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第十章「孤高の戦士、星の彼方より帰還せり」


---


1


どれほどの歳月が流れたのか、コウタにはもうわからなくなっていた。


プロミネンス基地は、今や人類の本星と呼ばれている。かつては防衛ラインの一つに過ぎなかったこの場所も、人々が集い、家庭を築き、子供が生まれ、そしていつしか「故郷」と呼ばれるようになった。その中心には、いつも一機のボロボロの機体が佇んでいた。


「スサノオ……」


人々は、その機体をそう呼んだ。黄ばんだ装甲は幾度となく張り替えられ、しかし決して新品にはされなかった。継ぎ接ぎこそが、この機体の誇りだったからだ。


「ふっ……今日もいい天気ですな」


コウタはスサノオのコックピットから降り立ち、基地の窓から星々を眺めた。彼の髪には白いものが混じり、顔には深い皺が刻まれている。十代でこの世界に迷い込んだ少年は、今や老人になりつつあった。何年経ったのかはわからない。十年なのか、二十年なのか、五十年なのか。時間を数えるのをやめてから、もうずいぶん経つ。


だが、その瞳だけは、迷い込んだあの日と変わらぬ輝きを放っていた。ただ、その輝きが「何のために」あるのか——それだけが、少しずつぼやけてきていた。


「隊長」


年老いたタクミが、杖をつきながら歩み寄ってくる。彼もまた、かつての少年整備兵ではない。今はプロミネンスの整備部門総責任者だ。互いに、いつしか「老いた」と呼ばれる年になった。


「今日も機体の調子はどうっすか」

「ふっ……絶好調です。私の魂に、スサノオは応え続けている」

「そうっすか。まあ、あんたもいい年っすからね。無理はしないでほしいっすよ」

「ふっ……ご心配なく。私ですから」


タクミは苦笑した。何年経っても、この男は変わらない。いや、正確には——彼の「ロマン」だけは、歳月に少しも錆びついていなかった。


「……ついに、明日っすね」

「ええ」


コウタは遠くを見つめた。そこには、無数の艦隊が集結している。人類が長い歳月をかけて築き上げた、史上最大の戦力。そのすべてが、明日、ドリフターの母星への最終決戦に投入される。


「長かったっすね」

「……ええ、長かった」


コウタは静かにうなずいた。かつて、自分がこの世界に来た理由を、彼は覚えている。帰るべき場所がある。待つ人がいる。そのために戦い続けてきた。でも——


(……誰が待っていたのだったか)


時折、そんなことを思う。待っている人がいる。いるはずだ。でも、その顔が、声が、名前が、どうしてもはっきりと思い出せない。思い出そうとすると、胸の奥がほんの少しだけ痛むだけだった。


どうして帰らなければならないのか。それすらも——もう。


「タクミ」

「なんすか」

「私は……なぜ、帰らねばならないのだったか」

「……あんた」


タクミは一瞬、哀しそうな顔をし、そしてすぐに笑った。


「それを忘れるくらい、長く戦いすぎたんすよ」

「ふっ……そうかもしれませんな」


コウタは胸のポケットから、一枚の古びた包み紙を取り出した。チョコレートの包み紙。紙は黄ばみ、ところどころ破れかけているが、彼は決して手放さなかった。それが誰からもらったものなのか、もう覚えていない。でも、手放してはいけないことだけは、魂が覚えていた。


---


2


最終決戦。ドリフターの母星。


紫色の大地が蠢き、無数の触手が空を覆い尽くしている。そして、その中心には——巨大な「八首の女王」が鎮座していた。


八つの首を持つ、惑星そのものと融合したかのような巨体。それぞれの首が独立した意思を持つかのように蠢き、周囲の次元の裂け目からは、黄金色の光が泉のように湧き出している。高次元エネルギー——通称「神酒」。女王はそれを浴びるたびに、その巨体をさらに膨張させ、傷ついた首を瞬時に再生させていく。


