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新たなライバル②

 朱色髪の小柄な少女はグラウンドに足を踏み入れ、茜たちに近づいてきた。

「誰だ、あいつ?」茜は問いかけたが、「さあ?」と姫島が答え、国東と安心院も知らない様子で彼女をじっと見つめていた。

 九重は一瞬、「ん? あの子、どこかで……」と心当たりがある様子だったが、すぐに思い出せなかった。

 イリスは何かを知っているようだったが、口を閉ざし、見守っていた。

 朱色髪の少女は、茜たちの前に立つと、視線を上げた。まるで評価しているような目で鋭く見据えながら、口を開いた。

「正直、大差で負けると思ってたのに……まさか、あの『おいた高校』と本気で渡り合えるなんて!」

 その言葉を聞いた姫島は、「えっへっへ、すごいでしょ?」と得意げに胸を張った。

「でも、結局負けたけどね……」と彼女は肩をすくめながら言った。

 その容赦ない言葉が姫島の胸に突き刺さった。姫島は肩を落とし、元気をなくした。国東はすぐに姫島に寄り添い、やさしく慰めた。

 朱色髪の少女は構わず続けた。

「後半は盛り返したけど、前半に圧倒されたのが良くなかった。強豪校相手に、3点差を覆すのは、さすがに厳しすぎる」

 彼女の正論に、姫島は言葉を失い、ただ心の中でダメージを受け続けた。

「でも、もしわたしが――」と彼女が言いかけた瞬間、安心院が話題を変えるように言葉を重ねた。

「あなた、セレスティアに詳しいようだけど、わたしたちに何か用かしら? まさか、冷やかしに来たわけじゃないでしょ?」

 朱色髪の少女は一瞬、ぽかんとした表情を浮かべ、「え、わたしのこと、知らないの?」と問い返した。

「知らねぇ!」と茜は即答した。

 朱色髪の少女は慌てて視線を逸らし、「初心者とは聞いてたけど、まさか、このわたしを知らないなんて!」と小声で呟いた。「まあ、しょうがない。初心者だから許してあげよう。ここは、わたしが大人の対応しないとね!」と自分に言い聞かせ、取り繕いながら視線を戻した。咳払いし、表情を引き締め、「わたしは……」と名乗ろうとしたその瞬間――。

「あっ、思い出した!」と九重が突然声を上げた。全員の視線が九重に向いた。九重は続けて言った。

「あなた、今話題の天才セレスター、宇佐神輿うさみこしちゃんよね?」

「わたしのこと、知ってるの!?」宇佐は目を輝かせ、嬉しそうに言った。

 九重が静かに頷くと、宇佐は満足げな笑みを浮かべた。

「天才……」と姫島が呟き、「セレスター……?」と国東が首を傾げながら続けた。

 茜はイリスに目配せした。イリスは黙って頷き、指を鳴らして空中にホログラムを投影した。そのホログラムには、宇佐神輿の情報が載っていた。全員の視線がホログラムに集まると、イリスが淡々と説明した。

「宇佐神輿さんは、今、最も勢いのあるセレスターの一人です。十二歳とは思えないほどの技術と能力を兼ね備え、同年代では群を抜いています。すでにいくつかユースチームから声を掛けられているようで、その実力は本物。故に、天才セレスターと呼ばれているのです」

