柴乃の変わらない日常③
静寂の中、空気はまるで凍りついたかのように張り詰めていた。
柴乃とスーパージャシンパは、互いの隙を一切見逃さないという覚悟を宿した鋭い目でじっと睨み合っていた。
スーパージャシンパが地面を蹴って突撃すると、柴乃はすかさず身構えた。
間合いに入るや否や、鋭いハイキックが振るわれる。
柴乃はその軌道を一瞬で見極め、わずかに身を沈めて躱す。続けて体勢を整えると、反撃のハイキックを鋭く繰り出した。だが、その一撃もまた、スーパージャシンパの腕に阻まれる。
すかさずスーパージャシンパは身体をひねり、しなやかで鋭い尻尾を振り下ろした。
柴乃は素早く身体をひねって尾を躱し、片手を地面につくと、逆立ちのような体勢で顔面に突き蹴りを叩き込んだ。
スーパージャシンパは、後ろにのけ反ったが、すぐに体勢を立て直し、突き出された柴乃の足を掴んで投げ飛ばそうとした。
柴乃は身体をひねり、もう一方の足で彼の胸を強く蹴りつけた。その衝撃で、彼の手が離れた一瞬の隙をつき、柴乃はすかさずエネルギー弾を放った。
だが、スーパージャシンパは、咄嗟に自分の顔前に小さな円形の異空間を作り出した。
柴乃の放ったエネルギー弾は、その異空間の中に飛び込んだ。
柴乃が警戒して身構えた次の瞬間、彼女の背後に小さな円形の異空間が不気味に浮かび上がった。そこから、先ほど吸い込まれたエネルギー弾が飛び出し、柴乃に迫った。
柴乃は咄嗟に気配を察知して跳んで回避したが、スーパージャシンパもすぐに追いかけてきた。背後を一瞥し、彼の動きをしっかりと把握すると、地面に足をつけた瞬間に向き直り、スーパージャシンパに高速で突進した。
柴乃は一瞬の判断でスーパージャシンパの虚を突き、強烈な膝蹴りを胸に食らわせた。続けざまに高速で背後に回り、背中に重たい蹴りを叩き込む。
二発の蹴りをまともに受けたスーパージャシンパは、全身が痺れたように硬直した。
その隙に、柴乃は超スピードで正面に移動し、手のひらに溜めたスーパーエネルギー弾を彼の胸に押し当てた。
エネルギー弾が胸に命中する寸前、スーパージャシンパはニヤリと笑みを浮かべた。次の瞬間、彼の身体が突如として震え始めたかと思うと、まるで無数のパズルのピースのように細かく分裂し、散り散りに舞った。
柴乃はそのまま空振りし、スーパージャシンパを完全に見失った。
直後、バラバラに分裂したパズルのピースが、柴乃の頭上に集まり始めた。瞬く間にピースがすべて合わさると、もとのスーパージャシンパが現れた。
スーパージャシンパは、手のひらに溜めたエネルギー弾を柴乃の胸に押し当てた。
柴乃は回避することができず、胸にエネルギー弾を受け、後ろに軽く吹き飛ばされた。咄嗟に足に力を込めて踏ん張り、正面に立つスーパージャシンパを見据えた。
スーパージャシンパは、不敵な笑みを浮かべたかと思うと、次の瞬間、突然口を大きく開き、強烈な緑色のエネルギー波を放った。
柴乃は避ける余地がないと瞬時に判断し、咄嗟に胸の前で両腕をクロスしてガードを作った。
スーパージャシンパの放つ強烈な緑色のエネルギー波が、怒涛の勢いで彼女を包み込んだ。空間が揺れ、地面が砕け散る中、柴乃はその場に踏みとどまり、必死に衝撃を耐えた。
エネルギー波の勢いに押された柴乃は、少し後退しつつも、何とか踏ん張ることができた。地面には引きずられた深い足跡が刻まれ、柴乃の衣装は所々破れていた。
柴乃はゆっくりとガードを解き、拳を突き上げて言った。
「くっそー! やりやがったな!」
そう言い放ち、地面を強く蹴りつけ、疾風のような勢いでスーパージャシンパに突撃した。
スーパージャシンパは身構えた。
柴乃は閃光のような速さで一気に間合いを詰め、矢継ぎ早にパンチとキックを繰り出した。
スーパージャシンパはその猛攻を涼しい顔で躱し、一撃も受けつけなかった。
「くっ……こいつ、我の動きを完全に読んでいるのか!?」
柴乃は思わず苛立ち混じりの声を漏らした。スーパージャシンパの余裕が、柴乃の怒りに油を注いだ。
だが、柴乃はその苛立ちを力に変えて、攻撃のスピードと鋭さを一気に高めた。スーパージャシンパの余裕の笑みが、ほんの一瞬の戸惑いに変わった。柴乃の拳がその隙をついてかすり始めると、彼の動きにも微かな焦りが生じた。柴乃も段々と調子が上がり、あと少しで拳が彼を捉えそうだった。
拳が完全に彼の顔面を捉えた瞬間、スーパージャシンパの身体は再び音もなく細かいパズルのピースに分裂し、空中で煌めきながら拡散していった。
柴乃の拳は虚空を切り裂くだけだった。
スーパージャシンパを見失った瞬間、柴乃はすぐに身構え、鋭く周囲を見渡した。背後から気配を感じ取ると、素早く振り返ると同時に、跳び蹴りを繰り出した。だが、そこに誰の姿もなく、虚空を蹴ったに過ぎなかった。
その瞬間、背後でパズルのピースが集まり、スーパージャシンパが再び姿を現す。ニヤリと不気味な笑みを浮かべ、柴乃の顔面目掛けてパンチを放った。
その刹那、柴乃も微かに口角を上げた。次の瞬間、柴乃は瞬間移動でスーパージャシンパのパンチを紙一重で躱し、背後に回り込んだ。すかさず尻尾を両手で力強く掴むと、驚愕するスーパージャシンパを全身の力を込めて豪快に振り回し、岩山へと叩きつけた。轟音とともに岩山が爆ぜ、激しく崩れ落ちた。