コウタはスサノオを、単身で母星の地表へと降り立たせた。周囲には友軍の姿はない。彼が「ここは私一人で十分です」と言い放ったからだ。


八つの首が、一斉にコウタへと向けられる。神酒の光が収束し、破壊の奔流となってスサノオに迫る。


コウタはただ、それを見て笑った。


「ふっ……お相手しましょう」


---


3


戦いは、スサノオの全武装を開放することから始まった。


龍撃砲が火を噴き、流星弓が魂の矢を放つ。斬魂刀が首の一本を斬り裂き、星砕きが別の首を粉砕する。月読の盾が神酒の奔流を防ぎ、幻影発生装置が無数の残像で女王を攪乱する。魂魄増幅器が、コウタの魂を十倍、二十倍に増幅し続ける。


「はあああっ!」


一体、また一体と首を落としていく。しかし、女王は神酒を浴びるたびに再生する。斬っても斬っても、無限に首が生えてくる。


そして、神酒を浴び続けた女王の巨体は、さらに膨張し、硬度を増していった。龍撃砲の光線が弾かれ、流星弓の矢がかき消される。


その間にもスサノオの装甲は剥がれ落ちていく。


右肩の龍撃砲が、過負荷で爆発した。

背部の流星駆動が、神酒の余波で焼き切れた。

左腕の月読の盾が、限界を超えて粉々に砕け散った。


「……ふっ。まだです」


それでもコウタは戦い続けた。


星砕きが首の一本を砕くが、反動で左脚の膝関節が破壊された。

流星弓が別の首を射抜くが、直後に弦が切れ、使い物にならなくなった。

魂魄増幅器が限界を迎え、火花を散らして沈黙した。

幻影発生装置もまた、過負荷で機能を停止した。


スサノオの全身から、武装が次々と剥がれ落ちていく。長い年月をかけて世界中から集められた、数え切れない「ロマン兵器」の数々——星砕き、龍撃砲、流星弓、月読の盾、魂魄増幅器、幻影発生装置、流星駆動。それらすべてが、一つ、また一つと失われていく。


もはや、残っているのは右腕の斬魂刀だけだった。


「……私には、まだこれがある」


だが、女王の首はまだ二本残っている。そして、その首たちは神酒を浴び続け、最終形態へと変貌しつつあった。


「ふっ……どうやら、万事休すですな」


それでもコウタは笑った。恐怖はなかった。ただ、心の奥で、誰かの顔がちらついた。


(……誰だったか)


思い出せない。でも、その誰かのために、負けるわけにはいかない。


その時だった。


---


4


「——隊長」


通信が入った。タクミの声だった。


「タクミ……? これは戦闘中の通信は控えろと」

「うるせえっす。それより、後ろを見てください」


コウタは振り返った。そこには——無数の機体が、自分に向かって飛んでくるのが見えた。


「な……なぜここに。総攻撃はまだ」

「あんたが一人で突っ込むからっすよ。みんな、あんたを一人で死なせたくないって」

「…………」

「それに」


タクミは少しだけ間を置き、そして言った。


「あんたが集めたロマン、まだ残ってるっすよ」

「……なに?」


その時、戦場に散らばった無数のロマン兵器の残骸が、一斉に輝き始めた。


龍撃砲の破片。流星弓の弦。月読の盾の欠片。魂魄増幅器のコア。幻影発生装置の残骸。流星駆動のブースター。そして、これまでコウタが集め、使い潰し、それでも決して捨てなかったすべてのロマン兵器の破片たちが——。


「隊長! 合体させてください!」

「……合体?」

「あんたのロマンは、まだ終わってない! 俺たち整備班が、最後の仕掛けを作ったんす! スサノオを中心に、すべてのロマン兵器を再結合させる! 魂動力を最大出力で開放すれば——!」