「へぇ、そんなにすごいんだ!」と姫島は感心したように呟いた。

 宇佐は腰に手を当て、自慢げに胸を張った。

「そんな天才セレスターが、わざわざあたしたちの練習試合を見に来るなんて、何が目的だ?」茜の鋭い問いかけに、場の空気が一瞬凍りついた。

 宇佐ははっと我に返り、場の空気を感じ取りながら、表情を引き締めた。少しの沈黙のあと、不敵な笑みを浮かべ、茜を見据えながら言った。

「色神学園で一番強いのは、あなたよね?」

 その問いかけに、茜は一瞬言葉を詰まらせたが、横から姫島が「そうだよ!」と即答した。国東も頷き、安心院と九重も納得の表情を浮かべていた。

 その様子を見て、宇佐は意味深な笑みを浮かべた。少し間を置き、茜に視線を戻し、挑発的に言った。

「ねぇ、今からわたしと一対一で勝負しようよ」

 その提案に、茜は思わず、「……は?」と声を上げ、宇佐を見つめた。茜が答える前に、宇佐は続けて言った。

「あなたが色神学園のエースに相応しいか、わたしが確かめてあげる」

 茜はどう答えるべきか迷っていた。心の中で警戒しながら、相手の実力がどれほどのものなのか、ここで勝負を受ける意味があるのか、いろんな思いが交錯していた。姫島たちも驚きの表情を浮かべ、静かにそのやり取りを見守っていた。

 茜は息をつき、短く「断る」と答えた。「お前と勝負する理由がない」と冷静に言い添えた。

 宇佐は想定していたように微笑み、「もしかして、怖いの?」と茜をさらに煽るように言った。その表情には、愉快そうな色が浮かんでいた。

 その挑発を聞いた瞬間、姫島と国東は思わず、「あっ……」と声を揃え、茜を見守った。

 茜は一瞬、拳を握りしめた。しばしの沈黙のあと、「……わかった、やってやる」と茜は意を決して言った。

「ふふ、決まりだね!」宇佐は満足げに微笑んだ。

 こうして、茜は宇佐とセレスティアボールで一対一の勝負をすることになった。

 ルールは至ってシンプル。攻撃と守備に分かれ、攻撃側がシュートを決めるか、守備側が阻止すると攻守を交替する。三点先取した方が勝ち。フィールドには、先ほどと同じホログラム板の障害物が設置された。

「先攻と後攻、どっちがいい?」と宇佐が問うと、茜は「じゃんけんで決めよう」と提案した。じゃんけんの結果、宇佐が勝ち、「じゃあ、先攻で」と告げ、茜は後攻になった。

 姫島たちが固唾をのんで見守る中、茜と宇佐はグラウンドで向かい合い、ほうきに跨ってゆっくりと浮上した。ゴールの高さ――約二十メートルまで上がると、茜は鋭く相手を見据え、宇佐は余裕の表情を浮かべた。

二人の間に張り詰めた緊張感が一気に膨れ上がった。

「準備はいい?」

宇佐が挑戦的に問いかけると、茜は「ああ」と頷き、スティックをしっかりと握り直した。茜は深呼吸をし、集中を高める。宇佐も目をきらめかせた。

 一瞬の静寂のあと、試合開始の合図が響き渡った。その瞬間、宇佐は姿勢を低くし、一気に加速して宙を駆け抜けた。茜も宇佐の動きに反応し、すぐさま追いかけて立ち塞がった。

宇佐は余裕を持った笑みを浮かべながら、さらに加速して茜を置き去りにしようとした。しかし、茜が即座に追いすがり、なかなかゴールへ近づけなかった。

「そう簡単には、撃たせねぇよ」と茜は鋭く言い放った。

「ふふ、いい動きだね……でも――」

 宇佐はスティックを構えたが、その先にゴールはなく、浮かんだホログラム板が目の前に立ちはだかっていた。

 跳ね返りでゴールを狙うつもりか!?

 茜は一瞬そう思ったが、すぐにその考えを打ち消した。

 いや、角度的にそれは無理だ。つまり、この構えはブラフ!

 茜がそう判断した瞬間、宇佐は迷わずスティックを振り抜いた。

「なっ!?」茜は思わず驚き、声を漏らした。

 その一瞬の隙を突き、宇佐はすかさず方向を変え、茜を置き去りにして飛んでいった。茜はわずかに反応が遅れたあと、慌てて宇佐の後を追いかけた。だが、すでに遅かった。

 ボールはホログラム板で跳ね返ると、宇佐が向かう先と同じ位置に飛んでいった。そして完璧なタイミングで宇佐と交わり、彼女のスティックに吸い込まれるように収まった。

 宇佐はニヤリと笑みを浮かべ、即座にシュートを放ち、ボールをゴールへと突き刺した。微笑みながら茜を見つめ、「まずは、一点」と呟いた。

 茜は少し興奮しながら、「やるな」と呟き、額の汗を拭った。

 茜ボールで試合が再開された。

 茜は上下左右にフェイントを織り交ぜ、一瞬の隙を突いて宇佐を抜き去ろうと試みた。しかし、宇佐は茜の動きを冷静に見極め、まったく騙されることなかった。茜にピッタリと張り付き、決して通さなかった。