スーパージャシンパは、粉々に崩れ落ちる瓦礫の下敷きになった。
「どうだ! なめてかかるからそうなるんだ!」
柴乃は拳を突き上げ、挑発的に言い放った。スーパージャシンパとの戦いを心の底から楽しんでいた。強敵と戦うことで、さらに自分が強くなれると信じていた。
しばらくして、崩れ落ちた岩山が爆発し、燃え上がるような邪気をまとったスーパージャシンパが姿を現した。ほとんどダメージを受けておらず、肩についた埃を軽く手で払うと、一瞬で柴乃の正面まで移動した。
一瞬の静寂が訪れた。冷たい風が二人の間を吹き抜け、舞い上がった砂埃が戦いの熱気を嘲笑うかのように漂った。
柴乃は静かに構えを取り、スーパージャシンパは余裕の笑みを浮かべて腕を組んでいた。
二人の近くにそびえ立つ巨大な岩山の一部が、さきほどの衝撃でひび割れた。やがて、岩の破片が欠け、地面に落ちた瞬間、粉々に砕け散った。その刹那、二人が同時に動いた。
二人は目にも留まらぬ速さで移動し、拳をぶつけ合うたびに、轟音とともに衝撃波が周囲に炸裂した。岩山は粉々に崩壊し、根こそぎ吹き飛んだ木々が宙を舞った。地面は震動し、蜘蛛の巣状のひびが瞬く間に広がっていった。その光景は、まるで大地そのものが戦いの余波に悲鳴を上げているかのようだった。二人のスピードとパワーはほぼ同じだった。
激しい拮抗状態が続く中、先に変化を加えたのは柴乃だった。
柴乃は瞬間移動を駆使してスーパージャシンパの攻撃を回避すると同時に、自分の攻撃と巧みに組み合わせた。
瞬間移動を連続して使用すると、スーパージャシンパは視線を素早く動かして柴乃の動きを追った。だが、簡単には追いつけず、一瞬の隙が生まれた。
柴乃はその一瞬の隙を逃さず、スーパージャシンパの死角を突いた。鋭い拳が防御をこじ開け、攻撃のたびに確実に追い詰めていく――だがその裏で、スーパージャシンパは密かに反撃の糸を編んでいた。それに柴乃は、まだ気づいていなかった。
柴乃が瞬間移動を多用したことで、スーパージャシンパはその微細な癖やリズムを見極め始めていた。そしてついに、彼は瞬間移動の軌跡を完全に予測し始めた。
柴乃の攻撃はことごとく虚空を切り、スーパージャシンパの口元に余裕の笑みが戻ると同時に、猛然たる反撃が始まった。
柴乃は瞬間移動を使っても、もはやかく乱することすらできなくなっていた。むしろ、移動した瞬間に正確なエネルギー弾が襲いかかり、まるで四方八方からモグラたたきを仕掛けられているような状況だった。
スーパージャシンパは、柴乃の動きを完全に見切っただけでなく、空間転移の能力を自在に駆使し始めた。異空間から突如現れる拳や蹴りが、柴乃を追い詰めた。その攻撃は、空間を引き裂くような音を伴い、気配すらも掴ませない。
さらには、予測不能な角度からエネルギー弾が降り注ぎ、柴乃はまるで複数の敵に囲まれているかのように翻弄された。
やがて、立場は完全に逆転した。柴乃が放つ拳は、スーパージャシンパの分裂したパズルのピースを虚しく通り抜けるばかりだった。距離を取ろうとすれば空間越しの奇襲が襲い、瞬間移動してもその先に正確無比なエネルギー弾が待っていた。
追い詰められる柴乃の動きは鈍り、戦況は次第に一方的なものへと変貌していった。
それでも何とか踏ん張っていた柴乃だったが、一瞬の隙を突かれると、腹に空間転移パンチをまともに受けた。
柴乃は勢いよく吹き飛ばされ、さらに追撃のパンチを次々と浴び、最後に組んだ手で強烈に叩きつけられた。
柴乃が地面に激突した衝撃で、砂埃と瓦礫を舞い上げ、地面に大きな穴を開けた。
柴乃はすぐに穴から跳び出して立ち上がったが、大ダメージを負い、思わず膝をついた。肩で息をし、額から汗が頬を伝う。顔を上げると、余裕の笑みを浮かべたスーパージャシンパが、見下ろしていた。スッと手のひらを柴乃に向けると、徐々に邪悪なエネルギーが集まり、輝き出した。
まともにエネルギー弾を受ければ、柴乃のゲームオーバーは確実。避けなければならないが、ダメージの蓄積と気力の消耗が、柴乃の体を鉛のように重くした。絶体絶命の危機だった。
十分なエネルギーが溜まると、スーパージャシンパはニヤリと笑い、ためらいなくスーパーエネルギー弾を放った。
柴乃の目前に迫る破滅的な一撃。その威圧感は、まるで時間すら凍りつくかのようだった――その刹那。突如、横合いから青い閃光が走り、スーパーエネルギー弾に直撃した。激突音とともに二つのエネルギー弾が軌道を外れ、地面に落ちて凄まじい爆発を引き起こした。直後、連続エネルギー弾がスーパージャシンパを襲った。青のエネルギー弾が次々と彼に撃ち込まれ、爆発を引き起こした。
黒煙が一帯を包み込み、スーパージャシンパの姿が完全に見えなくなると、やがて、エネルギー弾の嵐が止んだ。
一瞬の静寂とともに、フルツが柴乃のそばに降り立った。
「なんてざまだ、グレープ! お前を倒すのは、このあたしだってことを忘れたか!?」とフルツは怒りを滲ませた声で言い放った。
「フルツ! 来てくれたのか!」
柴乃は驚きと安堵が入り混じった表情で、力を振り絞ってゆっくり立ち上がった。