「……ふっ」

「ふっ?」


コウタは笑った。心からの、嬉しそうな笑みだった。


「いいでしょう。お前たちのロマン、この私が束ねましょう」


彼はスサノオの魂動力を、限界を超えて開放した。魂魄増幅器はすでに沈黙している。しかし、彼の魂は、まだ燃え尽きてはいなかった。


スサノオのコアが、眩い光を放つ。その光に呼応するように、戦場に散らばった無数のロマン兵器の破片たちが、次々とスサノオへと吸い寄せられていく。


龍撃砲の砲身が右肩に再結合する。

流星弓の弦が左腕に巻き付き、新たな武装へと形を変える。

月読の盾の欠片が全身を覆い、光の装甲となる。

魂魄増幅器のコアが胸部に収まり、十倍、二十倍の魂動力を再び供給し始める。

幻影発生装置の残骸が背部で展開し、無数の光の翼となる。

流星駆動のブースターが脚部に融合し、星を砕く加速力を復活させる。

そして星砕きが、スサノオの拳そのものと化して輝きを放つ。


すべてのロマンが、一つに融合していく。


「ふっ……これが、私のロマンの結晶です」


スサノオの姿は、もはや元のボロ機体の面影すらなかった。全身が光に包まれ、無数のロマン兵器が融合した異形の機動兵器。それは、これまで誰にも使えなかったすべてのガラクタたちが、一つの意志のもとに結集した姿だった。


コウタはスサノオを、最後の敵へと向けた。


---


5


八首の女王が、最後の二つの首をもたげ、神酒の奔流を放つ。


しかしスサノオは、光の翼を羽ばたかせ、その奔流を真正面から突破した。月読の盾の光が奔流を弾き、流星駆動の加速が女王の懐へと一瞬で肉薄する。


「まずは一つ!」


星砕きと化した左拳が、七本目の首を粉砕する。神酒が噴き出し、女王が咆哮を上げた。すかさず龍撃砲と流星弓が同時に火を噴き、最後の首を射抜く。光の矢と光線が絡み合い、貫き、爆砕する。


八つの首すべてが、地に落ちた。


しかし——女王はまだ死んでいなかった。


次元の裂け目から、さらに濃密な神酒が溢れ出す。女王の本体が、まるで心臓のように脈打ち、すべての首を同時に再生させようとしていた。神酒を飲みすぎた巨体は、もはや制御不能の膨張を始めている。


「ふっ……まだですか」


コウタは斬魂刀を構えた。スサノオのすべての武装が、最後の一振りに魂を注ぎ込むために、次々と斬魂刀へと融合していく。


龍撃砲の光。

流星弓の矢。

星砕きの衝撃。

月読の盾の輝き。

魂魄増幅器の魂動力。

幻影発生装置の残像。

流星駆動の加速。


それらすべてが、斬魂刀の刃に収束していく。


スサノオが、光そのものとなって女王の本体へと突撃した。


斬魂刀が、神酒の奔流を切り裂き、女王の心臓へと突き立てられる。


瞬間——刀身が、真ん中から折れた。


耳障りな金属音が戦場に響き渡る。


「——ふっ。計算通りです」


しかしコウタは笑っていた。折れた刃の断面から、すべてのロマン兵器の魂が、一斉に溢れ出した。光の奔流が女王の体内で炸裂し、神酒と共鳴し、次元そのものを揺るがす。


女王の巨体が、内部から膨張し、光の亀裂が全身に走る。神酒を浴びすぎた代償が、今ここで現れたのだ。


「飲みすぎるからですよ。そう言ったでしょう」


コウタは静かに言い放った。


そして、スサノオは最後の瞬間、女王の体内で折れた斬魂刀を、自らのコアに突き立てた。全武装を使い果たした機体の動力炉が、臨界を迎える。


すべてのロマンが、一つの光となって——爆発した。


次元の裂け目が、巨大な渦を巻き、すべてを飲み込み始める。


「……タクミ、みんな」


通信の向こうで、タクミが泣いている気配がした。


「コウタさん……!」

「ふっ……すみません。少し、疲れました」

「……バカやろう。最後までイキリかよ」

「当然です。私ですから」


彼は笑い、そして目を閉じた。


爆発の光に包まれながら、コウタの意識はゆっくりと遠のいていく。長い長い、それでいて一瞬の戦いが終わろうとしていた。


そして、彼は思った。


(……ああ、そうだった)


(ユズハ艦長。アイリ少尉)


(私は……帰らねばならない)