「そんな動きじゃ、わたしは抜けないよ」宇佐は挑発的に言った。

「チッ……!」茜は苛立ちながらも、攻める手を緩めなかった。

 地上で見守る姫島たちは、苦戦する茜の姿に驚きを隠せなかった。

「茜ちゃんが攻めあぐねてる」と国東が呟き、「あの子、本当にすごいんだ!」と姫島が言った。

「すごいなんてもんじゃない」九重が目を見開き、息をのみながら呟くと、視線が一斉に彼女に集まった。九重は続けて言った。

「あんなに激しくフィールドを飛び回っているのに、あの子の立ち回り、茜さんのシュートコースを完全に封じてる。あれが、天才セレスター、宇佐神輿……!」

 姫島と国東は視線を戻し、二人の激しい攻防に見入った。安心院も真剣な表情で静かに見守り続けていた。

 茜は立て続けに攻めながら、宇佐の動きを冷静に分析していた。

 こいつ、さっきの練習試合を見て、あたしの動きを完全に読み切ってやがる。どんな手を使っても、まるで通じねぇ……! それなら――。

 茜は咄嗟に後退し、素早く周囲を見回した。宙に浮くホログラム板、ゴール、そして宇佐の位置を瞬時に把握すると、スティックを振り上げた。

「そう来たか!」宇佐は微笑みながら呟き、迷わず茜に突進した。

 茜は即座にシュートコースを見極め、迷うことなくスティックを振り抜いた。ボールが空を切り裂きながら宇佐の横をかすめた――その瞬間、宇佐は視線を鋭くし、反射的にスティックを突き出してボールを弾き飛ばした。ボールはそのまま落ち、地面を静かに転がった。

「茜ちゃんのシュートが……」姫島が目を見開いて呟き、「防がれた……!」と国東が続けて言った。

「残念でした」宇佐は得意げに言った。

 茜は宇佐を見据えながら反省した。

 さっきの試合で学んだことを実践したつもりだったが、それすらも読まれていたか。となると、かなり厳しくなってきたな。さて、どう攻略しようか……。

 茜は拳を握りしめ、次に何をすべきか、冷静に考えた。

 攻守交替し、宇佐ボールで試合が再開された。

 宇佐は余裕の表情を浮かべ、巧みな飛行でフィールドを飛び回った。

 茜は粘り強く宇佐を追いかけ、シュート、リフレクション・パス、フェイントといったあらゆる可能性を考慮しながら守備に徹した。その結果、宇佐もなかなかゴールへと攻め込めずにいた。しかし、彼女の表情は落ち着いており、むしろ楽しげに見えた。

 その光景を、姫島たちが息をのんで見守っていると、「ただいま戻りました」とこがねがグラウンドに戻ってきた。

 その声に気づいた姫島は、「こがねちゃん! 見て、あれ!」と急かしながら、空を指差した。

 こがねは視線を上げ、茜と宇佐に気づくと、嬉しそうに微笑んだ。

「あら、宇佐さんではありませんか! ふふ……早速、茜さんと手合わせをしていらっしゃるのですね」

 その口ぶりに、安心院は一瞬何かを察したようにこがねに目を向けたが、何も言わず、すぐに視線を戻した。

 茜は宇佐の一挙手一投足をしっかりと見定め、常に最善の位置取りでコースを塞ぎ、シュートを撃たせなかった。しかし、ボールを奪うことができず、次第に集中力も削がれていった。

「そんなに気を張ってると、疲れるよ」宇佐は茜の内を見透かしたように指摘した。

このまま消耗戦になると分が悪い。焦りを感じた茜は、ボールを奪う手を考えた。その瞬間、宇佐が急停止し、ゴールを見据えながらスティックを振り上げた。

 今だ!