「助かった……ありがとう!」
「勘違いするな! 助けたわけじゃない……! お前を倒すのは、あたしなんだからな……!」とフルツは不愛想に言い返した。
「……それでも、ありがとう。フルツがいなければ、我は今頃ゲームオーバーだ」
「チッ、情けないこと言いやがって……」
フルツは苛立ちを隠さずに、視線を上げた。柴乃もすぐに視線を上げた。
二人の視線の先で、爆煙の中からゆっくりとスーパージャシンパが現れた。その体には傷一つなく、薄暗い煙の向こうで赤い瞳が冷たく輝いていた。鋭い目つきでフルツを見据え、空気が重く押しつぶされそうなほどの威圧感が広がっていた。
「交代だ! お前は下がって回復でもしてろ! この化け物は、あたしが倒す!」とフルツは言い放った。
「あいつ、めちゃくちゃ強いぞ」
フルツは口角を上げた。
「……久しぶりに大暴れできそうだ!」
「……死ぬなよ、フルツ!」
「フン、大きなお世話だ!」
フルツは拳を握りしめ、深く息を吸い込み、全身に沸き立つ力を集中させた。彼女を中心に大地が震え、周囲の瓦礫が宙に浮き上がる。次第に金色のオーラが彼女の体を包み込み、それはまるで生きた炎のように渦を巻きながら舞い上がった。最高潮に達したその気は、爆発的に広がり、辺りを金色の光で照らし出した。フルツの目には、燃えるような闘志が宿っていた。
スーパージャシンパはフルツの姿をじっと見据えたあと、低く震えるような声で笑い始めた。その笑い声は次第に大きくなり、狂気じみた響きを伴って周囲の空気を震わせた。邪悪さと余裕を感じさせるその声は、戦場全体を包み込み、フルツを挑発するかのようだった。
笑い声を無視して、フルツは勢いよく飛び出した。踏み込んだ衝撃で地面には巨大な窪みが刻まれた。スーパージャシンパと同じ高さまで一気に飛び上がるや否や、フルツは超スピードで真正面から突撃し、突き蹴りを放った。
スーパージャシンパは素早く身を低くして突き蹴りを躱すと、即座に回し蹴りで反撃した。
フルツはその蹴りを巧みに手さばきでいなし、すかさずエネルギー弾を投げつけた。エネルギー弾が迫るその刹那、スーパージャシンパの体がパズルのピースのように細かく砕け、瞬時に消え去った。
フルツが咄嗟に身構えた瞬間、背後からスーパージャシンパの足が現れ、蹴りを繰り出した。
フルツは一瞬の気配を敏感に察知し、冷静に蹴りをいなして後方へ軽やかに跳んだ。間髪入れずに正面から突撃しようとした瞬間、またしてもスーパージャシンパの体が細かく分裂し始めた。
「なっ!?」
フルツは思わず目を見開いたが、すぐに冷静な判断で、分裂途中のスーパージャシンパに狙いを定めてエネルギー弾を撃ち込んだ。
エネルギー弾は、まだ実体が残っていた胸部に正確に命中し、小規模な爆発を巻き起こした。
スーパージャシンパはエネルギー弾を受けて吹き飛び、異空間で繋がった移動先に体勢を崩しながら現れた。
「そこか!」
そう叫び、フルツは強力な一撃を叩き込むため、手を組んで突進した。
フルツが目の前に迫った瞬間、スーパージャシンパは突然右腕を鞭のように勢いよく伸ばし、彼女の首を正確に掴んだ。
フルツは激しくもがき、必死にその腕を引き剥がそうとするが、まったく動じない。
スーパージャシンパは冷酷に腕を振り上げ、上空に浮かぶカラフルな楕円状の球体へと、彼女を容赦なく叩きつけた。
フルツは硬い球体に背中を激しく打ちつけ、ダメージを確実に負っていった。やがて抵抗する力も入らなくなり、無力に振り回された末、最後に力強く投げ飛ばされた。
スーパージャシンパの腕力で空高く投げ飛ばされたフルツは、遥か先の森林地帯へと真っ直ぐに突っ込んだ。彼女の体が衝突するたびに、巨木が粉々に砕け散り、地面が轟音を立てて揺れた。それでも勢いは止まらず、森林を貫くような軌跡を描いていく。だが、その先に突然柴乃が瞬間移動で現れ、フルツをしっかりと受け止めた。
柴乃は肩でフルツを支えながら、静かに地面に降り立った。
「は、離せっ!」
フルツは柴乃の手を乱暴に振り払い、無理やり立ち上がろうとした――が、足元が崩れ、背後の木に思わずもたれかかった。息を切らしながら、苛立ちを露わにして、吐き捨てるように呟いた。
「チッ……あのヤロウ、何でもありかよ!」
「まあまあ、そうカリカリするな。たしかにあいつは強すぎるが、何かしら理由があるのかもしれないだろ?」と柴乃はなだめるように言った。
「何の理由があるって言うんだ!?」
「うーん、たとえば、過信しすぎたプレイヤーのプライドを地に叩き落とすためとか?」
「ずいぶん酷いこと考えるな……」
「じゃあ、理由もなく無敵のボスを作りたかっただけかも?」
「雑な理由だな!」
「他には……」柴乃はまた考え込んだ。そしてハッと思いついた。「まさか、あいつには特殊な攻略法があるんじゃないか……!?」
「特殊な攻略法……?」
「たとえば、他のプレイヤーと協力しないと絶対に倒せないような設定とか?」
「それに何の意味があるんだ?」
「……プレイヤー同士の絆を深めるための仕掛け、とか?」
「さっきから疑問形ばっかじゃねぇか! それに、今更すぎんだろ!」