光の渦が、彼の体を包み込む。老人の手が若返り、白い髪が黒く染まっていく。長い年月が音を立てて剥がれ落ち、記憶もまた、一枚また一枚と消えていく。


それでも——魂だけは覚えていた。


誰かを待たせている。誰かのために帰る。その約束だけは、決して消えなかった。



Ψ_帰還(コウタ) = T_スサノオ{Ψ_異界(コウタ)} + (ユズハ + アイリ)

 

E_帰還 = E_機関 + α_スサノオ * (信念_コウタ) * (想い_ユズハ + 想い_アイリ)


ΔE_奇跡 = ∫[今→帰還成功] 約束(コウタ, ユズハ, アイリ) dt


成立条件: 心_コウタ = (ユズハ ∪ アイリ) かつ 信念_コウタ = 1


もし 心_コウタ ≠ (ユズハ ∪ アイリ) → Ψ_帰還 崩壊

---


6


ツクヨミ艦橋。あの日から——三ヶ月。


警報が鳴り響いていた。


「艦長! 前方に次元震を観測!」

「なに!?」


モニターに映る虚空が、裂けた。虹色の光があふれ出し、その中心から——機体が現れる。


「……スサノオ……!?」


黄ばんだ装甲。継ぎ接ぎだらけの機体。ヒビの入ったモニター。三ヶ月前、コウタと共に消えた、あのボロボロの機体がそのままの姿でそこに浮かんでいた。


ただ一つ、違うことがあった。


右腕にマウントされた、一振りの大剣——斬魂刀。


よく見ると、その刀身の真ん中には、うっすらと「継ぎ目」のような線が走っている。まるで、かつて折れたものを、何かがもう一度——いや、何か別のものが宿って修復されたかのように。


「コウタくん……!」


ユズハの目から、涙が溢れ出した。


通信が入る。


「ふっ……ご無沙汰しております。お元気でしたか」


その声は、三ヶ月前と何一つ変わっていなかった。


「コウタくん……! 今、すごくピンチなの……!」

「ふっ……見ればわかります」

「助けて……! ユズハたち、もうダメなの……!」


コウタは静かに笑った。


「ご心配なく。私が来たからには、もう大丈夫です」


スサノオが、斬魂刀を抜いた。青白い光が刃を包み込む。魂動力なきこの世界で、なぜその剣が輝くのか、誰にもわからない。技術でも、理論でもない——ただ「ロマン」だけが、そこにあった。


---


7


格納庫。


スサノオが着艦し、コックピットからコウタが降り立った。黒い髪。若々しい顔立ち。気取った微笑。十七歳の、星野コウタその人だった。


「コウタくん!」


ユズハが駆け寄り、そのまま彼の胸に飛び込んだ。


「おかえり! おかえり、コウタくん!」

「……ふっ。ただいま戻りました、艦長」

「ユズハ、信じてた! コウタくんは絶対に助けに来てくれるって!」

「ふっ……当然です。私ですから」


ユズハは涙を流しながら、何度も「おかえり」と繰り返した。


アイリは少し離れた場所で、腕を組みながら二人を見ていた。


「……おかえりなさい、この馬鹿」

「ふっ……ただいま、少尉。相変わらず毒舌ですな」

「当然ですわ。三ヶ月も待たせるからです」

「ふっ……それは申し訳ありませんでした」


コウタは優雅に一礼した。アイリはふんとそっぽを向いたが、その口元は微かに笑っていた。


「……紅茶、淹れて差し上げますわ」

「ふっ。楽しみにしております」


---


8


医務室。


コウタはベッドに腰掛けながら、ユズハとアイリの二人を見つめていた。


「……で、コウタくん。どこに行ってたの?」


ユズハが身を乗り出して尋ねた。


「ふっ……さあ。気がついたら、ここにいました」

「え? 覚えてないの?」

「ええ。次元の裂け目に飲まれた後の記憶は、一切ありません。ただ——」


コウタは、スサノオの方向を見た。


「スサノオに、見慣れない武装が追加されていました。それだけが、この三ヶ月の痕跡です」

「……斬魂刀、か。データベースにない武装だよ。整備班も、どうやって動いてるのか全然わからないって」


アイリが紅茶を差し出しながら言った。


「ふっ……ロマンですな」

「……は?」

「理由など必要ありません。スサノオが、より強くなって帰ってきた。ただ、それだけの話です」


彼は紅茶を受け取り、一口含んだ。それは、三ヶ月ぶりの、アイリの紅茶だった。


「……ふっ」


彼は、なぜか少しだけ微笑んだ。その紅茶の味が、とても懐かしく感じられた。理由はわからない。でも、まるで何十年ぶりに飲んだかのような、そんな深い感慨が胸に湧き上がった。