 茜はその一瞬のチャンスを逃すまいと、全力で加速し、宇佐に突撃した。絶妙な位置取りで迫りつつ、間合いに入ると、スティックを構えた。

その刹那、宇佐はニヤリと笑みを浮かべ、素早く回転し、逆さまの体勢のまま、茜の真下を突っ切った。

「しまった!」茜は反射的にスティックを振り下ろしたが、わずかに遅かった。

 宇佐は茜を抜き去ると、すぐさまもとの体勢に戻り、そのままゴールまで迫った。瞬く間にゴール前に辿り着くと、悠々とゴールを決めた。

「二点目……」と宇佐は低く呟いた。

「チッ……」茜の表情には、悔しさが滲んでいた。

 茜はボールをスティックに収めると、静かに定位置に向かった。ゴールを見据えるその瞳には、最後まで全力でやる抜く意志が宿っていた。

 次こそは、絶対に決める!

 茜は心の中で自分に言い聞かせ、スティックを握り直した。目の前の宇佐がどれだけ優れていようと、諦めるわけにはいかない。心の中で静かに、だが力強く決意を固めた。

 位置につくと、茜は鋭く宇佐を見据えながら静かに構えた。試合再開の合図が鳴り響くと、慎重に動きながら、宇佐の動きを見極めた。宇佐の動きは一貫して巧妙で、すべてが計算されているように感じた。安易に仕掛けると、あっという間にボールが奪われそうだった。

 茜は高速でフィールドを飛び回りながら、必死にゴールへと繋がる一手を考えた。しかし、あらゆる手段を講じても、すべて宇佐の鉄壁の守備に阻まれてしまい、シュートを放つことさえできなかった。

 くっ、どうすれば、こいつを突破できる!?

 手詰まりに陥っていた茜は、額に冷や汗を滲ませながら、ふと地上を一瞥した。茜の視界に、心配そうに見守る姫島と国東、真剣な表情で見据える九重と安心院、毅然とした様子のこがねとイリスの姿が映った。その瞬間、これまでの姫島たちとのやり取りが、茜の脳裏によぎった。その想い出が、茜の心に再び火を灯した。

 茜は急停止し、静かに佇んだ。

 宇佐は茜の前に立ち塞がり、挑発的に言った。

「急に止まってどうしたの? まさか、もう諦めちゃった?」

「……諦めるわけねぇだろ」茜は小さく答え、闘志を燃やした瞳で、鋭く前を見据えた。

 茜の目を見た瞬間、宇佐はその圧倒的な威圧を感じ取り、素早く構えた。

「行くぞ!」

 そう告げた瞬間、茜は右手でスティック、左手でほうきの柄を強く握りしめ、一気に加速し、真正面から宇佐に突撃した。宇佐も正々堂々と迎え撃つ構えを取った。間合いに入ると、宇佐の鋭いスティックがボールを奪おうと茜に迫った。

茜は瞬時に見極め、冷静に躱しながら宇佐の隙を探していた。宇佐が茜のスティックを狙って鋭い一撃を突き出した――その瞬間、茜は素早く軽い力でボールを投げた。ボールは宇佐の頭上を緩く飛び越えた。

宇佐の目がボールに向いた一瞬の隙を突き、茜は彼女の横を一気に突き抜けた。そのままボールをキャッチすると、ゴールまで真っ直ぐに飛んでいった。すぐに宇佐が追いかけてきたが、彼女に追いつかれる前に、茜はシュートを放ち、ようやく一点をもぎ取った。

 待望の一点を決めた瞬間、茜は「よし!」と拳を握りしめ、姫島たちも嬉しそうに手を叩いて喜んでいた。

「あ~あ、本当は一点もやるつもりなかったのに、ちょっと油断しちゃった」宇佐は少し悔しそうに言いながらも、微笑んでいた。

 ゴールの余韻を感じる間もなく、茜はすぐに表情を引き締め、次の守備に集中した。

 この一点を凌げば、まだ勝機はある!

