EPISODE3-5 Daily life
朝、目が覚めると眠る前と同じ光景が広がっていた。
となりで眠っている美代ちゃんの寝顔は可愛くて、思わずいたずらしたくなったことは本人には内緒だ。
とても怖い夢を見た気がする。
突然誰かに襲われる夢
そう、あの時みたいにすべてを奪われるかもしれないと体が強張った。
でも、起きたらそんなことは全然なくて、
寝てる美代ちゃんを見てたら、
ああ、あれは夢だったんだってそう思えた。
ただそれだけのことなのにひどく私の心に安堵の思いが広がった。
「(きっといつもと違うところで寝てたからだよね)」
自分にそう言い聞かせて、体にかかっていた毛布をどけた。
太陽はもうすっかり昇っていた。
と言ってもまだ8時ぐらいだろう。
みんなはさすがに時差と昨日の宿さがしのせいでお疲れみたいだった。
音をたてないようにそっとドアを開けて外に出ると、そこには先に起きていた琥珀があくびをしながら立っていた。
「おはよ。」
いつものように挨拶をした。
琥珀は突然声をかけられてびっくりしたのか驚いていたけど、その顔が面白くてつい笑ってしまった。
「ねえ、おはようは?」
「あ、おう、おはよう。」
やっといつもの様に返事を返してくれた。
そのことに満足になった私は一回伸びをしてから朝の空気を胸一杯に吸い込む。
少しそらした胸を見つめて・・・
大きく息を吐いた。ひとつは吸った息を吐くために。もう一つは自分の未成熟な部位に向けての溜息を。
そんなことを知らない琥珀は隣でぼけっと山を見ている。
日本のように緑があるわけでもなく、景色がいいというわけではない。
むしろ一面砂の色一色と言った方がわかりやすいと思う。
「なあ・・・」
「うん?」
突然話しかけられて、視線を琥珀に向けると目がふらふらと泳ぎだした。
これは何か隠している時か、言いにくいことがある時だ。
こんな時の琥珀に何かいい報告を受けたことはなかったような気がする。
「あ、いやなんでもない。2人を起こしてくるよ。」
そう言って琥珀は家の中に逃げ込んでしまった。
しばらく彼の入って行った家を見ていたが、飽きてまた伸びをして朝の情景を楽しむことにした。
~~~~~~~~~~
空が外に出るためにドアをあけた音で目が覚めた。
昨日のことを唐突に思い出す。
走ってドアを開け外に出た空が見た光景
琥珀を追って町に行った時の光景
前者は言ってしまえば本物の戦場だった。
後者は・・・戦場なんかではなかった。
襲ってきた奴の姿も、その形跡すら残っていなかった。
まるで最初から存在しなかったかのように消されていたように感じた。
「(なんだったんだろ・・・)」
疑問は拭えないものの、とりあえずは朝ごはんの心配をしようと立ち上がった。
そうときまればやることは必然的に決まってくる。
まずは・・・
「明起きろ!!朝だ!!」
まだ眠り呆けているこのアホを起こすことからだ。
私と同じで昨日の惨状を見たひとり。
ただ決定的に違うのは私は明とちがって・・・
「うおぅっ!!」
「起きたか。」
ニヤリと笑って起きた明の頭を軽く叩いた。
「朝ごはんの材料探しだ。もうお菓子は勘弁して欲しいからな。」
そう言って寝ぼけたままの明を引きずって外に向かおうとドアを開けようとすると、勝手にドアが開いた。
顔をあげると、ぶつかりそうなほど近くをドアが通過する。
危うく鼻が削り取られるところだった。
「ああ、琥珀か、おはよ。」
と、声をかけて外を見るとこちらを見ている空の姿が目に入った。
おそらく話をしていたのだろうが・・・
「ああ、おはよう。」
どうにも表情が読み取れない。
あまり琥珀は会った時から顔に表情が浮かぶことが少ない。
ただ一つ例外なのが空の前では例外ということらしい。
「様子はどうだった?」
気になって直接言葉にして琥珀に投げかける。
