100 幼女は解き放たれ
「私からの提案なのですが」
ヘラが泣き止むのを待ってから、黒髪の少女シアンが声をかけてきた。
ザンテックの左手の上にいる彼女だが、ザンテックがヘラに差し出すように腕を伸ばしているため、地面に立っているのと大差ない。
逆の手には全裸のマリー姫がいる。ただし今は頭しか見えない。あまりにもな状態だったので、アイソスの手で包み隠してもらったのだ。
マリー姫を乗せた方の腕もヘラに向けて伸ばされているため、ザンテックは人のする土下座のような体勢でいる。その上、首を後方に反らしているのでかなり無理な姿勢だ。現に翼がプルプル震えている。まあ、可哀想などとは微塵も思わんが。
「提案? シアンとか言っていたが、お前は何者だ?」
「私はシアン・バイキュリア。バイキュリア王家の第一王女よ、グリム様」
第一王女だと? 国は違えどマリー姫よりも上位か。そんな奴まで召喚嬢とやらの契約をしているとは。本当にどうやって接触しているのだ、ザンテックは。これは是非とも聞き出さねばなるまい。今後のロイヤル幼女のためにも。
「王女……様……? おばあちゃんのいる国の?」
「そうなりますね、ヘラ」
答えたのはマリー姫の方だ。竜の手から頭だけ出している姿はいささか滑稽だが、その表情は真剣だ。
「ヘラ、私はあなたの役に立つことはできません。ですが、これも何かの縁——いえ、断ち切られた縁がわずかに残っていた、ということかもしれませんね。ですので、シアン王女を紹介します。彼女が力になってくれるでしょう」
「シアン……王女様?」
ヘラは未だ涙に濡れている瞳をシアン姫に向けた。想いを吐き出すように泣いたためか、今は落ち着いている。
「そ、よろしくね。ヘラ」
笑顔だ。そして王女らしからぬ気さくな雰囲気を醸し出している。マリー姫よりも年下に見えるが、そのことも親しみやすさを感じさせるのだろう。
しかし、初見の時にように、瞳の奥にはどこか仄暗いもが潜んでいるようにも思えた。
「それでは、私はこのあたりで。最後に、グリム様」
「ん、なんだ」
「大切なコートを申し訳ありませんでした。私がもう少ししっかりしていればよかったのですが。代わりに差し上げるものも、今はこのような状態ですので。本当に申し訳ありません」
丁寧に頭を下げた。姿がアイソスの手に隠れる。
「ま、元凶はザンテックだからな。マリー姫よ。お前は期待する働きをした。ゆえに、まあ問題はない」
あるとすれば……儂が怒られることだ。お仕置きされてしまうかもしれない……。
マリー姫自身に悪気はないのはわかっているだけに、どうしようもあるまい。責めたところでコートはもう戻ってこない。
再三頭を下げ、最後にマリー姫はザンテックに向き直った。
「ザンテック・ジュ・ペリロード様」
「は、はいっ」
「私はそろそろ戻ります」
「そ、そうか。長時間、その、ご苦労だったな。ゆっくり休めよ」
「ええ。そうさせてもらいます。ゆっくりと体を休め、心を落ち着かせ、今後の契約について再考しようと思います」
「——え?」
では、と頭を下げると、小さな竜巻に全身を包まれた第三王女は姿を消した。
「マリー姫は不勉強だったのね。ご自分の国のことなのにねぇ」
「シアン王女様は、おばあちゃんのことを知っているの?」
「ええ、もちろん」
二人は親しげに話していた。その後ろでは、ザンテックが力なく首を伸ばして頭を地面につけ、遠く暗闇を見つめながら何やら呟き続けている。いい気味だ、愚か者め。
ヘラの強張った表情がいつの間にか緩んでいた。
その頬、今触ればふにふにした心地いい感触を伝えてくれるだろう。儂の頬も緩むというものだ。とりあえずは自分の頬で。うむ。やわい。ふふっ。
しかし、その頬は傷ついている。それが辛い。痛みはわずかでも、傷ついてしまっているのだ。
「でも、我が国で未だご健在だとは知らなかったわ。癒しの術が使え、国民に安らぎを与えた『光の聖女』。襲いくる魔獣たちをも懐柔したと聞いているのよ。それも、若い年の頃から教会に所属し国に仕えたとか」
「そう! そうなの! おばあちゃんはね、とってもすごいの。おばあちゃんはね、今でもみんなに幸せになってほしいって言っているのよ。困っている人を助けたい、って言っているの。今は田舎のちっちゃな村にいるけど。でもね、本当はもっと大きなところで、教会とかにいて、たくさんたくさんみんなを助けたいって!」