 茜は静かに位置につき、鋭い眼差しで宇佐を見据えた。宇佐もまた、少し興奮した眼差しで茜を見つめ返した。

「ふふ、楽しませてくれたお礼に、全力を見せてあげる」

 宇佐がそう告げた瞬間、試合再開の合図が鳴り響いた。合図と同時に、宇佐は即座に動き出した。彼女の動きはまるで風のように速く、瞬時に茜の目の前に立つ。

 茜はすぐに反応し、全方向を警戒しながらも、宇佐はすでに予測していたかのように、ボールをスティックで巧みに操り、ひとつの大胆な動きを見せた。

 宇佐は距離を詰めた瞬間、茜の左側を一瞥し、体をわずかにそちらの方向へ傾けた。その動きに反応した茜が詰め寄ると、宇佐はまるでルーレットのように素早く体を回転させながら、瞬く間に抜き去ろうとした。

 茜は反射的にスティックを振るが、宇佐はすでに一歩先を行っていた。回転しながら茜のスティックをすり抜け、宇佐はそのまま加速し、ゴールへと向かっていった。

茜は即座に全力で追いかけるが、宇佐のスピードに追いつけず、ゴールまでの距離はどんどん縮まっていく。もう、追い詰める余地はない。

宇佐はゴール前に迫ると、スティックを軽く構え、鋭いシュートを放った。

ボールはまるで弾丸のようにゴールに向かって飛び込んだ。その瞬間、試合終了のホイッスルが鳴り響き、宇佐の勝利が決まった。

宇佐は静かに振り返り、勝ち誇った顔を見せた。

その結果に、姫島たちは息をのみ、呆然と立ち尽くしていた。

「……負けたか」

 茜は小さく呟き、悔しさが胸にこみ上げてくるのを感じた。しかし、それでも、胸の奥で何かが燃えているのを感じていた。

 宇佐は茜に近づき、「お疲れ様」と手を差し出した。

茜はその手を一瞬見つめ、ゆっくりと握手を交わしながら、「強ぇな、お前」と微笑んだ。

「まあね」宇佐は得意げに言った。

 二人がゆっくりと降下し始めると、フィールドのホログラムが消え、もとの平坦なグラウンドに戻った。

 姫島と国東は戸惑いの表情を浮かべ、九重と安心院は真剣な面持ちで、こがねとイリスは微笑みながら、二人を迎えた。

 二人が地上に降り立つと、こがねは穏やかに「お疲れ様でした」と声をかけた。

「戻ってたのか」茜は不愛想に返した。

 こがねは宇佐に視線を向け、にこやかな笑顔で問いかけた。

「宇佐さん、色神セレスターズはいかがでしたか?」

宇佐はこがねの問いに少し考え込む様子を見せたが、すぐに軽く肩をすくめて答えた。

「まあまあかな。悪くないけど、もっと力をつけないと、全国制覇なんて夢のまた夢」

 その言葉に茜は一瞬ムッとしたが、それが事実であると理解して、黙って口を閉じた。

一方、こがねはその言葉に微笑みながら、落ち着いた口調で言った。

「そうですわね。わたくしたちが全国制覇するには、まだまだ実力が足りません。ですが、皆さんは短期間で目覚ましい成長を遂げています。全国大会に臨む頃には、きっと今よりもっと強くなっていることでしょう」

