EPISODE3-7 Unexpectedness
イヤリングを再び右耳につける琥珀の顔は普段と同じ表情をしている。
それに対して学園長の表情は硬く強張っていた。
難しい顔といった表情で何かを真剣に考えていた。
それは何に対しての思考なのか琥珀は薄々感付いていた。
「ふん。少しまっとれ。」
それだけを言い残して学園長は隣の部屋に姿を消してしまった。
それは何分ぐらいだったろうか、学園長がひょっこりと顔を出した。
その手には前と同じような丸い玉が乗っかっていた。
「魔法玉ですか?」
それは前回と同じ大きさ形の魔法玉だった。
「その通りじゃが、それはちと特別製でのちょっとやそっとの魔力では壊れん。
と言うか、これを壊したやつは存在せん。」
と言いながら琥珀にその玉を渡した。
「・・・いいんですか?」
とりあえず琥珀は学園長に尋ねた。
それは万一壊してしまう可能性と、本当にもらってもいいのかという確認をこめて。
その玉は透き通った透明な玉だった。
「もちろんじゃ。さ、用事は済んだの。集会をするから早く行かねばの。」
と言って腰を浮かせた学園長は何を思ったのか再びソファにおろした。
おもむろに先ほどとは違う声で話し始めた。
「あまり開放するではないぞ?
まだ完全に制御できてないおぬしには副作用があるはずじゃ。」
とそこまで言われて琥珀は観念したのか少しだけ話すことにした。
それは最低限何かあったときのためにフォローしてもらうという打算からでもあったのだが。
「・・・許容量を超えて使用すると、記憶が消えます。」
部屋は誰もしゃべらないために静まり返ってしまう。
「ただ本当にそうなのかはわかりません。何せ肝心の記憶がないですから。」
それだけを言って琥珀は立ち上がって学園長に一礼した。
その間も学園長は特に何かをいうことはなかった。
「魔法玉、ありがとうございました。」
それだけと言って静かに部屋から出て行った。
その姿を部屋に残った一人の老人は見つめていた。
「もういいぞ。と言ってもおそらく気づいていたみたいじゃがの。」
その声に反応して、部屋の中に一人の少年が姿を現した。
琥珀よりも2つ年上の学園一の実力の持ち主。
西野哲平がいた。
「俺もまだまだやなぁ。」
いつものふざけたような関西弁で話し始める西野は学園長の顔を見てひとつ苦笑をもらした。
「そうじゃの。と言ってもあの子はどうも特別みたいじゃの。ほっほっほ。」
「どこまで気づいているんや?」
敬語もへったくれも無いしゃべり方にも、老人は起こる気配は無い。
そこはさすがの年の功だろう。
「さぁのぉ。どうも最近はボケが激しくてのぉ。」
と笑ってごまかされていた。
西野はため息をこぼすと静かにその部屋から出ることにした。
~~~~~~~~~~
空は必死で走っていた。
さっきの魔力は琥珀のものだったのだろうか。
学園長室から聞こえた琥珀の声はいつもと違って真剣だった。
そして言っていた事
"記憶が消える"
その言葉が強烈に空に突き刺さっていた。
(それじゃあ・・・それじゃあ・・・)
と言ってさっきまでいた明と美代がいた場所に知らないうちに戻ってきていた。
「空?」
美代が突然走って帰ってきた空の様子が変なことに気がつく。
それは今にもなきそうに歪んだ表情をしていた。
心配する美代を他所に空の意識はどこか違うところにあった。
さっきまでの会話・・・
今の空はそれがすべてだった。
(消える?記憶が?そんな・・・でも琥珀はいつも魔法使ってたし、それでも記憶が消えたことなんかなかったはず・・・)
足元が崩れそうになる。
自分の存在が、
琥珀の中にある一条空という存在が消えるような感覚
不安定な足元に恐怖を感じる
「ぃ・・・ょ。」
「えっ!?どうしたの??空??」
美代の呼びかけにも答えることも無く空は呆然としている。
つむぎ出す言葉は小さすぎて聞き取れない