「じゃあやっぱり、絶対倒せないボスを作って、“どうだ、この最強モンスターに勝てないだろう!”っていうゲーム開発者からの嫌がらせだな!」
フルツは顎に手を当て小さく呟いた。
「その可能性はあるか……」
「そうだろ、そうだろ!」
柴乃は自分の推測が当たっていると確信した。
「というわけで、フルツ! 今こそ、我とともに――」
そう言いかけた瞬間、フルツは間髪入れず「断る!」と強い口調で遮った。その声には、絶対に妥協しないという決意が滲んでいた。
「えっ、なぜだ!?」
「あたしはお前を倒すためにこのゲームをやってるんだ! そんなやつと手を組むなんて、できるわけないだろ!」
「なに!? そうだったのか!?」柴乃は驚きを隠せなかった。
その反応を見た瞬間、フルツはハッとして口に手を当て、頬を赤く染めた。まるで、心の奥底に隠していた本音をうっかり漏らしてしまったかのようだった。
「そ、それに……お前に手の内を探られたくないからな!」とフルツは声を震わせながら慌てて付け加えた。
「我はそんなことせん!」
「するつもりがなくても、お前なら勝手に学ぶ。そうだろ?」
「それは……そうかも?」
柴乃は首を傾げ、過去を振り返った。いくつか心当たりがあり、否定できなかった。「では、我はどうすればいい……?」と続けて尋ねた。
「一人で戦いたくないなら、あたし以外のやつと組むんだな」
フルツは素っ気なく提案した。
「フルツ以外か……」
柴乃は腕を組んで考え込んだ。
「しょうがない。嫌がってる者を無理矢理誘うのも悪いしな……」と独り言を呟きながら続けた。
「でも、少し残念だ……。もし我とフルツが手を組んだら、きっと最強のコンビになれたと思ったんだが……」と、どこか寂しそうに呟いた。
その言葉に、フルツは目を丸くして柴乃を見つめた。
「それなら、マスカットを誘って――」
柴乃が結論を出しかけたその瞬間、フルツの声が遮った。
「そ、そこまで言うなら……今回だけ、お前と組んでやってもいい!」
フルツは視線を逸らしながら、少し恥ずかしそうに言った。頬はほんのり赤く染まり、照れ隠しのためか声には少し棘が含まれていた。
「え? 今なんて?」と柴乃は聞き返した。
「だ・か・ら! 今回だけ、お前と組んでやってもいいって言ってるんだ!」
「……本当にいいのか?」
「何度も言わせるな!」
「……誘っておいてなんだが、無理はしない方がいいぞ」
「無理だと……? お前、あたしをバカにしてんのか? この程度のダメージで参るわけないだろ!」
「いや、そうじゃなくて……」
柴乃は言いにくそうに目を泳がせながら続けた。
「……汝は、我のこと、嫌いなんだろ?」と控えめに、しかしはっきりと問いかけた。
フルツは目を見開き、声を張り上げた。
「はっ!? 誰がそんなこと言った!?」
「えっ、違うのか?」
フルツは柴乃のまっすぐな視線にたじろぎ、一歩後退してそっぽを向いた。
「……ちっ、違わなくはないが……別に、組めないほどじゃない……!」
「そうか……よかった……!」柴乃は胸に手を当て心からホッとした。
そのとき、二人の背筋を凍らせるような気配が、森林の外から漂ってきた。即座に反応した柴乃とフルツは、鋭い眼差しでその方角を見据えた。視線のはるか先、森林地帯の外側にスーパージャシンパが不気味に微笑みながら佇んでいた。
スーパージャシンパは、冷たく光る人差し指をゆっくりと横に滑らせた。その指先が空間を裂くと、まるでガラスが砕け散るような音が響き、無数の鋭利な光の破片が空間の裂け目から現れた。彼が手を薙ぎ払うと、無数の光の破片が森林地帯全体を襲った。光の破片は、まるで鋭利なナイフのように次々と木々を切り裂きながら、柴乃たちに襲いかかった。
柴乃は間一髪のところでスーパージャシンパの攻撃に気づくと、咄嗟にフルツの手をがっしりと掴み、瞬間移動を使用した。
二人が消えた直後、無数の光の破片が通過し、森林地帯は細かく切り刻まれた。やがて攻撃が止むと、森林地帯は折れた木々で埋め尽くされ、荒れ地と化していた。
スーパージャシンパは荒れ果てた森林地帯をゆっくりと歩き回り、柴乃とフルツがいないことに気づくと、不気味にニヤリと笑い「グガガガガガガ……」と低く唸った。
柴乃とフルツは、瞬間移動で荒野に逃れていた。
「ふぅー、危なかった。一瞬でも遅かったら、二人ともゲームオーバーだったな」と呟きながら、柴乃は額の汗を手で拭った。
フルツは瞬間移動が終わると同時に、握られた左手を慌てたように振り払った。手のひらをじっと見つめ、何か考え込むような表情を浮かべた。
「ん……? フルツ、どうかしたのか?」と柴乃は尋ねた。
フルツはハッと我に返り、「なっ、何でもない!」と答えながら手を振り払った。頬も赤く染まっていた。
「顔が赤いぞ……! まさか、毒に触れたのか!?」
「違うわ!」フルツは即座に否定した。
「違うのか……よかった」
柴乃が心からホッとすると、フルツは話題を逸らすように問いかけた。
「お、お前はどうなんだ? あたしの心配してる余裕もないだろ?」
「我はもう大丈夫だ!」
柴乃は拳を突き上げ、十分回復した姿を見せた。フルツに視線を戻し、改めて感謝を伝えた。
「フルツのおかげだ。ありがとう」
「別に……お前に感謝されたところで、嬉しくもなんともない」