 こがねの力強い言葉を聞いて、姫島は照れながら「えへへ」と頭を掻き、国東も恥ずかしそうに頬を赤く染めて目を伏せた。

「そうかもね」宇佐もあっさりと同意した。

 こがねは急に表情を引き締め、真剣な口調で言った。

「それでは、宇佐さん……お返事をいただけますでしょうか?」

「返事……?」茜は怪訝な表情で呟いた。

 宇佐は姫島たちを見渡しながら、評価するように呟いた。

「まだ、拙いところがいっぱいあるけど――」

 茜をじっと見据え、微笑みながら続けた。

「このチームなら、面白くなりそう!」

「では?」

こがねが期待の色を浮かべながら促すと、宇佐は頷き、茜たちに向けて胸を張りながら宣言した。

「わたしが“エース”として、色神学園を全国制覇に導いてあげる!」

その言葉を聞いたこがねは、にっこりと満面の笑みを浮かべて言った。

「ふふ、よろしくお願いいたします。期待していますわ!」

 こがねは向き直り、笑顔で茜たちに言い添えた。

「というわけで、無事に宇佐神輿さんがチームに加わりました。これで、色神セレスターズも一気に戦力が増しましたわ!」

 茜、姫島、国東、九重、安心院の五人は目を見張り、言葉を失った。しばしの静寂のあと、姫島と国東は声を揃えて「えぇぇぇぇ!」と驚いた。

 茜も思わず声を上げた。

「ちょ、ちょっと待て! いきなりすぎて、話についていけねぇんだけど……」

 その様子を見て、こがねは一瞬ぽかんとした表情を浮かべたあと、確認するように宇佐に尋ねた。

「あら? 宇佐さん、説明していなかったのですか?」

「あー、そういえば、ちゃんと言ってなかったかも……」宇佐は適当に答えた。

「そうですか。……では、わたくしの方から」

こがねは「コホン」と咳払いし、茜たちを見据えながら説明し始めた。


数日前、こがねは宇佐に会いに行き、色神学園セレスティアボール部への勧誘を試みていた。こがねは色神学園のグラウンドで一人ストイックに練習していた宇佐のもとを訪れ、休憩のタイミングを見計らい、品のある口調で丁寧に話しかけた。

「宇佐神輿さん、突然のお声がけをお許しくださいませ」

こがねは、軽くお辞儀をしながら微笑み、しっかりとした目線で宇佐を見つめた。

「わたくし、色神学園セレスティアボール部のマネージャー、一色こがねと申します。少しお時間よろしいでしょうか?」

 宇佐はすぐに察した様子で答えた。

「セレスティアボール部のマネージャー? ……てことは、わたしを勧誘しに来たの?」

「はい!」こがねは深く頷いた。

「色神学園セレスティアボール部は、少し前に廃部になったって聞いてたけど……?」

「おっしゃる通り、しばらくの間廃部になっていましたが、つい先日、再始動しましたの!」

「へぇ、そうだったんだ」

「現在、部員は五名ですが、皆さんとても真面目で個性豊かに練習に励んでおり、本気で全国制覇を目指しています。ただ、まだ力不足な部分もありまして――そこで、天才セレスターと称される宇佐さんに、ぜひともチームに加わっていただきたくお声をかけさせていただきました」

「……ふーん、そういうこと。あなたの言い分はわかった。でも、わたしが加わるだけで全国制覇できるほど、セレスティアは甘くないよ。それに、わたしには他に多くの強豪チームから声がかかってる。その中から、わざわざあなたのチームを選ぶ意味を感じないんだけど……?」

「確かに、そうですわね。それでは、ひとつだけ質問させていただいてもよろしいでしょうか?」

「……いいけど」

「勝って当然と思われるようなチームに入って勝つのと、どうなるかわからない未知数の実力を持ったチームに入って強敵を打ち負かすの、どちらが面白いと思いますか?」

 その問いかけに、宇佐は言葉を詰まらせ、わずかな沈黙が流れた。

 こがねは続けた。

「高レベルの環境に身を置き、自身の力を高めるのも確かに大事なことです。それが最も効率的な成長に繋がるのも事実。実力の近い仲間と高め合い、全国制覇を目指すのも、きっと楽しいでしょう。しかし、宇佐さんは本当にそれをお望みですか?」

