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第二十二章「ただいま、私です」
1
ツクヨミ、第三格納庫。
早朝の静けさの中、整備班の若手がスサノオの定期点検に訪れた。コウタがいなくなってから、スサノオは他の整備兵たちによって大切に管理されていた。しかし、誰もコックピットに乗ることはできない。あの「悪魔の機体」は、いまだに他の者を拒み続けている。
「……おはようございます、スサノオさん」
若手整備兵は機体に向かって一礼し、外部装甲の点検を始めた。そして脚部から機体を登り、コックピットのハッチに手をかける。内部の生命維持装置のチェックだけは、外からではできないからだ。
ハッチを開けた瞬間、彼は固まった。
「……は?」
コックピットの中で、一人の男が眠っていた。粗末な作業着を着て、操縦席にだらりと身を預け、小さく寝息を立てている。黒い髪。気取った寝顔。間違いない。
「ほ、星野先輩……!?」
若手整備兵の叫び声が、格納庫中に響き渡った。
2
「コウタくん!」
ユズハが艦長席から飛び上がり、全速力で第三格納庫に駆け込んだ。アイリも紅茶のカップを放り出し、慌てて後を追う。
格納庫にはすでに人だかりができていた。スサノオのコックピットからは、今まさにコウタが這い出てくるところだ。
「ふわぁ……ふっ。おはようございます」
彼は大きなあくびをし、優雅に一礼した。その姿は、半年以上前に行方不明になった時と、何一つ変わっていない。いや、作業着が少しボロボロになっているくらいか。
「コウタくん……!」
ユズハはそのままコウタの胸に飛び込んだ。
「おかえり! おかえり、コウタくん!」
「ふっ……ただいま戻りました、艦長。少々、ロマンの旅に出ておりました」
「ロマンの旅って……! 半年以上もどこに行ってたの!?」
コウタは首を傾げ、しばらく考え込んだ。
「ふっ……さあ。気がついたら、スサノオの中で寝ていました」
「また記憶がないの!?」
「ふっ……ロマンとは、そういうものです」
ユズハは涙でぐしゃぐしゃの顔で笑った。アイリも、少し離れた場所で腕を組み、呆れたような、でもどこか安堵したような表情で二人を見ている。
「……おかえりなさい、この馬鹿」
「ふっ……ただいま、少尉。相変わらず美しいお姿で」
「……お世辞は結構ですわ。それより、その作業着、どこで手に入れたんですの。ツクヨミの規格ではありませんわね」
「ふっ……ロマンの産物です」
アイリは深いため息をついたが、その口元は微かに緩んでいた。
「……紅茶、淹れて差し上げますわ」
「ふっ。楽しみにしております」
3
医務室で簡単な検査を受けた後、コウタはユズハとアイリと共に食堂にいた。
「……で、本当に何も覚えてないの?」
ユズハがハンバーグを頬張りながら尋ねる。
「ふっ……断片的な夢を見ていたような気はします。広い草原。二つの月。ジャンクの山。そして、ガラクタをかき集めて機体を作っていたような……」
「ガラクタで機体?」
「ええ。核融合炉は飾りだと言って、気合で動くロボットを作ろうとしていたような」
「……またわけわかんないこと言ってる」
ユズハは首を傾げたが、アイリは紅茶を一口含み、何かを考えるように目を細めた。
「……気合で動くロボット、ですの」
「ふっ……私の口癖だった気がします」
アイリはため息をつきながらも、どこか納得したような表情を浮かべた。彼女はもう、「ロマン」という言葉に反論する気力を失いつつあった。いや、むしろ——少しだけ、その言葉を受け入れ始めている自分がいた。
「……まあ、いいですわ。とにかく、無事に帰ってきた。それだけで十分です」
「ふっ……ご心配をおかけしました」
「心配なんてしてませんわ」
「ふっ……そういうことにしておきましょう」
ユズハは二人のやり取りをニコニコと眺め、そしてコウタの手を握った。
「コウタくん」
「なんです、艦長」
「もう、どこにも行かないでね。ユズハ、コウタくんがいないとダメなんだから」
「ふっ……ご命令とあらば」
コウタは気取った微笑を浮かべ、ユズハの手を握り返した。
「私は、このツクヨミが私の帰るべき場所だと、魂で理解しています。ですから、もう大丈夫です」
「……ほんと?」
「ふっ……私が嘘をついたことがありますか」
「いっぱいある」
「ふっ……そうでしたか」
三人は顔を見合わせ、声を上げて笑った。
4
第三格納庫。夜。
コウタは一人、スサノオのコックピットに座っていた。手には、アイリが淹れてくれた紅茶のカップ。機体は静かに、彼の帰還を喜ぶかのように、右腕の斬魂刀が青白い光を放っている。
「……ふっ。スサノオ。私はまた、不思議な旅をしてきたようです」
「……」
「記憶はありません。しかし、私の魂は覚えている。私はどこかの世界で、ゼロから機体を作り、ロマンを紡いできた」
「……」
「そして、お前のいない世界で、私はお前を求め続けていた」
彼は操縦桿をそっと撫でた。
「……やはり、私の居場所はここです。お前と共にあること。それが、私のロマンです」
斬魂刀の青白い光が、一際強く輝いた。
「ふっ……おやすみ、スサノオ。明日も、共にいましょう」
彼は目を閉じ、深く息を吐いた。ツクヨミの静かな夜。第三格納庫には、今日も青白い光が優しく輝いている。
そのポケットの中には、いつの間にか一枚の小さな金属片が入っていた。異世界で彼が作った「零式」の装甲の欠片。彼はそれに気づかないまま、静かな眠りについた。
ロマンは決して消えない。形を変えて、永遠に受け継がれていく。
第二十二章 了
『彗星の指揮官は今日も無茶を言う』 続く