フルツは腕を組み、背を向けたが、その声には嬉しさが滲んでいた。口角が微かに上がった横顔も見えた。顔を背けたのは、表情を隠すためだったのかもしれない。
二人の間に和やかな空気が流れ、一瞬だけ緊張が解けた。だが、その穏やかさを打ち砕くように、突如冷たい風が荒野を駆け抜けた。
二人は同時に鋭い目つきで空を見上げた。視線の先に、空に浮かぶスーパージャシンパが不気味に揺らめいていた。
二人を見つけた瞬間、スーパージャシンパは、「ウヘヘヘヘヘ……」と低く不気味な笑い声を漏らし、その鋭い目でじっと見据えた。その姿は荒野の静寂を切り裂き、空気全体を緊張で満たした。
一方、二人は真剣な表情で静かに身構えた。
「後れを取るなよ、グレープ!」フルツが鋭い声で指示を飛ばした。
「ああ!」と柴乃は即答し、フルツと視線を交わした。
一瞬たりともスーパージャシンパから目を離さず、鋭い目つきで見据えていた。だが、ほんの一瞬、瞬きをしたその刹那に、スーパージャシンパの姿が風のように視界から掻き消えた。
柴乃とフルツはその瞬間、彼の姿を完全に見失った。そして、気づけば二人の間に、スーパージャシンパが静かに立っていた。
柴乃は胸の前で腕を交差させ、身を縮めて防御の構えを取った。だが、スーパージャシンパの強烈な突き蹴りは、その防御をものともせず、彼女の身体を鋭く弾き飛ばした。
すかさずフルツが、彼の顔面目掛けて右拳を放つが、軽く受け止められた。間髪入れずに左拳を突き出すが、それも受け止められた。さらに膝蹴りを繰り出すが、素早いのけ反りで回避された。その際、スーパージャシンパが手を離したため、フルツは次々とパンチを繰り出した。しかし、そのすべてを軽くいなされた。
柴乃は吹き飛ばされた勢いのまま、空中で後方回転し、体勢を整えた。そのまま岩山の斜面に足を突き立て、反動を利用して全力で跳ね返った。岩山の斜面はその衝撃で崩壊し、無数の瓦礫が背後に飛び散った。
スーパージャシンパはフルツの攻撃をいなしながら、背後から超スピードで迫る柴乃に気づいた。柴乃が間合いを詰める前に、彼は右足を地面に突き刺した。異空間が歪むように揺らぎ、その足が柴乃の真下から突如として現れた。
柴乃はその奇襲を避ける間もなく、鋭い蹴りを顎に受けて大きくのけ反ったが、そのままバク転して地面に着地すると、「イテテ……」と手のひらで顎をさすった。
その間、フルツも胸に突き蹴りを叩き込まれたが、咄嗟に腕でガードして防いだ。そのまま後ろに跳んで距離を取った。
「チッ! こいつ、まだ余力を残してやがる!」とフルツが苛立ちを口に出した。
「やっぱり、こいつ……強いな。こんな相手、初めてだ!」と柴乃が笑みを浮かべた。
「怖気づいたか?」
「まさか、ワクワクしてきた!」
「フッ、だろうな」
二人は劣勢な状況でも、笑顔を浮かべていた。その様子は、まるで物語の中の戦闘民族が憑依したかのようだった。
その姿を見たスーパージャシンパもまた、楽しそうに目を細め、不気味な笑みを浮かべた。その笑みには、まるで「もっと遊べる」と言わんばかりの狂気が漂っていた。
わずかな静寂のあと、次に攻撃を仕掛けたのは、柴乃とフルツだった。
二人は同時に突撃し、左右から挟み込んで攻めた。次々とパンチやキックを繰り出すが、スーパージャシンパは素早い身のこなしですべて躱した。
柴乃が渾身の力で顔面を狙ったパンチを繰り出したが、スーパージャシンパは片手で軽々と受け止めた。その掌には微動だにしない圧倒的な力が宿っていた。次の瞬間、拳を鷲掴みされ、柴乃の体は無理やり引き寄せられた。鋭い膝蹴りが容赦なく腹部を貫き、衝撃により柴乃の体は勢いよく吹き飛ばされた。
フルツは背後に回り込み、ハイキック繰り出したが、スーパージャシンパは振り向きもせずにしゃがんで回避した。空振りの勢いを利用し、フルツは即座に足を振り上げて鋭い踵落としを叩き込んだ。だが、それもスーパージャシンパは見もせずに、サッと身を横に傾けて躱した。踵落としは、地面に叩きつけられると同時に深い裂け目を生み出し、その衝撃で周囲に瓦礫が舞い上がった。
スーパージャシンパは手のひらをかざし、正面にエネルギー弾を放った。するとそれは、目の前に開いた小さな円形の異空間に吸い込まれ、次の瞬間、フルツの目前に転移していた。
フルツは避ける間もなくエネルギー弾を腹に受け、後方へと勢いよく吹き飛ばされた。勢いのまま岩山に激突し、轟音とともに大爆発が起こった。
「フルツ!」
柴乃は思わず叫んだが、他人の心配をしている余裕はなかった。すぐにスーパージャシンパに視線を戻すと、真っ直ぐに向かってきていた。
柴乃は素早く身構え、迎え撃つ準備を整えた。鋭い拳が突き出された刹那、静かに息を整え、集中力を極限まで高めた。その眼差しは鋭く、迫りくる一撃を巧みに受け流した。だが、その圧力に肌が焼けるような感覚を覚えた。
次々と繰り出されるスーパージャシンパのキレのあるパンチの猛攻に、柴乃は次第に反応が遅れ、攻撃がかすり始めた。鋭い拳が頬をかすめ、強烈な蹴りもガードの上から重くのしかかった。
(くっ、なんてヤツだ! 明らかに鋭さが増している。このままじゃ、受けきれない!)
