ありがとう、と」


それは、彼が初めて口にした、心からの感謝だった。


誰も聞いていない。スサノオだけが、その言葉を受け止めていた。


---


第四章 了



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