#18 眼球、アイボリー、背骨 (1)
18.眼球、アイボリー、背骨
目を覚ますと僕は、見憶えのある自動車のシートに横たわっている。
自動車は何かに腹を立てているみたいに、激しく上下左右に揺れている。相当のスピードがでていることがわかる。身体を起こそうとすると、背骨に唐突に釘を打ちつけられたように、全身が激しく痛んだ。
『ミゾグチ君。』
ミヤガワさんの泣きそうな声が、穏やかに車中に響き渡る。
『よかった、気がついたね。本当に、よかったね。』
言葉の最後で、彼女はしくしくと泣き始める。
僕は頭を振って、ぼやけた視界の中で彼女を探す。
どうやら彼女が運転をしているようだった。
彼女は右手をハンドルの上に乗せ、左手でごしごしと瞼を擦りつけている。
『なにが、』
僕は、何があったの、と聞きたかった。
けれど、口の中からは、泥や、折れた歯の欠片や血液の塊や、口の中の肉片やらがぼとぼととこぼれおちるだけだった。
僕は激しく咳をする。
経験したことのない激しい痛みが、僕の体内を駆け巡っていた。
僕は知らないうちに吐いた。
ごめん、と彼女に謝ろうとして、また、吐いた。
いったい僕の身体は、どうなってしまったのだろうか。
『爆発があったのよ。』
彼女は、僕を慰めるように言う。
目の前がちかちかと赤く点滅した。
シートの下に吐き散らした僕の吐しゃ物には、ジャムみたいに濁った赤い血液が混じっている。僕は黒いレインコートの袖で、自分の口元を強く擦り続ける。
『どうしてかは、わからない、けれど、』
彼女は涙でしゃくりあげながら、一言、一言を紡ぎだす。
『ミゾグチ君が、オザワを、切りつけた、あとで、檀上が、爆発したの。』
彼女はそう言ったきり、静かに泣き続ける。彼女が涙を飲み込む音が、ひっきりなしに繰り返して聞こえる。
僕はその度に、自分の大切な記憶がもぎ取られて、二度と取り戻せなくなるような恐ろしさを感じる。それに、さっきまであんなに颯爽としていた彼女が、だ
しぬけに臆病な女の子になってしまったことが、ひどく哀しくて、切なかった。そんなに泣かないでよ、と僕は言おうとする。
僕がなんとかしてあげるよ、と。
でも、口の中に激痛が走って声がでなかった。僕は彼女が、いつものように、わがままなお願いをしてくれるのを祈った。
『ミゾグチ。』
聞き覚えのある別の声が響く。ヨダの声だった。僕は、首を僅かに傾ける。
助手席に座っているのが、ヨダだと気づく。
『やられたよ。ハヤサカ、ハヤサカだ。』
ヨダは荒い息で、ところどころで舌を噛みながら、僕にその名前を必死に告げようとする。
『しゃべっちゃだめだよ、ヨダ。』
彼女が、苦しそうに泣き叫んだ。
僕の視界はずっと、赤い点滅に支配されていたが、それでも僕はルームミラーに映る助手席のヨダの顔を見た。
そこには顔の半分が黒く焼け焦げた、血まみれの男が座っている。
それは紛れもなくヨダの変わり果てた姿だった。