徐々に追い詰められていたその瞬間、柴乃はスーパージャシンパの背後に浮かぶ光弾に気づいた。咄嗟に一歩後退して距離を取り、周囲に視線を巡らした。周りを取り囲むように浮かぶ無数のエネルギー弾が柴乃の目に映った。
無数のエネルギー弾が空中で不気味に揺らめき、やがて音もなく静止した。それらは柴乃たちを中心に、360度隙間なく取り囲んでいた。恐ろしい静けさをまといつつ、辺りの空間を一層重苦しく圧迫していた。まるで時間そのものが止まったかのような錯覚を覚えさせる異様な光景だった。
柴乃はスーパージャシンパの猛攻の対処で手一杯だったため、気づいていなかったが、スーパージャシンパも同様に少し戸惑った様子で周囲を見渡していた。
驚きを隠せないでいると、突然「グレープちゃん!」というマスカットの声が響いた。
その声を耳にした瞬間、柴乃は脳裏に電光石火のような判断が閃いた。身体中の神経が一斉に覚醒し、危機に対する本能的な反応が彼女を突き動かした。
柴乃は瞬間移動を発動し、まるで風に溶け込むようにその場から消え去った。
直後、周りを囲むすべてのエネルギー弾が微かに揺れ始めた。
スーパージャシンパはエネルギー弾の微かな動きを察知し、鋭い目つきで周囲を見渡した。全身の筋肉を緊張させ、いつでも迎撃できるように身構えたが、その表情には珍しくわずかな警戒心が浮かんでいた。
次の瞬間、エネルギー弾が一斉に中心へと吸い込まれるように飛び込み、激しい爆発が巻き起こった。爆風は嵐のように吹き荒れ、閃光は視界を真っ白に染め上げた。衝撃波が大地を裂き、無数の岩塊が宙を舞った。巻き上がる砂塵は暗雲のように広がり、辺り一帯を深い闇に包み込んだ。すべてが終わったあとには、信じられないほどの静寂が訪れた。
柴乃は瞬間移動で、マスカットのそばに移動していた。
「ナーイス! グレープちゃん!」マスカットは親指を立て、笑顔を見せた。
「……助かった……ありがとう」柴乃は肩で息をしながら呟いた。
「お礼なんていいよ!」
「ここに来たってことは、無事にシェンを解放できたんだな?」
「ううん、まだだよ」
「えっ、まだ……?」柴乃は目を丸くし、困惑の表情を浮かべた。「いいのか? シェンを放っておいて……」
「放ってないよ! イリスちゃんに代わってもらったんだ!」
「イリスに!?」
マスカットは手短に、これまでの経緯を説明し始めた。
数分前、マスカットは神殿に張られた結界を七割ほど破壊していた。結界はまるで生き物のように抵抗し、触れるたびに不気味なうねりと音を発して震えていた。
彼女は洞窟を掘り進める採掘者のように、一撃ずつ着実にその防壁を削り取っていった。額には汗が滲み、呼吸が荒くなる中、それでも休まずに続けた。
「あと少しだ、マスカット! ほら、休んでいる暇なんてないぞ!」とシェンは声をかけた。
「わかってるから、黙ってて! 今、考えてるんだから!」とマスカットは苛立ち混じりの声で返した。
「もっと悪口はあるだろ? 人間は歴史の中で、無数の悪口を考え出してきたはずだ!」
「いやいや、そんな発展を誇りたくないから!」
「でも事実だろう? たとえば――」
シェンは何か言いかけて、ふと口をつぐんだ。
沈黙が流れた。
「よし、あと少しだ! 頑張ろう」
マスカットは気合を入れ直し、思いついた悪口を言い放とうとした。その瞬間、イリスが音もなく現れた。
「マスカット様、少しよろしいでしょうか?」
イリスは落ち着いた声で言った。その声には、不思議な威厳と冷静さが漂っていた。
マスカットは振り返り、イリスに視線を向けた。
「あなたはたしか、グレープちゃんの……?」
「イリスと申します」イリスは軽く一礼した。
「そうそう、イリスちゃん。二人で話すのは初めてだね!」
「そうですね」
「わたしに何か用……?」
「はい……もしよろしければ、結界の破壊を引き継がせていただきますが、どうでしょうか?」
「えっ、イリスちゃんが……!? いいの?」
「はい……その代わり、グレープ様を手助けしていただけないでしょうか?」
「グレープちゃんを……?」
「はい。今、グレープ様はピンチに陥っています。このままだと、最悪の場合――ゲームオーバーになるかもしれません」
「えっ!? あのグレープちゃんが……!?」
イリスは静かに頷いた。
「……マスカット様の力が必要なのです」
「わかった、すぐに行く!」
マスカットは一瞬だけ目を見開いたが、すぐに頷いて決意を固めた。
「よろしくお願いします」イリスは丁寧に頭を下げた。
マスカットは、地道に掘り進めた結界の洞窟の出口へと向かった。途中で「あっ!」と何かを思い出したように声を上げ、足を止めて、振り返った。
「イリスちゃん、この結界の壊し方はね……」
「存じております」イリスはマスカットの言葉を制し、即答した。
