イリスの秘密
四月三日、日曜日の午後十時過ぎ。
イリスは白雪家のリビングで、桜の帰りを今か今かと待ちわびていた。玄関の開く音が聞こえた瞬間、イリスは急いで向かい、桜を迎えた。
「おかえり、桜ちゃん」とイリスは声をかけた。
「ただいま、イリス」と桜は返した。
二人はリビングへ向かった。桜がソファに腰を下ろすと、イリスはキッチンへ向かい、用意していたさくらラテのマグカップを手に持った。それを慎重に運び、そっと桜に手渡した。
「ありがと、イリス」
桜はマグカップを受け取り、ゆっくりと口まで運んだ。
イリスは桜の顔色を窺いながら、口を開いた。
「桜ちゃん……ちょっと、相談があるんだけど……」
「なに……?」
桜はマグカップをテーブルに置き、イリスに視線を向けた。
イリスはネットで検索した情報をホログラムで桜の前に映し出した。そこには、一色こがねの顔写真と、名前・性格・経歴などの情報が表示されていた。
「一色こがね……この子がどうかしたの?」と桜は尋ねた。
「この子、一色財閥のお嬢様で……あの“天ノ川財閥”と並ぶ大富豪なんだけど……」
イリスは言葉を慎重に選びながら、ゆっくりと続けた。
「子どもたちを助けるのが好きで、そのためならお金を惜しまないんだって」
「そうなんだ」
「子どもたちの未来を守るために、〈フリーデン〉にも資金援助してるんだよ」
「へぇー、〈フリーデン〉のことも知ってるんだ」
「うん……でも、普通の人だから、〈アルカナ・オース〉のことまでは知らないよ」
「そうだろうね。一般人に知られてたら困るからね」
「そ、そうだね。アハハ……」
気まずい沈黙が流れたが、桜が空気を引き締めるように口を開いた。
「それで、この子がどうかしたの?」
イリスは目を伏せて黙り込んだが、すぐに顔を上げ、覚悟を決めた瞳で桜を見つめ、ゆっくりと口を開いた。
「……実は、真白ちゃんを取り戻すのに、彼女を協力させようと思うんだけど、どうかな?」
「……イリスが決めたのなら、いいんじゃない?」と、桜はあっさり返した。
「えっ……? そんなあっさり決めていいの?」とイリスは思わず問い返した。
「イリスがわたしたちのために考えてくれてるの、ちゃんとわかってるから」
「で、でも――」
「わたしは、イリスを信じてる」
その言葉に、イリスは一瞬ぽかんとした表情を浮かべたが、すぐに真剣な面持ちへと変わった。
「……わかった。じゃあ、やってみるね!」
イリスの瞳には決意が宿っていた。
「うん、任せるよ」
「万が一、うまくいかなかったときは……」
「そっちは任せて」
二人の話はすぐにまとまり、イリスはやる気に満ちていた。
こうして、イリスの秘めた計画が静かに幕を開けたのだった。
翌月曜日、玄が色神学園の校門を通るタイミングを見計らい、イリスは待機させていた飛行車を操って、一色こがねのもとへ向かわせた。作戦は見事に成功し、玄と一色を引き合わせることができた。さらに、一色はイリスの分析通りに行動し、玄に強い興味を抱いた。
火曜日には、茜が色神学園でスポーツの助っ人を務めるよう、イリスが事前に手配していた。茜のプレイを一色が観れば、必ず興味を抱くと考えていた。その推測は見事に的中し、一色は茜に関心を抱いた。
水曜日、天と一色は偶然出会ったように思える。しかし、これもイリスの計画の内だった。天が外出を決めた瞬間、イリスは街中のカメラをハッキングし、一色の姿を探し出した。色神学園で一色を見つけると、彼女の周囲にあるホログラム広告を変更し、自然と公園に足を向けたくなるよう仕向けた。その結果、一色は公園へと足を運び、天と出会ったのだった。その広告の一つには、喫茶『色神の森』で働く“女神様”の情報も、さりげなく忍ばせていた。その情報を目にした一色は、次の木曜日に『色神の森』へ足を運び、翠と出会った。
さらに、それぞれが一色と会っている間に限り、イリスは玄たちが常に纏っている防壁を一時的に解除し、身体データを解析できるようにした。そうすることで、イリスの読み通り、一色のパーソナルAI『オーロラ』が、玄たちの身体データを分析し、秘密に辿り着いたのだった。
イリスの予想通り、一色は玄に協力を申し出た。その際、イリスは玄に気づかれぬよう、一色に口パクで「楽しいことをたくさん経験すれば、きっと外の世界に出たくなるはずですわ」と伝えていた。一色はそれに気づくと、イリスの口の動きを真似て、同じ言葉を口にした。それ以外でも、イリスは様々なところで暗躍し、さらに桜の協力も得て、イリスはその計画を見事に完遂したのだった。
四月十一日、月曜日。午後十一時三十分過ぎ――イリスは眠っている玄のそばにふわりと寄って、穏やかな視線を向けた。掛け布団をそっと掛け直すと、静かに寝室を後にした。
「よし、これからわたしも、みんなのために頑張らないと!」
イリスはやる気に満ちた瞳で、小さく拳を握りしめた。
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