例え聞き取れたとしても理解はできないだろう。
ただ事ではない様子に気が付いた明も疲れなど忘れて2人に近づいた。
その間も美代は必死に空をなだめようとしているが、効果はまったくないようだった。
「空ちゃん大丈夫か??しっかりしろって!!」
明の声にも空は何の反応も示さない。
空はまだうつろな目で何もない空間をたださまよっているだけ。
そして口からは言葉にならない音がただ出されるだけ。
唯一聞き取れた言葉は
「ぁ・・・ぅ・・・ぃ、ゃ・・・」
いや、と言うたったの二文字だけだった。
美代も明もどうすることもできずにただ空に声をかけることしかできない。
誰かを呼ぼうとか、そんな考えはまったく頭に思いつかなかった。
途方にくれていた二人の目に琥珀が校舎から出てくる姿が映った。
そして明が一言
「琥珀ッ!!早く来いッ!!」
琥珀は手元にあった魔法玉をポケットにしまいつつ怒鳴り声がした明のいるであろう方向を見た。
「えっ・・・」
手元の魔法玉をうっかり地面に落としそうになった。
視線の先には空がいた。
ただ空の様子はいつもとは違った。
明と美代の二人の存在など目に入っていなかった。
ただ体を震わせ、子供のように何かにおびえる空の姿があった。
「そ、ら・・・?」
うまく言葉にならない音を口から吐き出す。
足は地面に縫い付けられたように動かない。
頭の中では今すぐに駆け寄りたいとは思っていても体は動かなかった。
「おい琥珀!!」
明の怒声でやっと自分をとりもどした。
それまでの間は数秒だったのか数分だったのか琥珀には考える余裕もなかった。
はじかれたように空に駆け寄った。
肩に両手を置いて空をゆすりながら声をかける。
「空?どうした?なにかあったのか!?」
何度かの末にようやく空がうつむいていた顔を上げた。
その瞳には今にもこぼれだしそうなほどの涙を蓄えて
その口からは言葉の断片らしきものがこぼれていて
それでも琥珀を見た彼女の表情は一気にダムが決壊したように崩れた。
涙があふれ、嗚咽が漏れ、空は琥珀に抱きつきながら泣いていた。
「よしよし、もう大丈夫だから。」
そういってあやす琥珀の表情は優しかった。
その光景をただ黙ってみているしかない二人にも、あやしている琥珀本人にも空の泣いた理由はわからなかった。
しばらくの間続いた空の号泣は次第に収まった。
「もう大丈夫か?」
琥珀が空に優しく声をかけた。
「うん。でも・・・」
と空が言いにくそうに口ごもる。
「どうした?」
終始やさしく問いかける琥珀に、空は恥ずかしそうに小さくつぶやいた。
それは明と美代には届かなかっただろう。
「・・・恥ずかしくて顔見せれない・・・」
琥珀にだけ聞き取れる音量の声で話す空を琥珀はやさしくなでていた。
~~~~~~~~~~
集会も無事終了した。
別グループだった桜井要と泉あきらとも合流して少し会話をした。
二人とも別々で、桜井は赤道近くの国に、泉はオーストラリアだったらしい。
ただ二人に共通していたのは、どちらもたいした苦労はなく平和だったということだった。
それを聞いたときの明と美代の顔はやはりどこかうらやましげで、また少し引きつっていた。
おそらく思い出したのだろうと、琥珀は思っていた。
その日は帰ってきたばったかりだったので、みんなすぐにそれぞれの家に帰宅して行った。
「もう大丈夫か?」
みんなと別れた後空と琥珀だけになった。
二人だけの空間で琥珀はさっきのことを空に聞いた。
「うん、もう大丈夫。急にごめんね?」
「いや、大丈夫。あんまり無理するなよ。今日は早めに寝ろよな。」
それだけ言ってまた琥珀は何も言わなくなった。
そんな琥珀の隣で空は彼を見ていた。
3年前の事故でなくしたものは彼女には大きすぎた。
一人で背負うには重過ぎただ。
それでも今この瞬間に隣で歩いている少年を見て空はフッと微笑んだ。
誰も気づかないうちに