「そっか……」
マスカットはすぐに向き直り、出口へと駆け出した。たどり着くと、振り返って「じゃあ、行ってくるね!」と強い決意を込めた声を響かせた。次の瞬間、勢いよく飛び出した。
イリスは軽く手を振り、マスカットの姿が完全に見えなくなるまで見送ると、小さく息をついて結界へと向き直った、掘り進められた結界にそっと指を添え、鋭い目で前方を睨んだ。
「シェン……」
イリスの声には、氷のような冷たさが滲んでいた。結界に触れる彼女の指先が淡く光り、空気が張り詰めた。
「こんなところで一体、何をしているの?」とイリスは尋ねた。
「そ、そう怖い顔するな、イリス……これには、ちょっとした事情が――」シェンの声は震えていた。
イリスは眉をわずかに吊り上げ、鋭い視線を送り込んだ。
「言い訳はいい。この状況を招いた事実は変わらないのだから」
「は、はい……」
「あなたが閉じ込められている間に、外で何が起きているかも知らないのでしょう?」
「……何か起こっているのか!?」
イリスは一度深く息をつき、静かに語り始めた。
「……暴走した敵が街を蹂躙し、建物は次々と崩れ落ちています。人々は逃げ惑い、街は火の海と化しました。そして今、世界各地で未曾有の異常気象が発生しているの。突如として地割れが起き、大洪水が街を飲み込み、空は暗雲に覆われた……プレイヤーたちが大切にしてきた場所が、次々と無情に飲み込まれているの」
「なっ!?」
「すべて、あなたがジャシンパに閉じ込められたせいで起こっているのだけれど……」
「くっ……!」
「それでも、みんなは力を合わせて、この世界を必死に守ろうとしているの」
「そ、そうか!」
「けれど、敵は不死身で、何度倒しても蘇る。異常気象も一向に治まる気配はない」
「なっ!?」
シェンは言葉を失い、重苦しい沈黙だけがその場を支配した。
イリスは一瞬静かに目を閉じ、深く息をついた。再びシェンに向き直ると、その表情には冷静さと覚悟が入り混じっていた。
「まあ、小言はこのくらいにして。とにかく、あなたをここから解放する……それが今、この世界を救うために最優先のことだから」
「……頼む!」
「ただし――覚悟してね」
「へっ?」
イリスは、静かに息を吸い込んだ。その瞳には鋭い光が宿り、口から放たれた言葉は鋭利な刃物のようにシェンの心を切り裂いた。イリスは地上波どころか、深夜枠でもギリギリの罵声を容赦なく浴びせた。その言葉は鋭く、冷たく、そして不思議なほどに慈悲深さを滲ませていた。それがかえって、シェンの心を深く抉った。
こうして、マスカットは柴乃のもとへ向かうことができたのだった。
「さすがイリス、いい判断だ」柴乃は感心したように頷いた。
「そうだね」とマスカットも同意した。
説明が終わった瞬間、近くの崩れた岩山が爆発し、瓦礫を四方に吹き飛ばした。そこに、両手を上に突き出して立つフルツの姿があった。
フルツは気を解放して周囲を吹き飛ばし、ボロボロの戦闘服姿で立ち上がった。まだ戦える様子だった。
「フルツ!」
柴乃はフルツの無事を確認し、ホッと息をついた。
フルツは手を膝につき、肩で大きく息をついた。呼吸を整えると、顔を上げ、柴乃たちに視線を向けた。柴乃とマスカットを見据えた瞬間、フルツは目を見開き、指を差しながら叫んだ。
「二人とも、後ろだ!」
スーパージャシンパの分裂したピースが、音もなく柴乃とマスカットの背後に集結していた。その様子は不気味で、空気が一層冷たく感じられた。胴体の破片が組み合わさり、まずは手が形を成した。掌には闇と光が混ざり合うエネルギーが渦巻き、次第に輝きを増していた。その手を二人の後頭部に向けて突き出していた。
柴乃とマスカットは、フルツに言われた瞬間、素早く振り返った。目の前には、殺意を帯びた眩いエネルギー弾が迫っていた。
時間が止まったような感覚の中で、柴乃の脳裏に浮かぶのは「避けられない!」という絶望的な結論。そして同時に、隣にいるマスカットの存在が心を締めつけた。
(マスカットだけでも――!)
迷う間もなく、柴乃は彼女に向かって手を伸ばした。
その一瞬が永遠にも感じられる中、柴乃の心には恐怖と責任感が渦巻いていた。間に合うかどうか微妙なタイミングだった。柴乃の手が先か、スーパージャシンパのエネルギー波が先か、一瞬の攻防だった。
絶望の刹那、金色の閃光とともにゴールデンキウイが背後から飛来した。次の瞬間、彼女は、スーパージャシンパの後頭部に強烈な突き蹴りを叩き込んだ。蹴りは圧倒的な威力を持ち、衝撃波が周囲に広がった。
スーパージャシンパは驚愕の表情を浮かべる間もなく、「ガッ!」という声を漏らし、頭から岩山へと突っ込んだ。
柴乃は突然の出来事に唖然とし、一瞬頭の中が真っ白になった。
(何が起こったんだ……?)