(……おかしいですな。たった三ヶ月なのに)


「コウタくん!」


ユズハが、真剣な顔で彼を見つめた。


「ユズハね、決めてたんだ。コウタくんが帰ってきたら、ちゃんと言おうって」

「……なにをです」

「大好きです。ユズハのお婿さんになってください」


アイリも俯き、絞り出すように言った。


「……わ、私も……同じ、ですわ。この馬鹿」


コウタは一瞬、言葉を失い、そして笑った。


「ふっ……では、こうしましょう。お二人とも、私の一番大切な人です。優劣など、つけられません。私はまだ、孤高の戦士でいたい。お二人の女神に見守られながら、もう少しだけ、ロマンを追い求めたい」


ユズハとアイリは顔を見合わせ、同時にため息をついた。


「……もう、コウタくんってば」

「……本当に、馬鹿ですわ」


でも、二人の顔は笑っていた。


「ふっ……当然です。私ですから」


---


9


格納庫。


コウタはスサノオの前に立ち、右腕にマウントされた斬魂刀を見上げていた。


刀身の真ん中には、うっすらと継ぎ目のような線が走っている。折れたはずのものを、何者かがもう一度つなぎ合わせたかのように。目を凝らせばそれは破損の跡というより、何かがそこで「一つになった」証のようにも見えた。


「……お前は、どこでこれを手に入れたんです」


機体は何も答えない。ただ、青白い光が静かに刃を包んでいる。その光は、まるで遠い世界で積み重ねられた無数のロマンの残り火のようにも見えた。


「ふっ……まあいいでしょう。理由など、どうでもいい」


彼はスサノオの装甲に手を触れた。黄ばんだ装甲は相変わらずボロボロだ。でも、その感触は、なぜかとても懐かしかった。どこかで、遠い誰かと、長い年月をかけて守り続けたような——そんな温もりがあった。


(……思い出せない)


(でも、それでいいのかもしれない)


コウタは振り返り、格納庫を去ろうとした。その時、ふと足を止める。ポケットに手を入れると、一枚の古びた包み紙が指に触れた。チョコレートの包み紙。黄ばんで、ところどころ破れかけたそれが、いつの間にか彼の手の中にあった。


そこには、たった一言だけ、走り書きがあった。


『ロマンは、決して消えない』


誰が書いたのか、コウタは知らない。でも、その言葉を見た時、彼の胸に、温かい何かが込み上げてきた。


「……ふっ」


彼は包み紙を丁寧にたたみ直し、そっとポケットに戻した。これが何なのか思い出せない。でも、手放してはいけないことだけは魂が知っている。それだけで十分だった。


スサノオの右腕で、斬魂刀が静かに輝いていた。


---


戦艦ツクヨミは、今日も平和な星空を航行している。


艦橋ではユズハが無邪気に「なんとなく」で航路を決め、アイリが「根拠は!?」と叫びながら理論武装で追いかける。格納庫では、コウタがスサノオの整備をしながら、二人が喧嘩しながらも隣にいることに、言葉にならない安堵を覚えていた。口に出せば「ふっ……女など不要」と気取るのが関の山だが。


かくして、宇宙一のロマン馬鹿と、彼を信じる二人の女神と、そのすべてを見守る黄ばんだ機体と一振りの剣は、今日もどこかの星の海をゆく。


ロマンは、決して消えない。形を変え、人を変え、それでも魂の奥底で輝き続ける。かつて誰かが遺した、その言葉の意味を、コウタが知ることはない。けれど彼が握るハンドルと、彼を呼ぶ声と、彼を想う紅茶の湯気だけが、その答えを静かに語っていた。


『彗星の指揮官は今日も無茶を言う』 —了—

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