プロローグ
「秘密がバレたわ」と玄は低い声で言った。
その瞬間、円卓を囲んでいた全員が目を大きく開き、玄を見つめた。
「は? マジ!?」と玄の左隣に座る茜が目を丸くした。
「ええ、大マジよ」と玄は冷静に返した。
「誰にバレた?」
「一色財閥の孫娘に……」
緊張感が一気に高まる。
「……なんで、どうしてバレた!?」
「ちょっとややこしいことが起こってね……」
「ちょっとじゃねえだろ! 何やってんだよ、お前!」
茜は左の拳で円卓を力強く叩き、立ち上がると、鋭い目で玄を睨みつけた。その衝撃で円卓上のカップが跳ね、紅茶が細かい波紋を作った。
円卓を囲む自然豊かな草原と色とりどりの花々の穏やかな雰囲気が、一瞬にして緊張感に包まれた。花の蜜を吸っていたミツバチは、驚いたように翅を止め、花の上でぴたりと動きを止めた。
二人のケンカに一番驚いていたのは、茜の左隣に座る天だった。
天は身体を丸くして小さく縮こまっていた。両手の中に白猫のパペットが強く握られ、抱き寄せている。
そんな天のもとへ歩み寄ったのは、彼女の左隣の席の翠だった。
翠は天のそばに椅子を寄せ、頭をやさしく撫でながら「大丈夫よ、天さん」と柔らかく声をかけ、肩にそっと手を乗せた。
翠は茜に視線を向けた。「茜さん、少し落ち着いてください」
「こんな状況で落ち着いていられるか! あたしたちの秘密がバレたんだぞ!」と茜は興奮気味に返した。
「取り乱したところで、状況は変わりません」
「そんなことわかってる! だけど……」茜は、天が身体を震わせていることに気づき、言葉を止めた。「悪かった……」と申し訳なさそうに呟き、ドスっと椅子に腰を下ろした。
しばし、沈黙が流れた。
「……落ち着いたかしら?」と玄が落ち着いた声で言った。
「なっ、お前!」茜は再び立ち上がった。右拳がグッと強く握られている。
「茜さん!」と翠が言った。
茜は翠に視線を向け、目を合わせたあと、天に視線を移した。胸に手を当てて深呼吸し、怒りを鎮めると、静かに腰を下ろした。
翠は玄に視線を向け、「玄さんもわざと煽るような言い方はしないでください」と強めに注意した。
「……ごめんなさい」と玄は素直に謝った。図星だったからだ。茜の言葉にイラっとして、言い返したいという子どもじみた衝動に駆られたことは事実だった。
気まずい沈黙が流れた。その間に、天は身体の震えがおさまり、落ち着きを取り戻した。
「天さん、大丈夫ですか?」と翠はやさしく尋ねた。
「う、うん。ありがとう、翠ちゃん」と天は答えた。
翠は天が落ち着きを取り戻したあと、椅子をもとの位置に戻し、深く腰かけた。
「それでは、詳しい話を聞かせてくれる? 玄さん」と翠は問いかけた。
再び全員の注目が玄に集まる。
「ええ……秘密がバレたのは――」
全員が息を飲むようにして玄の次の言葉を待った。
彼女たちは自然豊かな草原の中、西洋風の白い東屋に集まり、会議を行っていた。東屋の近くには、そびえ立つ大きな山があり、その麓には山を映すほど透き通った湖が広がっている。この場所の名は『アルカンシエル』。彼女たちはそう呼んでいる。
現在、円卓の七席のうち六席が埋まり、玄の右隣の席だけがぽつんと空いている。未だ姿を見せぬ彼女の影が、薄くその席に落ちていた。
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次回もお楽しみに。