こがねは少し間を置き、宇佐の反応を読み取った。宇佐の心がわずかに揺れ動いているのを感じ、こがねはさらに続けた。

「宇佐さんの実力ならば、“エース”としてチームを引っ張り、強豪校を次々と倒していく……そのような物語も、きっと実現可能だと思いますわ!」

 こがねの「エース」という言葉を聞いた瞬間、宇佐の耳がピクッと反応した。宇佐は考え込み、独り言のように呟いた。

「確かに、わたしならそれができる。でも、決断するにはまだ早すぎる。色神学園が実際にどの程度の実力なのかわからないし。もし、ド下手集団だったら、さすがのわたしでも手に負えない。少し見てみないと」

 こがねは頃合いを見て、最後に言い添えた。

「実は、次の火曜日に『おいた高校』と練習試合を予定しておりまして、その試合をぜひ宇佐さんにもご覧いただきたく思っております。試合の内容を見ていただければ、きっと色神学園のレベルの高さ、そしてわたくしたちのチームの団結力を感じていただけるはずです」

 こがねは少し微笑んで、宇佐の反応を見守った。

宇佐は一瞬黙り込んでから、小さく呟いた。

「『おいた高校』か。まあ、見るくらいなら別にいいけど……」

こがねはその言葉を逃さず、すかさず言葉を添えた。

「ありがとうございます。実際にその試合を見て、もし気に入っていただけたら、入部についてお考えいただけますか?」

「わかった。試合、見に行くよ。それで、気が向いたら考える」

「ありがとうございます。きっとご覧いただければ、色神セレスターズを気に入っていただけるはずです」

 こがねは詳しい日程を宇佐に教えたあと、「それでは、当日お待ちしております」と微笑みながらお辞儀をし、その場を後にした。


こうして、宇佐は約束通り練習試合を見て、茜と手合わせし、色神セレスターズを気に入って入部を決断したのだった。

「ということが、ございましたの」

こがねが話を締めくくると、茜はすぐに指摘した。

「それなら、最初に言っとけよ! なんでいつも突然なんだ?」

「そうだよ、こがねちゃん!」姫島も少し不服そうに言った。

「すみません。試合前に説明すると、皆さんが緊張するかもしれないと思いまして……。なるべく、普段通りの皆さんを見ていただきたかったのです」

 気遣いを知った茜が一瞬言葉を詰まらせると、こがねはすぐに嬉しそうに微笑みながら続けた。

「それに、皆さんを驚かせたかったんです! 作戦は見事成功しましたわ!」

「やっぱり、そっちが目的だったんじゃねぇか!」

茜は鋭くツッコんだあと、表情を引き締め、真剣な口調で問いかけた。

「てか、ちょっと待て。宇佐はまだ十二歳だろ? 入部はできるかもしれねぇけど、高校生の大会には出られないんじゃ……?」

「その心配はいりませんわ。宇佐さんは飛び級で、わたくしたちと同じ高等部一年生なので、大会のルール上、問題なく出場できますの」

「なっ、飛び級だと!?」

 茜が目を見開いて驚くと、宇佐は「ふふん!」と誇らしげに胸を張った。

姫島と国東は宇佐を迎え入れた。

「まさか、宇佐ちゃんがチームに加わるなんて、思いもしなかったよ。あたしはキャプテンの姫島やなぎ。これからよろしくね!」姫島は笑顔で名乗り、「わたしは国東なのは。わからないことがあったら、何でも聞いてね」と国東もやさしく迎えた。