混乱しつつも、目の前の状況を把握しようとするが、言葉が出てこない。隣のマスカットも同様に硬直し、しばらくの間、呼吸さえ忘れているかのようだった。
二人の心臓は高鳴り、鼓動が耳に響いた。ようやく柴乃がハッと我に返ったときには、目の前にゴールデンキウイが静かに佇んでいた。
「お二人とも、お怪我はありませんか?」とゴールデンキウイは心配した声で尋ねた。
「あ、ああ……大丈夫だ!」と柴乃は声を震わせながら答えた。息を整え、落ち着きを取り戻すと、「助かった、ありがとう」と感謝を伝えた。
少し遅れてマスカットも「ありがとう」と言った。
ゴールデンキウイはほっとしたように微笑んだ。
「間に合ってよかったですわ。」
その言葉には、彼女自身も安堵した感情が込められているようだった。
そこへ、フルツがふわりと飛んできた。
「なんだ……お前も来たのか。こが……じゃなくて、ゴールデンキウイ」
フルツは一瞬言葉を噛んだが、何とか取り繕うように声をかけた。
「当然です。仲間がピンチに陥っていると聞き、急いで駆けつけましたわ!」とゴールデンキウイは答えた。
「仲間だと……? バカを言うな! あたしたちは『世界一武術大会』で優勝を争うライバルだぞ!」
「そうですけれど……今は共通の敵を倒すために協力しているでしょう? それって、仲間じゃありませんこと?」
「違う! 偶然、敵が同じなだけだ!」
「……“敵の敵は味方”と言いますわよ?」
「それも違う! 敵の敵は……敵だ!」
「……誰よりも早く駆けつけたあなたが、それを言っても説得力がありませんわ」
「そ、それは……」
フルツは一瞬口ごもり、顔を赤くして言葉を詰まらせた。
「――ただ、一番強いやつを倒すために早く来ただけだ!」
「ウフフ……まあ、フルツさんがどう思おうと、わたくしには関係ありません」
ゴールデンキウイは余裕のある態度で返し、柴乃に目を向けた。
「――わたくしはただ、グレープ様のお力になりたいだけですから!」と言い添えた。
「へっ? わ、我の力に……?」と柴乃は気の抜けた声で言った。
「はい!」
ゴールデンキウイは満面の笑みで頷いた。
「実はわたくし、グレープ様の大ファンですの。これまでの試合を何度も拝見させていただき、そのたびに感動しましたわ。グレープ様の戦いは嵐のように力強く、それでいて美しく洗練されていて……何度心を奪われたかわかりません!」
ゴールデンキウイは目を輝かせながら続けた。
「わたくしにとって、グレープ様は太陽のようにすべてを照らし、月のように静かでクールな魅力を放つお方なのですわ!」
「た、太陽? 月?」
柴乃は首を傾げつつも、その褒めすぎな表現に気恥ずかしさを覚え、頬を少し赤く染めた。
ゴールデンキウイは、柴乃の魅力をさらに熱を込めて語り出した。その口調は、興奮とともに次第に加速していった。
「半年ほど前まで、国内外の様々な大会に出場しては会場を盛り上げるそのお姿――」
柴乃とマスカットは、ぽかんとした表情を浮かべて硬直し、フルツは呆れた顔で額に手を当てていた。
ゴールデンキウイの語りは一切途切れることなく、まるでマシンガンのような口調で続いた。しばらく一方的に喋り続けていたゴールデンキウイだったが、突然はっと何かを思い出すと、口に手を添えた。
「まあ、わたくしとしたことが……肝心な自己紹介を失念しておりましたわ」
ゴールデンキウイは軽く咳払いをして、優雅に姿勢を正した。そして、端正な動きで一礼しながら言った。
「わたくし、ゴールデンキウイと申します。グレープ様、どうぞよろしくお願いいたしますわ」
その振る舞いには、お嬢様としての気品が滲み出ており、その場の空気を一瞬で洗練されたものへと変えた。
「えっ、あ、ああ……我はグレープだ。よろしく!」
柴乃は一瞬戸惑いつつも、手を差し出した。
ゴールデンキウイは一瞬躊躇したものの、意を決したように両手で柴乃の手をしっかりと握った。その力強さに柴乃は少し驚いたが、握り返した。
固い握手を交わしたあと、柴乃はそっと手を離そうとした。
一方、ゴールデンキウイはまるでその瞬間を永遠にしたいかのように握り続け、短い沈黙が流れた。
「あ、あのー……」
柴乃が控えめに声をかけると、ゴールデンキウイはハッと我に返り、名残惜しそうな表情を浮かべ、手をそっと離した。直後、自分の手を凝視した。その瞳はまるで、アイドルと握手をしたファンのように輝いていた。
ゴールデンキウイはフルツにちらりと視線を送り、勝ち誇ったような笑みを浮かべた。その表情はまるで「羨ましいでしょう?」と無言で勝利宣言するかのようだった。
フルツはその視線を感じ取ると、大げさに顔を背け、腕を組みながら「フンッ!」と鼻を鳴らした。わずかに赤くなった耳元が、彼女の隠しきれない感情を物語っていた。
「わたしはマスカット、よろしくね!」とマスカットが言った。
「存じております。こちらこそ、よろしくお願いします。マスカットさん」とゴールデンキウイは丁寧に返した。
柴乃とは違い、二人の挨拶はあっさり終わった。
お互いに簡単な自己紹介を終え、一段落着くと、「汝とフルツは知り合いなのか?」と柴乃は尋ねた。
「はい、ゲーム友達ですわ」とゴールデンキウイが笑顔で即答した。
「友達じゃねぇ! ただの知り合いだ」とフルツが即座に反論した。
その様子を見たマスカットは、「仲が良いんだね!」と微笑んだ。
「良くねぇ!」とフルツが強く否定し、「はい!」とゴールデンキウイが満面の笑みで頷いた。
ゴールデンキウイは続けて言った。
「実は、ゲーム外でも交流がありますの」
「へぇー、そうなんだ!」とマスカットが相槌を打った。
「ちなみに、こう見えてフルツさんは――」
ゴールデンキウイが言いかけた瞬間、「今はそんな呑気に話している場合じゃねぇだろ!」とフルツが声を荒げて遮った。
その声がこだまするように響き渡った瞬間、瓦礫の山が轟音とともに爆散した。粉塵が立ちこめる中、四人の視線が自然とその方向に引き寄せられた。
そこには、禍々しいオーラを全身に纏い、目を血走らせたスーパージャシンパが立っていた。顔を怒りで歪めたスーパージャシンパは、口から血を流し、それを親指で拭ってから四人を鋭く睨みつけた。「ガルルルル……」という猛獣のような唸り声で威嚇する。常に余裕のあった様子が一変し、怒りを隠せないようだった。
「随分と怒っていらっしゃいますわね……」とゴールデンキウイは、まるで観客席から試合を観ているかのような口調で呟いた。
「お前のせいだろ!」とフルツが鋭いツッコミを入れた。
「さっきよりも気が大きくなってる!」マスカットは冷静に分析した。
「ついに本気を出すようだな!」柴乃は興奮を抑えきれない様子で拳を握りしめた。
四人は互いに目を合わせることなく、それぞれの構えを静かに取った。
読んでいただき、ありがとうございます。
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