後日談
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あれから1ヶ月。ちなみに私は何の仕事をしているのかと言うと、期間付きではあるけど、選果場での野菜の選別の仕事に就くことが出来ました。
近場なので、朝も遅く、夜も早く帰れる。自分の体にとってはストレスもなく、心が癒えるのは時間の問題となりますが、何とかやっていけそうです。
「大丈夫か?」
「あぁ。今は大丈夫です! 皆さんみたいな優しい人達に色々と教えて貰えて嬉しいです!」
「それなら良かったわぁ! 何かあったら言ってね!」
「はい!」
勿論、純子さんとも同じ現場なので、和気藹々とやっており、前の現場よりストレスもなく、仕事がとても楽しいです。あ。純子さんは誰かって?
実はあの日、山本さん達はあの時、たまたま、一週間後に始まる仕事の打ち合わせに集まっていたようで……
「良かったら来るか?」
と、彼から直々に声を掛けられました。
それに関しては隣にいた佐賀さんも驚いていた様でしたが、本社の対応をする為「お願いします」と言い残して、出て行きました。
そして、その明る過ぎる50代の女性は、私と同じ苗字だった様で、会って直ぐに色々と話を聞くことが出来ました。名前は佐藤純子さん。
「あー。人間関係は確かに難しいよねぇ。んまぁ。こっちではそういう事言ってくる人居ないから、安心していいよー」
彼女から優しい言葉を貰った私は、ただただ「ありがとう、ございます……」としか言えなかった。ちなみに純子さんのビニール袋の中身には、指先がゴム製でできている手袋が10束入っている。
「あ。こういったやつ、現場で使うから、無かったら買ってきたりして準備してってね」
「はい! 分かりました!」
こうして、バタバタで波乱な一日は終わり、私は無事に、パワハラ多めな食品加工の会社を辞めることが出来ました。
ちなみに、唯一の心残りだった秀子さんとは、変わらずLineでやり取りを行っています。
秀子さん曰く、あれから澤部さんは、色んな人から言い詰められたらしいのですが、「吾妻さんに聞いて!」の一点張りな様で、どこまでも『私悪くない!』と言い張っているようです。秀子さんはというと、本社にも事情を聞かれたので、正直に答えた。とのことです。
そして、余談ですが、私が1ヶ月休んでいる間、秀子さんは応援でその部署に行ったらしいのです。そしたら少しこっくりしただけで『寝るな!』と言ったり『あくびするな!』と言われたりもしたので、
「人足りないから応援で来て欲しいと言われてきたのに。あーだこーだ言うんだったら、応援なんて呼ばないでね、部署にいる人間だけで、二人か三人分働いてまかなえばいいでしょうよ!」
と怒ったらしく、秀子さんの部署の人たちも『ナイス』と賞賛したらしい。
私はそれを聞いて、「変わらない人は変わらないんだなぁ」と、今でも内心思っております。
それと、仕事を辞めて休んでいる間、私の元に1本の電話が入ってきました。佐賀さんからでした。
「もしもし」
「あぁ。佐藤さん! 実はあれからですね……」
「はい……」
「中嶋部長から謝罪の言葉が来まして……」
「えぇ!?」
その内容は、まさかの部長にまで話が入ってきて、謝罪されたことでした。
「はい。『この度は本当に申し訳ありませんでした』と」
「そうなんですね……」
「はい」
「まぁ。今違う仕事が決まったので、謝罪の言葉は受け取っておきます」
「では、先方にはそう伝えておきますね」
「あ。それと……、部長さんには、1つ、こう伝えて下さい……」
最後に私は、色々な思念や感情を吐き出すかのように、彼に向けてこう告げた。
「私みたいな人達をこれ以上、増えないように、尽力を尽くして下さい」と。
これにて、完結です。
実話も絡んでいるので、名前は仮です。改名しながら書きました。
今は
「長年勤めて心が死んだ分、明るい道を掴むことが出来ました」です。
いつか、みんなの将来に『光あれ』と。