こういうときは遠回りな言葉よりも直球の方がずっといい。
「うーん、覚えてないみたいで・・・」
と返した琥珀の答えには少々驚いた。
あれだけしっかり見たのものを覚えていないということは・・・
「おそらく夢か何かと勘違いしたんだろうね。
それで、琥珀はどうするの?昨日のこと伝えるの?」
私の言葉に琥珀は即座に否定の言葉を告げた。
わかっていたことを二度聞いた気分だった。
「わかった。そういうことなら私たちも任せておいて。」
そう言って傍らで寝ているアホの頭を一度叩いて、朝食の確保に向かった。
~~~~~~~~~~
冴原琥珀は家から数キロ離れた山間にいた。
表情は厳しく、ただ一点のみを見ている。
そこにあるのは山に沿って作られている横穴の入口。
そこには2人の見張りの男が立っていた。
どちらも琥珀とそれほど変わらない年の少年だ。
二人ともこの土地の人間らしく肌の色は浅黒い
頭に片方は帽子、もう片方は布を巻きつけていた。
「・・・」
琥珀は何も言わずに歩き出す。
だらりと垂れた左手、耳元に持っていかれた右手
表情のないまま二人の男の前に現れた。
三者はすぐに理解する
お互いから血の匂いがすることを
そして琥珀はためらうことなく右手に力を込めて己を縛る鎖を千切った。
「・・・消えちまえ。」
ぼそっと口から漏れ出た言葉を二人の少年が理解することはできなかった。
耳に届いた瞬間には琥珀の目の前にあったはずの山と男たちの隠れ家は跡形もなく消え去った。
残骸など一切残さずに
すっぽりと地形自体が変わってしまったように
一滴の血も
一本の髪も
すべてを消し去った後だけが残っていた。
それをただ見つめるだけの瞳は一度閉じられると、再び表情を消したまま琥珀は歩き出す。
次の目的地へと・・・
~~~~~~~~~~
結果から言うと大収穫であった。
おそらくそれは昨日の出来事があったからに違いないが、それでももらえるものはもらっておこうというのが私の考えだったりする。
「いやぁ、大量大量。」
明と両手いっぱいに食材を持ち帰った。
それを見た空はびっくりして私たちを指さしてパクパクしていた。
その顔をゲラゲラ明と二人で笑いながら朝食の準備に取り掛かる。
「・・・明、鍋とかは?」
「・・・んなもんあるかよ。」
まだ驚いたままの空を放置してのバトルが繰り広げられた。
いわれのない暴力に明も負けじと対抗する。
さすがにそこまでなって空が制止に入ってなんとか平静を取り戻した。
「どうすんだよ。」
と初めに言い出したのが明だった。
「明はサバイバル部とか入ってんだから何とかならないの?」
と続けたのは私
「まあまあ、とりあえず朝はそんなに手間のかからないのにしようよ。」
フォローしたのは空だった。
琥珀はいつの間にかふらっと出て行ってしまっていた。
まあ心配するだけ損だ、と勝手に思いつつ手近にあった野菜を食べる。
もらう時に聞いたのだが、 雨の少ないこの地方にも数年前にやっとの思いで河川を引いたらしい。
けれど、その河川も昨日の山賊などに荒らされて大変らしい。
そんなことを思い返しながらさらに食べる。
「ねえ明。」
「なんだよ。・・・もふもぐ・・・」
食べながら話す明に呆れつつ気にせずに話し続ける。
「このお礼にちょっと川の整備してきなさいよ。」
「・・・もちろんお前たちも手伝ってくれるんだよな?」
「「・・・」」
「そうだよな!?」
「「・・・」」
「おい。まさかか弱いからできませんなんて言い訳は聞かないからな。」
それだけを言うと明は止めていた手を再び動かして朝食を食べ始めた。
一言も返事をしていないのにその日は三人での村への奉仕になってしまった。
なぜ三人かと言うと、琥珀はふらっと出かけて帰ってきたのはもう日も暮れかけていた頃だった。
もちろん三人からの鉄拳制裁が琥珀を待ち構えていたわけだ。