 国東は続けて「それと、こっちが九重みやちゃんで、あっちが安心院朝霧ちゃんだよ」と二人を紹介した。それに合わせ、九重と安心院は軽くお辞儀をした。

 宇佐はざっと見渡したあと、姫島をじっと見つめながら少し上から目線で言った。

「ふーん、あなたがキャプテンなんだ。まあ、根性だけは認めてあげるけど、このチームの“エース”は、わたしだから!」

「え、あ、うん……」姫島は少し困惑しながら頷いた。

「それじゃ、挨拶も済んだし、早速練習を――」

 宇佐が話を切り替えようとした瞬間、こがねがその言葉を遮るように重ねて言った。

「その前に! やらなければならないことがありますわ」

 こがねの真剣な表情に、宇佐も少し緊張した面持ちで、「やらなければならないこと?」と繰り返した。

 こがねは姫島と視線を交わし、二人は深く頷き合った。それを見た瞬間、茜は心の中で(まさか!)と二人の思惑を察した。


数分後、茜たちは色神学園の食堂の丸テーブルに腰を下ろしていた。テーブルの上には様々な料理が並び、手にはカボスジュースが注がれたグラスを持っていた。

「それでは、色神学園セレスティアボール部に、宇佐さんが加わったことを祝して――」と一色が言うと、姫島、国東、宇佐の三人が元気に「カンパーイ!」と声を揃え、グラスを合わせた。

「はぁ~、やっぱり、また歓迎会か」

茜はツッコむのを諦めたようにため息をつき、カボスジュースをひと口含んだ。

「新たな仲間が加わったのですから、親睦を深めるのは、以下略ですわ!」こがねは笑顔で説明を省いた。

 宇佐はまったく戸惑いもせず、ノリノリで歓迎会を楽しんでいた。その流れで、こがねがセレスティアボール部の事情(一年以内に全国制覇しなければならない)をあっさり説明すると、宇佐は気後れするどころか、むしろ闘志を燃やしていた。

「ふふ、そんな心配しなくても、わたしがちゃんとこのチームを引っ張って、全国制覇を達成させてあげるから!」宇佐は自信満々に言った。

 このままずっと楽しげな雰囲気のまま歓迎会が続くと思われたが、こがねの不意の一言で、場の空気は一変するのだった。

「ですが、宇佐さんの加入で部員が六名になりましたので、これからスタメン争いが過熱しそうですわね!」

 こがねが屈託のない笑顔で呟いたその瞬間、場の空気が一瞬凍りついた。姫島は頬に食べ物を含んだまま硬直し、国東もグラスを口元に運ぶ途中で手を止めた。茜、九重、安心院も食事の手を止め、緊張感が周囲を包み込んだ。

少しの静寂のあと、宇佐はまったく動じず、自信ありげに口を開いた。

「まあ、すでにわたしは決まってるから、実質残り四枠だけどね」

 姫島ははっとし、茜たちを見渡したあと、頭を抱え、落ち着かない様子で呟いた。

「こ、このままだと、確実にあたしがスタメン落ちだ!」

 姫島の顔は青ざめていた。

「こんなことしてる場合じゃない!」

 姫島は表情を引き締め、勢いよく席を立った。

「みんな! あたしはキャプテンとしてお手本を見せなくちゃいけないから、先に練習に戻るね。みんなは、ゆっくりしてからでいいから! じゃ!」

 そう言い残し、姫島は早足で食堂を後にした。

「あっ、やなぎちゃん! 待って!」国東も急いで姫島の後を追った。

 こがねは二人の背中を見送りながら、嬉しそうに呟いた。

「ふふ……お二人とも、やる気に満ち溢れているようですわね」

「そんな風に見えたのか、お前は……」茜は少し呆れたようにツッコんだ。

 その後、姫島に言われた通り、少し休んだあと、茜たちも食堂を後にした。グラウンドに戻ると、全員で午後の練習に励んだ。


 練習を終え、みんなと別れたあと、茜は無言のままイリスとともに帰り道を進んだ。

家に着き、玄関に入った瞬間、茜はこれまで溜め込んでいた悔しさを一気に吐き出すように叫んだ。

「あぁぁぁぁ、くっそー! また、負けたぁぁぁぁ!」

その声は、家中に響き渡り、空気の振動でインテリアが微かに揺れた。イリスは冷静に耳を塞いでいたため、無事だった。

「次の試合までに、絶対強くなってやる!」

 茜はそう決意し、力強い一歩を踏み出した。

 茜の闘志あふれる背中を見て、イリスは嬉しそうに微笑んだ。



読んでいただき、ありがとうございました!

次回もお楽しみに!

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