第15話:10:30 終末の阻止
2026年12月25日、10時30分。
中国福建省の山岳地帯上空。F-15Jのコックピットには、対空ミサイルの接近を知らせる絶望的な警報音が鳴り響いていた。
「天狗リーダー、敵ミサイル3発、後方から迫る!」
「構うな! このまま押し込む!」
天狗リーダーは操縦桿を握りしめ、機体をさらに深い角度で急降下させた。眼下の山道には、巨大な起立筒を天へ向けようとしている3輌のTEL(移動式発射台)がはっきりと見えている。発射まで数分、いや数十秒かもしれない。ここで回避のために機首を引き上げれば、日本と台湾は核の業火に包まれる。
「照準よし……死なばもろともだ。食らえ!」
F-15Jの翼下から、複数の精密誘導爆弾(JDAM)とクラスター爆弾が切り離された。
直後、天狗リーダーの機体は機体が軋むほどの重力加速度(G)をかけながら急上昇を敢行する。その横を中国軍の携帯型地対空ミサイルがすれすれで飛び去り、後続のウィングマンが放ったフレアの熱に引き寄せられて虚空で爆発した。
地上では、投下されたクラスター爆弾が上空でケースを開き、無数の子弾を雨のように降り注がせた。
装甲の薄いTELの車体と、展開していたロケット軍の兵士たちが次々と爆炎に飲み込まれる。さらに、遅れて着弾したJDAMがTELのミサイル本体に直撃した。
閃光。そして、山を吹き飛ばすほどの巨大な爆発。
核弾頭そのものは起爆しなかったものの、充填されていたミサイルの固体燃料が誘爆し、福建省の山間部に太陽が落ちたかのような火球を発生させた。
「……こちら天狗リーダー。目標の完全破壊を確認。奴らの切り札は灰になったぞ」
荒い息遣いとともに放たれたその無線の声に、太平洋上の空母あかぎCIC、そして東京の首相官邸地下は、割れんばかりの歓声と安堵の溜息に包まれた。
空飛ぶ弾薬庫たるF-15Jが、人類の破滅をその身を挺して食い止めた瞬間だった。
同時刻、北京・中南海。
作戦会議室の空気は、完全に死に絶えていた。
「……福建省の第61基地所属、TEL部隊からの通信途絶。爆発の規模から見て、戦術核の発射前に敵の爆撃を受けたものと断定します」
参謀の震える声での報告を聞き、最高指導部は力なく椅子に深く腰を沈めた。
通常戦力による台湾上陸作戦は事実上の崩壊。ネットワークの中枢を破壊され、頼みの綱であったJ-20部隊も失われた。そして、最後の脅しであった核ミサイルすらも、日本の旧式戦闘機が命がけで放った爆弾によってへし折られた。
軍事的に打つ手は、すべて失われた。
「指導部同志」
沈黙を破ったのは、これまで発言を控えていた人民解放軍の長老の一人だった。彼の背後には、武装警察や陸軍の一部を掌握する将官たちが静かに立ち並んでいる。
「もはや軍事的な勝利は不可能です。これ以上戦争を長引かせれば、北京をはじめとする国内の暴動は制御不能となり、党そのものが崩壊します。……剣を、収める時です」
それは事実上のクーデターに近い、軍部からの降伏勧告であった。
最高指導部は目を血走らせて反論しようとしたが、周囲の冷ややかな視線が、もはや自分に強権が残されていないことを残酷なまでに悟らせた。武力による台湾統一という妄想は、ここに完全に潰えたのだ。
「……ワシントンへ、連絡をとれ」
絞り出すようなその一言で、人類の破滅を賭けたチキンレースは峠を越えた。
しかし、前線の兵士たちの銃声が止むまでには、水面下で大国同士の凄絶な政治的妥協と条件闘争を終わらせなければならない。
停戦へのカウントダウンが、静かに時を刻み始めた。
残された時間は、あと13時間半。