「ご高齢なのでしょうからね。ええ、援助が必要ね。かつての『聖女』を、この私が責任を持って我が国の『聖女』として認定しますよ」
「本当!? じゃあ、おばあちゃんは昔みたいにみんなに尊敬されるのね」
「そうよ。そしてあなたも。マリー姫から聞きました。あなたも『聖女』としての力を持っているのでしょう? 素晴らしいことだわ。ねえ、ヘラ。もっとこちらへ」
シアン王女が手招きをした。吸い寄せられるよう近づいたヘラの横顔に手を添える。瞳を覗き込み、乱れた金髪を撫で、それから腰を落としてヘラの全身に視線を這わせた。
ヘラはされるがままだ。検分するような王女の仕草にも、ただ期待を込めた笑みを浮かべている。
「王女様、私はね、おばあちゃんに比べたらまだまだなの。でも、いつかおばあちゃんみたいになるのよ。おばあちゃんと一緒にいたら、そうなれるのっ」
「それは楽しみねぇ。是非とも応援させてね」
「はいっ。私、頑張りますっ」
「期待するわ。あなたとは長いお付き合いになりそうね」
シアン王女がヘラの耳元に唇を寄せた。何かを囁いた、ように見えた。ヘラが大きく目を見開く。短い間惚けたように口を開き、すぐにはにかんで目を細め頷いた。
「グリムちゃん、聞いたっ? ——って、何をしているの? ほっぺなんか揉んで」
「え、いや、やわやわでな」
「……そう? あ、あのね。私、決めたの! シアン様の国で頑張るの! おばあちゃんと一緒に暮らすのよ!」
「そうか。それはよかった」
やっと決心してくれたか。そうだな、それが一番いい。まして、王女の援助があるのであれば。このシアンという王女にどこか不安も感じるのだが。それでも、だ。ヘラはピートと暮らすことがいいと思える。
「グリムちゃん、ありがとう!」
「んふっ!?」
一転、ヘラが儂に飛びかかってきた。幼女の重み、しっかりと受け止め——きれない。
むり。
なぜって、幼女だから。すごようじょだから。ちから、はいらない……。
「グリムちゃんの言う通りなの。私は、本当はおばあちゃんと一緒にいたいの。それができるなら、ずっと一緒がよかったの。だから」
「あ……ん、あぁ……」
違う。それまでのヘラとは違った。
かわいい、でも必死で、押し潰されそうだったヘラ。かわいい、けど辛く、抑圧されていた幼女。
解き放たれた。
これが幼女。
これが幼女!
これが幼女だっ!!!
かつて儂を虜にした幼女ピート・ベアトリクスの孫にふさわしい幼女だ。ピートに匹敵する幼女の輝きだ。『みんななかよく』の光が実体を持ち、儂を包んでいる。そんな温かな感覚が儂の中へ広がる。
「……ふ……ぁ……」
「グリム殿っ!」
「グリムちゃんっ、大丈夫っ!」
「だい……じょうぶ、はぅ……」
ああ、ゼナロリス、アイソス。立っていられないだけだ。突然こんな幼女に襲われたのだから。ずるいぞ不意打ち。
「ヘラ……よかった……」
「う、うん」
「儂も……嬉しい」
「うん」
「ピートも、きっと……喜ぶ」
「うんっ!」
儂を抱きとめるヘラの腕に力が込められた。満面の笑みと決意。わずかな星明かりが金髪を照らす。溢れ出る喜びが幼女の表情を輝かせる。ああ、眩しいではないか。
これでいい。
悲しむ幼女なんていらない。幼女を笑顔にすることができれば幸せだ。幼女が喜んでくれるから、儂は幸せを感じることができる。ヘラがピートと共にいることを選んでくれたから、安心できる。
踊るように跳ね回り、ヘラは喜びを表現している。彼女の祖母ピートの姿が重なる。『聖女』として認められる以前の、儂と過ごした頃の幼きピートの姿だ。
ああ、思い出してしまうな。
儂も行こう。今は魔王城に向かうことが先決だが、我が体を取り戻したら、必ずピートのもとへ行く。
行ってもいいよな、ピート。
お読みいただきありがとうございます。
これにてヘラちゃんのエピソード終了です。
次回からは外伝となります。
かつてのグリムワルドと幼女ピートの昔話を
二人の視点で語ります。
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【次 回 予 告】
竜に拾われた幼女ピート
幼女を拾った竜グリムワルド
貴方を幸せにしたい
お前と共に在りたい
いつまでも一緒に
だが、いつかは
今に繋がる二人の物語。
次回、
外伝前編 幸せの幼女
全五話です。




